学位論文要旨



No 114679
著者(漢字) 加藤,俊吾
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,シュンゴ
標題(和) 東アジアの清浄大気および都市大気における一酸化炭素の同位体比測定
標題(洋) Isotope measurements of atmospheric carbon monoxide at a remote site in East Asia and in urban areas
報告番号 114679
報告番号 甲14679
学位授与日 1999.06.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4494号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 助教授 蒲生,俊敬
 東京大学 助教授 梶井,克純
内容要旨

 大気中の一酸化炭素は水酸ラジカルの多くと反応することにより、他の大気微量成分の濃度や寿命に間接的に影響するので重要な分子である。しかし大気中の一酸化炭素の発生源が多様であること及び大気中での寿命が一ケ月程度と短いことから、一酸化炭素の発生量の推定や大気中の挙動については不明確な点が残されている。同位体比の測定は一般に発生源の推定に有力な手段であるので、本研究では大気中にある一酸化炭素の酸素及び炭素同位体比の測定をおこなった。

 車からの排気ガスは地球全体で考えたときの一酸化炭素の主要な発生源の一つである。都市大気は排気ガスからの一酸化炭素濃度が高く、それによる大気汚染が心配される。一酸化炭素による汚染を同位体比から検討するため都市大気(ドイツのMainz市)の一酸化炭素中の安定同位体比を測定した。一酸化炭素濃度が高くなると一酸化炭素中の酸素同位体比も大きくなる良い相関が見られ(図1)、発生源での一酸化炭素の同位体比は18O(SMOW)=21‰程度と推定された。車から排出される一酸化炭素の酸素同位体比は18O(SMOW)=22‰で、清浄な大気中にくらべ明確に区別できるほと大きな同位体比をもっているので、都市大気中での一酸化炭素は大部分が車から排出されていることが明らかになった。一方、一酸化炭素の炭素同位体比についても酸素同位体比ほど明確ではないが、一酸化炭素濃度との相関が見られた。

 清浄な大気中での一酸化炭素中の安定同位体比の測定はこれまでに北半球の高緯度及び低緯度、南半球の中緯度及び高緯度での報告があるが、人為起源の一酸化炭素が一番盛んな、北半球中緯度での測定報告はない。また、アジアでの測定もこれまで行われていない。そこで長野県の八方尾根において空気を採取し、一酸化炭素中の同位体比の測定をおおよそ2週に1回の頻度で1997年2月から約2年間行った。空気を採取したシリンダーはドイツに送りそこで分析を行った。図2に測定結果を示す。一酸化炭素濃度は春に最大、夏に最小という他の日本の清浄な測定地点での測定と同じような季節変化になった。いくつか一酸化炭素が高く汚染大気が混入した測定があったが、同位体比からも明らかに区別ができた。一酸化炭素中の酸素同位体比は早めの2月に最大、7月に最小になる季節変化を示したが、これは夏になると大気中の水酸ラジカル濃度が増加し、メタンの酸化が進行して軽い酸素同位体比をもつ一酸化炭素が生成されるのに加えて、一酸化炭素の消失反応が進行して同位体効果により大きい酸素同位体比をもつ一酸化炭素が優先的に反応してゆくからである。一方、一酸化炭素中の炭素の同位体比については遅めの4月に最大、8月に最小になる季節変化を示した。これも夏に水酸ラジカルの増加によりメタンが酸化してできたとても軽い炭素同位体比を持つ一酸化炭素により説明できる。しかし、水酸ラジカルと一酸化炭素の消失反応による同位体効果は炭素同位体比については残された一酸化炭素が重たくなる方にはたらくため、遅めの4月に最大になると説明できる。放射性同位体の14COは2月に最大、7月に最小になるきれいな季節変化を示した。これまでの北半球での測定と良い一致をし、北半球内では均一になっていることが分かった。また南半球での測定に比べ明らかに高濃度であり、大気中の水酸ラジカルは南北半球での濃度差がある可能性を示唆している。

 ボックスモデル計算により一酸化炭素濃度及び同位体比を検討した。モデル計算を用いた大気中一酸化炭素の安定同位体比の検討はこれまでに南半球で炭素同位体比についてのみ行われているだけである。図2に示すように、測定結果をモデルによっておおよそ再現できた。一酸化炭素濃度が4月頃に最大になるという測定結果を再現するには、モデル計算で春にバイオマス燃焼からの一酸化炭素の放出量を増やす必要があり、東アジア地域において春にバイオマス燃焼からのCOの放出が盛んであることが示唆された。

図表図1 都市大気中の一酸化炭素の酸素同位体比と濃度の逆数の関係 / 図2 清浄地域(八方尾根)における一酸化炭素の濃度および同位体比の計算結果(白丸)とモデル計算の結果(曲線)
審査要旨

 本論文は8章より成り、第1章は大気中のCO測定のレビュー、第2章はCOの同位体測定のレビュー、第3章は実験手法、第4章は自動車排気ガス中の測定、第5章はバイオマス燃焼の実験、第6章は都市大気中の測定、第7章は八方での測定とボックスモデルの計算、第8章は八方での測定データのトラジェクトリー解析の議論が述べられている。

 本論文は、対流圏大気中のOHラジカル濃度に大きな影響を持つ大気中化学種として重要な一酸化炭素(CO)の発生源における炭素・酸素の同位体測定、および東アジアのリモート地点である八方における同位体測定から、北半球中緯度におけるCOのソース・シンクの季節変化を明らかにした研究をまとめたものである。

自動車排気ガス中および都市大気中のCO炭素・酸素の同位体組成(第4,6章)

 ガソリン自動車、ディーゼル自動車及び、天然ガス自動車排気ガス中のCOの炭素13同位体比(13C)・酸素18同位体比(18O)が決定された。特に酸素同位体比はそれぞれ18O=22,11,20‰と測定され、発生源間および清浄大気中の同位体比と大きな差が見られることから、都市におけるCO発生源の同定に有用であることが分かった。その応用として、ドイツの中都市マインツ市の大気中COの同位体比について測定し解析を行ったところ、CO濃度が高くなるにつれCO中の酸素同位体比も大きくなる良い相関が見られ、これからマインツ市のCO汚染に寄与している発生源での酸素同位体比が18O=21‰程度と推定された。このことからマインツ市のCOについてはガソリン自動車からの寄与が主であり、これに多少ディーゼル車からの寄与があることが分かった。この推定は交通実態とも一致し、都市大気中のCOのソースの推定に酸素同位体組成による手法が有効であることが実証された。

八方でのCOの同位体組成と北半球中緯度でのCOのソース・シンクの解析(第7,8章)

 これまで人間活動の最も盛んな北半球の中緯度におけるCOの同位体組成を年間にわたって季節変化を明らかにした例はなく、またアジアのリモート地点におけるCO同位体測定も本研究が初めてである。本研究では長野県八方尾根においておおよそ2週間に1回の頻度で約2年間にわたりCOを採取し、CO中の13C,14C,18Oの測定を行った。CO濃度自体は4月に最大、8月に最小となるが、18Oの値は2月に最大、7月に最小となる季節変化を示した。これは夏になると大気中のOHラジカルが増加し、メタンの酸化が進行して軽い同位体比を持つCOが生成されるのに加えて、COの消失反応が進行して同位体効果により重い同位体比を持つCOが優先的に反応するためである。一方、CO注の炭素同位体比については4月に最大、8月に最小となる季節変化を示した。8月の最小は夏にOHラジカルの増加によりメタンが酸化して軽いCOが生成することにより説明できる。これに対してOHとCOの消失反応による同位体効果は、炭素同位体比については残されたCOが重くなる方に働くため、遅めの4月に最大になるものとして説明できる。また、放射性同位体の14COは2月に最大、7月に最小となる季節変化を示した。この変化は以前に異なった緯度帯で報告されている北半球内での測定と良い一致を示し、北半球内では14COが均一に混合されていることが分かった。また、南半球での測定に比べ明らかに高濃度であり、大気中のOHラジカル濃度に南北半球で濃度差があることを示唆している。

 ボックスモデル計算により、CO濃度および安定同位体比の季節変化から、北半球中緯度におけるCOのソース・シンクに関する解析を行った。このような解析はこれまで南半球において炭素同位体について行われているだけである。本研究で観測されたCO濃度および安定同位体比の季節変化にベストフィットを与えるように、化石燃料燃焼、バイオマス燃焼、メタンの酸化、非メタン炭化水素の酸化によるCOの生成、およびOHラジカルによるCOの消失の季節変化を与えた。この結果から、それぞれのソース・シンクの寄与の季節変化を定量的に推定することができた。

 なお本論文の第4-6章はドイツ・マックスプランク大気研究所(マインツ)のCarl Brenninkmeijerらのグループと、第7-8章は本学先端科学技術研究センター秋元研究室のスタッフらとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったものであり、提出者の寄与が十分であると認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54108