環境汚染をコントロールする手法として現在国際的に注目されている手法として、汚染物質にかかわる排出権取引制度がある。この手法は気候変動に関する国際連合枠組み条約締結国会議等においても、国際社会での温室効果ガスの排出削減作の一つとして検討が始められているものである。本手法の先例はアメリカにおける大気汚染の規制に関連して適用され、一定の成果を上げていると言われるが、なお、多くの課題を残しており、確立した手法とはなっていない。 しかし、我が国の環境基本法においても、規制手段として経済的手法の導入の必要性は明記されているように、今後の環境管理の手法としてはその適用性についての研究を深めていくことは重要な課題となっている。本研究はアメリカにおいても経験の少ない分野である水質汚濁の問題、特に湖沼の富栄養化防止の観点からのリンの規制に対する排出権取引の適用性とそのための条件を、琵琶湖を例として、検討を行った成果をまとめたものである。我が国の従来の規制の手法にな無かった排出権取引の適用性を明らかにした成果は高く評価される。 本論文は「Transferable Discharge Permits for Eutrophication Control:Theoretical Issues and System Design for Lake Biwa(英文)(富栄養化防止のための排出権取引制度に関する研究:理論的な課題と琵琶湖へのシステム設計)」と題し、7章よりなっている。 第1章は「Introduction(イントロダクション)」である。排出権取引制度に関する概括的な紹介と琵琶湖における富栄養化の進行と規制の現状を述べ、本論文の目的と概要をまとめている。 第2章は「Review of Literature and U.S.Experience(文献ならびにアメリカにおける経験についてのレビュー)」である。文献レビューにおいては排出権取引制度におけるコスト増の要因となる事務的経費(Transaction Cost)の問題を整理し、現実的な規制のモデルの必要性を明らかにしている。また、アメリカの経験のレビューにおいては、5つの事例を解説し、その経験として、排出権取引制度を成功させるための条件を7項目にまとめている。リンのような保存性の物質については排出権取引はなじみやすいことを示し、併せて事務的経費の目安を与えている。 第3章は「The Analytical Model(解析モデル)」である。本章においては、解析の対象となるモデルの提示を行っている。モデルとしては、(1)理論的最小費用モデル(2)画一的排水基準直接規制モデル、(3)微調整型排水基準直接規制モデル、(4)排出権取引モデル、に関する数式モデルを示し、各モデルの解法について説明している。(3)、(4)において事務的経費に相当する項を取り込んだモデルを提示していることは興味ある成果である。 第4章は「Current Regulation System for Lake Biwa(現行における琵琶湖の水質規制システム)」である。本章では滋賀県を中心として取り組まれている琵琶湖の水質保全にかかわる規制のシステムの現状を整理している。琵琶湖には国の一律基準に上乗せされた排水基準が適用されている上に、市町村のレベルでは負荷量規制が導入されていることを確認し、負荷量規制の導入は排出権取引制度の導入にとっては、やりやすい条件を与えるものであることを述べている。また、水質監視の問題では、よりきめ細かな測定が必要であり、排出者の管理データを規制に使う方法も考慮すべきことを指摘している。 第5章は「Industrial Phosphorus Control:Technologies and Costs(工場排水のリン規制に対する技術と費用)」である。滋賀県による工場排水にかかわる調査データを詳細に解析し、滋賀県に所在する各工場の現行の廃水処理施設とそれにかかわる費用の関係を明らかにすることに成功している。この種の費用関数を求めることは各種の検討の基礎的データともなるもので、この作業の成果は高く評価される。 第6章は「Simulation Analyses(シミュレーション解析)」である。本章では3章で示した各モデルに5章で得られた、処理程度と費用関数のデータを使って、規制手法の違いが全体の費用にどのような影響を与えるかの検討を行っている。結果として、微調整型のモデル、排出権取引モデルは現行の画一的規制モデルよりはるかにコストのかからない規制手法となることを明らかにしている。排出権取引による規制は、微調整型の規制より公明性の高い手法となるなど、その優位性を明らかにしている。 第7章は「Concluding Remarks(結論)」である。排出権取引制度の優位性をまとめるとともにその問題点も整理し、今後の課題を明らかにしている。 以上のように本論文は、我が国における研究が遅れていた、経済的手法による環境管理のあり方のについて、排出権取引の手法を導入する適用事例を示すことに成功したものである。特に琵琶湖の水質保全計画にかかわる具体的な事例に即した検討結果は、今後の水質規制のあり方を考えていく上で大きな影響を与える成果となると評価される。このように本論文は都市環境工学の分野、特に水質規制行政の発展にとって大きな貢献をするものであると認められる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |