学位論文要旨



No 114649
著者(漢字) 澤田,和弥
著者(英字)
著者(カナ) サワダ,カズヤ
標題(和) 協調設計のためのプロセス情報の記述と利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 114649
報告番号 甲14649
学位授与日 1999.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4481号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 小山,健夫
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 増田,宏
 東京大学 助教授 青山,和浩
内容要旨

 今日,製造業では,コンカレントエンジニアリングの推進や設計プロジェクトの巨大化に伴い多数の設計分野が並列に業務を進める必要性が高まっている。そのため複数の設計者が協調して業務を進める協調設計がますます重要になっている。

 協調設計では、複数の設計者が同時並行的にプロダクト情報(製品に関する情報)を生成する。そのため構造と配管が干渉するなどの「プロダクト情報間の矛盾」(以下,矛盾)が発生する。また、協調設計では,ある設計者が自己の担当するプロダクト情報を満足いくように決めると,他の設計者がプロダクト情報を満足いくように決めることができないという「設計者間の意思の衝突」(以下,衝突)が発生する。協調設計では,この矛盾と衝突を円滑に解決することが重要である。

 ところで今日,製造業においてはプロセスに対する関心が高まっており,プロセス情報(プロダクト情報を生成する際の設計者の行為に関する情報)が協調設計に有効利用できることが期待されている。そこで本論文では.協調設計における矛盾や衝突の解決のためのプロセス情報の記述方法と利用方法を議論している。

 本論文は,9章から構成されている。以下に各章の内容を述べる。

 第1章「緒言」では,研究の背景および動機を述べており,造船設計を例に協調設計が重要でありかつ困難であること,さらに,その重要性および困難さが今日の製造業を取り巻く環境の変化によってますます高まっていることを述べている。

 第2章「設計における計算機の利用」では,協調設計を実現するための課題を整理している。まず,造船設計における計算機利用の歴史を整理し,計算機を利用した統合化生産システムの概念および特徴を整理している。それに基づいて,統合化生産システムが実現したとしても,なお,設計が同時並行的に進められる場合への対応を検討しなければならないことを述べている。また,プロセス情報や協調設計に関する研究の調査し,それに基づいて,矛盾や衝突の解決のためにプロセス情報を利用するという本研究の独自の視点を打ち出している。

 第3章「計算機援用による協調設計のために」では,協調設計における矛盾や衝突の発生を整理し,矛盾や衝突の解決のためにどのようなことが必要であるかを議論している。

 設計は,プロダクト情報を生成する活動であり,設計者は,既に生成されているプロダクト情報を利用して新たなプロダクト情報を生成するという行為を繰り返すことにより設計を進めている。その際に,設計者は,利用されるプロダクト情報と生成されるプロダクト情報の間に矛盾が発生しないように考慮するため,順にプロダクト情報を生成していけば矛盾は発生しない。

 ところが,協調設計では,設計を分割し,各設計者が同時並行的に各設計者の分担を実行する。そのため下流の工程の設計者は上流の工程の設計者が生成するであろうプロダクト情報を仮に想定し,それに基づいて自己の分担を進める。このように協調設計においてはプロダクト情報が仮に想定されるために矛盾や衝突が発生する。

 矛盾や衝突を解決するためには,仮の想定に基づいて生成されたプロダクト情報を変更する,満足のいかないプロダクト情報を変更するというように,プロダクト情報を変更することが必要となる。その際に,どのプロダクト情報を変更するのか,どのように変更するのかということを判断することが重要となる。

 第4章「協調設計のためのプロセス情報の記述」では,矛盾と衝突の解決のためのプロセス情報の記述について検討している。

 本研究は,設計プロセスを「既に生成されているプロダクト情報の内,必要なプロダクト情報を利用して新たなプロダクト情報を生成する行為の連続」と捉えており、このプロダクト情報を利用し新たなプロダクト情報を生成する行為を「情報生成行為」と呼ぶ。情報生成行為は,プロダクト情報を生成する情報処理機能を中核として記述する。情報処理機能は,プロダクト情報の情報構造に強く依存するため,本研究では,造船CIMのプロトタイプ・システムの製品モデルを具体的な基準とし,その設計機能をプロセス情報に記述する機能として利用している。また,複数の設計者がプロダクト情報を生成することを考慮し,情報生成にかかわる種々の情報(生成日時,決定・仮決定の区別,決定権の有無など)をプロセス情報に記述し,設計機能を設計者が利用する際に入力する設計変数などの入力情報はプロダクト情報とは別個にプロセス情報に入力することを考慮している。このような情報が記述されるプロセス情報を入力および出力のプロダクト情報と組合せ,設計行為の基本単位とすることにより,設計プロセスをプロダクト情報とプロセス情報のネットワークによって表現することができる。具体的な設計プロセスのモデル表現では,情報生成行為を管理するプロセスノード、情報生成行為によって生成され利用されるプロダクト情報を管理するプロダクトノード、プロダクト情報の利用と生成を表わす有向リンクによって構成されるネットワークを考慮している(図1)。

図1 本研究のプロセス情報の記述

 第5章「協調設計のためのプロセス情報の利用」では,矛盾と衝突の解決のためのプロセス情報の利用方法に関して議論している。

 プロセスに着目すると,矛盾は設計プロセスが分割されることによって発生すると捉えることができる。そこで本研究は,矛盾の解決を分割された設計プロセスを連結する問題と捉えている。また,衝突の解決は,満足のいかないプロダクト情報を生成するまでの設計プロセスを修正する問題であると捉えられる。その考え方に基づき,本研究では,基本的な協調設計の進め方として,複数の設計者が独立に各自の分担を実行するに伴い個別の設計プロセスを生成し,任意の段階で個々の設計プロセスを連結し,一つの設計プロセスとしてまとめることを考慮している。

 設計プロセスの連結においては,設計プロセスの連結箇所を判別することが重要である。そこで,設計者がプロセス情報を生成する際に,仮に想定したプロダクト情報を,プロセス情報に陽に記述することを考慮した。また,設計プロセスの具体的な連結は,プロセス情報上の仮に想定されたプロダクト情報と,それに対応する実際に生成されたプロダクト情報に有向リンクを繋ぎかえ,繋ぎかえられたプロセス情報を利用してプロダクト情報を生成し直すことによって行われる。

 また,設計プロセスの修正においては,適切な修正箇所・修正方法を検討する必要がある。その際に,以下のようにプロセス情報を有効利用できる。

 満足のいかないプロダクト情報がある場合,そのプロダクト情報に影響を与えるプロセスを検索することがプロセス情報を用いて可能であり,そのことによって修正箇所の候補を把握することが可能である。さらに,本研究では情報生成行為の変更の容易さを判断するために,情報生成行為に影響度の概念を導入している。影響度とは.各々の情報生成行為がいくつのプロダクト情報に影響を与えているかを数値として表わしたものである。また,プロダクト情報の変更の容易さを判断する指標として,プロダクト情報に自由度の概念を導入している。自由度とは,そのプロダクト情報を変更しうる情報生成行為の数を数値として表わしたものである。自由度が小さければ,変更が困難ということであり,他のプロダクト情報よりも優先して満足させるように考慮しなければならないことが分かる。

 第6章「プロトタイプ・システムの構築」では,協調設計支援システムの構築に関して述べている。協調設計支援システムのシステム構成として,プロセス情報を統括的に管理するデータベースと,各設計者がプロセス情報(含むプロダクト情報)を操作するためのシステムが必要である。そこで本研究は,オブジェクト指向データベースであるGemStoneを利用してデータベースを構築した。また,各設計者の利用するシステムは,既存の造船CIMのプロトタイプ・システムであるSODASのプロダクト情報の操作を行うサブシステムとして利用し,本研究において独自に構築したプロセス情報の操作を行うサブシステムを組み合わせることによって各設計者の利用するシステムの構築を行った。プロセス情報の操作システムにおいては,プロセス情報の生成機能,プロセス情報の編集機能,情報生成行為の変更機能,情報生成行為の再実行機能などのプロセス情報を操作する機能を定義した。

 第7章「プロトタイプ・システムの協調設計への使用」では,構築したプロトタイプ・システムにより,造船設計における複数の例題を実施している(図2)。例題の実施により,通常の造船設計では上流の工程から下流工程に前倒しにプロダクト情報が決まっていくところを,各工程を並列に進めることができ,かつ,並列に進めることによって発生した矛盾と衝突を解決することが可能となった。

図2 プロトタイプ・システムの使用例

 第8章「結言」では,プロセス情報を,情報処理機能を中核とした情報生成行為,情報生成行為によって利用され生成されるプロダクト情報からなるネットワークとして記述すること、そして設計プロセスを連結することによって矛盾や衝突を解決するという方法を提案したこと,また,矛盾や衝突の解決の際に,プロセス情報によって得られる情報生成行為の影響度やプロダクト情報の自由度などが活用できることを述べている。

 第9章「今後の展望」では,本研究で実現された協調設計支援の範囲を整理し,残された課題に関して考察している。残された課題として,「実績によって蓄積されたプロセス情報の再利用の検討」「パス解析の手法の導入」「プロセス情報の記述の詳細度に関する検討」「本研究の考え方の実用化のための計算機環境の検討」を挙げている。

審査要旨

 本論文は,「協調設計のためのプロセス情報の記述と利用に関する研究」と題し,全9章から構成されている。

 今日,製造業において協調設計の重要性が認識されているが,複数の設計者が同時並行的に製品に関する情報(プロダクト情報)を生成するために,設計された物同士が干渉するなどの「プロダクト情報間の矛盾」や,設計における「設計者間の意思の衝突」などが発生するといった問題を取り扱う必要がある。本論文は,プロダクト情報を生成する際の設計者の行為を記述する情報であるプロセス情報に着目することにより,協調設計における矛盾や衝突を解決するためのプロセス情報の記述方法と利用方法について論じたものである。

 第1章「緒言」では,研究の背景および動機に関して述べており,造船設計を例に実際の設計における協調設計の重要性と困難さに関して述べている。

 第2章「設計における計算機の利用」では,造船設計における計算機利用の歴史を整理し,計算機を利用した統合化生産システムの概念および特徴を整理している。さらに,プロセス情報や協調設計に関する研究の調査に基づき,協調設計支援を実現するための課題を整理している。さらに第3章「計算機援用による協調設計のために」では,協調設計における矛盾や衝突の発生を整理し,計算機を利用した協調設計支援に要求される機能を議論している。

 第4章「協調設計のためのプロセス情報の記述」では,設計における情報生成行為を分析し,プロセス情報をプロダクト情報を生成する情報処理機能を中核として記述することを提案している。情報処理機能は,プロダクト情報の情報構造に強く依存するので,本研究では,造船CIMのプロトタイプ・システムの製品モデルを具体的な基準とし,その設計機能をプロセス情報に記述する機能として利用している。また,複数の設計者がプロダクト情報を生成することを考慮し,情報生成にかかわる種々の情報(決定権や生成日時など)をプロセス情報に記述し,設計機能を設計者が利用する際に入力する設計変数などの入力情報はプロダクト情報とは別個にプロセス情報に入力することを述べている。このような情報が記述されるプロセス情報を入力および出力のプロダクト情報と組合せ,設計行為の基本単位とすることにより,設計プロセスをプロダクト情報とプロセス情報のネットワークによって表現することを提案している。具体的な設計プロセスのモデル表現では,プロセス情報をプロセス・ノード,プロセス情報によって生成および利用されるプロダクト情報をプロダクト・ノードと表現することを提案している。

 第5章「協調設計のためのプロセス情報の利用」では,協調設計支援におけるプロセス情報の利用方法に関して議論している。基本的な協調設計の流れとして,設計を分割し,複数の設計者が独立に個別の設計プロセスを生成し,任意の段階で個々の設計プロセスを連結し,一つの設計プロセスとしてまとめることが提案されている。プロセスを連結する際に,矛盾や衝突が発生するが,個々の設計者の設計行為の履歴であるプロセス情報を利用して,この問題に対応する基本的概念に関して述べている。具体的には,設計者が自己の分担におけるプロセス情報を生成する際に,仮に想定したプロダクト情報をプロセス情報に陽に記述することにより,プロセスの連結箇所の確定を容易にした。また,協調設計を円滑に進めるためには,適切な修正箇所および修正方法を提示することが肝要であるが,ネットワーク構造を利用し,情報生成行為の変更の容易さを判断する情報生成行為の影響度と,変更の自由度を示すことによって設計者を支援することを考慮している。

 第6章「プロトタイプ・システムの構築」では,協調設計支援システムの構築に関して述べている。協調設計支援システムの構成として,プロセス情報を統括的に管理するデータベースと,各設計者がプロセス情報(含むプロダクト情報)を操作するためのシステムを提案し,プロトタイプ・システムの構築に関して述べている。

 第7章「プロトタイプ・システムの協調設計への使用」では,構築したプロトタイプ・システムを用いた,造船における協調設計の実施例を示している。

 第8章「結言」では,得られた知見をまとめており,さらに第9章「今後の展望」では,本研究で実現された協調設計支援の範囲を整理し,残された課題に関して考察している。

 以上,協調設計における矛盾や衝突の解決を目的として,プロセス情報の記述方法と利用方法を提案し,プロトタイプ・システムの構築,および造船設計における例題を実行することにより,協調設計支援におけるプロセス情報の有効性を示したことは,製造業,特に造船における協調設計の計算機支援の発展に寄与するところが大きいと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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