学位論文要旨



No 114668
著者(漢字) 小崎,寛子
著者(英字)
著者(カナ) コサキ,ヒロコ
標題(和) ニホンザル聴覚野における電気生理学的及び免疫組織学的研究 : パルブアルブミン染色を用いた領域分け
標題(洋) An electorophysilogical and immunohistochemical study of the auditory cortex of Japanese monkeys : Tonotopic organization delineated by parvalbumin immunoreactivity
報告番号 114668
報告番号 甲14668
学位授与日 1999.05.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1520号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 助教授 菅澤,正
内容要旨 1序論

 人間の言語理解の研究の上で、霊長類、特にニホンザルの脳をしらべることは、モデルとして重要と考えられる。

 サルの聴覚野は、supratemporal plane上にあり、中央に一次野と考えられる顆粒層に富んだ部位があり、そのまわりに他の、連合野と考えられている領域がそれを囲むように存在している(Walker,1937)。ニホンザルの聴覚野は全く脳表面に露出しておらず、ヒトのヘシェル回によく似た位置にある。

 はじめ、変生法によりはじまったサルの聴覚野の研究は、誘発電位および微小電極によるマッピングの導入と、細胞構築や、皮質-皮質問及び皮質-視床間のconnectionの研究により、飛躍的に発展を遂げてきた(Woolsey,1971,lmig et al.,1977,Merzenich and Brugge,1973,Woolsey and Walzl,1982,Pandya and Sanides,1973,Galaburda and Sanides,1980)。特に、他のサルでAcethylcholine estelaseや、Calcium binding proteinの1つであるParvalbumin等により、聴覚野が染めだされることがわかってきた(Morel & Kass,1992,Hendry et al.,1990,Jones,et al.,1995)。また、聴覚野のなかでも、ニューロンの生理的な反応は一様ではなく(Rauschecker,et al.,1995)、各領域によって異なる反応が推定されることはもちろんのこと、一次野のニューロンの中でも、反応パターンの異なるものが報告された(Riquimaroux,et al.1994a)。生理学的手法によるマッピング、解剖学的手法によるマッピングを通して、聴覚情報による情報の流れの推定がこころみられるようになってきた。また、特にニホンザルの一次野では、いわゆるmissing fundamentalの現象が観察されており、(Riquimaroux,et al.1994b)、聴覚情報のprocessingが早い段階から始まり、一次野のニューロンでもすでにかなり複雑な情報処理が行われていることが推測された。

 この研究は、人間の脳に非常に近いと考えられる、ニホンザルの脳につき、免疫組織学的手法と電気生理学的手法を組み合わせることにより、ニホンザルの聴覚野の領域とSubdivisionを確定することを目的に行った。

2実験

 (目的)アカゲザルにおけるHendryらの知見によれば(Hendry et al.,1990)、Parvalbuminの免疫染色により、聴覚野が染め出され、また、染まり方は一様ではなく、中央に濃く染まる部分があり、その周囲に淡く染まる部分があり、前者が一次野にあたるのでは、と推測されていた。ニホンザルでも、聴覚野と考えられる部分がParvalbuminにより染め出されることは、Jonesらの論文で報告されていた(Jones,et al.,1995)。今回は、Parvalbumin染色と音を刺激としてのunit recordingを両方行い、Parvalbumin染色のパターンが、生理学的反応の差とどう対応するか調べ、周波数マップを作成して聴覚野中の領域わけを行うことを目的に実験を行った。

 (方法)体重4-7Kgのニホンザル6匹(外耳道、鼓膜に異常の無いこと、ABRによる末梢聴力が正常であることをあらかじめ確認済み)を対象とした。ネンブタール麻酔下に開頭し、左聴覚野よりElgeloy及びtungusten電極を用いてsingle-unit又は、multi-unit recordingを行った。右の耳から立ち上がり及び下がりが10msec、プラトーが20msecのWhite noise及び、Pure toneの刺激をいれ、tuning curveを求め最適周波数(best frequency)を求めた。一次野では、刺激側による効果をみるために、左耳刺激も行った。その後、4%パラフォルムアルデヒド-0.1Mリン酸緩衝液にて灌流固定し、脳を取り出した。聴覚野を含む脳をブロックは切り出されたあと、30%ショ糖-0.1Mリン酸緩衝液に浸けられ、凍結され、厚さ30ミクロンの凍結切片を作成した。免疫染色はMolinariらの方法に準じて行った(Molinari,et.al.1995)。Minnesota Datametrics MD-2 plotting systemを用いて染色された切片のプロッテイングを行い、unit-recordingの際のマーキングの座標と合わせることにより、染色された領域と電極による記録部位を確定した。

 (結果)ニホンザルの聴覚野はParvalbminにより濃染するcentral core zoneと、その周囲をとりまく、淡染するsurrounding zoneの2つに別れた。その電気生理学的反応をみると、前者のニューロンは比較的潜時が短く、thresholdが低く、tuning curveはシャープで、一次野と考えられた。best frequencyは明らかなtonotopicityを示し、それが口側3分の1の領域と尾側3分の2の領域では鏡像を呈することから、AlとRの2つの領域に分けられた。一方surrounding zoneはtheresholdが高く、潜時が比較的長く、tuning curveはbroadで、non-primary areaと考えられた。またbest frequencyのtonotopicityの方向及び純音に対する反応性、tuning curveの形状により、non-primary areaは少なくとも6つの領域があると考えられた。一次野のニューロンにおいて、刺激側によって、best frequencyに差がみられることは観察されなかった。潜時については、潜時が100msec以内の早い反応では、潜時に変化はなかった。おそい潜時の反応については、contralateralからの刺激に対する反応の方が、ipsilateralからの刺激に対する反応より、潜時は早かった。

3考察

 Parvalbminによる染色性は視床との間のconnectionを反映している(Jones,et al 1995)。今回の一次野とそれ以外の部分が、Parvalbumin染色で分離できるという結果は、それと合致する。surrounding zoneの中でも外側の部分と、内側の部分に、一次野のtonotopicityの軸と平行な軸がみられたことは、外側-内側方向のconnectionを示唆するものである。短潜時の反応が、刺激側による潜時の差を呈さないことは、ヒトの脳磁図での結果と一致するが、聴覚情報が一次野に入る前に、かなり、処理・加工を受けていることを推測させる。

4結論

 (1)ニホンザルの聴覚野はParvalbminにより濃染するcentral core zoneと、その周囲の淡染するsurrounding zoneの2つに別れ、その電気生理学的反応から、前者がprimary area、後者がnon-primary areaと考えられる。

 (2)また、best frequency mapを作成し、聴覚野のsudivisionとしてprimary areaは、少なくとも2つ、non-primary areaは少なくとも6つの領域があると考えられた

 (3)一次野のニューロンにおいては刺激側によって、best frequencyが変わることは認められなかった。潜時が100msec以内の早い反応では、刺激側による潜時の変化はなかった。遅い潜時の反応については、contralateralからのからの刺激に対する反応の方が、ipsilateralからの刺激に対する反応より、潜時は早かった。

審査要旨

 本研究は人間の言語理解の研究の上で重要な,大脳聴覚野の性質と聴覚情報の流れを確定することを目的に,構造的にヒトに近いと考えられるニホンザルの脳について大脳聴覚野の領域とSubdivisionを調べたものであり,下記の結果を得ている.

 1 ニホンザルの聴覚野は,上側頭回上にあり,カルシウム結合蛋白Parvalbminにより濃染するcentral core zoneと、その周囲をとりまく、淡染するsurrounding zoneの2つに別れた。

 2 その電気生理学的反応をみると、前者のニューロンは比較的潜時が短く、thresholdが低く、tuning curveはシャープで、一次野と考えられた。best frequencyは明らかなtonotopicityを示し、それが口側3分の1の領域と尾側3分の2の領域では鏡像を呈することから、AlとRの2つの領域に分けられた。一方surrounding zoneはthresholdが高く、潜時が比較的長く、tuning curveはbroadで、non-primary areaと考えられた。non-primary areaは,AL,PL,A-m.P-m,AL,PLの6つの領域に分けられた.

 3 Al.R.AL,PLが比較的,純音のような単純な刺激によく反応するのに対し,他の領域は,単純な刺激には,あまりよく反応がみられず,non-primary areaの性質を調べるためには,単純刺激だけでなく,複合音の刺激ももちいるべきことが示された.

 4 逆行性トレーサーを用いて聴覚野内の,各領域の間の投射を調べたところ,Alに注入した場合,各領域の,最適周波数が近い部分同士の結合が強いことが示された.

 5 一次野のニューロンにおいて、刺激側によって、best frequencyに差がみられることは観察されなかった。潜時については、潜時が100msec以内の早い反応では、潜時に変化はなかった。おそい潜時の反応については、contralateralからの刺激に対する反応の方が、ipsilateralからの刺激に対する反応より、潜時は早かった。

 以上,本論文は,今まで未知であった,ニホンザルの聴覚野の領域,subdivisionと,その性質を明らかにした.本研究は聴覚情報の流れ,言語理解の構造の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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