学位論文要旨



No 114651
著者(漢字) 竹内,隆
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,タカシ
標題(和) 有機シランを原料としたCVD法によるSiC系構造用セラミック作製プロセスの開発
標題(洋)
報告番号 114651
報告番号 甲14651
学位授与日 1999.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4483号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 講師 三好,明
内容要旨

 セラミックは高温強度、耐熱性、耐クリープ性、耐腐食性、耐摩耗性に優れ、軽量であるという、極限条件においても優れた構造材料としての性質を持つものである。このような諸性質を持つセラミック構造材料の実用化に関する広範囲での検討が行われ、実際、エンジン部品等の一部における実用化が行われている。

 セラミック構造材料の製造法としては、一般的に焼結法が広く用いられている。しかし、焼結法の問題点としては緻密化が困難なことがあげられ、緻密化のため焼結助剤を加えるなどの工夫がなされている。しかし、極限条件でのセラミック構造材料の使用においては、緻密化のために加えた焼結助剤の腐食等が問題となるケースも多いので、焼結助剤を含まず、緻密であるという理想的な構造を持つセラミックの合成が期待されている。

 CVD法は一般に数A程度の微細な製膜種からなるプロセスであり、このように微細な製膜種の拡散・浸透を利用して、難焼結材料であるセラミックを比較的低温にて、焼結助剤を含まない高純度かつ、緻密な合成が可能な方法である。また、CVD法は高い段差被覆性を持つ事が多いことから、複雑な形状の基材への製膜が可能である。実際、このCVD法の特徴を利用することで、セラミック構造材料への高純度なCVDセラミック膜のコーティングが実用化されている。

 以上のように、CVD法は構造用セラミック作製においても有用なプロセスとなる得ると期待される。さらに生産性を向上することで、現在の薄膜コーティングだけでなく、大型のバルク材を合成することも可能であろう。また、微細な製膜種からなるCVDプロセスの特性を利用することで、微細な構造制御を行った高機能な材料の作製への展開も期待できる。

 一方、CVDプロセスは一般に、気相・表面反応、物質移動など多くの現象が関与する複雑な反応系であり、構造材料を対象とするような大型CVD反応装置では、従来の試行錯誤的な方法にて最適な条件を設定することは困難である。このような、構造材料を対象とした効率的なCVDプロセスの開発手法の確立が望まれる。

 本研究は、機械的性質に優れるSiC系セラミックを対象に、「CVD法を使用したセラミック構造材料作製プロセス」の広範囲での応用目的に対する、「実験室レベルでの小規模装置による反応機構解析結果に基いた、大型生産装置開発」といったスケールアップ的な手法の適用に関し、

 ・実験を通じての小規模装置による反応機構の解析

 ・その結果の、実際の工業生産装置への適用

 を行うことで、その開発手法の有効性の検証ならびに適用における基礎的知見を得ることを目的とした。

 具体的には、以下の点について検討を行った。

・有機シラン(CH3)2SiCl2を原料としたSiC製膜機構の解析

 ジクロロジメチルシラン[(CH3)2SiCl2]原料からの、SiC製膜メカニズムについて、実験室規模の円管、外熱式のCVD装置を使用し検討を行った。その結果、(CH3)2SiCl2からのSiC製膜が、気相でのCH3ラジカルの脱離による、化学量論組成をもつ高活性中間体の、膜表面への拡散・表面反応による製膜および、気相での重合反応による重合体の生成の競争反応系であることを明らかにした。さらに、製膜メカニズムにおける主要な反応速度定数を決定した。得られた反応機構および反応速度定数を用いた計算結果は、本論文の結果だげでなく、他の報告とも良い一致を得た。今後これらを使用することによって、より効率的なプロセス開発が行えるであろう。

・有機シラン(CH3)SiCl3を原料としたSiC製膜機構の解析

 実際の工業生産に使用されている、有機シラン、メチルトリクロロシラン[(CH3)SiCl3]を原料とした、SiC製膜機構について小規模の装置を使用して反応機構解析を行い、(CH3)2SiCl2同様の分解・重合型の反応機構であることを明らかにした。実験室における小規模装置の実験と工業生産用の大型装置での結果の比較より、特に工業生産用装置での重合反応の進行による表面粗さの増大が示唆された。さらに、工業生産用の装置において、重合反応を抑制する条件にて製膜を行うことで、表面粗さの改善が達成された。この結果は、実験室規模の装置より得られる反応機構に基く大型生産装置における膜質改善の実例であり、その手法の有用性を示したものといえる。

・(CH3)2SiCl2/TiCl4/CH4系によるSiC/TiC複合膜作製プロセスの解析

 一成分系で行われた3章までの内容を多成分系に拡張するための一段階として、SiC/TiCセラミックス複合材料への展開を試みた。(CH3)2SiCl2/TiCl4/CH4系多元系CVDによるSiC/TiC複合膜作製への展開を試みた。結果として、多元系製膜によりTiCが高速に製膜していることを示した。また、そのメカニズムが(CH3)2SiCl2の分解により生成した高活性の中間体(DDS*,CH3)によるTiCl4などのTi原料の活性化であることを明らかにした。すなわち、活性が低いため製膜速度の低い原料ガス系に、高活性の原料ガスを加えることで、本来低活性な原料を活性化し高速製膜を行えることが示された。これは、他の系へも適用が可能であり、構造用セラミック合成など、高い製膜速度が必要なプロセスにおいて、原料の低活性さの問題解決への応用が期待される。

・小規模実験からのスケールアップによる大型CVD装置設計手法

 第5章では、前章までの結果を踏まえた上で広くセラミックス構造材料を対象としたCVDプロセスの開発において、小規模装置を使用してCVD反応機構を明らかにし、その結果を大規模工業生産用装置の最適設計へ利用する、スケールアップのための方法について考察を行った。CVDプロセスは装置のV/S比やに強い依存を示す特徴を持つために、V/S比の小さな小型の反応装置における反応機構解析では、大型装置において重要となる気相反応による生成物が生成しないことに注意することが必要であるが、実用装置において必要な反応モデルを得ることは十分可能であることを示した。すなわち、従来のプロセス開発と同様に、CVDプロセスにおいてもスケールアップ的アプローチによって効率的な装置開発が可能であることを示した。

 以上に示したように、本研究の結果からCVDプロセスにおいても「実験室での反応機構解析に基づいて、大規模生産プロセスを開発する」手法が有効であり、特にセラミック構造材料の合成といった非常に大規模な装置への適用において、「装置規模の違いをどのように捉え、反映させるのか」という問題に対する指針が示された。本研究で行った、スケールアップ的手法、その指針は、CVD法によるセラミック構造材料の合成プロセスにおける諸問題を解決するための参考になるものと確信している。さらに、この手法に基づき、より広範囲にわたり優れた特性を持つセラミック構造材料が実用化されることを期待する。

審査要旨

 本論文は、「有機シランを原料としたCVD法によるSiC系構造用セラミック作製プロセスの開発」と題し、全6章から構成されている。CVD法を使用してSiC系セラミック構造材料を合成するプロセスについて、表面粗さなどの諸問題を解決するため、小規模な実験室装置で反応機構解析を行い、その結果に基いて、大規模な工業生産用装置での操作条件を最適化する反応工学的アプローチの可能性について検討を行っている。

 第1章は序論であり、研究の背景と本論文の目的について述べている。

 第2章では、有機シラン原料ジメチルジクロロシランを対象として、実験室規模の装置で反応機構解析を行った結果と考察を示している。実験室規模のCVD反応装置を使用し反応機構解析を行い、ジメチルジクロロシラン原料からのSiCの製膜が、気相でのメチルラジカルの脱離による、化学量論組成をもつ高活性中間体の、膜表面への拡散・表面反応による製膜、および、気相での重合反応による重合体の生成の競争反応系であることを明らかにした。また、製膜メカニズムにおける主要な反応速度定数を決定した。さらに、これらの結果を、既往の研究に適用することで、報告されている有機シラン原料からの製膜機構の相違の原因が、この反応系の特徴である競争反応系にあることを明らかにしている。

 第3章では、第2章の結果をもとに、現在工業生産が行われている、CVD-SiC膜の原料として使用されている、メチルトリクロロシランについて、実験室規模の装置での速度論的検討と、工業生産用装置の製膜との関係について検討を行っている。実験室規模の装置を使用した反応機構解析の結果、メチルトリクロロシラン原料からのSiCの製膜機構が、ジメチルジクロロシラン同様の分解・重合型の反応機構であることを明らかにした。さらに、工業生産用の大型装置での結果と比較を行うことにより、重合体が製膜種であることが、この反応系で段差被覆性の良いSiCを製膜するために重要であることを明らかにしている。

 実験室における小規模装置の実験と工業生産用の大型装置での結果の比較により、特に工業生産用装置での重合反応の進行による表面粗さの増大が予測された。この予測に基いて、工業生産用の装置において重合反応を抑制する条件を提案し、実際に製膜を行うことで表面粗さの改善を達成した。大型生産装置におけるプロセス改善の実例を通じて、小規模実験で得られる知見に基づきスケールアップを行うという手法の有用性を明らかにしている。

 第4章では、一成分系で行われた第3章までの内容を多成分系に拡張するためのこころみとして、SiC/TiCセラミック複合材料への展開を試みた結果について述べている。結果として、多元系製膜によりTiCが高速に製膜していることを示し、そのメカニズムがジクロロジメチルシランの分解により生成した高活性な中間体による、TiC製膜原料の活性化であることを明らかにした。すなわち、活性が低いため製膜速度の低い原料ガス系に、高活性の原料ガスを加えることで、本来低活性な原料を活性化し高速製膜を行えることを示した。制御が困難などの問題もあるが、このような原料の活性化による高速製膜は、構造用セラミック合成など、高い製膜速度が必要なプロセスにおいて、原料の低活性さの問題解決へ極めて有望な技術であることを示している。

 第5章では以上の結果をもとに、広くセラミック構造材料を対象としたCVDプロセスにおいて、小規模な実験室装置での反応機構解析結果を大規模工業生産用装置の最適設計へ利用するための方法について考察を行った。結果として、CVDプロセスは装置の規模や滞留時間に強い依存を示す特徴を持つために、小規模な反応装置を使用した反応機構解析では、大型装置を設計する上で重要となる気相反応により生成する製膜種を観測できない可能性があることを指摘した。さらに、このような装置規模の違いを考慮する大型装置開発の方法を提案している。

 第6章は本論文のまとめであり、本研究で得られた成果と今後の展望について述べている。

 以上、本論文はCVD法による構造材料を対象とするような大型装置の効率的な開発に対する指針を、小規模装置の解析による反応機構の解析、反応モデルの理解、そして実際の製造プロセスへの適用を通じて明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって、博士(工学)として合格と認められる。

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