学位論文要旨



No 114614
著者(漢字) 平,裕一郎
著者(英字)
著者(カナ) タイラ,ユウイチロウ
標題(和) 転写伸長因子SII-K1及びXSII-K1に関する機能解析
標題(洋)
報告番号 114614
報告番号 甲14614
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第875号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 堀越,正美
内容要旨

 S-IIは、最初、RNAポリメラーゼIIの活性を特異的に促進する蛋白として、エールリッヒ腹水癌細胞より精製された蛋白である。現在では、主に転写伸長段階に働くと考えられており、転写中断部位におけるRNAポリメラーゼIIのRNA鎖分解活性を促進することにより、転写中断部位を越えてRNAポリメラーゼIIによる転写伸長反応を継続させることが示されている。マウスにおいては、すべての組織に発現がみられるgeneral S-IIの他に、精巣特異的に発現するSII-T1、および、私が、修士課程で単離した肝臓、腎臓、心臓、骨格筋に特異的に発現するSII-K1の2つの組織特異的S-IIが同定されている。S-IIは塩基配列特異的なDNA結合活性を持たないと考えられており、組織特異的S-IIがどのようなメカニズムで遺伝子発現制御に関わるのかは不明である。

 本研究において、私は、マウスのSII-K1の発生過程における機能を解明することを目的として、マウスの発生段階における遺伝子発現を解析した。さらにその発生への関与を調べる目的で、アフリカツメガエルよりXSII-K1を同定した。その結果、XSII-K1が背側中胚葉に発現し、中胚葉誘導能を持つことを明らかにしたので、以下に報告する。

(1)マウスSII-K1の発生過程における遺伝子発現の解析

 マウスのSII-K1遺伝子は、成体では心臓、骨格筋、腎臓などの中胚葉由来の組織で発現する。そこで、SII-K1の発生過程における関与を調べるために、マウスの胎児におけるノザンブロット解析を行った。その結果、7日および11日胚にはSII-K1遺伝子の発現は検出されず、15日胚以降に発現が検出され、その発現時期は骨格筋、心筋特異的な-actin遺伝子の発現と一致した。また、多能性中胚葉細胞株10T1/2や、筋芽細胞株C2C12におけるSII-K1遺伝子の発現を調べたところ、10T1/2にはSII-K1遺伝子の発現が検出されず、C2C12には発現が検出された。以上の結果からSII-K1は、骨格筋や心筋などの中胚葉由来の組織の発生に必要な因子であることが示唆された。

(2)アフリカツメガエル SII-K1(XSII-K1)のcDNAクローニング

 次に私は、親の体外で初期発生が観察でき、遺伝子の過剰発現による機能解析が容易なアフリカツメガエルを用いてSII-K1の機能解析を行うこととし、アフリカツメガエルからSII-K1(XSII-K1)のcDNAの単離を試みた。方法は、マウスSII一K1のアミノ酸配列をもとにdegenerate primerを作成し、RT-PCRを行い、XSII一K1の候補となるcDNA断片を得た。さらにこの配列を用いて、5’-RACE法、プラークハイブリダイゼーション法により、アフリカツメガエル肝臓由来cDNA libraryよりX SII-K1のcDNAの全長を単離した。このcDNAは長さが2250bpで、645アミノ酸残基よりなる蛋白をコードしていた。この蛋白はマウスSII-K1と同様、アミノ末端側とカルボキシ末端側の領域は他のS-IIと高い相同性を有しており、特にマウスSII-K1とはそれぞれ、41%、80%とマウスのS-IIファミリーの中で最も高い相同性を示したが、それらの領域に挟まれた中間部の領域には、マウスSII-K1や他のS-IIには存在しない2種類の繰り返し配列が含まれていた。最初の繰り返し配列は18アミノ酸からなり、9回繰り返されている。2番目の繰り返し配列は50アミノ酸からなり、これが、3回繰り返されていた。このことはXSII-K1が、マウスSII-K1を含めた他のS-IIファミリーとは異なる分子機能を有することを示唆している。

(3)XSII-K1遺伝子の成体の各組織における発現の解析

 次に、XSII一K1遺伝子がマウスSII-K1遺伝子と同様な組織に発現するか知るために、XSII-K1遺伝子のアフリカツメガエル成体の各組織における発現をXSII-K1の中間部の領域をプローブとしてノザンブロット法により解析した。その結果、肝臓、骨格筋、腎臓に2.5kb、精巣に3.1kbのmajorなバンドが検出され、心臓、脳、脾臓には検出されなかった。このことからXSII-K1遺伝子は、組織特異的に発現しており、マウスSII-K1遺伝子とほぼ同様な、発現の組織特異性を持つことが分かった。

(4)ホールマウントin situハイブリダイゼーション法によるXSII-K1遺伝子の胚発生時における発現の解析

 アフリカツメガエルの発生段階におけるXSII-K1遺伝子の発現をノザンブロット法により解析したところ、神経胚以降に発現が見られた。そこで、神経胚、尾芽胚を用いてホールマウントin situハイブリダイゼーション法を行い、胚発生時における発現組織の同定を試みた。その結果、XSII-K1遺伝子は、神経胚では頭部、体節、尾部に発現しており、尾芽胚では頭部、咽頭、体節に発現することが明らかになった。このことは、XSII-K1が中胚葉由来の組織の形態形成に働くことを示唆している。

(5)アニマルキャップアッセイによるXSII-K1mRNAの発現を誘導する成長因子の解析

 (4)のXSII-K1の発現組織のホールマウントin situハイブリダイゼーション法による解析から、XSII-K1は、Activin Aなどの因子により誘導される背側中胚葉組織に発現すると考えられた。そこで、アニマルキャップアッセイを行い、XSII-K1mRNAの発現が、背側中胚葉誘導因子であるActivin Aにより誘導されるかどうか、調べた。結果はXSII-K1のmRNAはActivin A処理のアニマルキャップでのみ検出され、無処理やbFGF処理のアニマルキャップでは、検出されなかった。この結果からXSII-K1は、初期発生において、中胚葉背側化因子であるActivin Aに応答し、発現し予定中胚葉組織を背側中胚葉の組織の発生に転写伸長段階で関与するのではないかと考えられる。

(6)アニマルキャップアッセイによるXSII-K1の中胚葉誘導能の解析

 (5)でXSII-K1mRNAの発現が、背側中胚葉誘導因子であるActivin Aにより誘導され背側中胚葉の組織の発生に関与することを示したが、このときにXSII-K1がどのように機能しているのかは不明である。そこで次に、XSII-K1がそれ単独で強制発現させた際にその後の中胚葉誘導能を持つかどうか、アニマルキャップアッセイを用いて調べた。結果としては、XSII-K1mRNAを注入した胚由来のアニマルキャップは、中胚葉マーカー遺伝子であるXbraとXactinの発現が検出されたが、無処理のアニマルキャップには発現は検出されなかった。このことから、XSII-K1が、その単独な作用として中胚葉誘導能を持つことが明らかになった。これは、転写伸長因子S-IIが初期発生に関与することを示した初めての例である。

(7)まとめ

 マウスSII-K1について、その遺伝子の発現時期および発現細胞の解析から、中胚葉由来の組織の発生に関与する可能性を示した。SII-K1の発生への関与を直接的に示すために、親の体外で初期発生が観察でき、アニマルキャップアッセイ等による胚発生における分子の機能解析が容易な、アフリカツメガエルを用いてSII-K1の機能解析を行うこととし、アフリカツメガエルからSII-K1(XSII-K1)のcDNAの単離し、これが他のS-IIには存在しない繰り返し配列を持つことを明らかにした。XSII-K1遺伝子のホールマウントin situハイブリダイゼーション法および、アニマルキャップアッセイにより、XSII-K1が中胚葉誘導能を持ち、XSII-K1は背側中胚葉の発生に関与することを示した。

 XSII-K1は、初期発生においてActivin Aなどのペプチド性中胚葉誘導因子に応答して発現し、その後Xactin、Xbraなどの遺伝子の発現に関与することにより、中胚葉誘導に関わるものと考えられる。本研究は、転写伸長因子S-IIが初期発生に関与することを示した初めての例である。中胚葉組織の分化に働く遺伝子の発現が、転写伸長段階で制御される可能性を示すものであり、発生生物学的に重要な知見であると思われる。

審査要旨

 S-IIは、真核生物に普遍的な転写伸長因子であり、マウスにおいては全ての組織に発現がみられるgeneral S-IIの他に、精巣特異的に発現するSII-T1、および、肝臓、腎臓、心臓、骨格筋に特異的に発現するSII-K1の2つの組織特異的S-IIが同定されている。S-IIは塩基配列特異的なDNA結合活性を持たないと考えられており、組織特異的S-IIがどのようなメカニズムで遺伝子発現制御に関わるのかは不明である。

 本研究では、マウスのSII-K1の発生過程における機能を解明することを目的に、マウスの発生段階における遺伝子発現を解析し、さらにその発生への関与を調べる目的で、アフリカツメガエルよりXSII-K1を同定した。その結果、XSII-K1が背側中胚葉に発現し、中胚葉誘導能を持つことを明らかにしたことを報告している。

1、マウスSII-K1の発生過程における遺伝子発現の解析

 まず、マウス胎児におけるノザンブロット解析を行った結果、SII-K1遺伝子は15日胚以降に発現し、その発現時期は-actin遺伝子の発現時期と一致した。このことからSII-K1は、骨格筋や心筋などの組織の発生に働く因子であることが示唆された。

2、アフリカツメガエル SII-K1(XSII-K1)のcDNAクローニングと発現解析

 次にSII-K1の発生への関与を調べる目的で、アフリカツメガエルにおいて、SII-K1(XSII-K1)のcDNAクローニングを試みた。マウスSII-K1のアミノ酸配列をもとにprimerを作成し、RT-PCRを行ってXSII-K1のcDNA断片を得、さらにこの配列を用いてXSII-K1の全長のcDNAを単離した。その結果XSII-K1は、N末端とC末端の領域は他のS-IIと高い相同性を有しており、特にSII一K1とはそれぞれ、41%、80%とマウスS-IIファミリーの中で最も高い相同性を示したが、中間部の領域はユニークで、マウスSII一K1や他のS-IIには存在しない2種類の繰り返し配列が含まれていた。このことはXSII-K1が、SII-K1を含めた他のS-IIとは異なる分子機能を獲得したことを示唆している。

 次に、XSII-K1遺伝子の成体における発現の組織特異性をノザンブロット法により解析したところ、肝臓、骨格筋、腎臓に2.5kbのバンドが検出された。このことからXSII-K1遺伝子はマウスSII-K1遺伝子とほぼ同様な発現の組織特異性を持つことが示された。

 また、発生過程では神経胚以降に発現することが判明した。尾芽胚を用いてホールマウントin situハイブリダイゼーション法を行った結果、XSII-K1遺伝子は頭部、咽頭、体節などの中胚葉由来の組織に発現することが明らかになった。

3、アニマルキャップアッセイによるXSII-K1の発現誘導と機能解析

 アニマルキャップアッセイの結果、XSII-K1mRNAの発現は、背側中胚葉誘導因子であるActivin A処理により誘導されることが判明した。このことは、XSII-K1が中胚葉背側化因子であるActivin Aにより発現誘導され、予定中胚葉組織を背側中胚葉へと誘導することを示唆している。そこで、XSII-K1を強制発現させた際に単独で背側中胚葉の誘導能を持つかどうかアニマルキャップアッセイにより調べた。その結果、XSII-K1mRNAを注入した胚のアニマルキャップでは、中胚葉マーカー遺伝子であるXbraとXactinの発現が検出された。このことからXSII-K1が、その単独な作用として中胚葉誘導能を持つことが明らかになった。

 以上本研究では、アフリカツメガエルにおいてSII-K1(XSII-K1)を初めて同定し、これが他のS-IIには存在しない繰り返し配列を持つことを明らかにした。さらにXSII-K1が中胚葉誘導能を持ち、背側中胚葉の発生に関与することを示した。これは、転写伸長因子S-IIが発生に働くことを示した初めての例である。発生生物学、細胞生物学の領域に大きく寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値すると認めた。

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