学位論文要旨



No 114675
著者(漢字) 川上,浩樹
著者(英字)
著者(カナ) カワカミ,ヒロキ
標題(和) ALE有限要素法におけるメッシュ制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 114675
報告番号 甲14675
学位授与日 1999.06.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4490号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 1序論

 流体の数値シミュレーションにおいては,Euler表記法によって表現された近似解析が通常行われている.これは,Lagrange表記では物質点に座標系を固定しているため,対流現象が起こると要素のもつれが生じてしまい,合理的な記述が困難となるためである.しかしながら,移動境界を伴う流体解析では,計算メッシュが初期状態のまま固定されているため,移動境界を直接とらえることが困雛となる.

 これら2つの座標表示の欠点を解決する手法の1つとして,arbitrary Lagrangian-Eulerian(ALE)表記法と呼ばれる手法が近年提案されている.ALE法では,任意に動かすことのできる参照座標系により運動を記述する方法であり,Euler表記,Lagrange表記双方の有効な部分を組み合わせて用いる方法である.

 本論文では,自由表面を持つ流体において,2つの異なったALE表記法およびLagrange表記法に基づく有限要素方程式によって数値解析し,ALE法についての評価を行なう.

 さらにALE法は近年,流体のみならず大変形する固体や,接触面が刻々と変化する力学問題等に応用されている.本論文では,非圧縮超弾性体におけるALE有限要素法を用いたメッシュ制御手法について述べる.

2ALEの基礎式

 Lagrange表示で表される座標系を物質座標系,Euler表示で表される座標系を空間座標系と呼ぶ.そして,これらの座標系とは独立した任意の座標系を参照座標系として設定し,その座標系上で物体の運動を記述することをALE表示と定義する.

 いまLagrange,Euler,ALEの各表示により解析領域および領域内のある点を次のように表す.

 

 ここで任意の物理量fを考え,そのLagrange表示,Euler表示,ALE表示をそれぞれf(X,t),f(x,t),f(,t)と書くことにする.すると,次の式が得られる.

 

 ここで

 

 であり,wは参照座標系に対する物質の速度として定義される.ここでf=xとおくと,式(2)は

 

 となる.ここで次の2つの速度:

 

 を用いて,式(4)を書き直すと次の式が得られる.

 

 なお,は静止座標系に対する物質の速度,は参照座標系の静止座標系に対する速度を表す.ここでcを次のように定義する.

 

 すると,式(4)と(7)より次の式が導かれる.

 

 これがALE法についての基本的な式である.流体・固体問題においてALE法を適用する時,適宜この関係式を用いて定式化を行なっている.

図1:ALE法の概念
3ALE有限要素法流体解析

 スロッシングなど,移動境界を持つ流体解析においてALE法の

 ここでは,ALEの2つの方法としてHuerta and Liuによるmixed formulation method(MF法)とOkamoto and KawaharaによるLagrange-Remeshing-Rezoning(LRR)法,および純Lagrange法を用いてその解を比較する.

 0.8m×0.3mの水槽にa=0.01gsintの加速度を加えるスロッシング問題を例にとる.ここで諸元は次の通りである:重力加速度g=9.8[m・s-2],粘度=10.0[Pa・s],密度=999[kg・m-3],体積弾性率B=2.06×109[Pa].また,は共振周波数0.89Hzに基づく角振動数を与える.時間刻みtは入力加速度の1/60周期とする.要素分割は20×10である.

 図2に示すように,各方法でほぼ同じ挙動を示すが,Lagrange法ではt=4.5[s]を過ぎたあたりからメッシュに歪みを生じ始め,最終的に計算が発散してしま.ALE法ではメッシュの移動自体を制御しているためこのようなことは生じない.

 MF法とLRR法の比較であるが,今回の解析の場合,ほぼ同一の結果を示している.LRR法は1度Lagrange法による計算を行なってから節点制御を行なうため,計算効率という観点からはMF法の方が優れていると言える.

 一方,MF法ではその原理上,密閉されたタンク内を流体が天井まで巻き上がるような解析は非常と困難となるが,LRR法での節点制御ではそのような解析も可能である.

4超弾性体におけるALEメッシュ制御法

 HaberのMixed Eulerian-Lagrangian displacement method(MEL法)を用いて,超弾性体におけるALE法の導入および定式化を行う.これは,超弾性体の仮想仕事方程式に初期配置におけるメッシュ移動量Xとそれに伴う変位の変化量uを導入し,さらにX,uに関する量を線形化した増分形式に書き改めて得られる(図4).このMEL法を用いた解析例として,剛体パンチによる押し込み問題を扱う.左右の壁および底面の垂直方向への移動が拘束された超弾性体に剛体パンチを押し込む問題である(図5).このとき,パンチの押し込みによる超弾性体表面の移動量は未知であるため,MELによる節点制御を用いたALE解析が必要となる.

図表図2:水面の高さの時刻歴 / 図3:t=4.87[s]でのメッシュおよび流速ベクトル / 図4:増分形式(Incremental form) / 図5:剛体パンチの押し込み問題
5ALE有限要素法におけるメッシュ制御法についての検討

 前節のようなALE節点制御法は,未知の節点移動量を扱うだけでなく,大変形による要素の歪みを緩和する役目も負っている.このため,歪み度(図7)と呼ばれる量を導入し,定量的に制御する.これは次の4つの量からなる.

 

 

 これらの量を導入することで,現配置・初期配置ともに歪みがある程度大きくならないように節点を制御することができる.

 図6における歪み度を表1に示す.

図表図6:ALE(MEL)法を用いた超弾性解析 / 図7:歪み度のパラメータ / 表1:歪み度の値

 1つの節点制御例を図8に示す.また,この制御による歪み度の値は表2に示す.

図表図8:歪み度の小さい節点制御 / 表2:節点制御時の歪み度の値

 この結果からわかるように,ALE比例制御を用いることによって現配置および初期配置ともに歪み度を小さく制御することが可能である.

6結論

 移動境界を持つ流体問題において,従来のLagrange表記および異なる2種類のALE有限要素表記による非線形有限要素流体計算を行ない,それぞれの解の比較を行なった.その結果,移動境界を持つ流体解析におけるALE有限要素法の有効性を導くことができた.また,2種類のALE有限要素法の比較検討を行なった.

 さらに,非圧縮超弾性体の大変形を伴った滑り接触問題,問題においても,ALE有限要素法を用いることにより解析が可能となることを示した.また,歪み度というパラメータを導入することにより要素の歪みを定量的に観測し,この値を用いて節点を適切に制御することで歪みを小さく保つことが可能であることを導いた.

審査要旨

 本論文は「ALE有限要素法におけるメッシュ制御に関する研究」と題し,5章よりなる.

 流体の数値シミュレーションにおいては,Euler表記法によって定式化された近似解析が通常行われている.これは,Lagrange表記では物質点に座標系を固定しているため,対流現象が起こると要素のもつれが生じてしまい,合理的な記述が困難となるためである.しかしながら,移動境界を伴う流体問題に対しては,Euler表記法に基づく解析によると計算メッシュが初期状態のまま固定されているため,移動境界を直接とらえることが困難となる.

 これら2つの座標表示の欠点を解決する手法の1つとして,arbitrary Lagrangian-Eulerian(ALE)表記法と呼ばれる手法が近年提案されている.ALE法では,任意に動かすことのできる参照座標系により運動を記述する方法であり,Euler表記,Lagrange表記双方の有利な部分を組み合わせて用いる方法である.

 さらにALE法は近年,流体のみならず大変形する固体や,接触面が刻々と変化する力学問題等にも応用されている.

 本論文では,まず自由表面を持つ流体問題を取り上げ,2種類の異なったALE法の特徴とそれぞれの効果について考察を行なっている.

 次に,非圧縮超弾性体に対してALE法の導入を行ない,固体問題に対してもALE法が有効であることを示す.さらに,固体の大変形問題を解析する上で問題となる要素の歪みについても,新たな制御法を用いることにより歪みを緩和することが可能となることを示している.

 第1章では,本研究の背景,目的および関連分野における従来の研究を述べている.

 第2章では,自由表面を持つ非圧縮粘性流体についてALE法を導入している.このとき,(1)Huerta and Liuによる,参照配置上でN-S方程式を定式化し,節点制御方程式と連立させて解く方法(mixed formulation method,MF法)と,(2)Okamoto and Kawaharaによる,純Lagrange表記によるN-S方程式によるLagrange解析解に対しメッシュの再配置,ALEを用いた節点値の再補間を行なう方法(Lagrange-Remeshing-Rezonig法,LRR法),の2通りのALEの導入の手法に対して定式化を実行し,スロッシング問題を解いて得られる結果を基にそれぞれの方法について比較検討を行なっている.

 第3章では,非圧縮超弾性体に対してALE法を導入している.まず,非圧縮超弾性体について基本的な有限要素法による定式化を行い,得られた有限要素方程式に対し,Haberのmixed Eulerian-Lagrangian displacement method(MEL法)を用いた増分形式を適用する.これにより大変形する固体や,接触面が刻々と変化する力学問題において,ALE法を用いたメッシュ制御が可能となることを示している.

 第4章では,第3章で導入したALE非圧縮超弾性有限要素法のメッシュ制御法について考察を行なっている.歪み度と呼ばれる指標を基に,新たにALE比例制御という手法を考案し,変形前の初期配置におけるメッシュと変形後の現配置におけるメッシュの双方を制御することにより,有限要素法において数値計算上問題となる要素の歪みを最小限に抑えることが可能となり,従ってより極限的な解析が行なえるようになることを示している.

 第5章「結論」では,以上の成果を総括している.

 以上を要するに,本研究は移動境界を有する流体解析においては,異なる二種類のALE有限要素法について比較・検討を行ない,また,大変形を伴う構造解析においては,メッシュ制御に関して新たな手法を開発し,幾つかの重要な知見を得たものであって,工業上,また特に有限要素法の観点から,工学上寄与するところが大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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