学位論文要旨



No 114642
著者(漢字) 柳下,浩紀
著者(英字)
著者(カナ) ヤギシタ,ヒロキ
標題(和) 反応拡散系における多次元波面ダイナミクス
標題(洋) Multidimensional wave front dynamics in reaction-diffusion systems
報告番号 114642
報告番号 甲14642
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第121号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 三村,昌泰
 東京大学 教授 菊地,文雄
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 横浜市立大学 助教授 栄,伸一郎
内容要旨

 本論文は、二部よりなる。

第一部Nearly spherically symmetric expanding fronts in a bistable reaction-diffusion equation(双安定反応拡散方程式における球対称に近い広がる界面)

 RN上の(単独)双安定反応拡散方程式

 

 の外へ広がる界面について考察する。ただし、BU(RN)は、RN上の有界一様連続関数の全体でsupremum normをもったBanach空間を表すものとする。以後、非線形関数fに次の四つの仮定を置く:

 

 R上で、反応拡散方程式(1)は、

 

 を満たす一次元進行波解u(x,t)=(x-ct)をもつ。仮定によって進行波解の速度cは正である。この一次元進行波解は線形安定である。さらに、x=±∞へ向かう二つの進行波解の組が、次のような強い安定性をもつことが知られている(Fife-McLeod,1977):

 定理(Fife-McLeod)、かつ、ある>-∞に対して(|x|<∞)であり、ある>に対して(|x|<L)であるとする。もしL>0が、に依存して、十分大きければ、u(x,t)は外へ向かう二つの進行波解の組

 

 にt→∞で、xに関して一様にtに関して指数的に、収束する。

 一方、多次元の全空間で外へ広がる界面については、初期関数u0(x)について

 

 がcompact supportをもてば、原点から出る任意の半直線上において、解u(x,t)のprofileは一次元進行波解のprofileに時刻無限大(t→∞)で収束することが知られている(Jones,1983):

 定理(Jones)解u(x,t)が、もし

 (a)はcompact supportをもつ、

 (b)

 (c)t→∞で任意のcompact集合上一様にu(x,t)→1

 を満たすならば、任意の∈SN-1に対して、ある関数:[0,∞)→Rが存在して、

 

 また、外へ広がる界面の波面の位置について、広がる波面の位置を有限に収めるようにリスケールすると、波面の位置は球に時刻無限大(t→∞)で収束することが知られている(Aronson-Weinberger,1978):

 定理(Aronson-Weinberger)上の(b)と(c)を解u(x,t)が満たすならば、任意のに対して、

 

 以上の結果は、空間高次元においても外へ広がる界面の波面のprofileは、一次元進行波解のprofileに、速度は一次元進行波解の速度に漸近することを示唆するが、これに対し本論文では多次元の全空間において、外へ広がる球対称界面の波面の位置について、さらに、外へ広がる球対称界面に対する、界面の波面の位置をズラす摂動が示す挙動について研究した。その結果、外へ広がる球対称界面の波面の位置は、球の半径が十分大きいとき、アイコナール方程式

 

 (ここで、Vは波面の法速度、kは波面の平均曲率である。)によって(時刻無限大まで)記述されること、さらに、球対称界面の波面の位置をズラす任意の摂動は、外へ広がる十分大きい半径の球対称界面に関して中立で、ズレの形が(時刻無限大まで)ほとんど保たれることを示すことができた。

 記号

 l:球面上の連続関数l∈C(SN-1;R+)に対して、閉集合lによって表す。(ここで、R+=(0,∞)である。)

 d(x,l):点x∈RNと関数l∈C(SN-1;R+)に対して、xからlへの符号付距離をd(x,l)によって表す。ただし、x∈lのときとする。

 定理(柳下)u0∈BU(RN)に対してu(x,t;u0)で反応拡散方程式

 

 の解を、p0∈R+に対してp(t;p0)で常微分方程式

 

 の解を表すことにする。そのとき、任意のl∈C(SN-1)と>0に対して、>0とL>0が存在して、

 

第二部A standing wave solution with the small width near a closed geodesic in reaction-diffusion systems(反応拡散系における閉測地線の近くに小さい幅をもつ定常波解)

 曲面上で、スケーリングパラメータ>0をもつ(連立)反応拡散系

 

 を取り扱った。ここで、u∈RN、DはN次の正定値対角行列、FはRN上のベクトル場である。まず、R上、反応拡散系(1)1が定常波解u(,t)=0()

 

 をもつ、さらに、任意のc>0に対してシリンダーR×(R/cZ)上、(1)1のプラナー定常波解u(,,t)=0()が線形安定である、と仮定しよう。このとき、形式的な計算によれば、>0が小さいとき、もし曲面M上の反応拡散系の解(x,t)が閉曲線tをもちいて

 

 と近似されるならば、閉曲線tは平均曲率流(c=0のアイコナール方程式)

 

 に従って運動する。ここで、dis(x,t)は点x∈Mからtへの符号付距離、Vはtの法速度、kはtの測地的曲率、dは(D,F,0)だけに依存する非負の定数である。したがって、M上の閉測地線に対して、>0が十分小さければ、の定常解(x)で、

 

 と近似されるものが存在する、と期待される。

 本論文では、このような、閉測地線の近くに波面をもつ反応拡散系の定常波解(x)

 

 の存在を証明した。正確な仮定と主張は、長くなるため、本文を参照されたい(特に、仮定のうち重要なものは、(E5),(E6),(G4)である。)。ここでは、本論文では、任意の>0に対してシリンダー上、反応拡散系(1)1のプラナー定常波解u(,,t)=0()における線形化作用素の0固有値が孤立単純であること(本文仮定(E5))を仮定するが、必ずしもプラナー定常波解の安定性を要求しないことに注意したい。

審査要旨

 反応拡散系は生物系や化学反応系の挙動を記述するモデル方程式であり、一様状態に加えられた摂動を初期値として、進行波解、ターゲット解、スパイラル解など、多様な界面パターンを持つ解が出現することが知られている。このような解の出現や安定性については多くの数学解析や数値解析が行なわれてきたが、解の漸近挙動についてはまだ未解明の部分も多い。

 申請者は本論文の第一部において、RN上の双安定反応拡散方程式

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 の外へ広がる球対称に近い界面の漸近的性質を議論した。ここでfはあるクラスに属する非線形関数で双安定性を保証するものである。

 このような系に対しては空間1次元の場合に、進行波解が存在し安定であること、さらに、無限遠に向かう界面はこの進行波解に収束することが知られている。また、多次元の場合、全ての方向に外向きに広がる界面は、時刻無限大の極限で、原点から出る任意の半直線上において1次元進行波解に収束することが知られている。更にこの場合、界面の位置を有限に収めるようにスケールしなおすと、外へ広がる界面は、時刻無限大の極限で球に収束することが知られている。

 以上の結果は、多次元の場合にも外へ向かう界面は1次元進行波解で近似され界面の形は球形に漸近することを示している。この結果は、反応拡散系では外へ向かう界面の形は球形に収束するという印象を与えるが、これに対し申請者は、界面をリスケールせずに問題を扱い界面の球面からのずれを精密に評価して、この印象が必ずしも正しくないことを示した。次の定理が本論文第一部の主結果である。

 定理 u0∈BU(RN)に対して反応拡散方程式

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 の解をu(x,t;u0)で表す。またp0∈R+に対して常微分方程式

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 の解をp(t:p0)で表す。このとき、任意のl∈C(SN-1)と>0に対して、ある>0とL>0が存在して、

 114642f32.gif

 ここで、球面上の連続関数l∈C(SN-1;R+)に対して、114642f33.gifである。またd(x,l)はx∈RNと関数l∈C(SN-1;R+)に対して、xからlへの符号付距離を表す114642f34.gif

 申請者のこの結果は、外へ広がる球対称界面の位置は、球の半径が十分大きいときアイコナール方程式(V=c-(N-1)k)(Vは界面の法速度、kは界面の平均曲率)によって時刻無限大まで記述されること、また、外へ広がる球対称界面の波面の位置をずらす摂動は、十分大きい半径の球対称界面においては中立で、ずれの形は時刻無限大までほとんどそのまま保たれることを示している。界面は球形に近づく、という従来の印象が界面のリスケールなしでは必ずしも正しくないことを数学的に示した点で高く評価されるものである。

 本論文第2部では、曲面上でスケーリングパラメータ>0をもつ連立反応拡散系

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 が取り扱われている。ここで、u∈RN、DはN次の正定値対角行列、FはRN上のベクトル場である。ある適当な条件下における形式的計算は、>0が小さく曲面上の反応拡散系(x,t)の界面が閉測地線tで表されるとき、界面は平均曲率流

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 に従って運動することを示唆する。従って閉測地線に対しては、>0が十分小さければ、定常解(x)で、

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 と近似されるものの存在が期待される。本論文では、実際に、このとき閉測地線の近くに波面をもつ連立反応拡散系の定常波解(x)で上記のように近似されるものが存在することを証明した。従来、反応拡散系についての関連する結果は、比較定理がある場合、または、拡散係数がすべての成分に対して等しくかつ反応項が勾配型である場合証明されていた。本論文は、解の存在定理をこれらの条件とは別に、反応拡散系に対する問題として自然な条件下において考察した点が新しく、今後の研究の一つの方向を与える結果を得ている。

 以上、本論文は、反応拡散系の解の摂動の漸近的振舞いおよび解の存在について、精密な議論によって新しい結果を得ており、従来の理解に警鐘を与えた点で高く評価されるものである。

 よって、論文提出者柳下浩紀は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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