梅原崇史氏の学位論文「新規ヌクレオソーム構造変換因子BCF-1の転写・DNA複製における制御活性の解析」について審査を行った結果、合格と判定した。 梅原崇史氏は、真核生物における遺伝子発現調節機構を理解するためには染色体のクロマチン・ヌクレオソーム構造の制御機構を解明することが不可欠であるという観点から、ヒストンアセチル化酵素活性を有するTFIIDサブユニットCCG1の新規相互作用因子BCF-1(Bromodomain of CCG1-interacting Factor-1)に着目して、ヌクレオソーム構造変換反応の分子機構を解明することを目指した。BCF-1はこれまでの解析から、CCG1だけでなくヒストンH3を含む様々なクロマチン関連因子とも相互作用し、ヒストン八量体を鋳型DNAに巻き付けるヌクレオソームアセンブリー因子であることが示唆されている。しかし、BCF-1のヌクレオソーム構造変換活性が生体内でも機能しているのか、またヌクレオソームを鋳型とする各種反応のどの局面に寄与するのかは不明であった。 本学位論文において梅原崇史氏は、新規のヌクレオソームアセンブリー因子BCF-1が生体内において関与するヌクレオソームDNAからの反応局面を明らかにすることを目的として、酵母からBCF-1をコードする遺伝子の単離を行い、その遺伝子の機能解析を行った。 第一に同氏は、BCF-1の細胞内機能を解析するため、出芽酵母ならびに分裂酵母からBCF-1遺伝子を取得した。BCF-1遺伝子産物は進化上高度に保存されており、中央の約150アミノ酸からなる領域ではヒトと出芽酵母で62%、ヒトと分裂酵母で58%の同一性を示すことを見出した。またこのようなBCF-1の高い保存性が、転写関連因子ではヒストンやTATAボックス結合因子TBPに次ぐものであることを指摘した。 次に同氏は、BCF-1が細胞内においてクロマチン構造を変換する活性を持つことをBCF-1遺伝子の細胞内強制発現実験によって示唆した。さらに、BCF-1がヌクレオソームを鋳型とした転写反応およびDNA複製反応の制御に関与することを遺伝学的実験を通して示唆した。上記二点の結果は、ヌクレオソームアセンブリー因子として初めての知見であり、BCF-1が転写・DNA複製の両反応過程においてヌクレオソームの構造変換反応に関わり、クロマチン転写・クロマチンDNA複製反応を制御する中心的因子であることを示唆した点で重要である。このように同氏の学位論文は、ヌクレオソームアセンブリー因子の細胞内機能を初めて本格的に追究した研究として極めて意義深いことを審査委員全員が認定した。 さらに本学位論文では、多細胞生物においてBCF-1が遺伝子ファミリーを形成し、BCF-1ファミリーの1種(BCF-1b)が時期・細胞特異的に発現する結果を報告している。この中で同氏は特に、組織特異的BCF-1bが最も高発現している精巣を用いて、BCF-1bの発現を詳細に検討した。即ち、精子細胞を欠損する変異マウスの解析、生後日齢ごとの精巣解析、細胞分画した分化精細胞の解析を通して、BCF-1b遺伝子が精巣において精子系列細胞にのみ発現すること、さらに精子系列細胞では増殖中の精原細胞および分化初期の精母細胞にBCF-1bが検出される一方、減数分裂が終了した精子細胞にはBCF-1bが検出されないことを見出した。BCF-1bが発現する時期は細胞増殖が盛んな時期と対応していたことから、増殖細胞におけるDNA複製過程などにBCF-1bが関与する可能性が考えられた。本知見は、ヌクレオソームアセンブリー因子の細胞内における基本的な反応制御メカニズムを解明する上で重要な知見であるばかりでなく、多細胞生物の発生・細胞分化に対してヌクレオソームアセンブリー因子が調節的な機能を担うことを示唆する点において極めて新規であると認定した。 以上の審査結果を踏まえ、審査委員全員は、梅原崇史氏の学位論文について合格と判定した。 |