これまでにNGF(神経成長因子)が知覚神経に対する栄養因子であること、BDNF(脳由来神経栄養因子)、NT-3(ニュウロトロフィン-3)が発達途中の神経細胞の機能的成熟に重要であることが示唆されていた。本研究はこれら因子が知覚神経終末が集積する末梢皮膚組織においていかに発現し、痛覚、触覚を含めた知覚機能にいかなる影響を及ぼすか、局所炎症モデルを用いて解析したものである。本研究を通じて炎症や末梢神経障害などによって生じる痛覚過敏やしびれ感などの解明、治療への手がかりが得られると期待される。 ニュウロトロフィンmRNAの高感度測定法の確立 ニュウロトロフィンは微量で不安定であるため組織で検出、定量することはこれまで困難であった。そこでそれぞれのdeletion mutant RNAを内部標準物質としてRNA抽出時より試料に加えて、RT-PCR-HPLCを用いてmRNAの絶対量を測定する方法を確立した。この方法で正常ラットの神経終末の密集している足の裏の皮膚ではNGF、BDNF、NT-3のmRNAの発現量が背中側の皮膚よりはるかに高いことが明らかになった。 炎症モデルにおけるニュウロトロフィンの発現変動 炎症性痛覚過敏モデルをCFA皮下注射により惹起し、炎症部位でのニュウロトロフィンの発現をmRNA量で測定した。NGFのmRNAは炎症惹起急速に誘導され6時間後ピークに達し、BDNFとNF-3の発現は急速に低下、6時間で最低となり、2-3日で回復した。これら因子の蛋白量の変化をELISA法で検討したところほぼ同様の傾向が確認された。 知覚機能の変動とニュウロトロフィン発現変動の関連 熱刺激に対する痛覚過敏は炎症惹起後急速に形成され、6時間でピークに達した。この変化はNGFのmRNA発現変動とパラレルであった。一方炎症時の触角感受性は炎症惹起後3時間で低下し始め10時間で消失2日で回復した。この変動はBDNFとNT-3mRNAの変動とよく一致していた。そこでこれら因子の発現の低下している5時間後にリコンビナントタンパク質を投与したところ特にBDNFで著しい触覚機能の回復促進が認められた。これらの事実よりBDNFが触覚機能の調節に重要な役割をはたすことが示された。 以上、本研究により末梢組織における炎症惹起時にBDNF、NT-3のmRNAの発現が抑制され、これに対応して触覚機能が大幅に低下することからこれら因子の触覚調節因子としての役割が示唆された。またこれら因子がしびれ感などの末梢神経障害にともなう知覚異常の治療薬となる可能性も示された。これらの発見は医療薬学の発展に寄与するところがあり、博士(薬学)の学位に値すると判断された。 |