学位論文要旨



No 114688
著者(漢字) モウ キョー トゥー
著者(英字)
著者(カナ) モウ キョー トゥー
標題(和) 日本海大和海盆の地震学的層序掘削試料、孔内計測、反射法地震波探査データの総合的解釈
標題(洋) Seismic Stratigraphy of the Yamato Basin,Japan Sea from Core-Log-Seismic Data Integration
報告番号 114688
報告番号 甲14688
学位授与日 1999.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3654号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 助教授 徳山,英一
 東京大学 助教授 多田,隆治
 海洋科学技術センター 深海研究部長 末広,潔
内容要旨

 大和海盆は日本海の南部に位置しており、日本海の海盆中では第2番目の広さを持つ主要な海盆の一つである。深海掘削計画(ODP)レグ127次では、複雑な形成過程、地形構造を有する日本海海域で行われた初めての深海掘削航海である。そして、このレグでは堆積層序を有する連続コアを得ることに成功した。この日本海での深海掘削は孔内計測データと船上での物性データ、反射法地震波探査データとの関連が議論された、この海域での初めての掘削航海でもある。

 孔内計測機器開発技術の大幅な進展や反射法地震波探査記録解像度の向上は、コアサンプルの物性測定精度の向上と相俟って、それぞれのデータ間での補完を可能にし、相補し合うことで解析がより効果的に行われるようになった。機器開発などの工業・産業技術分野における進展は学術分野においても大きな進展をもたらした。地球科学分野における技術の発達の結果、今日では多くの研究対象に対して広く学際的な見通しが得られるようになった。本研究に関連させて言えば、コアサンプルや掘削孔に対する統合的な測定方法や手法ということになる。これをある地域の地球物理学的特徴や地下構造を決定するためにに用いるための方法が確立された。

 具体的に言えば反射法地震波探査はその地域の地質、地史を考察する上では基本的かつ欠くべからざることである。そして、孔内計測は掘削孔の周辺の地質、地球物理学情報を地表面から地下深部へ向けて連続的に得るために行われ、コア試料の分析からは物性や年代値に関する詳細な情報が得られるのである。これらのデータを統合して解析、解釈に用いることは、それぞれの個々のデータに対する支持をより強固なものにしていることにもなっているのである。

 本研究の目的は、日本海大和海盆の地震学的層序の確立にある。これを達成するためにコアの岩石学的性質、物性、孔内計測データ、特殊処理を行なった反射法地震波探査データを統合的に相関させて解析した。本海盆全域にわたる地震学的層序に基づいた堆積史の解明と古環境の復元、孔内計測データに基づいた堆積課程、続成作用を解明することも本研究の目的の一つである。

 本研究ではコアの岩石学的性質に関しては、ODPイニシャルレポートの岩石記載とサンプル写真、イニシャルレポート、サイエンティフィックレポート中の岩石学、堆積学的記載を地震学的層序を得るためのリファレンスとして使用している。なお、使用したこれらの記載は、Site794、797においてはTada & Iijimaによって記載が行われた。加えて、コアデータの一部の物性データは、ODPによって編集されたCD-ROM data set-disk1に収められているものを使用しており、これからサイスミックユニットと孔内計測ユニットに対比させるための岩石学的ユニットを得ている。

 このODPが編集、出版しているCD-ROMにはIndex propertyによるGRAPE密度とMST計測による圧縮音響速度、Wet bulk密度、含水率、空隙率、粒子密度のデータが含まれている。これらの内のあるものは意味的には同等な物理量を測定していることになるのであるが、しかし結果としての値とその精度は測定方法に依存するため、実際の意味は異なるものである。ここでのIndex propertyはコアを構成する堆積物や岩石、GRAPE、P-wave Logger(PWL)によって決定され、Multi-Sensor Track(MST)によって測定されるものである。

 地球物理学、地球化学、層走査スキャナーの3種の孔内計測による抵抗率及び速度構造、nutron porosity、litho-density,自然ガンマ線データをwell-logユニットを決定するためとsynthetic seismogram modelを決定するための計算に使用した。本研究で使用したwell-logデータは掘削船の船上で処理され、コロンビア大学ラモントドハーティ研究所Borehole研究グループが管理しているものである。

 地震波探査やwell-log計測、コア計測に対して影響を及ぼす各物理量の影響力の違いはかなり大きいであろう。具体的にコアデータに対してロギングデータのスケール比は2x103よりも大きいであろう、そして、孔内計測データに対する地震波データのスケール比は、およそ2x1010になるであろう。このスケール比の相違を減じるために本研究では掘削孔直上を切るシングルチャンネルの反射法地震探査データに対して、高解像度処理を試みた。この方法で、ノイズを軽減し、より深い深度まで高解像度を維持するためにデコンボルーション処理を施す前に広帯域のband-pass filter(10〜20Hz)を適用し、そして、さらにnarrow-bandのband-pass filterフィルター(70〜100Hz)を適用して処理を行った。そして、この処理方法は他の処理方法や処理の組み合わせてテストした結果、最終的に最適な処理結果が得られるようなものを選択して行なった。

 上記の目的を達成するために、物性データと孔内計測データを処理過程に組み入れたsynthetic seismogramを効果的に活用した。その結果得られた地震波記録を大和海盆の地震学的層序を確立するための鍵として本研究では使用している。

 そして、これらに加えて新たな処理過程を適用して処理を施したシングルチャンネル反射法地震波探査データに高解像度の孔内計測データ、掘削コアの岩石学的性質とを対比して解析を行なった。処理を施した後の地震波探査記録は地震波記録とsynthetic seismogramの対比を行なったもので、掘削孔内での物性そのものを示すものである。この解析は処理された4種のデータについて行こなっており、それぞれのデータについて、物性ユニット、孔内計測ユニット、サイスミックユニットをそれぞれ定義した。これらの各ユニットにおいては孔内計測ユニットの精度が最も高く、物性ユニットの精度はそれに及ばない。つまり、これは物性ユニットがコアの回収率に依存していることによる。サイスミックユニットはサイスミックプロファイルと合成プロファイルの双方に基づいて区分され、各掘削孔について最大限区分ユニットを設けてある。

 最終的な結果として、大和海盆の掘削サイト794と797においては、10ユニットの地震学的層序を有していると新たに解釈された。

 コア、孔内計測、物性データ、そして、これらを統合した結果得られた地震学的層序は掘削孔内を含む非常に狭い限られたエリアについてのデータであるので、この新たに得られた地震学的層序ユニットが大和海盆という大きな海域全体を考えた場合、どの程度の範囲まで適用可能であるのかを検討する必要がある。この問題を解決するために、まず第一に大和海盆に存在する2つのODPサイト間の地震学的層序の相関について、合成地震記録とあわせて解析を行ない、それから大和海盆全域に分布する処理済みのサイスミックプロファイルに対して相関を調べ、解析作業を行っていったのである。この段階では、DELF-85航海で得られたマルチチャンネル反射法地震波探査データを処理し、ODPサイト794、797との地震学的層序の相関の解析を行った。この解析の結果、大和海盆全域にわたって、新たに明瞭な地震学的層序ユニットが認められることが確かめられた。

 新たに詳細な地震学的層序を確立したのち、18〜20Maから現在までの間の大和海盆の堆積史と古環境の復元がODPサイトからより広域な領域へとサイスミックプロファイルの解釈を進めていくことと岩石学的層序と生層序学的な解析を合わせた掘削サイトの層序との関係から可能になったのである。その結果、最終的に堆積過程、古環境の変遷、海水準変動をともなう8つの堆積ステージが18〜19Maから現在までの年代を示すサイスミックプロファイル中に確認された。そして、2点のODPサイトは、大和海盆の中で約500km離れた位置に存在するため、2地点の層序に関して、その堆積過程と続成作用の相違とその変化、および地質時代を通じてのパターンを追跡することにより大和海盆全体にわたる古環境の変遷過程を考察することが可能となったのである。

 日本海における深海掘削の結果でこの他に重要な点は珪酸鉱物の続成作用に伴う相変化境界の同定とopal-Aからopal-CTへの遷移が挙げられる。堆積コアすべての断面ではopal-CTから石英への遷移が観察されている(Tamaki,Pisciotto,Allan,et al.,1990;Ingle,Suyehiro,von Breymann,et al.,1990)。世界でもわずかな場所でのみしか確認されていないこの続成作用の相境界は、堆積物中でbottom simulating reflectors(BSRs)と呼ばれる主要な反射面の一つである。物性データや孔内計測データ、サイスミックプロファイル中において、このopal-A/opal-CTの続成作用境界が存在することは珪酸鉱物の続成作用のプロセスとその履歴を地震学的層序とそれぞれの孔内計測プロファイルの相関関係から詳細に追跡することが可能なのである。

 Cross-plotsの方法は掘削サイトの岩石学的性質や空隙率が他のサイトのどの部分に対応しているのかを示す上で有意義な方法である。そして、cross-plotsの方法は視覚的にも直接の認識を2点間のサイトの関連に対して持たせることができる。つまり、複数のサイトを組み合わせて解析を行うことは問題解決のために最良の方法なのである(Schlumberger,1989)。Two-log quantification cross-plotsの手法は互いに関連性のあるデータ間(たとえば、空隙率と密度)と互いに関連性の無いデータ間(たとえば、抵抗率と線)の両方に対して適用することができるのである。そして、ほとんどすべてのデータ対比の図表でシリカの相変化境界が明確に示されておりopal-A/opal-CTはopal-CT/Quartz境界よりも明確に現れている。さらに抵抗率と密度、抵抗率と速度の組み合わせのplotを続成作用の過程を詳細に追跡するための補助として用いることが可能である。

審査要旨

 本論文の主な成果は、深海掘削に基づく孔内計測結果および取得されたコア試料の物性測定結果と、反射法地震波記録を統合的に解析して日本海大和海盆海底堆積層の反射法地震波層序を確立したこと、地震波層序の高精度な物性的、岩相的記述を行い反射法地震波記録を地質構造と正確に対応づけたこと、およびこれらの結果により、反射法地震波記録から日本海の古環境を議論できる可能性を示したことにある。本論文は全6章で構成され、第3、4章で観測方法、データ処理、解析の方法が示され、第5章で孔内計測結果およびコア試料物性測定結果と、反射法地震波記録を統合的に解析して地震波層序を導き出す過程が述べられ、第6章で得られた地震波層序の広域的地質構造解釈への適用、地震波記録から高精度物性、岩相情報の抽出例を提示し、議論を展開している。

 第1章では、日本海の地震波層序研究を中心に日本海の海底研究をレビューし、過去の地震波層序研究の限界を指摘して、上述の統合解析によりその限界を超えることを標傍することを述べている。

 第2章では、日本海大和海盆の地質の概要を簡単にまとめている。

 第3章では、掘削オペレーションの概要、得られたコア試料の概要、物性測定手法、孔内測定手法、反射法地震波探査観測条件について述べている。

 第4章では、本論文の主要な解析法である合成地震波記録の作成過程と、反射法地震波記録の処理過程について述べている。孔内計測データ、コア試料物性測定データから地層中を伝播する地震波をシミュレートすることにより作成された合成地震波記録は、反射法地震波記録と海底下の岩相を対応づけるための核となったものであり、本研究では、過去に日本海で行われた2例の合成地震波記録に比べてはるかに高精度の合成地震波記録を得ることに成功しており高く評価される。反射法地震波記録の処理に関しては、記録の雑音特性、フィルタリングテストにより、70-100Hzを最適のフィルターとして処理をほどこしている。この従来の研究に比べて高周波に設定したフィルターにより、次章以降に展開する高解像度の地震波層序モデル、およびそれに基づく高解像度の堆積構造に関する議論が可能になっている。

 第5章では、合成地震波記録と反射法地震波実記録の対比、さらに孔内計測結果、コア試料物性測定結果を検討しながら、10層の地震波層序を導き出している。従来複数の研究者によって4層に区分されていた層序を、上述の統合解析により10層にまで細分できることを明らかにしたもので、本研究成果が過去の研究成果に比べて際立っていることを示している。

 第6章では、前章で提出した新地震波層序モデルに基づき、以下の4つの議論を展開している。(1)2つの掘削地点で確立した地震波層序を掘削地点の広域に適用して、提唱した10層の層序が連続的に追跡できることを示し、この新層序が実用性を強調している。堆積盆の中で、高解像度の層序が適用できることは堆積盆の形成史研究などに貢献するものと評価される。(2)世界でも最も見事に珪質堆積物の続成作用が見られる日本海の珪質堆積層の続成作用を物性データと地震波記録との詳細な対比に基づいて議論を行っている。その結果、最も顕著なOpal-A/Opal-CT境界面の地震波記録上での同定が20〜30メートル程度誤差があったという重要な指摘をしている。(3)孔内計測物性データのクロスプロットという手法を導入し、10層の層序が有意であること、各種物性間の相関に関する堆積学検討を行っている。まだ未知の部分が多い海底堆積物の現地での物性の変化に関する理解を進めるものとして高く評価される。(4)日本海の堆積層は周期的な気候変動にともなって物性が顕著に変化することを利用して、反射法地震波記録としては限界に近い高解像度での岩相と反射法地震波記録との対比を最上部層と下部層で行っている。結果的に数メートルオーダーでの対比の可能性とこの層準では反射面が環境変動に対応し同時間面である可能性があることを指摘している。

 以上をまとめると、本論文は、日本海の反射法地震波層序研究を飛躍的に進めたものとして高く評価できる。特に、堆積層の物性データを詳細に検討し、その岩相との関係および地震波記録への物性の反映、海底下堆積層続成作用の実体に関する理解に関しては、多くの新知見をもたらしており、日本海海底地質研究への貢献は極めて大きいと言える。以上の審査に基づき、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文に十分に値するものと判定した。

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