学位論文要旨



No 114617
著者(漢字) 辻,弓子
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,ユミコ
標題(和) センチニクバエの変態期に出現する26-kDa proteaseに関する研究
標題(洋)
報告番号 114617
報告番号 甲14617
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第878号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 講師 加藤,晃一
内容要旨

 完全変態昆虫では、幼虫と成虫の生育環境が大きく変化し、蛹の時期にはその変化に適応するように様々な組織が劇的に作り替えられる。このとき、幼虫の消化管はyellow bodyと呼ばれる袋状の組織に取り囲まれて崩壊し、同時に腸内細菌叢も入れ替わると考えられている。しかしながら、この分子レベルでの崩壊メカニズムは全く明らかにされておらず、その解明は発生学的に興味深い。

 これまでに我々は、センチニクバエの蛹において、抗菌ペプチドSarcotoxin IAの抗体によって認識される分子として、26-kDa proteaseを見出し、精製した。この分子は、変態期に限定されてyellow bodyに分泌されることから、消化管の変態を進行させるために重要な分子であることが予想された。修士課程において私は、26-kDa proteaseがprotease活性に加えて、抗菌活性を有することを見出し、この分子が菌叢の抗体も含む消化管の崩壊過程に関与することを示唆した。また、この分子のcDNAを単離してアミノ酸一次構造を決定し、この分子がトリプシン様の典型的なserine proteaseであることを明らかにした。

 博士課程において私は、26-kDa proteaseの抗菌メカニズムを解析した。また、26-kDa proteaseの昆虫の生体内での役割を解明する目的で、遺伝学的手法が利用できるショウジョウバエにおいてホモローグを単離した。

1.26-kDa proteaseの抗菌メカニズムの解析

 まず、26-kDa proteaseの抗菌スペクトルを解析する目的で、数種のグラム陽性、グラム陰性細菌及びCandidaに対する、抗菌活性を測定した。その結果26-kDa proteaseはグラム陽性菌に対して選択性を持って殺菌性を示すことがわかった。この抗菌スペクトルは、グラム陰性菌に強く作用するSarcotoxin IAとは異なっており、26-kDa proteaseの抗菌メカニズムはSarcotoxin IAのそれとは異なるものと思われる。

 次に、26-kDa proteaseの抗菌作用にprotease活性が関与するか否かを知る目的で、serine protease inhibitorであるDFP(diisopropyl-fluoro-phosphate)により、protease活性を完全に失活させた26-kDa proteaseの抗菌活性を測定した。その結果、protease活性の失活によって抗菌活性は全く影響されないことが明らかになった(Fig.1)。このことから、26-kDa proteaseの抗菌活性はprotease活性ドメインとは異なる、未同定の抗菌活性ドメインによって発現されることが明らかになった。

 さらに、26-kDa proteaseの菌に対する作用様式を知る目的で、26-kDa proteaseを作用させたときの黄色ブドウ球菌を電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、26-kDa proteaseを作用させると、細菌のサイズが約2倍に増大し、また、菌の表面に複数の突起物が観察された(Fig.2)。このような変化は、細胞膜に孔をあけて殺菌性を示すSrcotoxin IAによる変化とは、明確に異なっており、26-kDa proteaseの抗菌活性は、特有の作用メカニズムによっていることが示唆された。

2.26-kDa proteaseショウジョウバエホモローグ(D-26kDa)の同定

 次に、26-kDa proteaseの昆虫の変態期における機能を遺伝学的に解析するために、26-kDa proteaseのショウジョウバエホモローグのcDNAの単離を試みた。方法は、センチニクバエの予想アミノ酸配列をもとにdegenerate primerを作成し、ショウジョウバエの蛹由来のRNAを用いて、RT(reverse transcriptase)-PCR法及び、RACE(rapid amplification of cDNA ends)法によりクローニングを行った。その結果、センチニクバエ26-kDa proteaseと全長にわたって約80%の相同性を示す蛋白をコードするcDNAが得られた(Fig.3-a)。その遺伝子発現時期をノザンブロット法により解析したところ、センチニクバエ26-kDa proteaseと完全に一致し、変態期の初期のみに一過的に発現することが示された(Fig.3-b)。このように、構造、発現時期とも良く一致していることから、単離した遺伝子はショウジョウバエの26-kDa proteaseホモローグをコードすると結論した。

 遺伝学的な解析を行うために、次に、chromosome mappingを行ったところ、この遺伝子のlocusは、染色体の左腕、25Aであることが示された。このlocusを欠損した変異体の1つではD-26kDa遺伝子が破壊されており、また、変態期における発生異常が報告されている。従って、この変異体をツールとして、今後はD-26kDaの機能が遺伝学的に示される可能性がある。

まとめと考察

 本研究で私は、26-kDa proteaseの抗菌メカニズムを解析し、この蛋白が、Sarcotoxin IAとは異なるメカニズムで、抗菌作用を発現することを示した。26-kDa proteaseは新規な抗菌蛋白であり、今後さらに、抗菌活性のドメインを限定し、菌の細胞膜上に存在するターゲット分子を検索することが重要である。

 また、26-kDa proteaseは生体内では、幼虫の消化管を崩壊させ、さらに、同時に腸内から放出される幼虫の常在細菌を、抗菌活性によって排除するという、非常にユニークな様式で機能する二重機能性蛋白なのではないかと考えている。今後、この遺伝子の欠損株の解析を通じて、発生学的な考察を行うことは意義深い。

審査要旨

 完全変態昆虫の幼虫の消化管は、変態期にyellow bodyと呼ばれる袋状の組織に取り囲まれて崩壊し、同時に腸内細菌叢も入れ替わる。しかしながら、この消化管崩壊と細菌叢変換の分子メカニズムは全く明らかにされておらず、その解明は発生学的にも興味深い。ところで、センチニクバエ変態期のyellow body中に特異的に分泌される26-kDa proteaseは、protease活性に加えて、抗菌活性を併せ持つ蛋白であることから、消化管の崩壊過程とそれに伴う幼虫菌叢の殺菌過程に関与することが示唆されている。

 この論文は、26-kDa proteaseの抗菌メカニズムを解析したものである。さらに、26-kDa proteaseの変態期における機能を遺伝学的に解析するために、26-kDa proteaseのショウジョウバエホモローグのcDNAを単離している。

 まず、26-kDa proteaseの抗菌スペクトルを解析する目的で、数種のグラム陽性、グラム陰性細菌及び真菌に対する、抗菌活性を測定した。その結果26-kDa proteaseはグラム陽性菌に対して選択的な殺菌性を示すことがわかった。次に、26-kDa proteaseの抗菌作用にprotease活性が関与するか否かを知る目的で、DFP(diisopropyl-fluoro-phosphate)により、26-kDa proteaseのprotease活性を完全に失活させた条件で抗菌活性を測定した。その結果、protease活性の失活によって抗菌活性は全く影響されないことが明らかになった。このことから、26-kDa proteaseの抗菌活性はprotease活性ドメインとは異なる、未同定の抗菌活性ドメインによって発現されることが明らかになった。

 さらに、26-kDa proteaseの菌に対する作用様式を知る目的で、26-kDa proteaseを作用させたときの黄色ブドウ球菌を電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、26-kDa proteaseを作用させると、細菌のサイズが約2倍に増大し、また、菌の表面に複数の突起物が観察された。

 次に、26-kDa proteaseのショウジョウバエホモローグのcDNAを単離したところ、センチニクバエ26-kDa proteaseと全長にわたって約80%の相同性を示す蛋白をコードすることが明らかになった。そしてその遺伝子発現時期をノザンブロット法により解析したところ、センチニクバエ26-kDa proteaseと完全に一致し、変態期の初期のみに一過的に発現することが示された。また、chromosome mappingにより、この遺伝子の遺伝子座は、染色体の左腕、25Aであることが示された。

 以上、この研究は、26-kDa proteaseの抗菌メカニズムを解析し、プロテアーゼ活性部位とは異なる抗菌活性ドメインの存在を示唆した。今後さらに抗菌活性ドメインを特定することによって、新たな抗菌剤としての応用も可能と思われる。これらの成果は、昆虫生理学の発展に寄与するのみならず、独創的なアプローチから新たな抗菌剤としての応用の可能性を提示した点も高く評価できる。よって博士(薬学)の学位に相当するものと判定した。

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