学位論文要旨



No 114618
著者(漢字) 藤田,義文
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ヨシフミ
標題(和) センチニクバエ体液細胞由来の新規なレクチンgranulocytin(20kDa蛋白)の研究
標題(洋)
報告番号 114618
報告番号 甲14618
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第879号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨

 近年先天性免疫に関わる、ほ乳類の生体防御分子と昆虫のそれとの構造的・機能的相関を示す知見が得られており、よって昆虫をツールとすることでほ乳類の生体防御機構に新たな側面をもたらすことが可能になってきている。昆虫の生体防御には肝臓に相当する脂肪体と、白血球に相当するヘテロな細胞集団である体液細胞が重要であることが示されており、また分子生物学的な解析も進められている。しかし同定された分子は殆どが脂肪体由来であり、体液細胞が合成する生体防御因子はあまり知られていなかった。それ故に、私は体液細胞中にかつ生体防御機構活性化時に発現する分子に注目して、体液細胞の機能を分子生物学的に解析しようと考えた。

 修士課程において私はセンチニクバエを体表傷害することにより、顆粒が表面に露出した体液細胞に対し、特異的に結合する抗体を発見した。そしてその対応抗原が新規な体液細胞に合成される生体防御因子である可能性を考え、大量に得ることが容易なセンチニクバエ胚由来培養細胞NIH-Sape4を出発材料として精製を行った。またその部分的なアミノ酸配列を含むクローンを得て、レクチンと類似する構造を有することを示した。

 本研究では精製された対応抗原(20kDa蛋白、granulocytin)の性状解析と一次構造解析を行った。さらにgranulocytinが種を越えてマウスマクロファージを活性化することも明らかにした。

1.20kDa蛋白(granulocytin)の一次構造決定とレクチン活性の検出

 granulocytinの一次構造を完全に決定するために、5’RACE法を用いて未決定の塩基配列を含むクローンを得た。さらに新規に決定した配列をprobeとしてcolony hybridazationを行うことで、granulocytinの全アミノ酸配列を含むクローンをNIH-Sape 4cDNA libraryから単離した。得られたcDNAは624bpのinsertを含み、173個のアミノ酸からなるopen reading frameを有していた。予想されるアミノ酸配列には、決定したアミノ酸配列が全て含まれていた。他の蛋白と相同性を調べた結果、ハエから得られた2つの分泌性カルシウムイオン要求性レクチン(Sarcophaga lectin,Drosophila lectin)と比較的高い相同性を有しており、約25%のアミノ酸が糖認識配列内で一致していた。

 次にgranulocytinがレクチン活性を実際に有するか知るために、血球凝集活性について解析した。その結果granulocytinはウサギ赤血球をカルシウムイオン存在下で凝集することが明らかになった。なお認識糖を知るために、凝集活性を阻害する糖を検索したが、特に特異的に阻害するものは存在しなかった。

2.20kDa蛋白(granulocytin)の発現解析

 granulocytinは体液細胞から見いだされかつレクチンであることから生体防御因子として機能する可能性が考えられる。私はそれを検証する手がかりを得るために発現解析を行った。最初にgranulocytinが生体防御器官である脂肪体、体液細胞どちらで合成されるか知るため、Northern blot解析を行った。その結果、granulocytinは体液細胞で主要に合成されていていることが明らかになった。そこで生体防御機構が活性化した際にgranulocytinの応答性が存在するか知るために、体表傷害後0、6、24時間経過したセンチニクバエ3齢幼虫より採取した体液細胞のRNAに対してNorthern bolt解析を行った結果、granulocytinの遺伝子発現は体表傷害することで有意に増大することが示された。この結果はgranulocytinが生体防御時に機能し得る分子であることを示唆している。

 次に20kDa蛋白(granulocytin)の生体内の発現部位をを知るために、正常なセンチニクバエ3齢幼虫より採取した組織に対して、immunoblot解析を行った。その結果granulocytinは予想された体液細胞だけでなく、体液中に常在することが明らかになった。またどのサブタイプの体液に存在しているかについても解析した結果、顆粒細胞(granulocyte.ほ乳類では好中球に相当する)に局在することが明らかになった。これらの結果から20kDa蛋白(granulocytin)は顆粒細胞で合成され体液中に常在することが明らかとなり、初期免疫に寄与している可能性が考えられた。

3.マウスマクロファージに対する作用の解析

 さてgranulocytinの実際の機能は現在のところ不明であるが、体液性のレクチンであることから考えて、外来の異物を認識して他の体液細胞を活性化するなどの機能を予測している。しかし昆虫類を用いた活性化検出系の構築は困難であるため、その実証は今のところできない。

 ところでこのような基本的な防御機能は、いわゆる先天性免疫というものの中に含まれることが考えられ、生物種を越えて広く存在することが予想される。そこで私はgranulocytinが生物種を越えて他の生物種の生体防御細胞を活性化する作用を持つ可能性を考え、いくつかのレクチンにより活性化することが報告されているマウスマクロファージの系を用いてgranulocytinの解析を進めた。

 いくつかのレクチンについて、その量的依存にマクロファージによるglucose代謝が促進することが示唆されている。そこでそれを指標としてgranulocytinのマウスマクロファージ培養細胞J774.1に対する活性化効果を調べた。その結果、granulocytinにはJ774.1に対する有意な代謝亢進能が存在することが明らかになった。さらにマクロファージにより合成される炎症性サイトカインであるTNF,IL-6を指標にして、活性化効果について解析した。その結果、granulocytinはTNF,IL-6の産生を誘導する効果を、既知のレクチンと同程度有することが明らかになった。これら3つの指標から、granulocytinはJ774.1を活性化する機能を有することが明らかになった。

 granulocytinの作用メカニズムとして、細胞表面の糖鎖を認識して作用することは容易に予想できる。そこでN型糖鎖合成阻害薬であるtunicamycinをJ774.1に加えてone turn over以上培養することにより糖鎖合成を停止させた条件で、granulocytinによるTNF誘導に影響が見られるか解析した。その結果、TNF誘導能はtunicamycin処理によりほぼ完全に抑制されることが明らかとなった、その際細胞の生存率には殆ど影響が見られないことから、tunicamycinにより細胞全体の代謝・合成が抑制されたのでなく、granulocytinによる活性化が特に抑えられたと考えられる。これらの結果はgranulocytinが細胞表面上の糖鎖を認識するなどの機構によってJ774.1の活性化を行っている可能性を示唆している。

4.まとめ

 本研究で私は、センチニクバエの活性化した体液細胞を、認識する抗体の対応抗原として見いだし、精製した20kDa蛋白(granulocytin)の一次構造を完全に決定し、新規のカルシウムイオン要求性レクチンであることを示した。さらにgranulocytinが体表傷害時(生体防御機構活性時)に遺伝子発現が増大することも明らかにした。またこのレクチンが種を越えてマウスマクロファージ様培養細胞をを活性化する作用を有することを明らかにし、さらにその作用に細胞上の糖鎖が必要である可能性を示した。

 今後の課題としてはマウスマクロファージ上の結合因子を同定すること、及びgranulocytinの機能的ホモログをほ乳類から得ること等の方法で、ほ乳類におけるレクチンによる活性化機序を明らかにすることをまず挙げる。さらに、結合因子のホモログをセンチニクバエから単離するなどの手法でgranulocytinの昆虫生体内における役割を明らかにすることについても行うべきであると考えている。

(参考文献)Fujita,Y.,Kurata,S.,Homma,K.,and Natori,S.,J.Biol.Chem.273,9667-9672
審査要旨

 昆虫の生体防御機構においては脂肪体と、体液細胞が重要であるが、これまで同定された生体防御関連分子の殆どが脂肪体由来であり、体液細胞が合成する生体防御因子についてはあまり知られていなかった。

 この論文は、センチニクバエの体液細胞の細胞表面と特異的に結合する抗体の対応抗原(granulocytin)、の性状解析と構造解析を行い、昆虫の生体防御機構における機能を考察している。さらにgranulocytinが生物種を越えてマウスマクロファージを活性化することを見いだしている。

 まず、単離したgranulocytin cDNAの解析から、その予想アミノ酸配列(173アミノ酸)が、2つの分泌性カルシウムイオン要求性レクチン(Sarcophagalectin,Drosophila lectin)と高い相同性を有しており、約25%のアミノ酸が糖認識配列内で一致することを示した。実際、granulocytinはウサギ赤血球をカルシウムイオン存在下で凝集させるレクチンであることが明らかになった。

 次にNorthern blot解析を行った結果、granulocytinは幼虫の体液細胞で主要に合成され、その遺伝子発現は、幼虫の体表を傷害することで増大することが示された。また、immunoblot解析を行った結果、granulocytinは、体液細胞のうち顆粒細胞に局在し体液中に恒常的に分泌されることが明らかになった。これらの結果からgranulocytinがセンチニクバエの幼虫の生体防御に関与する分子であることが示唆された。

 さらにgranulocytinは、マウスマクロファージ系培養細胞を活性化することが判明した。すなわちgranulocytinは、マウスマクロファージ系培養細胞J774.1に対し、glucose代謝を亢進させ、TNF,IL-6の産生を誘導することが明らかになった。さらにN型糖鎖合成阻害薬であるtunicamycinによって、granulocytinによるTNF誘導がほぼ完全に抑制されることからgranulocytinが細胞表面上の糖鎖を認識するなどの機構によってJ774.1を活性化する可能性を示した。

 以上、この研究は、センチニクバエの幼虫体液細胞が合成する新規なレクチンを発見し、昆虫における生体防御機構への関与を示唆したのに加え、先天性免疫機構が多様な生物種において保存されているという概念から、哺乳類(マウス)の免疫担当細胞を活性化することを見いだしたものである。これらの成果は、昆虫生理学、比較免疫学の進展に寄与すると考えられることから、博士(薬学)の学位に相当するものと判定した。

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