学位論文要旨



No 114677
著者(漢字) 二上,俊郎
著者(英字)
著者(カナ) フタガミ,トシロウ
標題(和) スパッタリング法による光学薄膜の作製とその物性に関する研究
標題(洋)
報告番号 114677
報告番号 甲14677
学位授与日 1999.06.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4492号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 講師 亀井,雅之
内容要旨

 本論文は、光学薄膜とくに酸化物薄膜では膜中の酸素量が重要な物性支配要因であるとの考えに基づき、スパッタリング法で作製する薄膜の酸化・還元状態の制御についての研究をまとめたものである。

 光学薄膜としてPSHB(persistent spectral hole burning)薄膜とITO(tin-doped indium oxide)薄膜を取り上げた。PSHBは、安定なSm3+でなく準安定なSm2+の生成が必要となるため、スパッタリング中の還元状態の制御が重要となる。そのため新たに、ターゲットとして酸化物と非酸化物を同時に用いる多元同時スパッタリング法を考案した。またITOは格子間酸素が光学的あるいは電気的特性に影響を与えるため、その酸化状態の制御が重要な物質である。RFでプラズマを活性化するRF支援DCスパッタリング法はプラズマ特性を広範囲に変えられるため注目され始めているが酸化物に用いた報告はまだなく、本論文で初めてITOに適用しその学問的、工学的意義を明らかにした。

 本論分は8章からなり、第1章は緒言、第8章は総括である。その概要は下記の通りである。

 第1章では、種々のスパッタリング法を概観し、本論文の第2章〜第4章に述べる酸化物と非酸化物の多元同時スパッタリング法、および第5章〜第7章に述べるRF支援DCスパッタリング法のその中で占める位置について述べた。またここでは、PSHBおよびITOの概説も行った。

 第2章では、金属のサマリウムとアルミニウム、それに酸化物のシリカを用いた同時スパッタリング法によりPSHB用の成膜を行い、薄膜の特性とくに紫外・可視光吸収とSm2+の蛍光とに着目しその還元状態を評価した。この方法は、酸化サマリウム、酸化アルミニウム、シリカの組み合わせによる従来の同時スパッタリング法で作製した膜に比べて、適切な還元状態が容易に得られることが明らかになった。この結果は、基板への金属原子と酸素原子のフラックスの比が、ターゲットの金属と酸化物の比と直接関係しているためと考えられる。またこの方法により作製した薄膜で、酸化物系のアモルファス材料として初めて液体窒素温度以上でPSHBを観察することに成功した。

 第3章では、第2章での知見を基に決定したサマリウム、アルミニウム、シリコン組成のセラミックスターゲットを用い、直接スパッタリング法にて成膜を行った。膜組成とSm2+の蛍光強度が、基板温度、還元性H2ガス、スパッタリング圧力に依存することを見出し、それらが熱力学的および運動論的に説明できることを示した。また、セラミックスターゲットのみを用いたスパッタリングでは高強度のSm2+の蛍光が得られず、金属アルミニウムをその上に置いた同時スパッタで蛍光強度が増加したことから金属と酸化物の同時スパッタリングが還元状態の制御に適していると結論付けた。

 第4章では、サマリウム、酸化アルミニウム、シリコン、シリカでの同時スパッタリングの実験を行った。この方法でも高強度のSm2+の蛍光が得られることが明らかになり、シリカ系の薄膜の還元状態は、シリコンとシリカのターゲットの比によって容易に制御できることを指摘した。紫外・可視光吸収端に関する詳細な検討の結果より、これらの膜にはシリコンクラスターが生成している可能性を示し、吸収端の制御によりSm2+の蛍光強度を制御できることを提案した。

 第5章では、RF支援DCスパッタリングの放電特性およびプラズマ特性を、ターゲットの電流電圧特性、ラングミュアプローブ測定、発光診断などにより調べた。その結果、RFプラズマの導入によりプラズマの電子温度が導入前の0.5eVから1.5eVに上昇することを見出した。

 第6章ではセラミックスターゲットを用いたRF支援DCスパッタリングによるITO薄膜の作製を行った。基板温度と酸素流量比を変化させて、RF支援のITO薄膜の特性に及ぼす影響を調べた。X線回折、透過率、電気特性の評価結果からRF支援はITO薄膜の酸化を促進することが判明した。

 第7章ではインジウム・スズ合金およびインジウムを用いた金属ターゲットからの反応性スパッタにおけるRF支援DCスパッタリングを行った。RF支援により、低比抵抗ITO薄膜の得られる酸素流量比範囲が広がることを見出した。これは、低酸素分圧であってもRF支援により酸素の活性化が充分に行われるためと考えられる。コスト面で有利な合金からのスパッタリングが工業的に行われていないのは、製造の安定性に問題があるからであるが、RF支援によりこの問題が解決される可能性を示唆した。

審査要旨

 本論文は、光学薄膜とくに酸化物薄膜では膜中の酸素量が重要な物性支配要因であるとの考えに基づき、スパッタリング法で作製する薄膜の酸化・還元状態の制御についての研究をまとめたものである。

 光学薄膜としてPSHB(persistent spectral hole burning)薄膜とITO(tin-doped indium oxide)薄膜を取り上げた。PSHBは、安定なSm3+でなく準安定なSm2+の生成が必要となるため、スパッタリング中の還元状態の制御が重要となる。そのため新たに、ターゲットとして酸化物と非酸化物を同時に用いる多元同時スパッタリング法を考案した。またITOは格子間酸素が光学的あるいは電気的特性に影響を与えるため、その酸化状態の制御が重要な物質である。RFでプラズマを活性化するRF支援DCスパッタリング法はプラズマ特性を広範囲に変えられるため注目され始めているが酸化物に用いた報告はまだなく、本論文で初めてITOに適用しその学問的、工学的意義を明らかにした。

 本論分は8章からなり、第1章は緒言、第8章は総括である。その概要は下記の通りである。

 第1章では、種々のスパッタリング法を概観し、本論文の第2章〜第4章に述べる酸化物と非酸化物の多元同時スパッタリング法、および第5章〜第7章に述べるRF支援DCスパッタリング法のその中で占める位置について述べた。またここでは、PSHBおよびITOの概説も行った。

 第2章では、金属のサマリウムとアルミニウム、それに酸化物のシリカを用いた同時スパッタリング法によりPSHB用の成膜を行い、薄膜の特性とくに紫外・可視光吸収とSm2+の蛍光とに着目しその還元状態を評価した。この方法は、酸化サマリウム、酸化アルミニウム、シリカの組み合わせによる従来の同時スパッタリング法で作製した膜に比べて、適切な還元状態が容易に得られることが明らかになった。この結果は、基板への金属原子と酸素原子のフラックスの比が、ターゲットの金属と酸化物の比と直接関係しているためと考えられる。またこの方法により作製した薄膜で、酸化物系のアモルファス材料として初めて液体窒素温度以上でPSHBを観察することに成功した。

 第3章では、第2章での知見を基に決定したサマリウム、アルミニウム、シリコン組成のセラミックスターゲットを用い、直接スパッタリング法にて成膜を行った。膜組成とSm2+の蛍光強度が、基板温度、還元性H2ガス、スパッタリング圧力に依存することを見出し、それらが熱力学的および運動論的に説明できることを示した。また、セラミックスターゲットのみを用いたスパッタリングでは高強度のSm2+の蛍光が得られず、金属アルミニウムをその上に置いた同時スパッタで蛍光強度が増加したことから金属と酸化物の同時スパッタリングが還元状態の制御に適していると結論付けた。

 第4章では、サマリウム、酸化アルミニウム、シリコン、シリカでの同時スパッタリングの実験を行った。この方法でも高強度のSm2+の蛍光が得られることが明らかになり、シリカ系の薄膜の還元状態は、シリコンとシリカのターゲットの比によって容易に制御できることを指摘した。紫外・可視光吸収端に関する詳細な検討の結果より、これらの膜にはシリコンクラスターが生成している可能性を示し、吸収端の制御によりSm2+の蛍光強度を制御できることを提案した。

 第5章では、RF支援DCスパッタリングの放電特性およびプラズマ特性を、ターゲットの電流電圧特性、ラングミュアプローブ測定、発光診断などにより調べた。その結果、RFプラズマの導入によりプラズマの電子温度が導入前の0.5eVから1.5eVに上昇することを見出した。

 第6章ではセラミックスターゲットを用いたRF支援DCスパッタリングによるITO薄膜の作製を行った。基板温度と酸素流量比を変化させて、RF支援のITO薄膜の特性に及ぼす影響を調べた。X線回折、透過率、電気特性の評価結果からRF支援はITO薄膜の酸化を促進することが判明した。

 第7章ではインジウム・スズ合金およびインジウムを用いた金属ターゲットからの反応性スパッタにおけるRF支援DCスパッタリングを行った。RF支援により、低比抵抗ITO薄膜の得られる酸素流量比範囲が広がることを見出した。これは、低酸素分圧であってもRF支援により酸素の活性化が充分に行われるためと考えられる。コスト面で有利な合金からのスパッタリングが工業的に行われていないのは、製造の安定性に問題があるからであるが、RF支援によりこの問題が解決される可能性を示唆した。

 以上のように本論文では、精度よく薄膜の還元状態を制御するには、金属(または半導体)・酸化物複合ターゲットを用いることが有効であることを見出し、また、金属ターゲットを用いた酸化反応性スパッタリングの制御の安定性にはRF支援DCスパッタリング法が優れていることが示された。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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