学位論文要旨



No 114687
著者(漢字) 有田,正規
著者(英字) Arita,Masanori
著者(カナ) アリタ,マサノリ
標題(和) 代謝系の再構築 : 理論と実験
標題(洋) Automated Metabolic Reconstruction : theory and experiments
報告番号 114687
報告番号 甲14687
学位授与日 1999.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3653号
研究科 理学系研究科
専攻 情報科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮野,悟
 東京大学 助教授 今井,浩
 東京大学 助教授 森下,真一
 ソニーコンピューターサイエンス研究所 シニア・リサーチャー 北野,宏明
 東京大学 講師 品川,嘉久
内容要旨

 生命現象はシステムとして理解されねばならない。微分方程式を用いた従来型の現象記述は、観察結果をトップダウンに真似るにすぎない。今の遺伝子情報解析に必要なのは、現象をボトムアップに再構築する電子化手法である。

 生命現象の中で最もよく研究、理解されているのは代謝、つまり細胞内での物質の分解や合成過程である。バクテリアの持つ基本代謝を個々の酵素機能から再構築できれば、生命現象の理解にとどまらず、そのバクテリアの未知の遺伝子機能特定、さらにはバイオエンジニアリングへの道が開ける。

 その前提となるのは、代謝全体を電子化できる適切な知識表現法、および関連物質の化学構造や酵素反応の電子化技法である。また、コンピュータによる予測結果は、最終的には実験室で検証しなくてはならない。本研究はこれら一連の問題を整理し、解決法を与えた。

 まず第一章で、システムとしての生命の理解の重要性を述べる。コンピュータで解析するには、どのような知識表現を用いて代謝を記述すべきか、また電子化への必要作業は何かという問題点を、関連研究を引きながら明らかにする。

 二章では、その考察をもとに、代謝を再構築するための新しいフレームワークと、その記述法を提唱する。このフレームワークにより、代謝の特徴がグラフで表現でき、ユーザが注目する代謝経路が、最短経路探索に似たアルゴリズムで検索可能になった。また、二点間の経路探索を複数個組合わせて、酵素反応ネットワーク上の任意のサブネットワークを検索、列挙することも可能になった。代謝系を扱ったフレームワークは実装されており、バクテリアの様々な代謝経路の解析に使うことができる。フレームワーク自体は十分に一般的であるため、代謝のみならず、シグナル伝達のような他の遺伝子情報問題も扱うことができる。

 第三章では、代謝物質の化学構造と酵素反応を電子化するのに必要な、三つの手続きと、それらの新しい解決法を示す:入力された化学構造中の芳香環を検出するもの、構造をグラフと見做し正規化をするもの、グラフの最大共通部分構造を検出して、酵素反応における原子の移動先を計算するものである。

 本研究は、芳香環の理論的な定義を提唱し、その検出をグラフの単純サイクル検出に帰着せしめた。正規化には、グラフの自己同型問題に不斉炭素情報をあわせ考える手法を考察し、実装上有効な提唱を行った。酵素反応には、部分グラフの同型写像問題に有効な枝刈り手法を新たに開発し、反応原子の移動先の解析に応用できることを示した。いずれのアルゴリズムも化学構造の特徴を利用しており、既存方法より効率がよいことを、実装により確認している。

 最終章では、電子化された代謝の解析結果を実験室で検証するための、新しいパラダイムを示す。遺伝子のノックアウトには、ベクターDNAと呼ばれる様々な機能部位を持った人工遺伝子が使われてきた。DNAコンピューティングは、このベクターの合成を、構成的かつボトムアップに行なう手段として有効と考えられ、本研究はその有効性を数々の基礎実験により実証した。これらの結果により、DNAコンピューティングの技術を駆使すれば、高速に複数パターンのベクター合成が可能になることも示される。

審査要旨

 本論文は、代謝全体を電子化できる適切な知識表現法及びそれに関連した物質の化学構造や酵素反応の電子化技法について、その理論的枠組みとアルゴリズムを構築し、またそれらをコンピュータ上で実装してその効率を評価したものである。さらにこうして電子化されて解析された結果を実験室で検証することについてDNAコンピューティングの観点からその基礎実験を行ったものである。

 第一章では、システムとしての生命の理解の重要性が述べられている。コンピュータで解析するには、どのような知識表現を用いて代謝を記述すべきか、また電子化への必要作業は何かという問題点を、関連研究を引きながら明らかにしている。

 二章では、その考察をもとに、代謝を再構築するための新しいフレームワークと、その記述法を提唱している。このフレームワークにより、代謝の特徴がグラフで表現でき、ユーザが注目する代謝経路が、最短経路探索問題を解くアルゴリズムに類似した方法で検索可能となった。また、二点間の経路探索を複数個組合わせて、酵素反応ネットワーク上の任意のサブネットワークを検索、列挙することも可能にしている。代謝系を扱ったこのフレームワークを実装することにより、バクテリアの様々な代謝経路の解析に使うことができるようになっている。またフレームワーク自体は十分に一般的であるため、代謝のみならず、シグナル伝達のような他の遺伝子情報問題も扱うことができる。

 第三章では、代謝物質の化学構造と酵素反応を電子化するのに必要な、(1)入力された化学構造中の芳香環の検出、(2)構造をグラフと見做したときの正規化法、(3)グラフの最大共通部分構造の検出と酵素反応における原子の移動先の計算法について新しい解決法が示されている。(1)については、芳香環のグラフ理論的な定義を行い、その検出をグラフの単純サイクル検出に帰着させている。(2)の正規化には、グラフの自己同型問題に不斉炭素情報をあわせ考える手法を考察し、実装上有効な方法を開発している。(3)については、部分グラフの同型写像問題に有効な枝刈り手法を新たに開発し、酵素反応における反応原子の移動先の解析に応用できることを示している。これらの方式は化学構造の特徴を利用しており、既存方法より効率がよいことを、実装により確認している。

 第四章では本論文で構築したフレームワークを、機能予測及びシグナル伝達の電子化に応用することについて述べている。

 第五章では、電子化された代謝の解析結果を実験室で検証するための、一つのパラダイムが示されている。遺伝子のノックアウトには、ベクターDNAと呼ばれる様々な機能部位を持った人工遺伝子が使われてきた。DNAコンピューティングは、このベクターの合成を、構成的かつボトムアップに行なう手段として有効と考えられ、本研究はその有効性を数々の基礎実験により実証している。これらの結果により、DNAコンピューティングの技術を駆使すれば、高速に複数パターンのベクター合成が可能になることが示唆されている。

 なお、本論文第五章は、萩谷昌巳氏、横山茂之氏、陶山明氏、木賀大介氏、坂本健作氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ってもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54732