本論文は、家計における情報関連支出に着目して、生活の情報化を、主として「家計調査」のデータを用いて世帯主の属性や地域属性との関係を中心に、検討しようとするものである。生活分野の情報化は1990年前後からその重要性が認識され始めたとはいえ、現状分析に不可欠である情報化の進展度合いの定量的な把握さえ十分ではなく、実態がよくわからないというのが現状である。そのような状況にあって、本論文が取り組んでいる旧来技術によるアナログ情報と情報技術によるデジタル情報とを区分して生活の情報化を分析するという試みは、生活の実態に即した情報化の把握を可能にし、この分野の研究に関するより踏み込んだ分析と考察を進めるものとなっている。 具体的に、本論文は、生活を把握する際の主要な項目となっている家計に着目し、情報関連支出をアナログ情報への支出とデジタル情報への支出とに分割し、情報関連支出と世帯主の所得水準・年齢、地域環境との関係を検証している。またさらに、家庭内の情報支出だけにとどまらず、生活の情報化を実現する際に重要となる地域に注目して、地域の情報化に関する統計分析を試みている。 本論文は第1章から第7章までの全7章からなる。注は各章の末尾に付記されており、付録、参考文献の一覧は巻末に付けられている。なお、本論文の主たる成果を記した論文は、日本社会情報学会学会誌第10号(1998年9月)に掲載されている。論文の内容は大きく分けて、第1章から4章までの生活の情報化を研究するにあたっての前提を明らかにし、その立場から先行研究のサーベイを行っている部分と、第5章から6章までの家計情報係数の推計結果に基づいて生活における情報化を分析している部分、および第7章の成果のまとめと、今後の課題と展望を述べている部分から成っている。以下に各章の内容を要約する。 「第1章 研究の概要」では、情報化は少子化・高齢化・国際化・ソフト化などと並ぶ避け得ない大きな社会変化であり、これまで産業分野に大きな影響をもたらしてきた情報化が生活の分野と無縁であるはずがないという問題意識が提示されている。 「第2章 研究の理論的枠組み」では、これまでの研究の系譜を生活論の流れからたどり、生活の情報化に対する過去のアプローチが概観されている。その結果として、情報化は大きな社会変化でありながら、これまでの生活論では情報化を対象とした本格的な研究が少ないことを著者は指摘している。そして、家計は生活を把握する際の主要な項目の1つであることから、家計における情報関連支出に着目することの妥当性を主張している。 また、利用者の情報に関わる行動は、扱う情報が旧来技術によるアナログ情報から情報技術によるデジタル情報へと移行したとき、その処理の様式が大きく異なると予想されることから、このような情報形態の違いに注意を払う必要のあることを強調し、アナログ情報とデジタル情報とに区分する試みを提唱している。 「第3章 情報化の定量的な把握」において、生活の情報化を定量的に捉えるこれまでの試みをサーベイした上で、第2章で提案した研究の枠組みが有効であることを確認している。そして、情報化が進展すれば生活行動の中で情報の果たす役割が増大し、それに伴ない情報に支払う支出の変化が家計に現れるという仮説を提示している。 「第4章 家計情報係数の推計」では、生活の情報化を測る指標として本論文の核となる家計情報係数を提案している。そして、情報関連支出項目について、これまで使用されてきたものを見直し、情報に関わる行動という観点から新たに定義を行っている。家計情報係数は消費支出に占める情報関連支出の割合を表すものであり、さらにそれを旧来技術によるアナログ情報支出と情報技術によるデジタル情報支出とに分けて推計しようとしている点に最大の特徴がある。データは、主として「家計調査年報」のものを用いているが、それだけでは不十分であるとして、他の統計や社会調査を併用しており、それらデータから家計情報係数を推計する方法を定めている。 「第5章 家計情報係数から見た生活の情報化の現状分析」では、第4章で推計した指標を用いて、情報関連支出と世帯主の所得水準、年齢階級、地域との関係を検討している。その中で、これまで定量的に明らかにされることがなかったアナログ情報とデジタル情報との大きな相違を明らかにしている。 その相違とは第1に、所得水準との関係において、アナログ情報係数は負の相関を示すのに対して、デジタル情報係数は正の相関を示すという点である。このことは、情報化と所得水準との関係について1969年に林が予測した傾向と1988年に村澤が実測した結果との不一致に説明を与えることを可能にし、この分野の研究を前進させる成果となっている。すなわち、デジタル情報に限定すれば林の予測通りとなり、計量対象にアナログ情報を加えると逆の特性を示す結果となる。情報支出をアナログ情報やデジタル情報の区分なく総合すると、支出の絶対額で優位なアナログ情報が係数の特性を支配することに注意を要することを強調している。 第2に、年齢階級との関係においては、アナログ情報係数はゆるやかな曲線を描き、年齢による著しい格差は存在しないものの、デジタル情報係数は特に高齢者世帯ほど低下が目立つことを明らかにしている。またさらに、アナログ情報とデジタル情報それぞれに特有の年齢との相関を導き出している。 「第6章 生活の情報化に関する統計分析」では、アナログ情報は生活必需品的な位置付けにあり、デジタル情報は嗜好品的な位置付けにあることを示した前章の分析を受けて、それを所得弾力性と支出弾力性を用いて裏付けている。また、所得との相関係数と年齢との相関係数をそれぞれ縦軸と横軸にとった2次元空間上に家計の各支出項目を配置して、アナログ情報とデジタル情報の位置付けを明らかにしている。その結果として、家計支出ではアナログ情報は保健・医療費と同様の位置付けにあること、すなわち、年齢階級に関わらずアナログ情報に一定水準の支出を行っており、所得水準の低い世帯ほどそれが家計消費支出に占める割合が増加することを明らかにしている。その上で、このように所得との相関が負を示す項目は、本来はユニバーサルサービスが検討されるべきものであろうと主張している。他方、デジタル情報は一般外食費と同様の位置付けにあることを明らかにしている この章の後半では、アナログ情報とデジタル情報とを区分するという観点から、家庭内だけに止まらず地域の情報化に関する検討を行っている。そして、他の地域と比較して相対的にアナログ情報係数の高い地域、逆に相対的にデジタル情報係数が高い地域、アナログ情報係数・デジタル情報係数の両方ともに高い地域を分類して、それぞれをアナログ情報型地域、デジタル情報型地域、ハイブリッド型地域と名付けた上で、情報係数の推移を2次式で近似したモデル提示している。 「第7章 結論」では、以上の第6章までの分析の分析結果と得られた知見をまとめている。その上で、地域の生活環境と情報化の関連の分析において、現時点では情報化を推進する環境要因を必ずしも明確にはし得なかった点、さらには情報化による生活の質の変化に関する分析を今後の課題としてあげている。 以上が本論文の概要である。本論文の意義としては、以下の諸点が挙げられるであろう。 まず第1に、情報関連支出を旧来技術によるアナログ情報に関わる支出と情報技術によるデジタル情報に関わる支出とに分けることで、生活におけるそれぞれの情報の位置付けの違いを明らかにすることに成功している点である。アナログ情報とデジタル情報とに区分して生活の情報化を計量するという新しい方法は、情報化と所得水準との関係について1969年に林が予測した傾向と、1988年に村澤が実測した結果とが一致しなかったことに説明を与えている。 第2に、アナログ情報とデジタル情報それぞれについて、世帯主の所得、年齢との関係を明らかにし、両者の家計支出項目としての位置付けには著しい相違があることを明らかにしている点である。これまで生活の情報化を家計の側面から定量化する指標はあったものの、本論文のアナログ情報とデジタル情報とに区分するという新しい枠組みは、この分野の研究に新たな知見と有益なデータを与えている。 このように、本論文は、この分野における従来の研究を大きく前進させる業績であるといってよい。ただし、本論文には不十分な点もいくつか存在する。たとえば、利用者の情報に関わる行動の違いをアナログ情報とデジタル情報とに区分する根拠としていながら、議論は定量的な分析と検討に集中しており生活の質的変化に関する議論の展開という点で、不十分さを残している。生活を分析する評価項目として家計を選び、家計の側面に限った検討であったことはやむを得ないにしても、第7章における今後の展望は簡単すぎるように思われる。情報化は生活を取り巻く問題の解決に貢献する可能性をもつことを考慮した上で、改めて生活における情報の役割を考察してみる必要があると思われる。 このように、なお考察を広げる余地はあるものの、それは本論文の価値を損なうものではなく、論文審査委員会は、論文審査の結果として、本論文を博士(学術)の学位を授与するに値するものと判定する。 |