本論文は、センサーによるCOD(Chemical Oxygen Demand:化学的酸素消費量)の測定法に関するものであり、5章より構成されている。 水質を表わす数多くの指標の中で、溶存酸素濃度は生態系に直接影響を与えるので、最も重要なものとされている。この溶存酸素濃度は水系の有機物の濃度によって著しく左右される。ダム貯留水、湖沼水、河川水、海水等の有機物による水質汚濁の指標としては化学的酸素消費量(Chemical Oxygen Demand:COD)と生物化学的酸素消費量(Biochemical Oxygen Demand:BOD)がある。 CODは、試料水中に存在する有機物が、好気的な条件下で微生物により分解される時に微生物が消費する酸素量で示され、これは有機物が生態系に直接与える影響を調べるのによく使われる。河川などの動的な水系において、有機性汚濁物質が生態系に直接及ぼす影響の指標となるのがBODであるのに対して、湖沼等の閉鎖的水系において、生態系に及ぼす潜在的な影響の指標であり、すべての有機物を酸化させるのに必要な酸素量がCODである。BODは特定の場所の環境の影響を受けやすいため、現在CODの測定が河川水等の動的な水系にも適応されており、その汎用性はBODよりも高い。 現在、CODは、強酸化剤を用いて有機物を化学的に酸化し、その際に消費された酸化剤の量を求め、それに相当する酸素の量に換算して表わされる。従来のCOD測定法では強酸化剤として過マンガン酸カリウム、または二クロム酸カリウムを用いている。二クロム酸カリウムは酸化力が過マンガン酸カリウムよりも強いので欧米では標準法に採用されているが、日本ではクロムによる汚染の問題を考慮し過マンガン酸カリウム法が採用されている。操作は両方ともに煩雑で測定にそれぞれ3〜4時間、2〜3時間を要する。特に日本の標準法である過マンガン酸カリウム法の場合、酸化力が不充分であり、無機物質(第1鉄、亜硝酸等)の影響を受け、さらに再現性が比較的悪いなどの問題がある。このような問題を解決するためより迅速かつ間便で、正確なCODの測定方法が切望されている。 強アルカリ性の溶液(0.05-1M NaOH)のなかで銅(Cu)を作用電極として電解すると低い電位(0.1-0.2V vs SCE)で電極の表面上に酸化膜が形成されるが<Cu→(Cu2O)n→(CuO)n>、この膜<(CuO)n>は水の電解酸化電位(この電極の場合、約+0.8V vs.Ag/AgCl)より低い電位でアミノ酸や炭水化物などの有機物質の電解酸化反応を触媒する。なお、酸化膜自身<(CuO)n>は(Cu2O)nに還元され、OH-基によってまた(CuO)nにもどる。これらの有機物質はCODの原因物質であり、この電極触媒を用いると簡単かつ迅速なCODの測定が実現できる。そこで、本研究(第2章〜4章)では、この電極を用いて、水を酸化せずに有機物を酸化できる電位(650mV vs.Ag/AgCl)で有機物質を酸化(電解)し、その時測定される電荷量からCOD値を求めるセンサーシステムを構築した。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。 第2章では、銅電極による定電位酸化(Bulk Electrolysis)を行い、30分間でCODが測定できるセンサーを構築した。電極の面積を非常に大きくした電解セルを自作し、セルの中の有機物質の定電位酸化(電解)を行った。電流が定常値に達するまでの30分間の電解中に流れた電流値を測定して電解時間で積分し、得られた積分値から定常電流値の積分値を差し引いた値を、電解に要した電気量(単位:mC)とした。有機物の電解酸化に要した電気量と従来法で測定されたCOD値との相関関係を調べた。測定に用いる標準物質としては、2次浄化処理された下水の成分を参考にして、主要成分と考えられるL-グルタミン酸、D-グルコース、グリシン、リグニン、ヘミセルロース、タンニン酸、フミン酸などを選んだ。これらの物質を用いてそれぞれ検量線を作成したところ、すべてが濃度と電気量の間に直線的な関係を示した。河川水の実試料及び標準試料を電解法による測定したときの値と、従来法の過マンガン酸カリウム法および二クロム酸カリウム法による測定した値とはそれぞれよい相関を示すことがわかった。さらに、日本の1級河川水のCOD値<1〜10ppm COD(mg O2/l)>の領域で応答値と濃度との間に直線性が得られ、迅速かつ正確なCODの測定が可能であることが示された。以上の結果に基づき、標準物質を混合することによって実試料に近い人工河川水を調製し、センサーの検量線を作成した。また、測定終了後の試料を採取し、NMR(核磁気共鳴)スペクトル分析を行ったところ、標準物質の一部が減少し、有機物の酸化生成物であるギ酸及び酢酸の生成が確認された。また、電解後タンニン酸、リグニン、ヘミセルロース、そしてフミン酸を、蛍光法で定量したところ、濃度が低下していることが明らかとなった。 第3章では、薄膜電解セルを用いるCODセンサーを製作した。第2章で述べた測定方法により測定時間が大幅に短縮されたとはいえ、迅速な測定システムを構築するためには30分の測定時間を更に短縮する必要があると考えられた。そこで、同じ原理で測定時間を短縮するため自作の薄膜電解セルを用いて定電位酸化を行った。薄膜電解セルとは電極と電極の間が100m以下の薄い空間で電極反応が起きるようにした電解セルである。このセルでは、拡散の影響が除かれるため攪拌の必要がなく、かつ反応溶液の体積に対して電極の面積が大きいため、短時間の電解で有機物が酸化できる。第1章と同じ種類の標準物質と湖沼水の実試料を用い、測定を行った。前述のように有機物質を酸化(電解)した。すなわち、電流値が定常値に達するまで電解を行い、その際の電流値を測定時間で積分し、定常電流値の積分値との差を求めた。3〜10分間で同様な酸化が可能になり、より迅速にCODを求められるセンサーシステムが構築できた。また、実試料に近い人工河川水を標準物質を混合して調製し、センサーの検量線を作成した。 第4章では、フロー型の薄膜電解セル(stopped-flow thin layer cell)を用いるCODセンサーを製作した。第3章で述べたCODセンサーの本来の目的である湖沼の有機物の連続測定を考えた場合、フロー型センサーの構築は不可欠である。フロー型の薄膜電解セル(stopped-flow thin layer cell)とは、ポンプを用いて電解セルの中へ導入した試料溶液を静止状態で電解させる薄膜電解セルを意味する。また、第3章におけるセンサー値と、日本の標準法(JIS方法)である過マンガン酸法から得られる測定値との相関を向上させるという点においても、より正確かつ高感度なセンサー値が期待できる電解セルの作製が必要である。本研究の薄膜電解セルの作製において、第3章で用いたセルを次のように改良した。まず、薄膜電解セルの反応部を対極およびバルク溶液から可能な限り隔離し、かつその大きさを縮小して、電解の際に起きる試料溶液のセル内外の拡散を減少させた。こうすることによって、酸化時間の短縮が可能となり(実試料の場合、平均約240秒から約150秒へ短縮可能)、拡散だけでなくベース電流によって生じる誤差も減少したと考えられる。また、溶液の入り口と出口の両方にそれぞれ合わせて二つの対極電極を設け、不均一な電流分布がもたらす誤差の防止を図った。その結果、得られたデータの相対標準偏差は第3章の平均5%前後に比べて2-3%まで減少した。このセンサーを用いて日本全国の湖沼から採取した実試料を対象とした実験を行ったところ、多くの低濃度の試料(1ppm COD以下)に対しても応答が得られ、さらに全体的にJIS標準法との相関性も向上した(相関係数が60-70%から90%へと向上)。また、湖沼の有機汚濁の主要原因物質として考えられる標準物質と17個所から得られた実試料に対して定性的(linear voltammetry)および定量的(電解)な測定を行い、両者の結果からリグニンのみを用いたセンサーの検量線を作成した。この検量線を用いてさらに実試料測定について検討しているところ、JIS法とのより高い相関が得られた。 第5章は結論であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。 |