免疫反応、炎症反応あるいは造血反応のメディエーターとして重要な役割を果たすと考えられているサイトカイン類が、中枢神経系に対しても種々の作用を示すという報告が近年多くみられるようになってきており、サイトカイン類の脳内での生理的、あるいは病態時における役割が注目されている。インターロイキン-1(IL-1)は主に単球やマクロファージ系の細胞から産生されるサイトカインで、種々の細胞に作用し、様々な生物活性を示し、免疫・炎症・造血・内分泌などの生体反応に重要な役割を果たしている。一方IL-1が異常に産生された場合、炎症を伴う疾患などの原因となることが示唆されている。またアルツハイマー病やダウン症候群といった中枢神経系疾患の患者脳脊髄液中、死後脳でIL-1濃度が上昇しているという報告から、IL-1の中枢神経変性、脱落への関与が考えられるが、その詳細は未だ明らかとなっていない。 脳虚血時にみられる神経細胞死は、過剰に遊離されたグルタミン酸等の興奮性アミノ酸による「興奮毒性」で説明されている。一方、脳虚血時にIL-1の発現・遊離が上昇するという報告もある。このことより、IL-1が脳虚血による脳組織障害に何らかの役割を果たしていることが予想される。現在までにIL-1の中枢神経系に及ぼす影響は数多く研究されているが、興奮毒性に直接関与していることを示した報告は未だかつてない。 そこで本研究では、虚血に脆弱である海馬に注目し、興奮毒性による神経細胞死におけるIL-1の果たす役割を追求した。 1.培養海馬切片における興奮毒性による神経細胞死へのIL-1の関与 一過性の前脳虚血により、海馬においてはCA1野に選択的な神経細胞死が観察される。その神経細胞死は、虚血負荷時に遊離される興奮性アミノ酸による興奮毒性によるものであると考えられている。そこでこの現象を、培養海馬切片を用いて再現、観察することを試みた。8日齢C57BL/6マウスより、300m厚の海馬切片を作成、14〜15日間培養した。その後、グルタミン酸受容体の作動薬N-methyl-D-aspartate(NMDA)曝露により細胞死を誘導した。神経細胞死はNMDA曝露48時間後に、Propidium Iodide(PI)5g/mlにより染色される死細胞を、共焦点レーザー顕微鏡を用いて蛍光強度を測定することにより評価した。 NMDAへの15分間の曝露により、濃度依存的、また海馬内の部位特異的な神経細胞死が観察され、CA1野錘体細胞層(CA1)、CA3野錘体細胞層(CA3)、歯状回顆粒細胞層(DG)の順で重篤であった(図1-1)。 次に培養海馬切片におけるIL-1の作用を検討した。培養14〜17日目の培養海馬切片にマウス組み換えIL-1を適用し、その神経細胞の生存に与える影響を検討した。IL-120〜500ng/mlの72時間適用は、神経細胞の生存に影響を与えなかった。次に同時期の培養海馬切片を50M NMDAへ曝露した後、マウス組み換えIL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1RA)を含む培地で48時間培養し、神経細胞の生存に対する影響を観察した。IL-1RAは、CA1野、CA3野、歯状回のどの領野においてもNMDA毒性による神経細胞死を有意に抑制したが、CA1野で最も顕著に観察された。また、この細胞死抑制効果は、十分量のIL-1を共存させることにより消失した(図1-2)。さらに、低濃度(25M)NMDA曝露による神経細胞死は、IL-1の適用により増強された(図1-3)。これらの結果は海馬、特にCA1野におけるNMDA興奮毒性による神経細胞死に内因性のIL-1が関与することを示し、また細胞死の過程の一部に、IL-1受容体を介した作用が寄与していることを示唆する。 さらに、NMDA興奮毒性による神経細胞死に対するIL-1RAの抑制効果は、NMDA曝露の24時間後までIL-1RAを適用している場合に観察されるが、曝露24時間後以降に適用した場合にはその細胞死抑制効果が認められなかった(図1-4)。この結果から、NMDA興奮毒性による神経細胞死に関与する内因性IL-1は、NMDA曝露24時間以内という比較的早期に発現、遊離され、作用していることが示唆された。 図1-1 NMDA濃度依存性図1-2 IL-1RAの作用図1-3 低濃度NMDA毒性に対するIL-1の作用図1-4 IL-1RA作用時間の検討2.IL-1ノックアウトマウス由来培養海馬切片における興奮毒性による神経細胞死 IL-1/ダブルノックアウトマウス由来の培養海馬切片において50M NMDA毒性による細胞死を検討した。野生型マウス由来培養海馬切片と比較すると、CA1野、CA3野での神経細胞死が有意に抑制されていることが明らかとなった(図2)。また、この細胞死抑制効果はIL-1500ng/mlの適用により消失した。この結果は、NMDA興奮毒性による神経細胞死の過程において、IL-1が細胞死を促進する方向へ作用することを強く支持する。 図2 IL-1ノックアウトマウス海馬切片におけるNMDA毒性による神経細胞死3.分散培養系での海馬神経細胞における興奮毒性による神経細胞死へのIL-1の関与 IL-1の神経細胞への作用を明らかにする目的で、分散培養海馬神経細胞を用いて検討を行った。胎生16日齢C57BL/6マウスより海馬を切り出し、酵素処理により分散させ培養を行った。 IL-1の適用により、海馬神経細胞の生存は影響を受けなかった。次に、NMDA毒性による海馬神経細胞死を観察した。50M NMDA適用による神経細胞死に対し、IL-1RAを共添加し、海馬神経細胞死に与える影響を検討したが、IL-1RAは海馬神経細胞死に変化を与えなかった(図3-1)。また、神経細胞死を引き起こさない濃度(12.5M)のNMDA存在下でIL-1の海馬神経細胞の生存に与える影響を検討したが、この条件下でもIL-1は海馬神経細胞の生存に変化を与えなかった(図3-2)。これらの結果から、IL-1は、興奮毒性による神経細胞死に対し、分散培養系では切片培養系とは異なる調節機構をもつことが示唆された。この差違の原因としては、分散培養系では異なる種類の神経細胞が混在していること、グリア細胞非存在下であることなどが考えられた。 図3-1 IL-1RAのNMDA毒性に対する効果図3-2 NMDA存在下でのIL-1の作用4.興奮毒性負荷後に遊離されるIL-1の検討 培養海馬切片におけるNMDA興奮毒性による神経細胞死に対し、内因性IL-1が神経細胞死促進方向へ作用することが示唆された。そこで内因性IL-1の遊離を確認するために、培養海馬切片を50M NMDAへ曝露し、その1、3、6、24時間後の培地中のIL-1濃度を測定した。IL-1測定は、IL-1依存性増殖能を有するマウス胸腺T細胞株D10(N4)M細胞の増殖活性を指標としたIL-1バイオアッセイ法にて行った。その結果、対照群ではどの時点においてもIL-1濃度に変化は認められなかったが、NMDA曝露群では曝露後からIL-1の遊離が始まり、6時間後に最大値を示した(図4-1)。NMDA曝露後の培地中のIL-1濃度変化と、神経細胞死の経時変化と比較すると、IL-1は神経細胞死に先だって遊離され、神経細胞死に寄与していることが示唆された。 培養海馬切片系では、単球、マクロファージは存在しないが、NMDA曝露により内因性のIL-1が遊離され、細胞死に寄与していることが示唆された。そこで、IL-1の由来を明らかにするために、神経細胞とグリア細胞の影響を同時に反映する培養切片系ではなく、培養海馬神経細胞及び培養マイクログリアを用い、NMDA曝露により遊離される内因性IL-1の測定を試みた。 胎生16日齢マウス由来の海馬神経細胞を培養7日目に500M NMDAに15分間曝露し、その24時間後の培地中IL-1濃度を測定した。しかし、培養海馬神経細胞のみの培養系では対照群、NMDA曝露群共に、培地中にIL-1は検出されなかった。 生後1〜2日齢マウス由来の培養マイクログリアに対しても同様に500M NMDA曝露を行い、その24時間後の培地中IL-1濃度を測定した。その結果、対照群に比べ、NMDA曝露群では、培地中IL-1濃度は有意に上昇していた(図4-2)。 図4-1 培養海馬切片からのIL-1遊離図4-2 培養マイクログリアからのIL-1遊離 これらの結果から、NMDA曝露により遊離されるIL-1は神経細胞ではなく、少なくとも一部はマイクログリア由来であることが示された。 総括 培養海馬切片系でのNMDA興奮毒性による神経細胞死の過程において、IL-1が細胞死促進方向へ作用することを明らかにした。またNMDA興奮毒性負荷によりIL-1が遊離されるが、少なくともその一部がマイクログリア由来であることが明らかになった。 脳虚血時には大量の興奮性アミノ酸が遊離され、受容体を介した神経細胞の過剰興奮が生じることにより、神経細胞死が起こると従来考えられてきた。一方、本研究により、興奮性アミノ酸によりマイクログリアからIL-1が遊離され、IL-1受容体を介した作用が神経細胞死に寄与するという、より複雑な機構が存在する可能性が示唆された。この結果は、脳虚血性障害に新たな発生メカニズムが介在する可能性を意味し、虚血脳におけるIL-1の役割を詳細に解析することにより、脳虚血障害に対する新規治療法の開発に貢献できるものと期待される。 |