学位論文要旨



No 114630
著者(漢字) 竹園,文
著者(英字)
著者(カナ) タケソノ,アヤ
標題(和) GDP/GTP交換反応非依存性の三量体Gタンパク質の活性化因子
標題(洋) Factors activating heterotrimeric G-proteins independent of nucleotide exchange
報告番号 114630
報告番号 甲14630
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第891号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨

 三量体Gタンパク質(Gタンパク質)を介する情報伝達は、構成する受容体、Gタンパク質、効果器分子の三つの主なコンポーネントの量的関係、また、それぞれのサブタイプの組み合わせ、他の情報伝達系からのCross-talk,あるいは、周囲に存在する修飾タンパク質による制御等に影響され、非常に多様である。しかし、この情報伝達系は、細胞外からの情報に基づき特異的な細胞内応答を引き起こす非常に選択的なものでもある。この情報伝達の特異性および選択性を説明する因子として、新たな修飾タンパク質の関与が考えられている。ウシ脳から精製された三量体Gタンパク質(Go)をNG108-15細胞の膜分画とインキュベーションすると、他の細胞より調製した膜分画に比較して、非常に強いGタンパク質の活性化作用(GDP/GTP交換反応の促進)が観察された。さらに、百日咳毒素を前処置したGoタンパク質を用いても、同様な活性化作用がみられたことから、NG108-15細胞に存在する因子は、受容体を介するGタンパク質の活性化機構とは異なるメカニズムで作用することが示唆された。本研究では、このように受容体非存在下でGタンパク質を活性化する修飾タンパク質を同定することを目的とし、出芽酵母(S.cerevisiae)を用いた発現クローニングを行った。

酵母発現クローニング

 出芽酵母(S.cerevisiae)のhaploid cellには、ただ一つのGタンパク質を介する情報伝達系(pheromone response pathway)が存在する(図1).本研究のスクリーニングには、以下の性状をもつ遺伝子組み換え酵母(CY1316/1183)を用いた(M.J.C.et al.submitted to Nature; M.J.C.et al.submitted to Nature Biotechnology)。CY1316/1183酵母では、フェロモン受容体(接合因子)および酵母Gサブユニット(Gpa1)が欠損しており、代わりに、酵母のGサブユニットと相互作用するキメラのヒトのGi2(Gpa1(1-41)-Gi2)が導入されている。また、Pheromone pathwayの活性化を選択培地での生育として確認するため、HIS3遺伝子がFUS1のプロモーターの下流に組み込まれており、さらに、Pheromone pathway活性下においても正常な生育を示すよう、あらかじめFAR1遺伝子が除かれている。これらの遺伝子操作により、CY1316/1183酵母では、外来遺伝子の導入によるperomone pathwayの活性化をヒスチジン欠失選択培地での生育として確認できる。

図1.出芽酵母(Saccharomyces.cerevisiae)のpheromone response pathway

 スクリーニングの材料として、NG108-15細胞由来の酵母発現プラスミドライブラリーを作製した(pYES2-NG108-15ライブラリー)。このライブラリーでは、cDNAがGAL1プロモーターの下流に組み込まれているため、cDNAはガラクトース依存性に発現が誘導される。スクリーニングは、pYES2-NG108-15ライブラリーを用いて、酵母CY1316/1183を形質転換させ、ガラクトース依存性にヒスチジン欠失選択培地で生育するクローンを選別することで行った。

Gタンパク質活性化因子の同定

 計5回のスクリーニングの結果、ガラクトース依存的に選択培地で生育する3つのクローンを得た(#34,#37,#53)(図2A)。このうち、#37と#53は1316/1183酵母よりSte4(yeast G subunit)を欠損させた株ではガラクトース依存的な生育を示さなかったことから、#37,#53はGタンパク質のレベル・あるいは近傍でpheromone pathwayを活性化することが明らかになった(図2B)。このため、#37,#53をそれぞれ、AGS2,AGS3(Activator of G-protein Signaling)と命名した。

 遺伝子解析の結果、AGS2はmouse tctex-1であった。mouse tctex-1は、生殖不全なt-haplotype mouseに特異的な遺伝子群であるmouse T complexのコンポーネントの一つとして、subtraction cloningにより同定された遺伝子である。興味深いことに、最近、tctex-1は細胞内ダイニンのlight chainの一つであることが報告された。細胞内ダイニンは、多数のサブユニットから構成される複合体であり、微小管に沿った逆行輸送、ゴルジ体の分布等、幅広い機能を担っていることが知られている。しかし、light chainコンポーネントであるtctex-1の機能は、現在明らかではない。細胞内トラフィキング(ER-Golgi小胞輸送)やゴルジ体の小胞化に、Gタンパク質のサブタイプ(Gi3,Go等)が関与することが報告されていることと考え合わせ、tctex-1がGタンパク質の活性を制御することにより、タンパク質の小胞輸送に関与する可能性が考えられる。

図2.growth assay:A,遺伝子組み換え酵母CY1316/1183においてガラクトース依存的に生育するクローン(#34,#37,#53).B,Gサブユニット(Ste4)を欠損したCY1316/1183酵母でのgrowth assay.

 一方、AGS3は、5’末端が欠損した約1,500bpからなる部分sequenceで74アミノ酸をコードしていた。そこで、AGS3の全遺伝子配列を解明するために、ラット脳cDNAライブラリーのスクリーニング、および、5’RACEを行った。得られたAGS3の全一次配列は、650アミノ酸をからなり、データベース解析の結果、AGS3はmouse l23316(Mouse AGS3)に相同し、また、human LGN,C.elegans protein U40409とも高い相同性を示すことが明らかになった。AGS3,LGN,U40409には、いずれも、前半部分のアミノ酸配列にLys-Gly-Asn(LGN)の8-10個の繰り返し配列があり、また、後半部分の配列には、18-19アミノ酸からなる4つの繰り返し配列(DDQR motif)が存在していた(図3)。SMART searchの結果、前半部分のアミノ酸配列は6個のtetoratricopeptide repeat(TPR)が存在することが明らかになった。TPRは、様々なタンパク質(protein phosphatase 5,hsp90,FKBP52など)で3-8の繰り返しからなるcore motifとして存在し、これらのタンパク質の機能および構造解析の結果から、タンパク質間相互作用に関与するmotifとして注目されている。一方、DDQR repeatは、既知のドメインには該当しなかった。しかし、LGNは、ヒトGi2に相互作用するタンパク質としてクローニングされたこと、また、Gサブユニットと直接相互作用することが知られているRGS(Regulators of G-protein Signaling)12,14にもDDQR motifが存在することから、DDQR repeatは、Gサブユニットとの相互作用に関連する新たな機能ドメインである可能性が考えられる。

図3,AGS3,human LGN,U40409アミノ酸配列の比較
AGS2・AGS3の作用機構の解析

 AGS2およびAGS3が直接Gタンパク質に相互作用するか否かを調べるため、GST融合AGS2,AGS3タンパク質のアフィニティマトリックスを用いて、いくつかの精製Gタンパク質サブタイプとの相互作用を解析した。AGS3はGDP結合型のGo,Gtおよびrecombinant Gi2(rGi2)に結合したが、Gには結合しなかった。一方、AGS2は脳Gに選択的に結合した。この結果は、AGS2とAGS3はそれぞれ異なるGタンパク質のサブユニットに作用することを意味している。以上の結果から、AGS2およびAGS3はそれぞれ異なる機構でGタンパク質を活性化していることが示唆された。

 次に、AGS2とGとの直接的相互作用が、三量体Gタンパク質の会合に影響するか否かを検討するため、GST融合AGS2存在下で、百日咳毒素によるrGi2のADPリボシル化を行った。百日咳毒素は、Gと会合しているGiを選択的にADPリボシル化することが知られている。実験の結果、GST融合AGS2は濃度依存的にG依存性のrGi2のリボシル化を抑制することが明らかになった(図4)。このため、AGS2は、Gと相互作用することでGとの再会合(三量体化)を抑制することが示唆された。

図4.AGS2の百日咳毒素によるrGi2のADP-リボシル化の抑制効果

 本研究の結果、既知のGタンパク質活性化機構とは異なるメカニズムで、Gタンパク質を正に制御する修飾タンパク質が新たに同定された。これらのAGSが、従来からの受容体・Gタンパク質・効果器からなるsignaling complexに共存するのか、あるいは、別の経路(チロシンキナーゼ経路等)の情報伝達系に関与するのか、あるいは、細胞外からの情報伝達系ではなく、細胞内のsignalingに関与するのかは現在明らかではない。いずれにせよ、これらの修飾タンパク質の存在は、Gタンパク質を介する情報伝達系が、受容体・Gタンパク質・効果器からなる直線的な制御の他に、細胞・組織特異的に存在する様々な修飾タンパク質によっても制御される非常にMultipleなシステムであることを示唆している。

審査要旨

 生体内で三量体Gタンパク質(Gタンパク質)を介する情報伝達系は、カテコールアミン類、神経ペプチド、光、味覚、嗅覚等の数多くの情報伝達を担っており、生理学的にも最も重要なsignaling systemの一つである。本研究は、出芽酵母(S.cerevisiae)を応用した発現クローニングにより、受容体非存在下でGタンパク質を活性化する新規修飾因子を同定し、その性状解析を行っている。以下に、その主な内容を示す。

1)酵母発現クローニング

 出芽酵母(S.cerevisiae)には、ただ一つのGタンパク質を介する情報伝達系(pheromone response pathway)が存在する。本研究のスクリーニングには、フェロモン受容体(接合因子)および酵母Gサブユニット(Gpa1)が欠損しており、代わりに、酵母のGサブユニットと相互作用するキメラのヒトのGi2が導入されている遺伝子組み換え酵母(CY1316/1183)を用いている。この遺伝子組み換え酵母では更に、HIS3遺伝子がFUS1のプロモーターの下流に組み込まれており、また、予めFAR1遺伝子が除かれているため、外来遺伝子の導入によるpheromone pathwayの活性化をヒスチジン欠乏選択培地での生育として確認できるよう工夫されている。スクリーニングの材料として用いられたNG108-15細胞由来の酵母発現プラスミドライブラリーでは、cDNAがGAL1プロモーターの下流に組み込まれているため、cDNAはガラクトース依存性に発現が誘導される。スクリーニングは、上記のライブラリーを用いて、酵母CY1316/1183を形質転換させ、ガラクトース依存性にヒスチジン欠乏選択培地で生育するクローンを選別することで行っている。このように、酵母の特性を生かした全く新しい、ユニークな発現クローニングシステムを開発・応用したことは、注目すべきである。

2)Gタンパク質活性化因子の同定

 スクリーニングの結果、Gタンパク質のレベル、あるいはその近傍でpheromone pathwayを活性化する二つの遺伝子を同定した。本研究では、これらをAGS2,AGS3(Activators of G-protein signaling)と命名している。遺伝子解析の結果、AGS2は、細胞内ダイニンのlight chainの一つである、mouse tctex-1であることが示された。この知見は、微小管に沿った逆行輸送や、ゴルジ体の分布等に幅広い機能を担っているダイニンが三量体Gタンパク質を介する情報伝達系に関与する可能性を示した初めての報告であり、細胞内トラフィキングやゴルジ体の小胞化の機構解析に多大な貢献を及ぼすものと期待される。

 一方、AGS3は、650アミノ酸からなる新規の遺伝子産物であった。データベース解析の結果、AGS3はhuman LGN,C.elegans protein U40409に高い相同性を示すことが明らかになり、また、いずれのタンパク質もN末端部分とC末端部分に二つの異なる繰り返し配列を有していた(tetoratricopeptide repeat(TPR),DDQR motif)。これらのドメインの機能は現在まだ明らかではないが、様々な種類のタンパク質に保存していることから、Gタンパク質を介する情報伝達系において、タンパク質間相互作用に関与する機能ドメインである可能性を提示している。

3)AGS2,AGS3の性状解析

 GST融合AGS2,AGS3タンパク質のアフィニテイマトリクスを用いた精製Gタンパク質との相互作用の解析の結果、AGS3はGDP結合型のGサブユニットに選択的に結合し、AGS2は脳Gサブユニットに結合することが明らかになった。この結果は、AGS2とAGS3はそれぞれ異なるGタンパク質のサブユニットに作用することを意味しており、それぞれのGタンパク質の活性化機構が異なることが示唆された。また、ADP-ribosylation assayの結果から、GST融合AGS2が濃度依存的にG依存性のrGi2のリボシル化を抑制することが示された。この結果から、AGS2はGサブユニットと相互作用することでGとの再会合を(三量体化)を抑制することが示唆され、新規のGタンパク質活性化制御機構を示すものとして重要である。

 本研究は、既知のGタンパク質活性化機構と異なるメカニズムで、Gタンパク質を正に制御する新たな修飾タンパク質を同定したものである。これらの修飾タンパク質の存在は、Gタンパク質を介する情報伝達系が細胞・組織特異的に存在する様々な修飾タンパク質によっても制御される非常に多様なシステムであることを示すものであり、細胞内シグナル伝達のコンセプトに新たな概念を投ずるものである。よって、本研究の内容は、博士(薬学)の学位を授与するに値するものとして認めた。

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