学位論文要旨



No 114626
著者(漢字) 青木,孝弘
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,タカヒロ
標題(和) ポリオウイルス5’非翻訳領域中のStem Loop IIに結合する宿主細胞蛋白質の解析
標題(洋)
報告番号 114626
報告番号 甲14626
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第887号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 北,潔
内容要旨

 ポリオウイルス(PV)は、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属し、小児麻痺(急性灰白髄炎)の病因である。そのゲノムは、全長約7500塩基よりなるプラス鎖の一本鎖RNAである。RNAの5’末端にはVPgと呼ばれるポリオウイルス由来の蛋白質が結合しており、キャップ構造は存在しない。5’側には、約750塩基よりなる非翻訳領域(noncoding region;NCR)が存在しており、RNA合成開始及び蛋白質合成開始に関する重要なシグナルが存在すると考えられている。ポリオウイルスRNAの5’NCRは複雑な2次構造をとると予想されている。5’NCRの最初の90塩基(SL I)は、クローバーリーフ状の構造をとると予測されており、RNA複製を制御しているシスエレメントである。5’NCR中のSL I以外の部分(SL II-SL VI)は、翻訳開始の制御をなすシスエレメントであり、internal ribosomal entry site (IRES)と呼ばれる。ポリオウイルスの翻訳はキャップ構造依存的ではなく、IRESにリボゾームがエントリーし開始される。in vitro系でポリオウイルスの翻訳を行う場合、HeLa S10画分中では効率良く翻訳されるのに対し、RRL(Rabbit Reticulocyte Lysate)中での翻訳効率は低い。この事実より、RRLではHeLa S10と比較してポリオウイルスの翻訳に必要な因子が量的又は質的に不足していると考えられる。つまり、ポリオウイルスの複製には、宿主であるヒトの因子が必要であると考えられる。現在までにポリオウイルスの複製に必要な宿主蛋白質の検索を目的として、5’NCRの全長又はその内部に予想されているStem Loop等の様々な領域をプローブとしてゲルシフト法とUVクロスリンク法が行われてきた。多くの5’NCR結合蛋白質の存在が報告されたが、実際に厳密に同定まで至った蛋白質は同定順に、PTB、LaそしてPCBP-2の3種類である。

 ポリオウイルスRNAの5’NCRの中に予想されるStem Loop II構造(塩基番号124-162、以下SL II、Fig.1A)は、ポリオウイルスのIRESの機能発現に重要であるとされてきたが、我々は、このSL IIが、ポリオウイルスのRNA合成開始にも重要な役割を果たしていることを明らかにした。

 そこで本研究では、ポリオウイルス複製の分子メカニズムの理解を深めることを目的とし、SL IIに結合する宿主側の分子をUVクロスリンク法を用いて同定した。

1.ポリオウイルスSL IIに結合する宿主細胞蛋白質の同定

 ポリオウイルスのSL II結合蛋白質をHeLa S3細胞のS10(HL S10)画分を用いてUVクロスリンク法で検索した結果、主に100kDa(p100)、52kDa(p52)および40kDa(p40)の3種類の蛋白質が結合することが明らかとなった(Fig.1B、レーン1)。SL IIの欠失変異体を用いた実験により、SL IIの塩基番号125-128の部位が3種類のSL II結合蛋白質の結合に必須であることが判明した(Fig.1A)。

 これらの蛋白質をHeLa S100画分より分離精製し、N末端の一次構造を決定したところ、p100はeukaryotic elongation factor-2(EF-2)、p40は新規蛋白質であると推定された。また、p52に関しては、部分精製した画分をウエスタン法によりLaと呼ばれるautoantigenの抗体で調べたところ、Laの挙動とp52の挙動が一致したのでp52はLaであると推定された。3種類の蛋白質が、確かにSL II結合蛋白質であることを確かめるためにUVクロスリンク法を行った後各蛋白質に対する抗体を用いて免疫沈降法を行った。p40、LaおよびEF-2に対する抗体で、それぞれの分子量の位置にラベルされたバンドが検出されたので、3種類の蛋白質はSL II結合蛋白質であると確認された。

 p40の結合は、他の2種類のSL II結合蛋白質とは異なりPV感染HL S10(PVHL S10)画分を用いた場合には観察されなかった(Fig.1B、レーン4)。p40はポリオウイルス感染によりそのSL IIへの結合が変化するので、ウイルス複製に何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。そこでp40の解析を中心に以下の実験を進めた。

Fig.1 SL II結合蛋白質A)SL IIの2次構造と塩基配列.B)HeLaの各分画中の結合蛋白質.C)ウエスタンによるp40の検出.
2.p40の解析

 p40のN末端の一次構造を元にDNAのデータベースを検索した結果、ヒトEST DNAデータベース中のcDNA配列の4個を翻訳して得られたアミノ酸配列と、決定した蛋白質のアミノ酸配列が一致した。そこで、この配列をもとにプライマーを作成し、ヒトcDNAライブラリーを鋳型としてPCRを行い、179bpよりなるp40の5’末端と推定されるDNA断片を得た。このDNAをプローブとして、上記のcDNAライブラリーをプラークハイブリダイゼイション法によりスクリーニングしクローンを得た。このクローンには1200塩基対よりなるcDNAが含まれており、359アミノ酸で構成される約40kDaの蛋白質がコードされていた(Fig.2A)。

 DNA配列より推定されるp40の全長のアミノ酸配列を元にp40のホモロジー検索を行ったところ、p40のアミノ酸配列は、大腸菌のシアル酸合成酵素と考えられているneuBのアミノ酸配列と35%が一致し、相同性は62%であると判明した(Fig.2A)。この酵素が存在する種は、細菌類のみであると考えられており、ヒトではこの酵素により触媒される反応は存在せず、別の経路で合成されると考えられている。

 さらに、p40のC末端の約60アミノ酸は、antifreeze peptide type IIIと呼ばれる寒冷地の魚の凍結を防止する役割を果たす約60アミノ酸よりなるペプチドの全長と非常に相同性が高いこと(44%のアミノ酸配列が同一で、相同性は60%である)が判明した(Fig.2B)。つまり、p40は、antifreeze peptide type IIIの前駆体として分泌されている可能性も考えられた。

Fig.2 p40とそのhomologの可能性のある蛋白質のアミノ酸配列の比較.A)p40とNeuB.B)p40のC末端とAntifreeze peptide Type IIIのAB2. *;identities.;positives

 p40はこれらの蛋白質のホモローグの可能性が考えられるが、現在までのところp40の本来の活性に関しては不明である。またp40には、既知のドメイン構造は存在しなかった。

 ヒトの組織におけるp40のmRNA分布を解析したところ、前立腺や膵臓といった分泌系の組織での発現が多いものの、全組織でそのmRNAの存在が確認された(Fig.3)。

Fig.3ノーザン法によるp40mRNAの検出.

 p40の結合は、S10画分を用いた場合にはウイルスの感染によりその結合が変化する(Fig.1B、レーン1、4)が、ウエスタン法によりS10画分中のp40の存在量は変化しない事が判明した(Fig.1C、レーン1、4)。よってウイルス感染により、p40が分解するのではなくp40はPVHL S10画分に存在するがSL IIに結合できなくなっていると考えられた。一方S100画分を使用した場合、ウイルス感染・非感染を問わずp40のSL IIへの結合が観察された(Fig.1B、レーン2、5)。また、リコンビナントp40にPVHL P100を加えたところp40のSL IIへの結合が阻害されることが判明した(Fig.4、レーン2-4)。ゆえに、ウイルス感染の結果p40のSL IIへの結合を阻害する物質(結合阻害物質)が生成され、この物質は細胞分画を行うと主にP100画分に分画されると推定された。さらに、ポリオウイルス由来の蛋白質が阻害活性を直接引き起こす可能性を確かめるために、部分精製後の結合阻害活性を有する画分をポリオウイルスの非構造蛋白質に対する7種類の抗体(Anti-2A、2B、2C、3A、3B、3C及び3D)を用いてウエスタンブロッティング法で調べた結果、ポリオウイルス由来の蛋白質は検出されず、ウイルス蛋白質が直接阻害活性を有しているのではないことが判明した。

Fig.4結合阻害物質の解析.A)リコンビナントp40を用いた結合阻害物質の解析.B)結合阻害物質の性質の解析.
3.結合阻害物質の解析

 ポリオウイルス感染の結果p40結合阻害物質が生じると考えられるので、この物質の解析を行った。

 結合阻害物質が蛋白質性の物質であることを確認するために、熱やフェノールでPVHL P100画分を処理してその阻害作用を調べたところ、両処理により結合阻害効果は失われることが判明した(Fig.4B)。

 現在までに、結合阻害物質の精製はQ Sepharose、SP Sepharoseおよびゲル濾過の3段階による部分精製が終了した。またゲル濾過の結果によりその分子量は、約34kDaと推定された。

まとめ

 ポリオウイルスのSL IIに結合する3種類の蛋白質の分離同定を行い、新規物質p40、La及びEF-2が結合していることが判明した。

 p40はヒトの各組織に広く分布している蛋白質で、大腸菌のシアル酸合成酵素(NeuB)とantifreeze peptide type IIIに相同性が高いが、その本来の生体内における役割は現在のところ不明である。

 p40の結合阻害効果は、ウイルス感染によるp40自体の変化ではなく、ポリオウイルス由来の蛋白質が発現する結果生じる結合阻害物質による阻害作用である事が明らかとなった。

審査要旨

 ウイルス複製には、多くの宿主細胞側分子群の関与が必要である。近年、このような宿主分子の分離・同定が急速に進行しており、宿主-ウイルス間の分子レベルでの相互作用の理解が深まりつつある。

 ポリオウイルスゲノムの5’非翻訳領域に相当するRNA領域内のstem-loop構造II(SLII)は、ポリオウイルス特異的蛋白質合成開始およびRNA合成開始の両方にとって重要なシスエレメントであると考えられている。本論文では、このSLIIに着目し、このRNA領域に結合する宿主分子の分離・同定、およびSLII上の結合部位の詳細な解析を行った。さらに、ポリオウイルス感染細胞中には、ある宿主分子(p40)のSLII結合を阻害する物質が存在することを明らかにし、その阻害物質の生成とウイルス感染過程との関連性を解析し、阻害物質を部分精製することに成功した。

 UVクロスリンク法により、SLIIに結合する宿主分子の探索を行った。その結果、ヒトHeLa細胞のS10画分中に主に3種類(p100,p52,p40)のSLII結合分子が存在することを示した。これらの宿主分子の精製を行い、精製した分子について部分的にアミノ酸配列を決定するなどし、さらに特異的抗体を使用した免疫沈降法を使用して、同定した分子の確認実験を行った。その結果、p100はeukaryotic elongation factor-2(EF-2)、p52は自己免疫疾患の自己抗原として知られ、RNAポリメラーゼIIIの転写因子でもあるLa蛋白質、p40はヒトの新規蛋白質であることを明らかにした。また、いずれの蛋白質の結合にも、SLII上の塩基番号125-128が重要であることを明らかにした。p40は、大腸菌のシアル酸合成酵素と考えられているNeuBと62%の相同性(35%の同一性)を持っていた。またp40のC末端の約60アミノ酸は、antifreezeペプチドtypeIIIの全長とも60%の相同性(44%の同一性)を示した。現在のところ、ヒトでの機能は不明である。

 ポリオウイルス感染HeLa細胞のS10画分を使用すると、p40のSLII結合が観察されなくなることを見出し、この現象を詳細に解析した。まず、感染HeLa細胞のS10画分中にも非感染細胞のS10画分中と同じ程度の量のp40が含まれることを示した。さらに、感染HeLa細胞のS100画分中のp40はSLIIに結合すること、p40のSLIIへの結合は、感染HeLa細胞からのP100抽出液の添加によりのみ阻害されることを明らかにし、この現象は、ポリオウイルス感染に伴って生じる修飾された宿主分子によるものであることを示唆した。

 ポリオウイルス感染後、経時的に、RNA合成阻害剤や蛋白質合成阻害剤を添加する実験により、p40結合阻害物質の生成には、ポリオウイルス特異的蛋白質の産生が必要であることを明らかにした。阻害物質の部分精製にも成功し、この物質は約34kDaの蛋白質であると推定した。

 以上の研究は、ポリオウイルスと宿主細胞の分子レベルの相互作用に関する重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)号を授与するに値する。

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