学位論文要旨



No 114650
著者(漢字) 遊佐,剛
著者(英字)
著者(カナ) ユサ,ゴウ
標題(和) 直流電界、テラヘルツ電界及びフォトンによる量子ドット中の0次元キャリア分布の制御
標題(洋) Modulation of Zero-Dimensional Carrier Distributions in Quantum Dots by DC-Fields,THz-Fields,and Photons
報告番号 114650
報告番号 甲14650
学位授与日 1999.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4482号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨 第1章

 半導体作製技術の進展により、近年量子ドットなどの0次元に閉じ込められた電子の物性やデバイス応用が大きな注目を集めている。このような0次元状態の電子では、状態密度が先鋭化し、光学的遷移確率が増大する。そのような量子箱の特異な物理現象を実用デバイスへ応用するため、定閾値電流の半導体レーザや、高感度の赤外ディテクター、電子一つ一つを制御できる単一電子メモリ、非線形デバイスなどといった、新しいデバイス応用を模索するための物性研究が盛んになってきた。

 本研究では、そのような0次元量子ドット構造に閉じ込められた電子、正孔、励起子などのキャリアを、外界からの電気的、あるいは光学的操作によって制御し、そのような系に特有に起こる物理現象について研究を進めた。研究の対象とした量子ドット構造は、電子デバイスと光デバイスとを意識して3種用意した。またキャリアの変調手段として、従来的な電界制御、フォトン照射とともに、両者の中間領域として、研究の進んでいない新しいテラヘルツ電磁波照射を行った。

第2章量子ドット構造と電子状態の特色

 本論文では、基板との格子定数の違いから自成的に作製される、いわゆる自己形成構造を量子ドットとして直接的、あるいは間接的に利用した。このような自己形成ドット構造は、電子ビームリソグラフィー法や、選択成長法など、従来の作製方法に比べて比較的容易に、電子の波動関数と同等のサイズを持った量子ドットを作製できるため、精力的に研究が行われ始めている。

 まず測定試料Iとして、GaAs/n-AlGaAsヘテロ構造のチャネル近傍に、自己形成InAs量子ドットを挿入した電界効果トランジスタ構造(FET)を分子線エピタキシー法(MBE)により作製した。試料IIではIn0.2Ga0.8As量子井戸中の2次元励起子が、表面自己形成InPアイランド構造からの歪みにより、さらに面内方向に閉じ込められ、円柱ディスク状の0次元閉じ込め構造が実現される。試料IIでは、閉じ込めポテンシャルが放物線的で、量子準位が10数meVである。なお、本試料IIは、ヘルシンキ工科大学のM.Sopanen博士、H.Lipsanen教授、J.Tulkki教授ら、およびVTTエレクトロニクスのJ.Ahopelto教授が、MOVPEよって作製した試料を提供して頂いた。試料IIに関する研究の補足として、試料IIIを用意した。この試料では、AlAs/GaAs/AlGaAs量子井戸の直上に、歪み源としてInAsドットを作りこむことで、量子井戸の2次元励起子が歪みにより、緩やかに束縛された疑0次元束縛状態を生成できる。試料IIに比べて閉じ込め構造がゆるやかで、2次元状態に近い疑0次元状態に束縛されたキャリアを生成できる。またInAs量子ドットそのものにおけるキャリアのTHz照射効果も同時に測定できる。

第3章ゲート電界による

 量子ドットにおける電子捕獲の制御とメモリ効果

 ホールバーに加工された試料Iにおけるヘテロ界面の2次元伝導電子密度(Ns)を、表面ゲート電圧(Vg)を制御しながら測定し、2次元電子(2DEG)の変調特性から、InAs量子ドット中に捕獲された電子密度を見積もった。13Kにおけるホール測定を行い、得られたNs-Vg特性を図1に示す。

図1試料Iの表面ゲート電圧Vgに対する2次元電子密度Nsの依存性。試料I-A:ドット挿入試料(●印)、試料I-Bドット非挿入試料(○印)。

 ゲート電圧(Vg)をプラス側に徐々に変化させていくと(up-scan)、InAsドットを挿入した試料I-Aのみが、Vgを1.9Vかけるまで、ゲート-チャネル間に、漏れ電流が流れないことがわかった。その状態からゲート電圧をマイナス方向に掃引させていくと(down-scan)、Nsがup-scanの時と比べて、4.5x1010cm-2だけ負側にシフトしたまま、直線的に減少してゆくことがわかった。ガウスの法則により、このシフト分からドットに捕獲された電子数は、6.56x1010cm-2と見積もることができる。この値は、原子間力顕微鏡(AFM)により観察されたInAsドットの面密度とほぼ等しいことから、一つのInAs量子ドットに負の電荷を持つ電子が一つの捕獲されたと考えられる。この試料I-Aにおいては量子ドットのバリアが熱エネルギーに比べて十分高いため、低温ではゲート電界のみで電子の再放出を制御することは不可能である。

 高温になると、外部からの熱エネルギーにより、電子がドットの外に放出される確率が高くなり、電子がドット内に保持されている時間(保持時間)は短くなるが、295Kの室温においても電子捕獲動作は確認された。

第4章バンド間光励起による量子ドットにおける電子、正孔の捕獲と放出の制御

 次に試料Iにおいて、フォトン照射による0次元キャリアの存在の有無を制御する研究を進めた。光源としては、波長可変のチタンサファイアレーザを用いた。

 図2に、レーザ光照射後にホール効果によって得られたNs-Vg特性を示す。フォトンエネルギーは、1.5eVである。Vg=1.1Vでレーザを照射し、定常状態に達した後、遮断する。その後Vgの掃引を行う。(したがってVg掃引は暗所でおこなわれる。)試料I-Aでは、試料I-Bに比べて、Nsが大きく増加する。このとき、T1-Bで得られたNs-Vg特性に対し、up-scanで得られた上側のNsシフトと、down-scanで得られた下側のNsシフト量が、ほぼ同じであった。この時のシフト量から、ドットに存在するホール密度は、7x1010cm-2と算出できる。これは、3章で述べた暗状態において、量子ドットに電子が一つ一つ捕らえられたように、正電荷を持つホールがドットに一つ一つ捕らえられたことを示唆している。

図2 近赤外光(エネルギー1.5eV)を照射した後のホール測定によるNs-Vg特性
第5章量子ドット構造のTHz光照射効果と電子分布の制御(I)

 第5章では、量子ドット構造にTHz光を照射しキャリア分布を制御した。THz光源としてはカリフォルニア大学サンタバーバラ校の自由電子レーザ(FEL)施設を使用し、同校James Allen教授の指導の元で研究を進めた。

 試料IIからの代表的なPLスペクトルを図4に示す。量子井戸からの発光および、量子ドットの基底準位と高次の量子準位からの発光が明瞭に観測された。この試料IIでは、THz光を照射すると、基底準位からの発光が強く助長され、高次の量子準位および量子井戸からの発光が強く抑制されていることが分かった。これは、量子ドット内のキャリアがTHz光と相互作用し、その緩和過程が強く変調されたことを示唆している。試料IIでは、準位間隔が十数meV程度とFELの周波数に適しているため、詳細に測定を行い、検討を加えた。

図3 THz照射時(点線)、及び非照射時(実線)における試料IIからのPLスペクトル(1.5K)。
第6章量子ドット構造のTHz照射効果と電子分布の制御(II)

 第5章の補足として、閉じ込めポテンシャルおよび量子準位間隔の異なる試料IIIにTHz光を照射し、同様の測定を行った。試料IIIではInAsドットからの歪によって、2次元電子が緩やかに束縛された疑0次元束縛状態が形成されていると考えられる。このような系では2次元励起子、及び2次元磁気励起子において報告されている現象と同様に、テラヘルツ光のエネルギーが系を加熱させ、キャリア分布を高温的に変調させることを確認した。

第7章結論

 本論文では次世代の半導体材料として重要な量子ドットを対象に、その内部のキャリア分布が可視、近赤外光、テラヘルツ光、静電界で、多様に制御可能であることを示した。

審査要旨

 半導体デバイスの性能や機能を高める手段として伝導電子を量子力学的に閉じ込めた各種のナノ構造が注目を集めている。すでに10nm級の超薄膜は高性能レーザーやFETの中核部分に活用されている。他方、電子を(x,y,z)のすべての方向に閉じ込めた10nm級量子箱の研究は、永年理論予測に留まっていたが、最近自己形成法の登場で実験的研究が活発化し、その物性と機能が次々と明らかにされつつある。本論文は、量子箱内の電子分布を種々の手法で制御する試みを記したもので、「Modulation of Zero-Dimensional Carrier Distributions in Quantum Dots by DC-Fields,THz-Fields,and Photons(直流電界、テラヘルツ電界及びフォトンによる量子ドット中の0次元キャリア分布の制御)」と題し、英文で記されている。

 まず第一章において、本研究の背景と狙いを記している。

 第二章では、本論文に用いた量子箱構造の作製法およびその物性上の特色について述べている。本研究は、3種類の試料(I,II,III)を対象としている。まず、GaAs上にInAsを堆積した時に、自己形成的に生じるInAs量子箱の構造(試料I)の蛍光物性について記し、続いて厚さ7nm程のInGaAs量子井戸上に直径80nm程の島状のInP結晶を堆積し、その歪により形成した量子箱(試料II)について記している。試料IIでは、量子井戸の準位より約70meV下方に零次元励起子の基底準位E1があり、その上に14meVほどの間隔で一連の励起準位が形成されている。また、GaAs量子井戸に隣接して形成したInAs量子箱が作る歪を利用し井戸内に零次元状態を形成した試料IIIについて記している。

 第三章では、高性能FETとして用いられるGaAs/AlGaAsヘテロ接合伝導チャネルの近傍に自己形成InAs量子箱を埋め込んだ素子において、量子箱に捕縛された電子数をゲート電界で制御し、メモリ機能を実現する研究を記している。まずn-AlGaAs層の上に高純度GaAs層を形成した逆HEMT素子(試料I)において、伝導チャネルとゲート間にInAs量子箱を埋め込んだ素子を作り、そのチャネル内の電子密度Nsをゲート電圧Vgで制御する実験を行っている。特に、Vgを増し、チャネル中の電子を量子箱に流入させると、非可逆的に捕縛されるため、Ns-Vg特性にヒステリシス特性の生じることを見出している。さらに、チャネルとゲート間にAlGaAs層を用い、その中にInAs量子箱を埋め込んだ試料では、量子箱への電子の流入がトンネル効果で支配され、試料Iとは異なるメモリー特性が生ずることを示している。また試料のチャネルを細くし、量子点接触構造にした場合の特性も調べ、コンダクタンスのステップにヒステリシス特性が生じ、これが少数の量子箱に蓄積された電子によるものであることを示している。

 第四章では、量子箱を埋め込んだ逆HEMT形のFET(試料I)において、光照射効果を調べ、量子箱中の電子数がゲート電界と光照射で制御されるため、光メモリー機能や光検出器が実現できることを示している。特に近赤外レーザで試料内に電子正孔対を作ると、各量子箱中に正孔が蓄積し、Nsが増加することを見出している。また照射光の波長を変化させた実験も行い、この現象が量子箱からの電子流出と正孔の残留がその原因であることを示している。

 第五章では、InPアイランドの歪みでInGaAs量子井戸中に誘起した量子箱(試料II)におけるテラヘルツ光照射効果を調べ、0次元キャリア分布の変調効果を調べている。Arレーザで励起した時の量子箱のPL計測の際、テラヘルツ光を照射すると基底準位のPL強度が増し、励起準位からのPLの減ることを見出している。この事実は、テラヘルツ光で量子箱内のキャリアが選択的に再分布し、実効温度を減らす作用を持つことを示している。レーザの波長を変え、キャリアを量子井戸内に選択的に励起した場合、キャリアの量子箱への流入がテラヘルツ光によって促進されることも見出している。

 第六章では、GaAs量子井戸内にInAsアイランドからの歪みを作用させて作った新しい量子箱(試料III)におけるテラヘルツ光照射効果について記している。この量子箱では準位の間隔が10meV以下であるため、テラヘルツ光の照射でPLが顕著に低下することを見出し、励起子の解離の生じることを示唆している。さらにテラヘルツ光照射時のPL強度の変化を磁場中で計測し、励起子の1s-2p+に対応する内部共鳴遷移を見出している。

 以上のように、本論文では次世代の半導体材料として重要な量子箱を対象に、その内部の電子分布が静電界、テラヘルツ光、可視光および近赤外光で多様に制御できることを示し、新しいメモリや光検出器など素子応用の可能性を示したもので電子工学に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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