分裂酵母のmes1遺伝子変異株は減数第二分裂不能であり、二核の状態で停止する。mes1遺伝子変異株に分裂酵母内で発現する線虫のcDNAライブラリーを導入し、mes1変異を機能相補する線虫遺伝子を12種類単離した。本研究では、単離された遺伝子の1つであるkel-1について解析を行った。 kel-1遺伝子は、N末側にBTB/POZ domainを、C末側にkelch repeatを持つ618アミノ酸から成るORFをコードしていた。kelch repeatは約50アミノ酸ごとに似たアミノ酸があらわれるリピート配列である。kelch repeatを持つタンパク質としてはショウジョウバエの卵形成に関与しているKelchや神経の分化に関係していると考えられている補乳類のNRP/B、カブトガニの先体に存在する、-Scruin、線虫の精子形成に必須のSep-26、ウシのcalicinなどがある。kel-1遺伝子産物はこれらの遺伝子とrepeat領域で相同性を示した。特に、KelchとNRP/Bとは全長にわたって相同性を示した。BTB/POZ domainは、約120アミノ酸からなる進化的に保存されたドメインで、様々の異なった機能をもつタンパク質からみつかっており、タンパク質相互作用に関係していると推測されている。特に、ショウジョウバエのkelchやいくつかのzinc-fingerタイプの転写因子では、このドメインを介して二量体が形成されることがin vitroで示されている。このことからKEL-1のBTB/POZドメインも二量体形成に関係しているのかもしれない。 線虫におけるkel-1の機能を明らかにするために、Tc1トランスポゾン及び突然変異誘引物質であるTMPを用いてkel-1遺伝子欠損変異体の単離を試みた。線虫にはTc1〜Tc6まで6種類のトランスポゾンが知られており、これらのトランスポゾンの挿入や、転移の際に周辺のゲノムDNAを削りとるという性質を利用して欠失を作成することにより、ゲノム上の特定の遺伝子を破壊する方法が確立されている。中でもTc1は転移活性が高く遺伝子破壊に利用されることが多い。そこで本研究でもこのTc1を利用してkel-1遺伝子の破壊を試みた。変異体のスクリーニングはPCRを用いて行った。Tc1に対するプライマーとkel-1遺伝子に対するプライマーでPCRを行うと、Tc1がkel-1遺伝子の近傍に挿入された場合のみPCR産物が増幅される。約5万匹をスクリーニングした結果1系統のTc1挿入変異株(kel-1(pe202))が得られた。このTc1挿入変異株は際だった表現型を示さなかった。これは恐らくTc1がイントロンに挿入されたためと考えられた。そのため、Tclの転移によって周辺ゲノムDNAが欠失した変異体のスクリーニングを引き続き行ったが、欠失変異体を得ることはできなかった。遺伝子突然変異誘発剤であるTrimethylpsoralen(TMP)は、EMSとは異なり高頻度で遺伝子に欠失変異を起こすことが調べられている。そのためPCR用いて簡単に遺伝子欠失変異株を検出・単離することができる。約40万匹をスクリーニングした結果、1系統の遺伝子欠失変異株(kel-1(pe201))が単離された。増幅されたPCR産物の塩基配列を調べた結果、約3.6kbの欠失が起こっていた。欠失は、開始コドンの228bp上流から始まり、5番目のエクソンの1022bp下流まで続いていた。この領域にはBTB/POZドメインとkelch repeatの4回目の途中までが含まれている。 kel-1(pe201)/+の親虫から産まれたF1のうち73.8%が成虫になり卵(F2)を産んだ。残りの26.2%は幼虫のまま停止していた。成虫に達したF1の遺伝子型を確認した結果、成虫に達したF1の遺伝子型は全て野生型(24.3%)かkel-1(pe201)ヘテロ接合体(49.5%)であった。つまり、幼虫のまま停止しているF1がkel-1(pe201)ホモ接合体であると考えられる。kel-1(pe201)ホモ接合体は、ヘテロ接合体が成虫に達するころになっても依然として幼虫のままであり、多くの顆粒様の構造を全身に蓄積していた。詳細な観察の結果、kel-1(pe201)ホモ接合体はL2の初期で成長が停止していることが明らかになった。また、L1での成長速度もkel-1(pe201)ヘテロ接合体よりも遅いことが判明した。 kel-1(pe201)ホモ接合体はL2に達するとすぐに死ぬのではなく、しばらくの間生きて活動している。kel-1(pe201)ホモ接合体の生存率を調べたところ、孵化後4日間は全ての幼虫が生きており、活発に動いていた。大部分の幼虫(87.3%)は7日目でも生存していたが、この時には活動はかなり不活発になっていた。続く2日間で幼虫の生存率は激減し、11日目には全ての幼虫が死に至った。野生型とkel-1(pe201)ヘテロ接合体で11日間に死に至った個体は1匹もいなかった。 anti-KEL-1抗体とkel-1::GFPを用いて胚発生期と幼虫及び成虫におけるKEL-1タンパク質の局在を調べた。 胚発生の初期から中期にかけては、KEL-1の局在は全く観察されない。しかし1.5-foldあたりからKEL-1の発現が検出され初め、その後胚発生終了まで頭部の中心線上にKEL-1の局在が観察できる。ベルトデスモソームを認識するMH27抗体は、胚発生後期においては咽頭の内腔に局在するタンパク質を認識すると推測されている。MH27を咽頭部位を知るためのマーカーとして使用し、anti-KEL1抗体とMH27抗体で胚の二重染色を試みた。頭部においては両方とも似た染色パターンを示した。このことは、胚発生後期においてKEL-1が咽頭に局在していることを示唆している。 線虫の咽頭には2つの球形の構造があり、尾側のほうをターミナルバルブという。g1腺細胞はターミナルバルブの大部分を占めている。またこれらの細胞は、前方へと伸びる3本の(1本は長く、2本は短い)神経軸索様の突起をもっており、れらの突起は咽頭の内腔に開口している。幼虫及び成虫においてKEL-1の教材を調べたところ、KEL-1の局在パターンは、g1腺細胞の特徴的な形態と似通っていた。このことは、KEL-1は主に咽頭のg1腺細胞に局在していることを示している。 g1腺細胞の突起では、分泌小胞と思われる顆粒の移動が観察されており、この移動は通常はゆるやかであるが脱皮の直前に活発になる。このことから、g1腺細胞は脱皮の間は脱皮を補助すると思われる物質を、それ以外の間(摂食期)は消化を助けていると思われる物質を咽頭の内腔に分泌していると推測されている。kel-1(pe201)ホモ接合体はL2で成長が停止し、L1での成長速度もヘテロ接合体よりもやや遅い。しかし、ホモ接合体の動きや形態には明白な欠損はみられず、L2で停止した後も数日間生存している。kel-1(pe201)ホモ接合体はlethargus(脱皮前の不活動期間。動きが緩慢になり、咽頭のポンプ運動が停止する。つまり摂食が停止する。通常約2時間程度続く。)に入り脱皮していたので、脱皮がうまくいかないために成長が停止しているというのはあまりありそうにない。最も可能性が高いのは、kel-1(pe201)ホモ接合体が食物を効果的に消化できていないということである。ホモ接合体の表現型はこの考えと矛盾しない。kel-1(pe201)ホモ接合体の咽頭のポンプ運動の速度は野生型のそれと差がないが、それもこの考えとは矛盾しない。なぜなら、g1腺細胞は消化を助けているとしても、ポンプ運動やすりつぶし運動には影響を与えないと推測されるからである。 |