学位論文要旨



No 114613
著者(漢字) 下荒磯,誠
著者(英字)
著者(カナ) シモアライソ,マコト
標題(和) 酵母の転写伸長因子S-IIの細胞内機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 114613
報告番号 甲14613
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第874号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 武藤,誠
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 堀越,正美
内容要旨

 S-IIは、RNAポリメラーゼIIの促進活性を指標にマウスより初めて精製された、真核細胞に普遍的に存在する転写因子である。試験管内転写系を用いた解析からS-IIは、転写伸長段階で転写中断部位(pausing site)において起こるRNA合成中断を、RNAポリメラーゼIIのもつRNA鎖分解活性を促進することにより解除し、転写を継続させると考えられている。我々はこれまでに、遺伝学的解析が容易である酵母においてS-IIを同定し、S-II破壊変異株は通常条件下では生育可能であるが6-アザウラシルに感受性になること、またこの表現型はS-IIの転写因子としての機能が欠損することにより生じることを見出した。しかしながら、S-IIがどのような遺伝子の転写の中断を解除することにより、6-アザウラシル感受性を元に戻すのかは不明であった。

 修士課程において私は、S-IIのRNAポリメラーゼII促進活性には酵母・マウス間で種特異性があることを見出した。そこで両者のキメラ蛋白質を作成し、S-IIの中間部(酵母S-IIの131番目から270番目までの140アミノ酸残基からなる領域)がこの種特異性を規定すること、この領域が酵母S-IIに由来するキメラ蛋白質のみがS-II破壊変異株の6-アザウラシル感受性を解除できることを示した。

 本研究において私はまず、酵母とマウスのキメラS-II蛋白を利用して、S-IIのRNAポリメラーゼIIに結合する領域を同定した。さらに、S-II破壊変異株を6-アザウラシル耐性にする遺伝子、SSM1(Suppressor of 6-azauracil sensitivity of S-II null Mutant 1)がS-IIによって転写制御されることを示し、SSM1遺伝子中のpausing siteを同定した。これらの結果について、以下に報告する。

1.S-IIのRNAポリメラーゼII結合領域の同定

 最初に私は、酵母とマウスのキメラ蛋白を利用して、S-II分子内のRNAポリメラーゼII結合領域の同定を試みた。酵母とマウスのS-IIは、N末端とC末端の領域が特に高い相同性を示す。そこで、酵母S-IIの131番目・270番目のアミノ酸残基で両者を交換したキメラ蛋白を作成し、解析を行った。その結果、酵母S-IIの131番目から270番目までのアミノ酸に相当する、中間部が酵母に由来するキメラS-II、EYEは酵母RNAポリメラーゼIIを促進するのに対し、マウスに由来するYEYはマウスRNAポリメラーゼIIを促進することが明らかになった。このことは、中間部がS-IIの転写促進活性の種特異性をきめており、S-IIはこの領域でRNAポリメラーゼIIと結合することを示唆している。そこで、このことを調べる目的で、これらのS-IIと酵母およびマウスのRNAポリメラーゼIIが結合するかどうか、グリセロール密度勾配遠心法により調べた。

 その結果、酵母とマウスのS-IIは、同種のRNAポリメラーゼIIとのみ結合することが明らかになった。同様にEYE・YEYとRNAポリメラーゼIIの結合特異性を調べた結果、EYEは酵母RNAポリメラーゼIIにのみ結合したが、YEYはマウスRNAポリメラーゼIIにのみ結合することが分かった。このことから、S-IIは中間部を介してRNAポリメラーゼIIと結合することが明らかになった。EYEが酵母S-IIに対する転写促進活性を持ち、6-アザウラシル感受性を元に戻すことができるのに対し、YEYはこうした活性を持たないことと対応させて考えると、酵母S-IIは酵母細胞内でもRNAポリメラーゼIIに結合し、転写因子として機能することにより、6-アザウラシル感受性を元に戻すことを強く示唆している。

2.酵母S-II破壊変異株の6-アザウラシル感受性を解除する遺伝子SSM1の遺伝学的解析

 次に、なぜS-II破壊変異株が6-アザウラシルに感受性を示すのか、その原因について解析することにした。私は、野生株では何らかの遺伝子がS-IIにより転写促進されているが、S-II破壊変異株ではこの遺伝子の発現が起こらなくなるため6-アザウラシルに感受性を示すのではないかと考え、S-IIの細胞内での標的遺伝子を検索した。その結果、S-IIにより転写中断が解除される遺伝子の候補として、SSM1に着目した。

 SSM1は、S-II破壊変異株に強制発現させたときに、6-アザウラシル感受性を解除する活性を指標に単離された遺伝子で、280個のアミノ酸からなる新規な蛋白質をコードしているが、1次構造上特徴的な配列は持たず、その機能は不明である。SSM1の機能を解析するため、SSM1遺伝子を酵母URA3遺伝子に置換することによりSSM1破壊変異株を作成し、通常条件下で生育可能か、また6-アザウラシルに感受性を示すかどうか調べた。その結果、SSM1破壊変異株はS-II破壊変異株同様、通常条件下では生育したが、6-アザウラシルに感受性を示すことが分かった。このことは、SSM1遺伝子が6-アザウラシル感受性を耐性にするのに必要な遺伝子であることを示している。

 一方、SSM1破壊変異株にSSM1を強制発現させた場合には6-アザウラシル存在下でもコロニーを形成したが、S-IIを強制発現させた時には6-アザウラシルに感受性のままであった。このことは、S-IIの6-アザウラシル感受性を元に戻す作用にはSSM1の存在が必須であることを示している。

3.S-IIによるSSM1遺伝子の発現調節の解析

 次に、S-IIが細胞内でSSM1遺伝子の転写を促進しているかどうか調べるため、S-II破壊変異株では野生株に比べてSSM1遺伝子の発現が低下しているかどうか、Northern blot法により解析した。通常の培養条件下で、対数増殖期(培養開始後0-12時間)での2つの株のSSM1遺伝子の発現を比較した結果、いずれの時間においてもS-II破壊変異株では野生株に比べSSM1遺伝子の発現量が減少していることが明らかになった。このことは、in vivoにおいてS-IIがSSM1遺伝子の発現を促進することを示唆している。

 そこで、このSSM1遺伝子の発現増強が確かにS-IIの転写因子としての機能によるかどうか調べる目的で、S-II破壊変異株に1.で用いたキメラS-IIを発現させた時に、SSM1遺伝子の発現が増強されるかどうか調べた。その結果、酵母S-IIや、酵母RNAポリメラーゼIIの促進活性を持つEYEを発現させた場合には、野生株とほぼ同程度にまでSSM1遺伝子の発現が回復した。一方、マウスS-IIや、酵母RNAポリメラーゼIIを促進できないYEYを発現させた場合には、SSM1遺伝子の発現は弱いままだった。このことは、酵母S-IIの転写因子としての活性が、SSM1遺伝子の発現増強に必要であることを示している。

4.SSM1遺伝子中のpausing siteの同定

 SSM1遺伝子がS-IIによって転写促進されるのであれば、SSM1遺伝子中にはpausing siteが存在するはずであり、S-IIはこの位置でのRNA合成の中断を解除すると考えられる。そこで実際にSSM1遺伝子中にpausing siteが存在するかどうか、in vitro転写系を用いて同定を試みた。

 SSM1遺伝子のコーディング領域を大きく4つにわけ、それぞれの領域にpausing siteが存在するかどうか調べた。その結果、1番目の領域を鋳型に用いた場合にのみ、完全長のRNAに対応する390塩基のバンドの他に、それより短い、115・105塩基の2本のバンドが検出された。従って、これら2本のバンドがSSM1遺伝子のpausing siteであると考えられる。

 そこで次に、S-IIがこれらの部位での転写中断を解除するかどうか調べた。その結果、S-IIが存在しない条件でみられる2本のバンドは、S-IIを加えることにより、ほとんど検出されなくなった。このことは、S-IIがこれらのpausing siteでの転写中断を解除していることを示しており、細胞内でもS-IIは、これらのpausing siteでの転写中断を解除し、SSM1遺伝子の転写を促進している可能性が考えられる。

5.まとめと考察

 本研究で私は、酵母とマウスのS-IIのキメラ蛋白質を利用することにより、S-IIの中間部がRNAポリメラーゼIIとの結合領域であることを明らかにした。

 また、S-II破壊変異株の6-アザウラシル感受性を解除する遺伝子SSM1に着目し、SSM1破壊変異株がS-II破壊変異株同様6-アザウラシルに感受性になることを見出し、S-IIの6-アザウラシル感受性を元に戻す作用にはSSM1の存在が必須であることを示した。また、S-II破壊変異株ではSSM1遺伝子の発現量が野生株より低下していることを見出し、SSM1遺伝子の発現増強にはS-IIの転写因子としての機能が必要であることを明らかにした。さらに、SSM1遺伝子中の2つのpausing siteを同定し、S-IIはこの部位における転写中断を解除することを示した。

 以上の結果は、S-IIが酵母細胞内でSSM1遺伝子の転写中断を解除することを強く示唆している。SSM1は6-アザウラシルを代謝するなどの機能を有している可能性があり、S-IIはSSM1遺伝子の発現を増強させることにより、6-アザウラシル感受性を元に戻すと考えられる。

審査要旨

 S-IIは、真核生物に普遍的な転写伸長因子であり、RNAポリメラーゼIIによる転写中断を解除することにより、転写伸長に働くと考えられている。酵母のS-II破壊変異株は生育可能であるが、6-アザウラシル(6-AU)に感受性になる。また、S-IIの転写促進活性には酵母・マウス間で種特異性があり、両者のキメラ蛋白を作成することにより、S-IIの中間部の領域(酵母S-IIの131番目から270番目までの140アミノ酸残基からなる領域)がこの種特異性を規定することが示されている。

 本研究では、こうした酵母S-IIの性質を利用してその機能を遺伝生化学的に解析している。本論文の前半では酵母とマウスのキメラS-IIを利用してS-IIのRNAポリメラーゼIIに結合する領域を同定している。また後半では、S-II破壊変異株を6-AU耐性にする遺伝子、SSM1(Suppressor of 6-azauracil sensitivity of S-II null Mutant 1)がS-IIにより転写制御されることを示し、SSM1遺伝子中の転写中断部位を同定したことを報告している。

1、S-IIのRNAポリメラ-ゼII結合領域の同定

 最初にキメラS-IIを利用して、S-II分子内のRNAポリメラーゼII結合領域の同定を試みた。方法は、野生型の酵母S-IIとマウスS-IIおよび両者の中間部を交換したキメラS-IIについて、グリセロール密度勾配遠心法により酵母およびマウスのRNAポリメラーゼIIと結合するか調べた。その結果、S-IIとRNAポリメラーゼIIの結合にも種特性が存在し、この結合の種特異性はS-IIの中間部により規定されることが分かった。このことからS-IIは中間部を介してRNAポリメラーゼIIと結合することが明らかになった。

2、SSM1の遺伝学的解析と、S-II破壊変異株での発現の解析

 次に、S-II破壊変異株が6-AUに感受性になる原因を探る上でSSM1に着目した。SSM1はS-II破壊変異株に強制発現させたときに、6-AU感受性を回復させる活性を指標に単離された遺伝子で、280アミノ酸残基からなる機能未知な蛋白をコードする。まず、SSM1破壊変異株を作成した結果、S-II破壊変異株同様に6-AU感受性になることが分かった。このことから、SSM1遺伝子は6-AU感受性を回復するために必要であり、S-IIにより転写制御される遺伝子の候補と考えられた。

 このことを確かめるために、northern blot法により野生株とS-II破壊変異株でのSSM1遺伝子の発現を比較したところ、S-II破壊変異株では野生株に比べてSSM1遺伝子の発現量が減少していた。また、S-II破壊変異株に1.で用いたキメラS-IIを発現させたところ、酵母のRNAポリメラーゼIIとの結合できる野生型S-IIやキメラS-IIを発現した際にのみ、SSM1遺伝子の発現と6-AU感受性が回復することが判明した。このことから酵母S-IIは、SSM1遺伝子の発現を増強することが明らかになった。

 SSM1遺伝子がS-IIによって転写制御されるのであれば、SSM1遺伝子には転写中断部位が存在すると考えられる。そこでin vitro転写系を用いてSSM1遺伝子中の転写中断部位の同定を試みた。SSM1遺伝子のコーディング領域を4つに分け、それぞれの領域について調べた結果、1番目の領域を鋳型に用いた場合にのみ、完全長のRNAのバンドの他に、短いサイズのバンドが検出された。また、このバンドは転写系にS-IIを添加することにより消失した。このことから、これらのバンドはSSM1遺伝子の転写中断産物であると考えられた。

 以上本研究は、酵母S-IIとRNAポリメラーゼIIの結合領域を同定し、さらに酵母S-IIがSSM1遺伝子の転写促進に働くことで、6-AU感受性を回復することを示唆したものである。分子生物学、細胞生物学の領域に寄与するところが大きく、薬学(博士)の学位に値すると判断した。

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