内容要旨 | | 本論文で扱う天体は,激変星と低質量X線連星である。激変星と,低質量X線連星は,非常に似通った天体である。これらの天体は,半接触型の近接連星系で,コンパクトな天体である主星(激変星の主星は白色矮星であり,低質量X線連星のそれは,中性子星もしくはブラックホールである)と,晩期型の主系列星である伴星からなっている。主星の重力場により伴星からガスが流出して,主星の周囲に降着円盤を形成している。これらの天体は,降着円盤に起因する,非常に特徴的な爆発現象を示す。激変星で見られる,矮新星爆発と,低質量X線連星で見られるX線新星現象がそれである。 これらの天体を研究することは,降着円盤の物理を理解する上でかかせない。なぜなら,降着円盤内部での,ガスの粘性についての知見が,これらの天体を研究することにより得られるからである。粘性は,降着円盤において重要な役割を担っている。降着円盤内を差動回転するガスの中で,粘性は角運動量を輸送し,散逸の効果によりガスの持っている力学的エネルギーを熱エネルギーへと変換する。ところが,降着円盤内での粘性のメカニズムは,現在に至までほとんど解明されていない。粘性のメカニズムを解明するためには,降着円盤に見られる動的現象を研究することが必要である。そのため,近接連星系における変光現象は,降着円盤現象を理解するための格好の実験台となっているのである。 降着円盤の爆発現象にたいして,現在,最も広く受け入れられているのは,降着円盤の熱的不安定性モデルである。このモデルによると,円盤を構成するガスには,熱い状態と冷たい状態の2相がある。ガスが熱い状態にある時,降着円盤は明るく輝く。これが,爆発現象として観測されている,というのが,熱的不安定性モデルによる降着円盤の爆発現象の説明である。熱的不安定性モデルは,近接連星系における降着円盤の爆発現象の特徴を非常によく説明している。しかし,いまだに説明されていない現象がいくつか存在する。 本論文では,熱的不安定性モデルに立脚し,近接連星系で見られる降着円盤の爆発現象を理論的に調べた。 モデルは,観測で得られる光度曲線と比較されなければならない。爆発現象を理解するためには,降着円盤の動径方向の構造を,数値計算を用いて求めなければなならない。本論文では,熱的不安定性モデルに即して近接連星系の降着円盤の光度曲線を再現する数値計算コードを構築した。熱的不安定性モデルが提唱されてから今日に至まで,さまざまな数値計算コードが提案されてきたが,本論文で提案されたコードの特色は次のとおりである。第一に,さまざまな保存則を満たす,ということである。質量,角運動量のような保存則を満たす。第二に,降着円盤のサイズの変化を扱うことができる,ということである。角運動量を円盤内で保存させようとすると,半径の変化を考慮しなければならない。ところが,従来の多くのコードではこのことは取り扱われて来なかった。第三に,降着円盤のフロントの部分を詳細に扱うことが出来るようになった,ということである。フロントとは,熱い相にある部分と冷たい相にある部分が接している場所のことである。フロントの幅は円盤の大きさに比べて小さいが,その内部では大きく物理量が変化している。アウトバースト時には,円盤内をフロントが伝播するが,それを追いかけるためには,狭いフロントの幅の中にメッシュを集めなければならない。アダプティヴ・メッシュ方を導入したことにより,この第二と第三の特色を実現することができた。アダプティヴ・メッシュ法,とは,数値計算に用いる格子を,空間に固定せず動的に割り付ける方法のことである。格子点を動的に割り付けることで,降着円盤の半径の変化の追跡,および,フロント部分への格子点の集中を可能にしている。 このコードを用いて,降着円盤の時間変化の計算を行った。降着円盤においては,二種類のアウトバーストが知られている。爆発現象が外側から始まるアウトサイド-イン アウトバーストと,内側から始まるインサイド-アウト アウトバースト現象である。インサイド-アウト アウトバーストにおいては,降着円盤の内側でアウトバーストが始まり,そこからヒーティング・フロントが外側に伝わる。計算から,ヒーティング・フロントは,降着円盤の中での質量分布の様子によって,伝わる半径が異なることがわかった。降着円盤の外縁部に大きな質量が蓄えられているほど,ヒーティング・フロントが外側まで伝わり,アウトバーストの振幅は大きくなる。このタイプのアウトバーストでは,アウトバーストごとにその振幅が変化するのである。規模の大きなアウトバーストでは,ヒーティング・フロントが最も外側まで伝わり,また,このようなアウトバーストでのみ,降着円盤の半径が増大する。一方,アウトサイド-イン アウトバーストにおいては,外側から始まったアウトバーストは必ず内側まで伝わり,降着円盤全体を熱い状態に変化させる。アウトサイド-イン アウトバーストにおいては,どのアウトバーストでも振幅がほぼ同じであることがわかる。 観測より,アウトサイド-イン アウトバーストにおいては,可視光でのアウトバーストの始まりに比べて紫外光でのアウトバーストが半日から一日ほど遅れることがわかっている。ところが,これまでの計算では,このような長い紫外域でのアウトバーストの遅れを再現することができなかった。これは,紫外の遅れ問題,として,長い間未解決の問題に出会った。しかし,今回の我々の計算では,紫外光のアウトバーストの遅れを再現することに成功した。紫外域でのアウトバーストが遅れる原因は,以下のようである。降着円盤がアウトバーストを始めた時,降着円盤内部をフロントが通過し,円盤全体を熱い状態に変化させる。熱い状態に変化した降着円盤は,可視光を放射する。この時,紫外域の光度は大きくない。紫外域の光度が増大を始めるのは,降着円盤の内部を質量が移動し,中心天体周囲での質量降着率が大きくなってからである。質量が降着円盤の外縁付近から中心部に移動するまでの時間が,紫外域でのアウトバーストの遅れのタイムスケールと一致するのである。 さらに,このコードを用いて,降着円盤の中心部が切り取られているモデルの計算を行った。近年,静穏時の降着円盤の中心部が,コロナにより加熱され,蒸発することによって,切り取られているのではないか,というモデルが提案されている。中心部が蒸発しているモデルと,その効果を取り入れていないモデルでは,インサイド-アウト アウトバーストの光度曲線が大きく異なることがわかった。中心部が蒸発しているモデルでは,アウトバーストの間隔が長い。これは,中心部が蒸発するせいで,中心でのアウトバーストの始まりが抑制されるためである。一方,アウトサイド-イン アウトバーストでは,中心部の蒸発の影響がほとんどないことが計算の結果得られた。コロナによる加熱で中心部が切り取られるモデルは,もともと紫外の遅れを再現するために用いられたのであるが,今回の計算の結果では,アウトサイド-イン アウトバーストにおける紫外の遅れは,降着円盤の中心部が切り取られているモデルにおいても余り変化しないことがわかった。 |