内容要旨 | | (,,P)を確率空間とし,をP-ブラウン運動とする.また,をから生成されるBrownian filtrationとする.確率Pはニューメレールに関するEMMとする.ここでは危険証券が1種類の場合を考え,時刻tにおける証券価格をStとする.StはP-幾何ブラウン運動,即ち次のS.D.E.に従うとする. ただしr,は定数である.predictableな確率過程を取引戦略と呼ぶ.時点0での所持金をxとして, で定義されるprocessを,取引戦略tに関するトレーディングアカウントと呼ぶ. パスポートオプションとは,パスポートオプションの"売り手"と"買い手"の間で交わされる一種の契約であり,所与の値xを初期資産とするトレーディングアカウントの値が満期Tで正ならばその金額を買い手が受け取る.トレーディングアカウントの戦略は,契約の中であらかじめ定められた取引戦略のクラスから買い手が任意に選ぶ.パスポートオプションの売り手は,買い手が通知する証券の売買枚数に従ってトレーディングアカウントを管理する(実際には証券を市場で売買せず,仮想売買によって机上で管理される).こでは,k1<k2として,買い手に許されている取引戦略クラス(k1,k2)を次で与える. 本研究では一般のrの場合の価格式の評価を行うと共に,確率解析の手法を用いてr=0の場合のパスポートオプション価格の閉じた式をより一般的に導出した. 時刻tでのトレーディングアカウントの値がxのときのパスポートオプションの価格Ctは, となる.さらにCtは,時刻tでの証券価格S,トレーディングアカウントの値x,オプション残存期間T-tの関数として,Ct=C(T-t,x,S)と書ける. まず簡単のため,r0,-k1=k2=1として価格式の評価を行う.また便宜上 と定義する.このとき,となるので,Cの評価はより単純なの評価に帰着される.さらに, とおく.このとき明らかに(t,y)0(t,y)であり,パスポートオプション保有者にとって常に1単位の証券を保有するという戦略が最適である場合にのみ等号が成立する.(1)は容易に計算でき,2階微分可能な関数である.そこでまず,関数と0との差の評価を行う.なお,以下では,とおく. Theorem 1 任意のc>0,t>0,y∈Rに対して次が成り立つ. これにより,次を得る. 次に,となる条件を調べる.そこで と定義する.以下の結果を得る. Theorem 2 cを方程式の解とする.このとき次が成り立つ. Theorem 3 asT↑∞. また,次の結果を得る. Theorem 4 任意のr0に対してT0=T0(r,2)>0が存在して次を満たす. さらに(t,y)を考察するために,StをニューメレールとするEMMをとおく.このとき,は測度の下で次を満たす. の定義より,任意のT可測な確率変数Xに対してなので, となる.ここでとおくと,が成り立つので,の評価はの評価に帰着する.ここで,の離散近似を行う.ここではr0として述べるが,r<0の場合も同様の議論が成り立つ.T>0を固定し,正の整数Nに対し次を定義する. この離散近似の枠組みで,パスポートオプションの買い手にとってのトレーディングアカウントの最適戦略を考える.次が示される. Proposition 5 N(m,・)は凸であり,次が成り立つ. Proposition 6 最後にr=0,k1k2の場合の価格の閉じた式を導出する.まず離散近似の枠組みで考えると,ブラウン運動の性質から次を得る. ただしとおいた.これにより,次で与えられる戦略N*がN(m,y)の定義のsupを実現することがわかる. ただし.ここで次によってを帰納的に定義する. このとき{}は-ブラウン運動であり となる.さらにとおくと,ととは同じ分布を持つのでである.をS.D.E. の解とするととなるので,を得る. ここでN*の形から,次で与えられる*がもとの連続時間における最適戦略と思いたくなる. ただししかし,これを満たす戦略*は存在しない(田中の反例).このことは,パスポートオプションの買い手がどんな戦略を選択しようとも,売り手はリスク無しに正の利得を得られることを意味する.しかし逆に,任意の>0に対して売り手の利得が以下となるような戦略は存在する. さて,によって変数変換することで,を求める問題は, の解に対して期待値を求める問題に帰着する.Skorohodの定理により,ある確率測度Qの下でのブラウン運動BQに対してと書けることから,の分布が求まる.これにより,x=Sの場合の価格式C(T,S,S,k1,k2)を得る.さらに,とおくとであることから一般のxに対する価格式C(T,x,S,k1,k2)を得る. |
審査要旨 | | (,,P)を確率空間とし,をP-ブラウン運動とする。また,をから生成されるBrownian filtrationとする。確率Pはニューメレールertに関するEMMとする。ここでは危険証券が1種類の場合を考え,時刻tにおける証券価格をStとする。Stは次のSDEに従うとする。 ただしr,は定数である。簡単のためS0=1とする。predictableな確率過程を取引戦略と呼ぶ。時点0での所持金をxとして, で定義されるprocessを,取引戦略tに関するトレーディングアカウントと呼ぶ。 パスポートオプションとは,パスポートオプションの"売り手"と"買い手"の間で交わされる一種の契約であり,所与の値xを初期資産とするトレーディングアカウントの値が満期Tで正ならばその金額を買い手が受け取る。トレーディングアカウントの戦略は,契約の中であらかじめ定められた取引戦略のクラスから買い手が任意に選ぶ。パスポートオプションの売り手は,買い手が通知する証券の売買枚数に従ってトレーディングアカウントを管理する。こでは,k1<k2として,買い手に許されている取引戦略クラス(k1,k2)を次で与える。 本論文では一般のrの場合の価格式の評価を行うと共に,確率解析の手法を用いてr=0の場合のパスポートオプション価格の閉じた式をより一般的に導出した。 まず、論文では、時刻0でのトレーディングアカウントの値がxのときのパスポートオプションの価格Cが, となることを示した。 論文の前半では,r0,-k1=k2=1の場合に価格式の評価を行っている。とおき、さらに とおく。このとき明らかに(t,y)0(t,y)であり,パスポートオプション保有者にとって常に1単位の証券を保有するという戦略が最適である場合にのみ等号が成立する。0(t,y)は容易に計算できるなめらかな関数である。論文ではとなる条件を以下のように調べた。まず と定義する。このとき次の諸定理を示した。 定理1cを方程式の解とする。 asT↓0 定理2 定理3 任意のr0に対してT0=T0(r,2)>0が存在して次を満たす。 また、の離散近似についても論じている。最後にこの離散近似の結果を用いてr=0,k1k2の場合の一般のxに対する価格式C(T,x,S,k1,k2)の閉じた式を導出した。この導出ではEuler-丸山近似やSkorohodの定理等が巧みに用いられている。 以上のように本論文は独創性のあるきわめて質の高いもので、論文提出者長山いづみは博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 |