学位論文要旨



No 114609
著者(漢字) 内田,章夫
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,アキオ
標題(和) ヌクレオチド除去修復因子XPCに関する生化学的研究
標題(洋)
報告番号 114609
報告番号 甲14609
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第870号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 【序論】

 遺伝子DNAは、様々な内的あるいは外的な要因により常に損傷を受けている。これらを放置すればDNA複製や転写が阻害され、時として突然変異が誘起されて細胞のがん化や老化の原因となる。こうした事態を避けるため、生物は進化の過程で種々のDNA修復機構を獲得してきた。ヌクレオチド除去修復機構(ucleotide xcision epair;NER)はその中でも広範なDNA損傷、例えば紫外線によるピリミジンダイマー、シスプラチンの鎖内架橋による損傷や化学物質の結合など、比較的’大きな’損傷に対応する。NERには、転写の鋳型となるDNA鎖から損傷を除去する’速い’反応(ranscription-oupled epair;TCR)と、それ以外のゲノム全体の損傷に対応する’遅い’反応(lobal enome epair;GGR)の2つの経路が存在する。ヒトにおいてNER機構に欠損を持つ常染色体性劣性遺伝病として色素性乾皮症(eroderma igmentosum;XP)があり、AからGまでの7相補性群に分かれる。GGRのみに欠損を持つC群を相補する因子(XPC)は、出芽酵母のRAD23と相同性をもつ58kDaの蛋白質(HR23B)との複合体として精製された(1)。XPCは出芽酵母のRAD4と一部相同性を持つものの、そのアミノ酸配列上からは機能を示唆する配列は見つからず、その生化学的性質として一本鎖(ss)DNAに強く結合することのみが分かっていた。その後の解析により、HR23BはXPCの相補活性を増強すること(2)、XPC/HR23B複合体には損傷DNAに優先的に結合する活性があること(3)、転写因子TFIIHと相互作用すること(4)が見いだされたが、それらの機能と構造の相関についての解析は報告されていない。そこでバキュロウイルス発現系を用いてXPC欠失変異体を作成し、HR23B、ssDNA、損傷DNA、TFIIHの構成因子であるp62およびXPBとの結合について検討した。さらにGGRの経路におけるXPC/HR23B複合体による最初のDNA損傷認識に続くステップとして、TFIIHをXPC/HR23B複合体が導入するということが強く示唆される結果を得た。

【結果と考察】I XPC欠失変異体とHR23Bの共発現およびHR23Bに対するXPCの結合領域

 バキュロウイルスにより発現させたrecombinant XPC(rXPC)は、XP-C細胞抽出液を用いた無細胞NER系において修復欠損を相補することを既に報告している(2)。そこで図1に示すようなXPC欠失変異体(XPC)をC末端にヒスチジンタグをつけたHR23Bと共発現し、様々な結合実験に供した。

図1 XPC欠失変異体

 HR23Bに対する結合領域については、各XPC/HR23B-His抽出液からNi-NTAアガロースビーズによる沈降物を回収し、抗XPCポリクローナル抗体を用いたウェスタンブロッティングによりHR23B-Hisと共沈降したXPC欠失変異体を検出した。この結果、S496からG734までの239アミノ酸がXPCにおけるHR23B結合領域の中心であり、さらにM118からP495までの378アミノ酸の領域、およびY735からE815までの81アミノ酸の領域はより安定した複合体の形成に寄与すると考えられた(図4)。

 以上の結果のもとに、HR23B-Hisと複合体を形成できるwild-type XPC、N117、C735、C816の4種のXPCは、HR23B-HisのNi-NTAアガロースに対する結合活性、およびXPCのホスホセルロースに対する結合活性を利用した2本のカラムククロマトグラフィにより、それぞれ複合体として精製された。ここで精製したXPC/HR23B-His複合体は、wild-typeXPC/HR23B-His複合体と同様XPCとHR23B-Hisが1:1の複合体であり、HR23B結合についてはwild-typeと同様の結合様式であると考えられた。これらの精製XPC/HR23B複合体もまた以下の実験に供した。

IIssDNAおよび損傷DNAに対する結合領域

 各XPC変異体/HR23B-His抽出液から0.3M NaClの条件下でssDNAアガロースによる沈降物を回収し、ウェスタンブロッティングによりssDNAに結合して沈降した変異体XPCを同定した(図4)。N末端側606アミノ酸を欠失したN606でもwild-type XPCと同様にssDNAに強く結合した。C末端欠失変異についてはC816ではssDNA結合活性が見られたが、C735で活性が失われた。これよりL607からE815までの209アミノ酸がssDNA結合領域と考えられる。

 次に精製した4つの複合体(XPC、N117、C735、またはC816/HR23B-His)と、同じく精製したHis-N606とHis-607-734(L607からG734までの128アミノ酸のポリペプチド)を用いてN-AAAF損傷DNAへの結合実験を行った。4つの複合体についてはすべて損傷DNAに対する優先的な結合が認められた。またssDNAに結合したHis-N606だけでなくHis-607-734にも弱いながら優先的に損傷DNAに結合する活性が見いだされた。よってL607からG734までの128アミノ酸が損傷DNA結合領域の中心であり、さらにY735からC末端までの206アミノ酸の領域は損傷DNA結合を促進すると結論した(図4)。

IIITFIIH構成因子であるp62およびXPBに対するXPCの結合

 p62およびXPBは、N末端側にグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)を持ったGST融合蛋白質として大腸菌内で発現、精製した。各XPC変異体/HR23B-His抽出液と精製したGST-p62またはGST-XPBをバッファー中で結合させた後、グルタチオンセファロースビーズにより沈降物を回収、ウェスタンブロッティングによりGST-p62もしくはGST-XPBと共沈降したXPC変異体を検出した。p62との結合に関しては、N末端側で117アミノ酸を欠失したN117には活性が見られたが、それ以上の欠失では結合できなかった。C末端側では125アミノ酸欠失したC816でもp62と結合できなかった。XPBとの結合活性は、N末端、C末端どちらを欠失しても失われた(図2)。以上からp62およびXPBに対するXPCの結合領域の同定には至らなかった。しかしIで精製した4種の複合体それぞれで、p62またはXPBに対する結合活性が異なることがわかった。

図2 p62およびXPBとの結合I:5%input 6:p62 elute B:XPB elute
IVNER活性とp62およびXPBとの相互作用の相関

 4種の精製複合体(XPC/HR23B-His、N117/HR23B-His、C735/HR23B-His、C816/HR23B-His)を用いてin vitro NERアッセイを行った。N117はwild-type XPC複合体に対しておよそ50%程度の相補活性しか示さなかった。さらにC735およびC816については活性が全く検出できなかった。またアッセイに加える蛋白量を増やしても活性の上昇は見られなかった(図3)。XPC、N117、C735、C816のそれぞれについて、HR23B、DNA、TFIIHに対する相互作用について表1にまとめた。N117はwild-type XPCと比べてTFIIHのサブユニットの一つであるXPBとの相互作用のみが失われている。このことから、N117ではTFIIHとの相互作用がwild-type XPCに比べて弱いことが予想された。またC816は、XPCが相互作用するTFIIHの2つのサブユニットp62とXPBともに相互作用できないため、TFIIHと相互作用できないと予想された。つまりこれらの2つのXPCは、XPCの相互作用のうちTFIIHに対する活性のみがwild-type XPCと異なる変異体であると考えられる。XPCは前述したとおりNER機構において最初に損傷DNAに結合する。N117が50%程度NER活性を失い、C816ではNER活性を全く示さないことと考え合わせると、XPCがDNA損傷を認識した後TFIIHがXPCとの相互作用により次に導入されなければ、それに続くと考えられる他のNER因子、XPAやRPAなどの導入が起こらないことでNER反応の損傷認識のステップが成立せず、その結果、NER反応が進行しないことが示唆された。

図3 XPC欠失変異体のin vitro NER活性表1.XPC変異体の、HR23B、DNA、TFIIHに対する相互作用のまとめ.

 以上の実験により、XPCにおけるDNA結合活性およびHR23B結合活性に必要な領域を決定した。これらの領域は出芽酵母のRAD4との相同性が指摘されている部分(5、図4)と重複しているものの、一部N末端側にずれていた(図4)。しかし、この部分のアミノ酸配列について改めて検討したところ、RAD4とXPCの間で十分に高い相同性が確認された。このことは、この領域の機能が進化の過程で保存されている重要なものであることを示している。さらにTFIIH構成成分であるp62およびXPBに結合しない欠失変異体を用いた実験により、XPCの機能において、損傷DNAへの結合だけでなく、TFIIHとの相互作用がNER機構の進行に非常に重要であることが明らかになった。現在、GGRの経路においてXPC/HR23Bによる最初の損傷認識に続くステップは明らかになっていないが、TFIIH以外のNER因子とXPCの相互作用は報告されておらず、損傷に結合したXPCが蛋白質間相互作用によってTFIIHを引き込むことがNER反応機構において特に重要であることが強く示唆された。HR23BとXPCの相互作用がNER活性を促進することと合わせて、NER因子それぞれの秩序だった相互作用がNER反応全体の正しい進行に必要であると考えられる。

図4 HR23BおよびDNA結合領域
【参考文献】1.Masutani,C.,K.Sugasawa,J.Yanagisawa,T.Sonoyama,M.Ui,T.Enomoto,K.Takio,K.Tanaka,P.J.van der Spek,D.Bootsma,J.H.J.Hoeijmakers,and F.Hanaoka.1994.EMBO J.13:1831-1843.2.Sugasawa,K.,C.Masutani,A.Uchida,T.Maekawa,P.J.van der Spek,D.Bootsma,J.H.J.Hoeijmakers,and F.Hanaoka.1996.Mol.Cell.Biol.16:4852-4861.3.Sugasawa,K.,J.M.Y.Ng,C.Masutani,S.Iwai,P.J.van der Spek,A.P.M.Eker,F.Hanaoka,D.Bootsma,and J.H.J.Hoeijmakers.1998.Mol.Cell 2:223-232.4.Yokoi,M.,et al.In preparation.5.Legerski,R.,and C.Peterson.1992.Nature 359:70-73.
審査要旨

 色素性乾皮症(xeroderma pigmentosum;XP)は、ヌクレオチド除去修復機構(nucleotide excision repair;NER)に欠損をもつヒトの常染色体性劣性遺伝病であり、XPC蛋白質はそのC群の相補遺伝子産物である。XPCは出芽酵母のRAD4と部分的な相同性を示すが、その一次構造からは機能を示唆するアミノ酸配列は見出されていない。XPCの性質として、一本鎖(ss)DNAに強く結合することおよび出芽酵母RAD23蛋白質のヒトホモローグの一つであるHR23Bと安定な複合体を形成することは示されていたが、調べた限りにおいて何の酵素活性もなく、その生理的機能は明らかではなかった。その後の解析から、無細胞NER系においてこのHR23BによりXPCの修復活性が促進されること、XPC/HR23B複合体には損傷DNAに優先的に結合する活性があること、さらに基本転写因子であり、またNER系においても必須なTFIIHと相互作用することが示された。しかしながら、これらの活性と構造との関連についてはほとんど解析がなく、したがってXPC蛋白質のNER反応に対する寄与と現在までに明らかにされた性質との関連についても不明であった。「ヌクレオチド除去修復因子XPCに関する生化学的研究」と題する本論文では、XPC蛋白質の各種欠失変異体を作成してssDNA、損傷DNA、およびHR23Bとの相互作用に関わる領域を同定し、さらにXPCとTFIIHとの相互作用がNER反応において重要なステップであることを報告している。

1.XPC蛋白質のドメイン解析

 XP-C群細胞のNER欠損を相補する因子として精製されたXPC蛋白質は、HR23Bと複合体を形成し、また精製の段階でssDNAに対する強い結合能が認められた。また、XPC/HR23B複合体が損傷DNAに優先的に結合する活性も検出されている。そこで各種のXPC欠失変異体を用いてそれぞれの相互作用領域を検索し、HR23B、ssDNA、および損傷DNA結合領域を同定した。これらの領域は、XPC蛋白質940アミノ酸のうち607番目のロイシンから734番目のグリシンまでの128アミノ酸からなる領域を中心として、DNA結合領域とHR23B結合領域では一部ずれていた。XPCには出芽酵母RAD4と部分的な相同領域が認められるが、この128アミノ酸からなる部分はRAD4相同領域の内部に相当した。最近、RAD4に関してもXPCと類似の活性を持つことが示されたことでXPCとRAD4は機能上も相同な、進化上保存された遺伝子産物であることが予想されたが、今回得られた機能ドメインがヒトと酵母の間で相同性を示すことは、この推論を裏付けるものである。また、特にHR23Bとの結合領域については以前報告されていたRAD4相同領域には収まらなかったが、改めて再評価したところ、この部分も十分高い相同性を示した。そこでRAD4相同領域は、N末端側にさらに111アミノ酸拡張されることも合わせて示している。

2.NER機構におけるXPCとTFIIHとの相互作用の重要性

 XPC蛋白質は、TFIIHとその構成因子であるp62およびXPBとの相互作用を介して結合することが分かってきている。XPC欠失変異体とp62およびXPBの相互作用を検討し、DNAおよびHR23B結合が野生型XPCと同様でありながらXPBと結合しない変異体とp62、XPB両者と結合しない変異体の2種を見いだした。無細胞NER系によりこれらの変異体についてNER活性を検討したところ、XPBと結合しない変異体は野生型の50%程度のNER活性しか示さず、p62およびXPBと結合しない変異体はNER活性を全く示さなかった。これらの結果はXPCが最初にDNA上の損傷を認識して結合した後、TFIIHを損傷部位に導入することでNER機構が進行するというモデルを支持するものである。

 以上を要約するに、本論文はこれまで不明であったXPC蛋白質の機能とドメイン構造の関連について言及し、またTFIIHとXPCが相互作用することがNER機構において非常に重要であることを明らかにしている。NER機構においてXPCの損傷認識に続くステップは明らかにされていないが、XPCとの相互作用が報告されているのはTFIIHのみであり、XPCの結合に続く他のNER因子の分子集合に関して重要な知見を提供している。これらの成果は、今後のNER機構の全容を解明する上で有益であると同時に、修復蛋白質による損傷DNAの認識という構造生物学上の課題についても知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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