要旨 ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)エンベロープ糖タンパク質(Env)は、ウイルスの宿主細胞への吸着と侵入に必須の役割を果たしている。吸着はCD4を介し、侵入はコレセプター(ケモカインレセブター)を介するエンベロープ-細胞膜融合により行われる。Envはまた、宿主の液性及び細胞性免疫応答に重要な役割を果たしている。このようなEnvの機能と構造相関の研究には、それを効率的に生産する発現系が必要である。HIV-1は主にV3領域の塩基配列によってA-H,O,Nといったサブタイプに分類されている。サブタイプAは西・中央アフリカ、Bは南北アメリカ、ヨーロッパ、日本を含むアジア、といった様に、サブタイプの分布は地域的に異なる。
これまでのHIV-1の遺伝子構造や生物学的性状の研究は、欧米で流行しているサブタイプBを中心に行われてきた。しかし、世界各地に流布する他のHIV-1サブタイプの遺伝子構造及び生物活性は不明な点が多く残され、特にアジア地域で感染が拡大しているサブタイプEに対する有効な予防・治療技術の開発の基盤となる研究が急がれている。一方、現在、日本で主に流行しているサブタイプはBとEである。HIV-1Envは、前駆体gp160として合成された後宿主プロテアーゼによりgp120とgp41に開裂され機能分子として成熟する。
本研究では、第1にサブタイプEEnvの血清学的及び機能的解析を目的として、センダイウイルス(SeV)ベクター発現系を用いてサブタイプEgp120の哺乳類細胞での大量発現を試みた。第2にHIV-1サブタイプB及びサブタイプE感染のサブタイプ特異的な高感度の血清学的診断法を開発するため、SeVベクターで大量発現したサブタイプEgp120(rgp120-E)及び、先にYuらが報告したSeVベクター発現サブタイプB gp120(rgp120-B)(Yu,D.,et al.Genes Cells,2:457-466,1997)を用いて、遺伝子型が既知のHIV-1感染者血清との血清学的反応性を検討した。
我が国において見い出されたHIV-1サブタイプEの日本人家族内感染例から分離されたNH2株由来のエンベロープgp120遺伝子を、Not Iサイトを含むプライマーを用いて、PCRで増幅し、SeV cDNAのNot Iサイトに挿入してHIV-1サブタイプEgp120発現コンストラクトとした。これを、SeV cDNAからの回収系を用いて、サブタイプEgp120発現リコンビナントウイルス,SeV/gp120-Eを作出した。SeV/gp120-Eをサル腎臓由来CV-1細胞に感染させて0時間から72時間経時的に培養上清中に発現されたrgp120-Eの定量をウエスタンブロットにより試みた。その結果、rgp120-Eは、培養上清中に感染後24時間より検出され感染後72時間で最高となり、この時可溶性rgp120-Eが培養上清中に約6mg/l蓄積されることが確認された。さらに、抗サブタイプEV3ループモノクローナル抗体(TQ4B15-2)をカップリングさせて作製したアフィニティーカラムを用い、rgp120-Eを単一バンドに精製できることを銀染色により確認した。
rgp120-Eとrgp120-BのHIV-1サブタイプE及びサブタイプBの感染者血清に対する反応性をウエスタンブロットで調べた結果、サブタイプE感染者血清はrgp120-Eに、一方、サブタイプB感染者血清はrgp120-Bに特異的に反応した。さらに、rgp120-Eとrgp120-Bの抗サブタイプE V3 ループモノクローナル抗体および抗サブタイプB V3 ループモノクローナル抗体に対する反応性をウエスタンブロットで調べた結果、抗サブタイプE V3 ループモノクローナル抗体(TQ4B15-2)はrgp120-Eのみと、抗サブタイプB V3 ループモノクローナル抗体0.5_はrgp120-Bのみと反応した。したがって、SeVで生産したrgp120-Eとrgp120-Bはサブタイプ特異性を保持していた。また、rgp120-EのCD4結合能を、CD4陽性MT4細胞と抗サブタイプE V3 ループモノクローナル抗体(TQ4B15-2)を用いてFACS解析により調べた。その結果、rgp120-EがCD4結合能も保持していることを確認した。
続いて、rgp120-E及びrgp120-B発現SeV感染細胞の培養上清を直接、酵素抗体法(EIA)のためプレートにコーティングし、rgp120-E及びrgp120-BをEIAのための抗原として使えるか否かを検討した。これらの抗原と東南アジアのHIV-1サブタイプE感染者血清(76人)及び日本人血友病HIV-1サブタイプB感染者血清(88人)との反応性をEIA(rgp120-EIA)で調べた結果、これら全例において、血清は異なるサブタイプの抗原に対してよりは同じサブタイプの抗原に対し有意により強く反応した。すなわち、反応の強弱によりサブタイプの鑑別が可能なことが示唆された。このことをさらに確認するために、サブタイプAからサブタイプF感染者国際血清パネル(28人)についてrgp120-EIAで反応性を調べた。その結果、rgp120-E及びrgp120-Bは、それぞれサブタイプに特異的に反応することが確認され、EとB以外の血清はrgp120-Eとrgp120-Bともに弱い反応を示すにすぎなかった。以上からrgp120-E及びrgp120-Bは、サブタイプE感染者及びサブタイプB感染者の鑑別に有用である可能性が強く示された。この結果はまた、rgp120-E及びrgp120-Bに対して反応性の高いサブタイプ特異抗体の存在を示唆する。
HIV-1サブタイプE感染とサブタイプB感染の鑑別の簡便法として、従来、合成V3ペプタイドを使ったEIA(V3-EIA)が報告されている。しかし、V3-EIAは、各サブタイプ間での交差反応の存在のためにサブタイピング不可能なHIV-1感染者血清が存在したり、抗体検出感度が100%ではないという問題がある。そこで、rgp120-EIAを従来のV3-EIAと比較することにより評価を行った。上述のサブタイプE感染者血清(76人)とサブタイプB感染者血清(88人)を用いて、rgp120-EIAのV3-EIAに対するHIV-1サブタイプ特異抗体の検出感度の比較を行った結果、前者は後者に比べ約1,000倍の感度を示した。さらに、V3-EIAでは検出出来ない検体(サブタイプBで24%、サブタイプEで9%)もrgp120-EIAでは100%の感度で検出できた。
さらに、市販の抗HIV-1抗体陽転パネル血清を用いて、市販の抗HIV-1抗体検査キット及びrgp120-EIAの抗HIV-1抗体の検出感度の比較を行った。その結果、市販の抗HIV-1抗体検査キットで抗HIV-1抗体が検出可能であった時期には、rgp120-EIAでも同様に検出可能であった。
以上、本研究の結果、SeVベクターで培養上清中に大量発現される可溶性rgp120-E及びrgp120-Bは、濃縮や精製することなく、培養上清のままで血清学的及び機能的解析に用いることができることが確認された。また、rgp120-EIAは、HIV-1サブタイプE感染及びサブタイプB感染をサブタイプ特異的かつ高感度に鑑別できることが示された。今後A,Cなど多くのサブタイプgp120を同様にSeVベクターで生産すれば、サブタイプの系統的鑑別が可能になるものと思われる。