DNAトポイソメラーゼ(topo)は、原核・真核を問わずにほとんど全ての生物に存在する酵素であり、DNAのねじれ、いわゆる超らせん構造の制御や2つのDNA鎖が絡まったカテナンの解消、1つのDNA鎖内の結び目の解消などを行なっている。topoはI型およびII型に分類されるが、このうちI型は2本鎖DNAの一方の鎖を一時的に切断し、転写、複製などで生じるDNAのねじれを調節していると考えられている。topoIIIはI型に分類される酵素で、出芽酵母でこの遺伝子を欠損させると、生存は可能であるものの、増殖速度が著しく低下して胞子形成が不全となり、DNAの組換え頻度が上昇する。この出芽酵母top3変異株の表現型は、RecQヘリカーゼをコードしているSGS1遺伝子の変異により抑制されることが明らかになっている。一方ヒトの細胞には複数のRecQタイプのヘリカーゼが存在し、そのうちの1つは癌を多発するブルーム症候群の原因遺伝子(BLM)産物であり、他の1つは早老症として知られるウェルナー症候群の原因遺伝子(WRN)産物である。高等真核細胞のtopoIIIの機能は全く解析されておらず、その機能の解明は、topoIIIが関わるDNAの複製・修復・組換えの機構を解明するだけでなく、細胞の癌化、老化の機構を探る上でも重要と思われる。「哺乳類細胞における新規トポイソメラーゼIIIのcDNAクローニングと性状解析」と題する本論文は、マウスのtopoIIIをコードする遺伝子の単離と発現・性状解析およびSgs1と最も相同性の高いRecQヘリカーゼであるBlmのマウス相同遺伝子の単離と発現解析の結果について報告している。 1.マウスTOP3のcDNAクローニング ヒトTOP3のcDNAをプローブとして、マウスcDNAライブラリーより、マウスTOP3をクローニングした。マウスTOP3のcDNAは、3775bpで1004アミノ酸からなる蛋白質をコードしていたが、このスクリーニングの過程でTOP3相同性をもつ新規の遺伝子を見出し、その全長をクローニングした。単離したcDNAは2804bpで863アミノ酸の蛋白質をコードしており、マウスTOP3と核酸レベルで48%、アミノ酸レベルで36%の相同性を示すことから、この遺伝子をTOP3と命名した。すなわち、哺乳類の細胞にはtopoIII、の2つのアイソザイムが存在することが明らかにされた。 2.マウスtopoIII蛋白質の性状解析 バキュロウイルス系を用いて発現・精製されたマウスのTOP3遺伝子産物は、37℃でネガティブスーパーコイルDNAをゆっくりと弛緩する活性をもつことが示された。温度を37℃から62℃の間で変化させると弛緩活性は37℃よりは42℃の方が強く、それ以上の温度では弱くなっていったが、DNAを完全に弛緩させるには47℃以上の温度が必要であった。次に酵母のtopoIIIで活性に必要であるとされるMg2+の濃度を変化させたところ、1mMが至適で、5mM以上では活性が阻害された。Mg2+非存在下では活性は著しく低下した。またポジティブスーパーコイルDNAは全く弛緩することが出来ず酵母topoIIIと同様、部分的な1本鎖の露出が活性に必要であることが確認された。 3.マウスTOP3およびの発現解析 マウスの各臓器におけるTOP3のmRNAの発現を調べたところ、精巣できわめて強い、また脳でも比較的強い発現が観察された。さらに心臓や肺、胸腺や腎臓などでも弱い発現が見られた。一方、TOP3のmRNAは同様に精巣で極めて高い発現を示したが、他の臓器での発現は極めて弱かった。また、mRNAの発現を各週齢のマウスから調製した精巣で調べたところ、どちらも12-14日から増加しはじめるという一致した結果が得られた。すなわち、2つのアイソザイムの発現は各臓器で異なることが明らかにされた。 4.マウスBLMのcDNAクローニングと発現解析 ヒトBLMをプローブにしてマウスspermatocyte cDNAライブラリーよりマウスBLMのcDNAを単離した。このcDNAは4780bpで1420アミノ酸の蛋白質をコードしており、ヒトBLM遺伝子産物とアミノ酸レベルで76%の相同性を示した。マウスBLM mRNAの発現は精巣で極めて高く、生後12-14日前後から顕著に増大するというTOP3とほぼ同じパターンを示した。この結果は、BlmとtopoIIIが共通の場で機能する可能性を示している。 以上を要するに、本論文では哺乳動物細胞の新規TOP3をクローニングし、その活性が酵母のtopoIIIと同様に、部分的な1本鎖DNAの露出に関与することを初めて明らかにしている。こうした1本鎖DNAはDNA複製フォークあるいはDNA組換え中間体などで生じており、DNAのねじれを解消する際にtopoIIIが働いている可能性を示している。また2つのTOP3アイソザイムやBLMの各臓器での発現についても、精巣で極めて高い発現を示すという初めての知見を得ている。この知見はtopoIIIとRecQヘリカーゼであるBlmが精巣で共に機能している可能性を示している。これらの成果は、今後DNAトポイソメラーゼIIIの機能を解明する上で重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。 |