学位論文要旨



No 114610
著者(漢字) 関,剛彦
著者(英字)
著者(カナ) セキ,タカヒコ
標題(和) 哺乳類細胞における新規トポイソメラーゼIIIのcDNAクローニングと性状解析
標題(洋)
報告番号 114610
報告番号 甲14610
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第871号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 序論

 DNAトポイソメラーゼ(topo)は、原核生物、真核生物を問わず、ほとんど全ての生物に存在する酵素であり、DNAのねじれ、いわゆる超らせん構造の制御や2つのDNA鎖が絡まったカテナンの解消、1つのDNA鎖内の結び目の解消などを行なっている。topoは、触媒する反応により、I型およびII型に分類される。I型topoは2本鎖DNAの一方の鎖を一時的に切断し、転写、複製などで生じるDNAのねじれを調節していると考えられている。酵母においてはI型topoは生存に対して必須ではないことが明らかになっているが、これはI型topoの役割をII型topoが代わりに果たすことが出来るためであると考えられている。

 真核生物のtopoIIIは酵母で最初に発見され、哺乳類細胞にも保存されていることが明らかになっている。真核生物のtopoIがIB型のtopoに分類され、正、負の超らせんDNAを共に弛緩させることが出来るのに対し、topoIIIは大腸菌topoIなどと同様、IA型topoに分類され、負の超らせんDNAのみを弛緩させることが出来る。しかも酵母topoIIIの活性には部分的な1本鎖の露出が必要であることが示されており、通常の条件では強い負の超らせんDNAをわずかに弛緩させることしかできない。topoIIIはtopoIに比べ非常に弱い活性しか示さないにもかかわらず、出芽酵母で遺伝子を欠損させた場合、生存は可能であるものの、増殖速度が著しく低下し、胞子形成が行なえなくなり、DNA組換え頻度が上昇するというような表現型を示す。こうした出芽酵母top3変異株の表現型は、DNAへリカーゼの一種であるRecQヘリカーゼをコードしているSGS1遺伝子の変異により抑制されることが明らかになっている。ヒトにおけるRecQタイプのヘリカーゼとしては、当教室でクローニングされたDNAヘリカーゼQ1、癌を多発するブルーム症候群の原因遺伝子(BLM)や代表的な早老症であるウェルナー症候群の原因遺伝子(WRN)が知られており、哺乳類細胞のtopoIIIの機能の解明は、topoIIIが関わるDNAの複製・修復・組換えの機構を解明するだけでなく、細胞の癌化、老化の機構を探る上でも重要と思われる。そこで、本研究ではマウスにおけるtopoIIIをコードする遺伝子の単離と発現・性状解析およびSGS1と最も相同性の高いRecQヘリカーゼであるBLMのマウス相同遺伝子の単離と発現解析等を行なった。

結果1.マウスTOP3()のcDNAクローニング

 すでにクローニングされていたヒトTOP3のcDNAをプローブとしたマウスcDNAライブラリーのスクリーニングなどからマウスTOP3をcDNAクローニングした。マウスTOP3のcDNAは3775bpで1004アミノ酸の蛋白質をコードしていた。予想されるアミノ酸配列は86.8%のidentityをヒトtopoIIIともっていた。

2.マウスTOP3のcDNAクローニング

 マウスTOP3をスクリーニングした際に、TOP3と一定の相同性をもつ、新な遺伝子を見いだした。これをTOP3と呼ぶこととし、cDNA全長をクローニングした。単離したcDNAは2804bpで863アミノ酸の蛋白質をコードし、計算上の分子量は96.9kであった。マウスTOP3はマウスTOP3と核酸レベルで48%、アミノ酸レベルで36%のidentityをもっていた。

3.マウスtopoIII蛋白質の発現およびの性状解析

 cDNAクローニングしたマウスのTOP3遺伝子産物について、実際にDNAトポイソメラーゼ活性をもっているかどうかを確認するために、バキュロウイルス発現系を用いてマウスtopoIIIを発現、精製した。精製した蛋白質でネガティブスーパーコイルDNAの弛緩活性を検討したところ、37℃でも完全ではないがネガティブスーパーコイルDNAの弛緩活性が観察できた。時間による変化では1分という短い時間でも部分的な弛緩が見られ、経時的に弛緩したDNA量はゆっくりと増加し、ほぼ完全な弛緩には15分という長い時間がかかることが分かった。この結果はDNAの弛緩に伴い1本鎖DNAが露出する機会が減少し、さらなる弛緩が行ないにくくなることを示しているとも考えられる。温度を37℃から62℃間で変化させると弛緩活性は37℃よりは42℃の方が強く、それ以上の温度では弱くなっていったが、完全に弛緩したDNAは47℃以上で顕著にみられた。温度が高くなるに従い酵素は失活しやすくなるが、一方で1本鎖DNA領域の露出する機会も増えていく結果であると考えられる。次に酵母のtopoIIIで活性に必要であるとされるMg2+の濃度を変化させたところ1mMが至適で、5mM以上では活性が阻害された。Mg2+非存在下では活性は著しく低下した。またポジティブスーパーコイルDNAは全く弛緩することが出来ず酵母topoIIIと同様、部分的な1本鎖の露出が活性に必要であることが確認された。

4.マウスTOP3およびの発現解析

 マウスの各臓器におけるTOP3およびのmRNAの発現をノーザンブロットで解析した。TOP3のmRNAは精巣できわめて強い発現を示し、脳でも比較的強い発現を示した。また心臓や肺、胸腺や腎臓などでも弱いながらも発現していた。一方、TOP3のmRNAは同様に精巣で極めて高い発現を示したが、他の臓器ではTOP3とは対照的にきわめて弱い発現しか示さず、ほとんどシグナルが検出されなかった。このことからtopoIIIが異なる機能を担っている可能性が考えられる。マウスの精巣では生後比較的同調して精子形成が起こることが知られており、これらのmRNAの発現を各週齢のマウスから調製した精巣で調べたところ、12-14日から増加しはじめるという一致した結果がTOP3で得られた。この時期は、減数分裂時のDNA組換えが起こるパキテン期の細胞が増え始める時期に相当し、減数分裂時のDNA組換えへの関与が示唆された。

5.マウスTOP3の遺伝子破壊株の作製の試み

 topoIIIの細胞レベルの機能解析を行なう目的で遺伝子のノックアウトを試み、ゲノムDNAクローン約11kbpを得た。

6.マウスBLMのcDNAクローニング

 ヒトBLMをプローブにしてマウスspermatocyte cDNAライブラリー等のスクリーニングによりマウスBLMのcDNAを単離した。このcDNAは4780bpで1420アミノ酸の蛋白質をコードしており、ヒトBLM遺伝子産物とアミノ酸レベルで76%の相同性をもっていた。

7.マウスBLMの発現解析

 各臓器におけるマウスBLMのmRNAの発現を調べたところ、精巣で極めて高い発現がみられ、胸腺などの他のいくつかの臓器においてもわずかながら発現しているようであった。RT-PCRでは精巣でシグナルが見られたほか、脳、心臓、肝臓、肺、胸腺、腎臓、脾臓など精巣以外の臓器でも発現していることがわかった。精巣における発現を調べたところ、生後12-14日前後から発現が顕著に増大するというTOP3とほぼ同じパターンを示した。この結果は直接、BlmとtopoIIIの相互作用を支持するものではないが、共に何らかの機能を担っている可能性が示めされた。

8.マウスtopoIII、マウスBlmと相互作用する蛋白質の検索

 two-hybrid systemでは哺乳類のtopoIIIとRecQヘリカーゼ間の相互作用は検出できなかった。そこでtopoIIIと相互作用する因子をスクリーニングし、分裂酵母rad18+と高い相同性を持つ新規遺伝子(マウスRAD18)が単離され、そのcDNA全長をクローニングした。酵母においてRad18は修復に関与する可能性が示されており、アミノ酸配列の上からは染色分体間の接着や染色体凝集で機能することが知られるSMC(Structural Maintenance of Chromosomes)ファミリーと呼ばれる蛋白質に分類される。真核生物のSMCはへテロダイマーを形成し機能することが知られており、Rad18相同蛋白質についても別のSMCとヘテロダイマーを作るのではないかと仮定し、出芽酵母の遺伝子を検索したところ、その可能性のあるものとしてYOL034Wという遺伝子を見い出した。さらに哺乳類細胞のYOL034W相同遺伝子をデータベースで検索したところ、相同遺伝子と考えられる塩基配列が見い出され、そのcDNAクローニングを行なった。

考察

 哺乳類細胞のTOP3やBLMのmRNAの各臓器での発現についての報告は未だなく、マウスにおいて精巣で極めて高い発現が見られたことは重要な知見であると思われる。また新たなタイプのtopoIIIの遺伝子であるTOP3は精巣以外でも比較的発現量が高く、このことは減数分裂時以外での役割(たとえばDNA複製時のDNA鎖のひずみの解消など)をtopoIIIが担っている可能性を示唆している。マウスtopoIIIで、反応温度をあげることにより完全に弛緩したDNAの量が増加したことは、topoIIIの活性の発現に1本鎖部分を必要としていることを示唆している。こうした1本鎖DNAはDNA複製フォークあるいはDNA組換え中間体などで生じており、こうした場面でDNAのねじれを解消する際にtopoIIIが働いている可能性がある。今後このような機能についても解析していく必要がある。一方、topoIIIと相互作用する因子として単離したマウスRad18についても解析を行ないtopoIIIの機能の解明につなげていきたい。

審査要旨

 DNAトポイソメラーゼ(topo)は、原核・真核を問わずにほとんど全ての生物に存在する酵素であり、DNAのねじれ、いわゆる超らせん構造の制御や2つのDNA鎖が絡まったカテナンの解消、1つのDNA鎖内の結び目の解消などを行なっている。topoはI型およびII型に分類されるが、このうちI型は2本鎖DNAの一方の鎖を一時的に切断し、転写、複製などで生じるDNAのねじれを調節していると考えられている。topoIIIはI型に分類される酵素で、出芽酵母でこの遺伝子を欠損させると、生存は可能であるものの、増殖速度が著しく低下して胞子形成が不全となり、DNAの組換え頻度が上昇する。この出芽酵母top3変異株の表現型は、RecQヘリカーゼをコードしているSGS1遺伝子の変異により抑制されることが明らかになっている。一方ヒトの細胞には複数のRecQタイプのヘリカーゼが存在し、そのうちの1つは癌を多発するブルーム症候群の原因遺伝子(BLM)産物であり、他の1つは早老症として知られるウェルナー症候群の原因遺伝子(WRN)産物である。高等真核細胞のtopoIIIの機能は全く解析されておらず、その機能の解明は、topoIIIが関わるDNAの複製・修復・組換えの機構を解明するだけでなく、細胞の癌化、老化の機構を探る上でも重要と思われる。「哺乳類細胞における新規トポイソメラーゼIIIのcDNAクローニングと性状解析」と題する本論文は、マウスのtopoIIIをコードする遺伝子の単離と発現・性状解析およびSgs1と最も相同性の高いRecQヘリカーゼであるBlmのマウス相同遺伝子の単離と発現解析の結果について報告している。

1.マウスTOP3のcDNAクローニング

 ヒトTOP3のcDNAをプローブとして、マウスcDNAライブラリーより、マウスTOP3をクローニングした。マウスTOP3のcDNAは、3775bpで1004アミノ酸からなる蛋白質をコードしていたが、このスクリーニングの過程でTOP3相同性をもつ新規の遺伝子を見出し、その全長をクローニングした。単離したcDNAは2804bpで863アミノ酸の蛋白質をコードしており、マウスTOP3と核酸レベルで48%、アミノ酸レベルで36%の相同性を示すことから、この遺伝子をTOP3と命名した。すなわち、哺乳類の細胞にはtopoIIIの2つのアイソザイムが存在することが明らかにされた。

2.マウスtopoIII蛋白質の性状解析

 バキュロウイルス系を用いて発現・精製されたマウスのTOP3遺伝子産物は、37℃でネガティブスーパーコイルDNAをゆっくりと弛緩する活性をもつことが示された。温度を37℃から62℃の間で変化させると弛緩活性は37℃よりは42℃の方が強く、それ以上の温度では弱くなっていったが、DNAを完全に弛緩させるには47℃以上の温度が必要であった。次に酵母のtopoIIIで活性に必要であるとされるMg2+の濃度を変化させたところ、1mMが至適で、5mM以上では活性が阻害された。Mg2+非存在下では活性は著しく低下した。またポジティブスーパーコイルDNAは全く弛緩することが出来ず酵母topoIIIと同様、部分的な1本鎖の露出が活性に必要であることが確認された。

3.マウスTOP3およびの発現解析

 マウスの各臓器におけるTOP3のmRNAの発現を調べたところ、精巣できわめて強い、また脳でも比較的強い発現が観察された。さらに心臓や肺、胸腺や腎臓などでも弱い発現が見られた。一方、TOP3のmRNAは同様に精巣で極めて高い発現を示したが、他の臓器での発現は極めて弱かった。また、mRNAの発現を各週齢のマウスから調製した精巣で調べたところ、どちらも12-14日から増加しはじめるという一致した結果が得られた。すなわち、2つのアイソザイムの発現は各臓器で異なることが明らかにされた。

4.マウスBLMのcDNAクローニングと発現解析

 ヒトBLMをプローブにしてマウスspermatocyte cDNAライブラリーよりマウスBLMのcDNAを単離した。このcDNAは4780bpで1420アミノ酸の蛋白質をコードしており、ヒトBLM遺伝子産物とアミノ酸レベルで76%の相同性を示した。マウスBLM mRNAの発現は精巣で極めて高く、生後12-14日前後から顕著に増大するというTOP3とほぼ同じパターンを示した。この結果は、BlmとtopoIIIが共通の場で機能する可能性を示している。

 以上を要するに、本論文では哺乳動物細胞の新規TOP3をクローニングし、その活性が酵母のtopoIIIと同様に、部分的な1本鎖DNAの露出に関与することを初めて明らかにしている。こうした1本鎖DNAはDNA複製フォークあるいはDNA組換え中間体などで生じており、DNAのねじれを解消する際にtopoIIIが働いている可能性を示している。また2つのTOP3アイソザイムやBLMの各臓器での発現についても、精巣で極めて高い発現を示すという初めての知見を得ている。この知見はtopoIIIとRecQヘリカーゼであるBlmが精巣で共に機能している可能性を示している。これらの成果は、今後DNAトポイソメラーゼIIIの機能を解明する上で重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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