学位論文要旨



No 114665
著者(漢字) 長嶋,利夫
著者(英字)
著者(カナ) ナガシマ,トシオ
標題(和) メッシュレス法による構造解析システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 114665
報告番号 甲14665
学位授与日 1999.05.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4487号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨

 FEMに基づく現状の数値シミュレーションにおいては、解析対象の大規模化・複雑化にともない解析モデルを作成するために多大な時間と労力が必要とされれ、問題となっている。入力データとして要素分割データを必要としないメッシュレス法は、このような問題を解決するための有効な手法としてその実用化が期待されている。

 本研究では数値構造解析の分野において、精度および効率に優れたメッシュレス法の開発を行うことを目的として

 (1)節点データのみで構造解析を行なえるような効率的なメッシュレス法の提案

 (2)メッシュレス法に関する解析誤差評価手法および解析モデルの局所的修正による解の再評価手法(アダプティブ手法)の提案

 (3)メッシュレス法を核としたCAEシステムの提案およびプロトタイプの開発

 (4)開発アプリケーションの超並列計算機(MPP)環境への実装を行なった。

 これまでいくつかのメッシュレス解法が提案されてきたが、構造解析に関連する分野においてBelytschkoらによるエレメントフリーガラーキン法(the Element-Free Galerkin Method:EFGM)は、移動最小二乗法(the Moving Least Square Method:MLSM)による内挿関数が用いられていることが特徴的な方法である。本研究においては、まずEFGMの計算精度についての基礎的検討を行った。その結果、EFGMは十分な精度を有する解法であるが、領域積分を実施するためにバックグラウンドセル内の積分点が用いられるので、従来のFEMと比較してデータ構造が複雑となり、計算時間を多く必要とすることが明らかになった。

節点単位処理に基づくメッシュレス法

 本研究ではこのようなEFGMの欠点を克服するために、新たなメッシュレス法として節点単位処理に基づくメッシュレス法(the Node-by-Node Meshless Method:NBNM)を提案した。NB間に用いられてる核となる技法は、(i)MLSMによる内挿関数の作成、(ii)節点積分による剛性評価、(iii)剛性評価における安定化、および(iv)節点単位処理による反復解法である。これらのうち(ii)(iii)および(iv)は、従来のメッシュレス解法に取り入れられてなかった新しい技法である。

(i)MLSMによる内挿関数の作成

 二次元問題において、任意の評価点(x,y)における近似関数hを次式のように設定する。

 

 式(1)における{a}は、図1に示すように評価点(+印)の近傍の影響範囲を設定し、その影響範囲内にあるN個の節点群(●印)から次式で計算される評価関数Jを最小化することにより決定する。

 

 ここに、wkは評価点で定義される重み関数の節点kにおける値、kは節点kにおける関数の値である。評価点で定義される重み関数としては4次のスプライン関数が用いられる。

図1 評価点まわりの影響半径
(ii)節点積分による剛性評価

 NBNMでは図2に示すように解析領域を覆うバケットを利用して節点毎に領域積分のための重みを計算しておき、これを用いて弱形式表示された支配方程式の領域積分を行う。すなわち、領域内で定義される関数の領域積分を次式のように近似する。

 

 ここにNPは領域内に分布する総節点数、WIは節点Iについての重み、Iは節点Iのまわりの積分領域を示す。

図2 節点積分のための重み算出
(iii)剛性評価における安定化

 NBNMでは式(3.1)の右辺の評価において被積分関数F(x,y)を節点のまわりにTaylor展開し、節点におけるF(x,y)の1階微分を用いた積分評価方法が用いられる。すなわち、式(3.1)は次式のように表される。

 

 式(4)の右辺第2項、第3項は、剛性評価における安定化項として機能し、数値解の精度を改善する。

(iv)節点単位処理による反復解法

 節点ベースの内挿手法を用いる場合、EFGM等では基本境界条件を付与するためにLagrangeの未定乗数法やペナルティ関数法が用いられている。NBNMではこのような方法は用いずに、基本境界条件式を節点において完全に満足させるような拘束条件式を付与して離散化方程式を解く手法が用いられる。これにより、離散化方程式の係数マトリクスの正定値性が保たれ、共役勾配法(CG法)による反復解法が適用可能となった。係数マトリクスの構成要素は節点ごとに作成されているので、CG法における計算過程での全体剛性と反復ベクトルとの積和演算は節点単位で処理される。

CAEシームレスシステムの開発

 本研究で提案するCAEシステムは、前処理、メインソルバおよび後処理プログラムから構成される。

 前処理においては、まず商用のCADアプリケーションで解析形状を定義し、標準的な中間ファイルであるDXFファイルを介して形状定義データを抽出する。つぎに、このデータに節点分布間隔、境界条件、荷重条件等の情報を与え、メッシュレス解析用の入力データを生成する。メッシュレス法解析の前処理における領域内部への節点発生プロセスは、FEM解析における要素分割プロセスと比較して単純であるので、この部分の処理は高速かつ確実に実施することができる。

 メインソルバでは二次元ポテンシャル問題、静弾性問題および振動固有値問題の解析が実施可能である。連立一次方程式の解法としてスカイライン法およびCG法が利用可能である。

 メッシュレス法は、FEMのような要素を用いた可視化を行なうことはできない。そこで本研究ではメッシュレス法に適した可視化手法を提案した。すなわち節点を中心とする適切な半径を有する円を、節点での計算値にしたがって着色するような方法が用いられる。円の半径はNBNMで用いている節点での重みに等しい面積を有する円から決定する。また、固有モードについては節点データだけを用いた描画手法により可視化される。

 ここで提案したCAEシステムのプロトタイプは、Microsoft社のVisual C++を用いてWindows上のアプリケーションとしてPC上に実装された。

数値解析例(1)メッシュレス法による静解析、振動固有値解析

 図3に示すようなCADで定義された機械部品についての静解析、振動固有値問題の解析を実施した。CADデータから形状データを抽出し領域内部に節点を発生させることにより解析データを作成し、静解析および振動固有値解析を実施した。振動固有値解析結果の結果から得られた固有モードの例を図4に示す。

図3 機械部品のCADによる定義図4 振動固有値解析結果(1次モード)
(2)アダプティブ解析

 円孔つき平板についての引張り問題について、アダプティブ解析を実施する。まず、CADデータを利用して図5に示すような均一な節点分布を有するモデル(初期モデル)を作成し、このモデルを用いて静解析を実施する。つぎに、節点ごとに事後誤差評価を行ない計算精度を向上する必要のある節点を選び出す。そして、その節点の周辺に節点を追加することにより、図6に示すような節点分布を有するモデル(アダプティブモデル)が得られる。

図表図5 初期モデル / 図6 アダプティブモデル

 このモデルについて再度解析を実施することにより、解析結果の精度の向上を図ることができる。円孔の応力集中部分近傍の応力分布を二つのモデルについて比較して図7に示す。

図7 円孔周辺の応力分布
MPP環境でのメッシュレス解析

 NBNMによるメインソルバプログラムを並列化ライブラリであるPVMを用いて並列化し、MPP環境に実装した。多数のプロセッサーについての負荷分散を行なうために節点分布データの分割手法を開発し、領域分割型反復解法による大規模連立一次方程式の解法と組み合わせて、NBNMによる大規模構造解析を実現した。100万自由度を越える大規模問題についての計算性能を示すことによりNBNMを大規模構造解析問題の解法として用いることが可能であることを実証した。

結論

 本研究で提案したNBNMによれば、解析を実施するうえで節点データだけを必要とするので、これまでCAEシステムに直結させることが困難であったCADデータの利用を容易にすることができる。また、要素分割のプロセスが不要となるのでアダプティブ解析を効率的に実行することができる。本研究では、NBNMによる解析手法を核としてCADデータを利用した解析モデル作成から数値シミュレーションまでをシームレスに行えるような新しいCAEシステムについてのプロトタイプを開発した。本手法を実際的な問題の解析に適用することにより、その有効性を示した。さらに、MPP環境での分散・並列処理を利用することによって、本手法を大規模問題の解法として用いることができることを実証した。

審査要旨

 構造解析、伝熱解析、流動解析等に代表される工学問題における偏微分方程式の近似解法として、有限要素法(the Finite Element Method:FEM)が広く用いられている。工学シミュレーション分野においては、FEMによる解析プログラムを核とするCAE(Computer Aided Engineering)システムが多数開発され商用化されており、設計現場においてCAD(Computer Aided Design)システムと組み合わせて用いられている。今後、超並列計算機(Massively Parallel Processors)の普及とともに、大規模な数値シミュレーションも並列処理を用いてより高速に実行することが可能となることが予想される。

 しかしながら、その一方で、解析対象の大規模化、複雑化にともない、解析データ(有限要素分割データ)を準備するための労力と時間が無視できないものとなってきている。すなわち、現状のFEMをベースとしたCAEシステムにおいて、CADデータからCAEアプリケーションの入力データへ変換するプロセスに多大な労力と時間を必要とすることが、大規模な数値シミュレーションを実施するうえでの深刻な障害となっている。これまで、研究・開発が精力的に行われてきた自動要素分割手法をもってしても、このような問題を完全に回避するに至っていない。

 本論文では、上記のような現状のFEMをベースとしたCAEシステム上の問題を回避するために、入力データとして要素・節点コネクティビティ情報を必要としない「メッシュレス解法」について着目して、これを構造解析に適用することを検討している。そして、節点データのみで構造解析が行えるメッシュレス法として「節点単位処理に基づくメッシュレス法」の提案、メッシュレス法に関する解析誤差評価手法の提案、提案したメッシュレス法および誤差評価手法を核としたCAEシステムのプロトタイプの開発、および超並列計算機における大規模高速メッシュレス法計算の実現を行っている。本論文は全体で7つの章から構成されている。

 第1章では、研究の背景、従来の研究のレビュー、研究の目的および論文の構成が述べられている。

 第2章では、構造解析の分野における代表的なメッシュレス解法であるエレメントフリーガラーキン法(EFGM)を例にとり、節点ベースの内挿手法として用いられている「移動最小二乗法(MLSM)」の適用方法についての検討結果が示されている。

 第3章では、節点単位処理に基づくメッシュレス法(the Node-by-Node Meshless Method:NBNM)が提案され、構造解析問題に適用した場合の妥当性について数値的に検討された後、数値解析例が示されている。提案するNBNMに用いられる核となる技法は、(I)MLSMによる内挿関数の作成、(II)節点積分による剛性評価およびその安定化、および(III)節点単位処理による反復解法である。これらのうち、(II)および(III)は、従来のメッシュレス解決に取り入れられてなかった新しい技法である。

 第4章ではNBNMにおける事後誤差指標が提案され、その妥当性が数値解析例により検証されている。さらに提案した事後誤差指標を利用したアダプティブ解析手法による数値解析例が示されている。

 第5章では、NBNMを解決の核としてパーソナルコンピュータ上に構築されたCAEシステムについて述べられている。開発したシステムでは、CADアプリケーションから出力される中間ファイルを直接利用して、メッシュレス解析データが対話的に作成可能であり、また解析結果を対話的に可視化することができる。

 第6章では、NBNMに基づくアプリケーションプログラムのソルバ部分を、領域分割型反復解決に基づき、並列化ライブラリPVMを用いて超並列計算機環境へ実装し、大規模メッシュレス計算を実施し計算時間を測定した結果が示されている。節点分布を複数のプロセッサに割り付けることにより計算プロセスの静的負荷分散を図るためのパーティショニング手法としてバケットを利用した方法が提案され、用いられている。

 最後に第7章では、本研究で得られた結論を総括している。

 以上を要するに、本論文では、現状のCAEシステムの問題を回避するために入力データとして要素・節点コネクティビティ情報を必要としないメッシュレス解法について着目し、節点単位処理に基づくメッシュレス法と事後誤差評価手法を提案し、これらの手法に基づいたCAEシステムを構築し、ソルバ部分を超並列計算機環境へ実装したうえで、数値計算例によりその有効性を明らかにした研究成果がまとめられており、計算固体力学および計算機援用工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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