学位論文要旨



No 114627
著者(漢字) 梅原,崇史
著者(英字)
著者(カナ) ウメハラ,タカシ
標題(和) 新規ヌクレオソーム構造変換因子BCF-1の転写・DNA複製における制御活性の解析
標題(洋)
報告番号 114627
報告番号 甲14627
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第888号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 武藤,誠
内容要旨

 染色体からの遺伝子発現機構を理解するには、クロマチン・ヌクレオソーム構造の制御機構を解明することが不可欠である。著者は、TFIIDサブユニットでかつヒストンアセチル化酵素として知られるCCG1と相互作用する因子として新規に単離したBCF-1(Bromodomain of CCG1-interacting Factor-1)に着目し、ヌクレオソーム構造変換機構の理解を目指した。BCF-1はCCG1だけでなくヒストンH3を含む様々なクロマチン関連因子とも相互作用し、ヒストン8量体を鋳型DNAに巻き付けるヌクレオソームアセンブリー因子である。しかし、BCF-1のヌクレオソーム構造変換活性が生体内でも機能しているのか、またヌクレオソームを鋳型とする反応のどの局面にBCF-1が寄与するのかは不明であった。本研究において著者は、BCF-1が生体内で果たすヌクレオソームDNAからの反応局面を明らかにすることを目指して出芽酵母・分裂酵母BCF-1の解析を行い、BCF-1がヌクレオソームを鋳型とした転写反応・DNA複製反応制御に関与することを遺伝学的手法により示唆した。また多細胞生物においてBCF-1はファミリーを形成し、BCF-1ファミリー2種のうち1種(BCF-1b)が発生・分化特異的に発現するという興味深い知見を得た。

結果と考察(1)BCF-1の遺伝子単離と一次構造の特微

 BCF-1の細胞内機能を解析するため、酵母からBCF-1遺伝子を取得した。ゲノム情報から出芽酵母ではただ1種相同因子が存在することが判明したが、さらに多細胞生物の分子機構と相同性が高い分裂酵母からbcf1+遺伝子を単離した。BCF-1は進化上高保存されており、中央の約150アミノ酸領域ではヒトと分裂酵母で58%、ヒトと出芽酵母で62%の同一性を示した。このような保存性は転写関連因子ではヒストンやTBPに次ぐものである。さらに哺乳類において、BCF-1は少なくとも2種のファミリー遺伝子を構成することを見い出した。

(2)BCF-1のin vivoヌクレオソーム構造変換活性の解析(2.1)BCF-1のサイレンシング活性の検討

 in vivoヌクレオソーム構造変換にBCF-1が関与するかどうかを理解するため、テロメア近傍のクロマチン構造に対するBCF-1の効果を検討した。真核生物の染色体末端では特異的なクロマチン構造が形成されており、プロモーターと無関係に遺伝子発現が負に制御(サイレンシング)されている。in vivoにおいてBCF-1がヌクレオソーム構造変換に関わるなら、クロマチン構造によるサイレンシングの強度を変化させることが期待される。そこでテロメア近傍に遺伝子を挿入した株を用いてBCF1強制発現の表現型を調べたところ、BCF1の強制発現によりテロメア近傍遺伝子の発現抑制が解除された。この結果はBCF1強制発現株ではテロメア領域のクロマチン凝縮が不安定化していることを意味しており、in vivoにおいてBCF-1がクロマチン変換反応に関与することが示唆された。

(2.2)BCF-1の機能ドメイン解析

 次に内在性BCF-1の機能を理解するために分裂酵母bcf1+破壊株を作成したところ、bcf1+は生育に必須な遺伝子であることが判明した。そこでBCF-1の機能領域を特定することを目指してbcf1+欠損による致死性が他種BCF-1で救済されるかどうかを検討した。その結果、bcf1+はヒトBCF-1ファミリーでは相補できないが、出芽酵母BCF1では相補可能なことが判明した。酵母BCF-1は特異的な酸性アミノ酸領域を持つことから分裂酵母の生育にはこのC末端酸性領域が不可欠なことが考えられたが、段階的欠失体を用いた解析から本領域は分裂酵母の生育に不必要なことが判明した。酵母BCF-1のC末端酸性領域はヌクレオソームアセンブリー活性・ヒストン結合能にも必須ではないことから、BCF-1の機能は分子中央の高保存領域で決定されていると予想された。

(3)BCF-1の転写制御活性およびDNA複製制御活性の解析(3.1)BCF-1により発現制御を受ける遺伝子の探索

 BCF-1がin vivo、in vitroにおいてヌクレオソーム構造変換に関わることが示唆されたが、実際にどのような核内反応に貢献するのだろうか?ここでBCF-1がTFIID相互作用因子として単離された経緯から、ヌクレオソーム構造変換を必要とする核内反応の中でも転写段階で機能していることが考えられた。そこでBCF-1が生体内で転写制御能を持つかどうかを検討するために、BCF1変異で発現量が変動する遺伝子を出芽酵母全ORFに対して探索した。その結果、BCF1遺伝子欠損により発現が上昇する既知遺伝子17種、発現が抑制される既知遺伝子50種が存在することが判明した。BCF-1は哺乳類培養細胞における形質導入実験から転写活性化能が見出されている。従って両知見から、BCF-1が細胞内において特定の遺伝子群に対して発現制御活性を担うことが示唆された。また隣接するARS(複製開始配列)依存に発現量が調節されるヒストンH2A遺伝子がBCF1に制御されることから、BCF-1がARS依存の遺伝子発現調節に関与することが考えられた。

(3.2)BCF-1によるDNA複製反応制御機構の検討

 上記の知見からBCF-1自身がDNA複製を制御している可能性が考えられた。実際、bcf1-株ではDNA合成阻害剤であるヒドロキシウレアに感受性を示すことから、BCF-1がDNA複製の調節に関与することが示唆された。なおbcf1-株でも既知DNA複製関連遺伝子の発現は殆ど変動していないことから、DNA複製へのBCF-1の関与は複製関連因子の量的変動に依るものではないと考えられる。また転写装置などの伸長停止によりDNA複製伸長が阻害されている可能性を排除するため、転写伸長阻害剤6アザウラシル処理によるプラスミド脱落効率の変動を検討したところ、転写伸長が阻害される条件下でもbcf1-株のプラスミド脱落効率は上昇しないことが示唆された。上記二点の知見から、BCF-1自身が持つ転写制御活性とは無関係にBCF-1がDNA複製反応を調節していることが考えられた。

 次にARS数を変化させた時のプラスミド脱落効率の検討を通してBCF-1のDNA複製開始反応への関与を検証した。bcf1-株においてARS数を増加させてもプラスミド脱落効率は減少しないことから、bcf1-株において複製起点からのDNA複製開始頻度が低下している可能性は考えにくいと言える。BCF-1が複製開始反応に関与しないことから、BCF-1の複製制御は伸長過程で作用していることが予想される。この予想モデルはBCF-1がヌクレオソームアセンブリー活性を担うという知見とよく整合している。

(4)新規哺乳類BCF-1ファミリーBCF-1bの時期・細胞種特異的な発現分布解析

 BCF-1は酵母では1種しか存在しないが、多細胞生物においては少なくとも2種のファミリーからなる。従って多細胞生物のBCF-1ファミリーは、多細胞生物におけるヌクレオソーム構造の多様化に対応して機能分化したと予想される。事実、哺乳類ではBCF-1aが普遍的に発現する一方で、BCF-1bは精巣を中心として限局した組織で発現することから、クロマチン構造変換反応においてBCF-1aが普遍的に働き、BCF-1bが組織特異的に働くと考えられる。そこでBCF-1ファミリーが細胞種特異的に機能する反応局面を限定することを目的として、BCF-1bの精巣における発現を解析した。

 第一に精子細胞を欠損するW/W’変異マウスを用いてBCF-1bの発現を検討した結果、BCF-1bは精巣において精子系列細胞特異的に発現することが判明した。次に生後日齢ごとの精巣解析から、BCF-1bは精原細胞で発現を開始していることが示された。さらに分化精細胞でのBCE-1bの発現を細胞分画により検討した結果、BCF-1bは精母細胞では蓄積するが、減数分裂が終了した精子には存在しないことが判明した。BCF-1bが発現する時期は細胞増殖が盛んな時期と対応しており、生殖細胞でのDNA複製にBCF-1bが関与している可能性が考えられる。またBCF-1bが高発現する時期は、精母細胞核内でクロマチン構成成分が通常のヒストンから精母細胞特異的なヒストンへ交換され、ゲノムが高度に凝縮していく過程とも一致している。BCF-1はヒストンと相互作用してヌクレオソームアセンブリー活性を持つことから、BCF-1bファミリーは精巣特異的ヒストンなどと相互作用し、精子形成時のクロマチン凝縮や精子クロマチシからの核内反応に寄与することが考えられた。

結論

 本研究において、新規ヌクレオソームアセンブリー因子BCF-1が生体内においてクロマチン構造の変換制御活性を持つことがin vivo強制発現実験によって示唆された。これはヌクレオソームアセンブリー因子として初めての知見である。さらに遺伝学的解析から、BCF-1が転写反応およびDNA複製反応の両方の制御に独立して関与することが示唆された。即ちBCF-1は、転写・DNA複製の両反応過程においてヌクレオソームの構造変換に関わり、クロマチン転写・クロマチンDNA複製反応を制御することが考えられた。一方、哺乳類のBCF-1ファミリーについては、普遍的に発現する型(BCF-1a)以外に時期・細胞種特異的に発現する型(BCF-1b)が存在することを見出し、特にBCF-1b遺伝子の精巣における発現は細胞増殖が盛んな精原細胞から精母細胞に限局しており、DNA複製・減数分裂を終了した精子細胞には存在しないことを明らかにした。上記の結果は、染色体クロマチン構造変換の基本的かつ調節的な反応機構を解き明かす上で重大な知見であるばかりでなく、クロマチン構造変換過程においてBCF-1が中心的な役割を担うことを示唆する点でも意義深い。

審査要旨

 梅原崇史氏の学位論文「新規ヌクレオソーム構造変換因子BCF-1の転写・DNA複製における制御活性の解析」について審査を行った結果、合格と判定した。

 梅原崇史氏は、真核生物における遺伝子発現調節機構を理解するためには染色体のクロマチン・ヌクレオソーム構造の制御機構を解明することが不可欠であるという観点から、ヒストンアセチル化酵素活性を有するTFIIDサブユニットCCG1の新規相互作用因子BCF-1(Bromodomain of CCG1-interacting Factor-1)に着目して、ヌクレオソーム構造変換反応の分子機構を解明することを目指した。BCF-1はこれまでの解析から、CCG1だけでなくヒストンH3を含む様々なクロマチン関連因子とも相互作用し、ヒストン八量体を鋳型DNAに巻き付けるヌクレオソームアセンブリー因子であることが示唆されている。しかし、BCF-1のヌクレオソーム構造変換活性が生体内でも機能しているのか、またヌクレオソームを鋳型とする各種反応のどの局面に寄与するのかは不明であった。

 本学位論文において梅原崇史氏は、新規のヌクレオソームアセンブリー因子BCF-1が生体内において関与するヌクレオソームDNAからの反応局面を明らかにすることを目的として、酵母からBCF-1をコードする遺伝子の単離を行い、その遺伝子の機能解析を行った。

 第一に同氏は、BCF-1の細胞内機能を解析するため、出芽酵母ならびに分裂酵母からBCF-1遺伝子を取得した。BCF-1遺伝子産物は進化上高度に保存されており、中央の約150アミノ酸からなる領域ではヒトと出芽酵母で62%、ヒトと分裂酵母で58%の同一性を示すことを見出した。またこのようなBCF-1の高い保存性が、転写関連因子ではヒストンやTATAボックス結合因子TBPに次ぐものであることを指摘した。

 次に同氏は、BCF-1が細胞内においてクロマチン構造を変換する活性を持つことをBCF-1遺伝子の細胞内強制発現実験によって示唆した。さらに、BCF-1がヌクレオソームを鋳型とした転写反応およびDNA複製反応の制御に関与することを遺伝学的実験を通して示唆した。上記二点の結果は、ヌクレオソームアセンブリー因子として初めての知見であり、BCF-1が転写・DNA複製の両反応過程においてヌクレオソームの構造変換反応に関わり、クロマチン転写・クロマチンDNA複製反応を制御する中心的因子であることを示唆した点で重要である。このように同氏の学位論文は、ヌクレオソームアセンブリー因子の細胞内機能を初めて本格的に追究した研究として極めて意義深いことを審査委員全員が認定した。

 さらに本学位論文では、多細胞生物においてBCF-1が遺伝子ファミリーを形成し、BCF-1ファミリーの1種(BCF-1b)が時期・細胞特異的に発現する結果を報告している。この中で同氏は特に、組織特異的BCF-1bが最も高発現している精巣を用いて、BCF-1bの発現を詳細に検討した。即ち、精子細胞を欠損する変異マウスの解析、生後日齢ごとの精巣解析、細胞分画した分化精細胞の解析を通して、BCF-1b遺伝子が精巣において精子系列細胞にのみ発現すること、さらに精子系列細胞では増殖中の精原細胞および分化初期の精母細胞にBCF-1bが検出される一方、減数分裂が終了した精子細胞にはBCF-1bが検出されないことを見出した。BCF-1bが発現する時期は細胞増殖が盛んな時期と対応していたことから、増殖細胞におけるDNA複製過程などにBCF-1bが関与する可能性が考えられた。本知見は、ヌクレオソームアセンブリー因子の細胞内における基本的な反応制御メカニズムを解明する上で重要な知見であるばかりでなく、多細胞生物の発生・細胞分化に対してヌクレオソームアセンブリー因子が調節的な機能を担うことを示唆する点において極めて新規であると認定した。

 以上の審査結果を踏まえ、審査委員全員は、梅原崇史氏の学位論文について合格と判定した。

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