学位論文要旨



No 114670
著者(漢字) 中島,由起子
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,ユキコ
標題(和) P450 isozymeを考慮したin vitro代謝試験に基づくヒトin vivo薬物肝代謝能の定量的予測
標題(洋)
報告番号 114670
報告番号 甲14670
学位授与日 1999.05.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第894号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 佐藤,均
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨

 チトクロームP450(CYP)は、臨床医薬など外来異物の大部分の代謝に関与している、最も重要な代謝酵素である。これまで種々のCYP isozymeが関与する代謝反応に関して、ヒト肝細胞またはヒト肝ミクロソーム等の試料を用いたin vitro代謝試験データからヒトin vivo肝代謝能を定量的に予測する方法論の確立を目指した研究が進められてきた。

 一方、近年、様々な種類のヒトCYP発現系が開発されてきており、薬物代謝に関与するCYP isozymeの同定、薬物間相互作用のスクリーニングなど、広く活用されてきている。しかしながら、発現系と肝ミクロソームの代謝能力とを足量的に比較した例はまだまだ少数であり、ヒトin vivo肝代謝能までの系統的な検討はほとんどされていない。薬物の代謝能を予測する方法論の確立を目指すうえで、CYP isozymeに着目した解析は重要であり、ヒトCYP発現系の有用性を評価することは必須であると考えられる。

 そこで本研究では、CYPが関与する、さらに多くの代謝経路に関して、これまで検討されてきたin vitro代謝試験データからのin vivo肝代謝クリアランスの予測モデルを適用することにより、本予測モデルの妥当性を詳細に評価した。また、医薬品代謝に最も重要と言われているCYP isozyme 5種(CYP3A4,2C9,2C19,1A2,2D6)に着目し、その予測性の良否が、代謝に関与するCYP isozymeの種類に依存するものかどうかを、各CYP isozyme毎に分類することにより考察した。さらに、ヒトCYP発現系を用いたin vitro代謝試験データに基づいて、ヒト肝ミクロソームにおける代謝能の予測を試み、ヒト肝ミクロソームの代替としての、発現系の有用性について定量的に検討した。

1.ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験に基づくヒトin vivo肝代謝能の定量的予測方法1)ヒトin vivo肝代謝固有クリアランスの算出

 CYPにより代謝される化合物を対象に、文献より得られた、ヒトにおけるバイオアベイラビリティー、経口吸収率、全身クリアランス等の体内動態パラメータから肝クリアランスを計算し、血中タンパク非結合型分率、肝血流速度および代謝物の尿中排泄率等を考慮することにより、dispersion modelに基づいてin vivo肝代謝固有クリアランス(CLint,in vivo)を算出した。但し、dispersion number(DN)は、これまでの検討結果から0.17に設定した。

2)肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験に基づくin vitro肝代謝固有クリアランスの算出

 ヒト肝ミクロソームを用いてin vitro代謝試験を行い、代謝初速度よりミクロソームタンパク1mg当たりの肝代謝固有クリアランス(CLint,in vitro)を算出した。これを、文献情報に基づいて1g肝臓中当たりの値に換算し、CLint,in vivoと比較した。但し、一部の代謝経路に関しては、文献より得たin vitro代謝試験データを用いて同様の解析を行った。

3)CYP isozymeに基づくCLint,in vitro-CLint,in vivo対応の分類

 特異的阻害剤・特異的抗体を使用した阻害試験およびヒトBリンパ芽球様細胞系ヒトCYP発現系を用いた代謝活性検出試験により、代謝に関与するCYP isozymeの同定を行った。主として単一のCYP isozymeにより代謝が行われていることが明確な経路に関しては、医薬品の代謝に最も重要と考えられている5種類のCYP isozyme(CYP3A4,2C9,2C19,1A2,2D6)を対象に、各CYP isozyme毎にCLint,in vitro-CLint,in vivo対応を分類した。

結果および考察

 CYPにより代謝される化合物を対象に、文献より得られた体内動態パラメータから算出したCLint,in vivoと、ヒト肝組織を用いたin vitro代謝試験情報に基づいて算出したCLint,in vitroとを25種の代謝経路に関して比較した結果を、既に当教室で報告している(Pharmacol.Ther.73:147-71(1997))。今回、新たに25代謝経路追加して比較したところ(Fig.1)、全50代謝経路の約6割において、CLint,in vitroとCLint,in vivoとの差異は3倍以内であった。このことから、これまで検討されてきた、ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験データからヒトin vivo肝代謝能を定量的に予測する方法論の妥当性が示された。例数を追加することで、薬物の種類および固有クリアランス値の多様性は広がったが、予測性は良好であったことから、本方法論の一般性を示唆する結果が得られたと考えられた。

Fig.1 Comparison of in vitro intrinsic metabolic clearance(CLint,in vitro)with in vivo intrinsic metabolic clearance(CLint,in vivo)in humans for 50 metabolic reactions○:already analyzed (Phamacol. Ther. 73:147-71(1997)) ●:newly added (26) adinazolam; (27) carteolol; (28) diclofenac; (29) etizolam; (30) lansoprazoie; (31) piroxicam; (32) ropinirole; (33) S-mephenytoin; (34) 4’-hydroxycarvedilol+5’-hydroxycarvedilol; (35) demethyicarvedilol; (36) chlorzoxazone; (37) clarithromycin; (38) clozapine; (39) fentanyl; (40) midazolam; (41) naproxen; (42) nisoldipine; (43) omeprazole; (44) quinine; (45) ropivacaine; (46) tenoxicam; (47) torsemide; (48) triazolam; (49) tropisetron; (50) YM796

 また、主として単一のCYP isozymeにより代謝が行われていることが明確な経路に関してCYP isozyme毎にCLint,in vitro-CLint,in vivo対応を分類したところ、主としてCYP3A4により代謝される経路は、両者が数倍の範囲で一致しており、他のCYP isozyme(CYP2C9,1A2,2D6)と比較して予測性が良い傾向が得られた。

2.ヒトCYP発現系を用いた代謝試験に基づくヒト肝ミクロソームにおける代謝活性の予測方法

 ヒトBリンパ芽球様細胞系ヒトCYP発現系を用いてin vitro代謝試験を行い、代謝初速度より単位CYPあたりの代謝固有クリアランス(CLint,recombinant)を算出した。ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験に基づいて算出したCLint,in vitroを、使用した肝ミクロソーム中のCYP含量に基づいて単位CYPあたりの値に換算し(CLint,HLM)、CLint,recombinatと比較することにより、ヒト肝ミクロソームの代替としての発現系の有用性を評価した。但し、CLint,in vitro算出のための情報を文献より得た代謝経路に関しては、使用された肝ミクロソーム中のCYP含量が不明なため、肝ミクロソーム中の平均CYP含量として報告されている文献値等を用いて同様の解析を行った。また、主に単一のCYP isozymeにより代謝が行われていることが明確な経路を対象に、各CYP isozyme毎にCLint,HLM-CLint,recombinant対応を分類した。

結果および考察

 CLint,HLM-CLint,recombinant対応には、CYP isozyme毎の分類による明確な傾向は認められなかった。CLint,in vitroの算出に文献情報を使用した代謝経路に、CLint,HLMとCLint,recombinantとの差が大きいものが多く認められた。この要因として、使用された肝ミクロソーム中のCYP含量が不明な場合に用いた平均のCYP含量が、個体差や調製方法の違いなどにより、実際とは大きく異なっていた可能性もあると考えている。そこで、試験に使用した肝ミクロソーム中のCYP含量を正確に考慮することが可能であった、自分たち自身が試験を行った代謝経路に関してのみ解析したところ(Table 1,Fig.2)、代謝に関与しているCYP isozymeの種類に関係なく、CLint,HLMとCLint,recombinantとは数倍の範囲内で一致した。また、複数のCYP isozyme(CYP2C9,3A4)が関与していることが明らかとなったpiroxicamの5’-hydroxylationに関して、CYP2C9,3A4含量が異なる肝ミクロソーム2種を用いて代謝阻害試験を行った結果、代謝における両CYP isozymeの寄与は、肝ミクロソーム中のisozyme含量により異なることが示唆された。そこで、ヒトCYP2C9およびCYP3A4発現系を用いた試験で得られた代謝活性に基づき、両isozyme含量を考慮して先の2種のヒト肝ミクロソームにおける代謝活性を予測したところ、両ミクロソームとも実測値と数倍の範囲内で一致した。これらの知見から、発現系を用いた試験より肝ミクロソームでの活性を予測する場合には、代謝に関与するCYP isozymeの種類と寄与の見積りが非常に重要であることが示唆された。

Table 1.Prediction of metabolic activity of human liver microsomes based on human CYP recombinant systems considering CYP content of each human liver microsomesFig.2 Comparison of CLint,HLM with CLint,recombinant
3.まとめ

 本研究結果から、これまで検討されてきた、in vitro代謝試験データに基づくin vivo肝代謝能の予測モデルの妥当性、一般性が示された。また、ヒト肝ミクロソーム中のCYP含量を的確に見積もることができれば、ヒトCYP発現系はヒト肝ミクロソームの代替として非常に有用であることが示された。従って、それぞれ単一のヒトCYPを発現させた系を、平均的な肝ミクロソーム中の各CYP含量をもとに混合することにより、人工的に肝ミクロソームの代替物としての発現系が構築可能だと考えられる。これを用いれば、一般にin vitroからin vivoの肝代謝能力の平均的な予測が可能であると思われる。一般的・平均的な予測を全てのヒトに適用しようとすることは、様々な問題により容易ではないが、医薬品の開発段階など、広範に適用可能な予測法の確立の道標として、今回行った総括的かつ定量的な研究は非常に意義のあることだと考えている。

参考文献K.Ito,T.Iwatsubo,S.Kanamitsu,Y.Nakajima and Y.Sugiyama:Annu.Rev.Pharmacol.Toxicol.,38:461-499(1998)
審査要旨

 チトクロームP450(CYP)は、臨床医薬など外来異物の大部分の代謝に関与している、最も重要な代謝酵素である。当教室ではこれまで、種々のCYP isozymeが関与する代謝反応に関して、ヒト肝細胞またはヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験データからヒトin vivo肝代謝能を定量的に予測する方法論の確立を目指して研究を進めてきた。そこで本研究では、さらに多くの代謝経路に関して検討を行うことにより、本方法論の妥当性を詳細に評価した。また、ヒトCYP発現系を用いたin vitro代謝試験データに基づいて、ヒト肝ミクロソームにおける代謝能の予測を試み、ヒト肝ミクロソームの代替としての、発現系の有用性についても定量的な検討を加えた。

1.ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験に基づくヒトin vivo肝代謝能の定量的予測

 CYPにより代謝される25種の代謝経路に関して、文献より得られた体内動態パラメータに基づいてin vivo肝代謝固有クリアランス(CLint,in vivo)を算出し、ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験情報に基づいて算出したin vitro代謝固有クリアランス(CLint,in vitro)と比較した。当教室で以前検討され、既に報告している25代謝経路(Pharmacol.Ther.73:147-71(1997))とあわせると、全50代謝経路の約6割において、CLint,in vitroとCLint,in vivoとの差異は3倍以内であった。従って、これまで検討されてきた、ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験データからヒトin vivo肝代謝能を定量的に予測する方法論の妥当性が示されたと考えられた。

 また、主として単一のCYP isozymeにより代謝が行われていることが明確な経路に関してCYP isozyme毎にCLint,in vitro-CLint,in vivo対応を分類したところ、主としてCYP3A4により代謝される経路は、両者が数倍の範囲で一致しており、他のCYP isozyme(CYP2C9,1A2,2D6)と比較して予測性が良い傾向が得られた。

2.ヒトCYP発現系を用いた代謝試験に基づくヒト肝ミクロソームにおける代謝活性の予測

 近年、様々な種類のヒトCYP発現系が開発されてきており、広く活用されてきているにもかかわらず、発現系と肝ミクロソームの代謝能力を定量的に比較した例はまだまだ少数である。ヒトCYP発現系がヒト肝ミクロソームの代用として有用かどうかは、将来の代替法研究にむけて非常に興味のある点であることから、各薬物代謝に関与するCYPisozymeの種類と寄与を評価した上で、ヒトCYP発現系からヒト肝ミクロソームにおける代謝能の予測を試みた。代謝に主として関与しているCYP isozymeが単一である経路に関して、ヒトCYP発現系を用いた試験から算出したCLint,in vitroとヒト肝ミクロソームを用いて行った試験より算出したCLint,in vitroとは、検討した経路全てにおいて、数倍の範囲で一致した。代謝に関与しているCYP isozymeの種類に関わらず良好な対応が示されたことから、ヒト肝ミクロソームの代替としてヒトCYP発現系が有用であることが示唆された。また、複数のCYP isozyme(CYP2C9,3A4)が関与していることが明らかとなったpiroxicamの5’-hydroxylationに関しても、ヒトCYP2C9およびCYP3A4発現系を用いた試験で得られた代謝活性に基づき、両isozyme含量を考慮してヒト肝ミクロソームにおける代謝活性を予測したところ、実測値と数倍の範囲内で一致した。

 以上、ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝試験データからヒトin vivo肝代謝能を定量的に予測する方法論を確立した。さらに、ヒトCYP発現系の、ヒト肝ミクロソームの代替としての可能性を示し、本方法論への適用可能性を示した。これらの総括的かつ定量的な研究結果は、医薬品の開発段階など、広範に適用可能な予測法確立の道標として非常に意義のあることと考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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