半導体デバイスの性能や機能を高める手段として伝導電子を量子力学的に閉じ込めた各種のナノ構造が注目を集めている。すでに10nm級の超薄膜は高性能レーザーやFETの中核部分に活用されている。他方、電子を(x,y,z)のすべての方向に閉じ込めた10nm級量子箱の研究は、永年理論予測に留まっていたが、最近自己形成法の登場で実験的研究が活発化し、その物性と機能が次々と明らかにされつつある。本論文は、量子箱内の電子分布を種々の手法で制御する試みを記したもので、「Modulation of Zero-Dimensional Carrier Distributions in Quantum Dots by DC-Fields,THz-Fields,and Photons(直流電界、テラヘルツ電界及びフォトンによる量子ドット中の0次元キャリア分布の制御)」と題し、英文で記されている。 まず第一章において、本研究の背景と狙いを記している。 第二章では、本論文に用いた量子箱構造の作製法およびその物性上の特色について述べている。本研究は、3種類の試料(I,II,III)を対象としている。まず、GaAs上にInAsを堆積した時に、自己形成的に生じるInAs量子箱の構造(試料I)の蛍光物性について記し、続いて厚さ7nm程のInGaAs量子井戸上に直径80nm程の島状のInP結晶を堆積し、その歪により形成した量子箱(試料II)について記している。試料IIでは、量子井戸の準位より約70meV下方に零次元励起子の基底準位E1があり、その上に14meVほどの間隔で一連の励起準位が形成されている。また、GaAs量子井戸に隣接して形成したInAs量子箱が作る歪を利用し井戸内に零次元状態を形成した試料IIIについて記している。 第三章では、高性能FETとして用いられるGaAs/AlGaAsヘテロ接合伝導チャネルの近傍に自己形成InAs量子箱を埋め込んだ素子において、量子箱に捕縛された電子数をゲート電界で制御し、メモリ機能を実現する研究を記している。まずn-AlGaAs層の上に高純度GaAs層を形成した逆HEMT素子(試料I)において、伝導チャネルとゲート間にInAs量子箱を埋め込んだ素子を作り、そのチャネル内の電子密度Nsをゲート電圧Vgで制御する実験を行っている。特に、Vgを増し、チャネル中の電子を量子箱に流入させると、非可逆的に捕縛されるため、Ns-Vg特性にヒステリシス特性の生じることを見出している。さらに、チャネルとゲート間にAlGaAs層を用い、その中にInAs量子箱を埋め込んだ試料では、量子箱への電子の流入がトンネル効果で支配され、試料Iとは異なるメモリー特性が生ずることを示している。また試料のチャネルを細くし、量子点接触構造にした場合の特性も調べ、コンダクタンスのステップにヒステリシス特性が生じ、これが少数の量子箱に蓄積された電子によるものであることを示している。 第四章では、量子箱を埋め込んだ逆HEMT形のFET(試料I)において、光照射効果を調べ、量子箱中の電子数がゲート電界と光照射で制御されるため、光メモリー機能や光検出器が実現できることを示している。特に近赤外レーザで試料内に電子正孔対を作ると、各量子箱中に正孔が蓄積し、Nsが増加することを見出している。また照射光の波長を変化させた実験も行い、この現象が量子箱からの電子流出と正孔の残留がその原因であることを示している。 第五章では、InPアイランドの歪みでInGaAs量子井戸中に誘起した量子箱(試料II)におけるテラヘルツ光照射効果を調べ、0次元キャリア分布の変調効果を調べている。Arレーザで励起した時の量子箱のPL計測の際、テラヘルツ光を照射すると基底準位のPL強度が増し、励起準位からのPLの減ることを見出している。この事実は、テラヘルツ光で量子箱内のキャリアが選択的に再分布し、実効温度を減らす作用を持つことを示している。レーザの波長を変え、キャリアを量子井戸内に選択的に励起した場合、キャリアの量子箱への流入がテラヘルツ光によって促進されることも見出している。 第六章では、GaAs量子井戸内にInAsアイランドからの歪みを作用させて作った新しい量子箱(試料III)におけるテラヘルツ光照射効果について記している。この量子箱では準位の間隔が10meV以下であるため、テラヘルツ光の照射でPLが顕著に低下することを見出し、励起子の解離の生じることを示唆している。さらにテラヘルツ光照射時のPL強度の変化を磁場中で計測し、励起子の1s-2p+に対応する内部共鳴遷移を見出している。 以上のように、本論文では次世代の半導体材料として重要な量子箱を対象に、その内部の電子分布が静電界、テラヘルツ光、可視光および近赤外光で多様に制御できることを示し、新しいメモリや光検出器など素子応用の可能性を示したもので電子工学に寄与するところが少なくない。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。 |