学位論文要旨



No 114684
著者(漢字) 山下,信一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,シンイチロウ
標題(和) 日本古代給与制の研究
標題(洋)
報告番号 114684
報告番号 甲14684
学位授与日 1999.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第250号
研究科 人文社会系研究科
専攻 日本文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,信
 東京大学 助教授 大津,透
 東京大学 教授 加藤,友康
 東京大学 教授 岸本,美緒
 東京大学 助教授 山口,英男
内容要旨

 本論文は、日本古代国家の給与制度の特質とその変遷の解明を目指したものである。

 第一章では、日本古代給与制研究の回顧と展望を行った上で、分析対象として、通常給与として捉える封禄などに加え、様々な賜与物や饗宴儀礼自体も給与制概念に含めること、また、給与制総体の意義、官僚制的な関心に立った史的解釈、各給与の関係論や給与授受過程の分析などに力点をおくなどの方針を示した。

 第二章から第五章までは、日本古代給与制の成立をめぐる諸問題、第六章から第八章までは、日本古代給与制と皇親の問題、第九章・第十章は、日本古代給与制における饗宴と禄、第十一章では、古代給与制の変容について論じた。

 第二章「律令俸禄制と賜禄儀」では、給与制のうち俸禄制について、八・九世紀を一貫して流れていた基本的枠組に重心をおき、季禄と時服の構造、禄令の原理と衣食の原理を検討した。また、俸禄の奉仕的・恩恵的な性格、畿内政権に由来する貢納物配分という思想、それらの現れである禄物支給儀礼-賜禄儀-について考察した。第三章「賜禄儀の参加者をめぐって」では、季禄を賜う儀礼に参加した官人階層について詳述した。

 第四章「日本養老禄令第一条の諸問題」では、季禄の支給基準・支給額を定めた禄令第一条を日唐比較も交えつつ取り上げた。

 第五章「大蔵省と禄木簡」では、季禄などの支給に際して正蔵院で行われていた「賜禄儀」の実態を解明し、あわせて古代宮都での大蔵省の正蔵院の所在地を考証するため、宮都出土の禄関係木簡について分類と内容の検討を加えた。

 第六章「長屋王家木簡と食封制」では、畿内封戸の問題、税使・税司、封物授受の過程などについて分析を加え、長屋王家木簡が提起する奈良時代の食封制、特に古代食封制における長屋王家の封戸の位置付けを探り、長屋王家封戸は多角的な側面を有していることを明らかにした。

 第七章「皇親時服料とその変遷」及び第八章「女王禄考」では、皇親固有の給与である皇親時服料と女王禄を分析し、律令国家の給付制度における一支給基準としての皇親と、その背後にある皇親の趨勢の一端を明らかにした。

 第九章「『延喜式』からみた節会と節禄」では、日本古代給与制のうち賜与の代表である節日賜与の節会と節禄について論じて、節会参加の過程、節禄の機能、参加者の推移などから国家給与制における饗宴制度の変遷を跡づけた。

 第十章「大臣大饗考」では、平安時代の大臣饗宴について、奉仕役として大饗に参加した親王をめぐる経緯から摂関家による天皇家の家父長権の問題、宮司の饗宴としての性格、私的秩序形成の問題、被け物の先駆としての禄などについて論じ、平安期の饗宴制の変貌を垣間見た。

 第十一章「平安時代の給与制と位禄」では、貴族が受けた位禄の平安時代における様相を取り上げ、藤原実資の具体例から「分」位禄が私的主従関係に寄与していること、食封・位禄が本数の四分の三に削減された事態とその実施時期を明確にし、十世紀代における古代給与制の変質と再配分構造の縮小の問題を明らかにした。

 最後に結論として、本論文のまとめと残された課題について言及した。

審査要旨

 山下信一郎氏の論文『日本古代給与制の研究』は、日本古代国家の給与制の存在形態の特徴とその歴史的展開を跡づけ、給与制が官僚制において果たした政治的機能を解明した意欲的な研究成果である。

 研究の特徴は、各給与を個別にではなく総体的連関の中でとらえる点、節会・節禄を一体として評価しつつ饗宴儀礼をも給与として位置づける点、長屋王家木簡など新史料にもとづき新しい考察を展開している点などにあり、とくに給与制を政治制度としてとらえるところに最大の特徴がある。

 明快な論旨の中では、日本古代の給与制が、中国の給与制を導入しつつも、鉄・鍬や衣服料形態の給与を設けるなど、貴族・官人が在地と未分離なまま、官僚制が中国に比べて未成熟な段階にあったこと、また禄物支給儀礼「賜禄儀」にみられる奉仕的・恩恵的性格と、前代の畿内政権に由来する貢納物配分という思想などを明らかにするほか、八世紀に天皇と貴族・官人間の君臣関係を深める柔軟な構造をもった節日饗宴制が、九世紀には固定的になるなどの歴史的展開を跡づける。

 従来の財政史的観点からの給与制研究に対し、古代給与制が貴族・官人を支配するための政治制度としての機能を果たしたとする説得力ある論旨は、大いに評価されよう。

 七世紀末の浄御原令段階の給与制の解明や、地方官給与・食料給のあり方など、まだ給与制の構造・展開の全体について論じ尽くしてはいない面はあるものの、古代給与制の果たした政治的機能について有意義な見通しを提示した点で、本論文は、今後の研究に基礎をもたらした有益な研究成果ということができる。

 よって、本論文は博士(文学)の学位を授与するのにふさわしい論文であると判断する。

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