学位論文要旨



No 114689
著者(漢字) 末武,弘章
著者(英字)
著者(カナ) スエタケ,ヒロアキ
標題(和) キンギョのサケ型生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンに関する分子内分泌学的研究
標題(洋)
報告番号 114689
報告番号 甲14689
学位授与日 1999.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2067号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 会田,勝美
 東京大学 助教授 朴,民根
 東京大学 助教授 渡邉,俊樹
 東京大学 助教授 小林,牧人
 東京大学 助教授 鈴木,譲
内容要旨

 魚類の生殖は他の脊椎動物と同様に、脳-下垂体-生殖腺からなる生殖内分泌系によって制御されている。生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)は生殖内分泌系の最上位に位置するホルモンであり、脳内で処理された水温や日長などの環境要因や生理的要因に関する情報を、生殖内分泌系に伝達する役割を担っている。魚類では脳内のGnRHニューロンで産生されたGnRHは下垂体で分泌され、生殖腺刺激ホルモンの産生・分泌を調節している。このようにGnRHは魚類の生殖内分泌機構の調節に重要な役割を果たしている。

 現在までに脊椎動物で11種類のGnRHが知られており、キンギョでは脳と下垂体にサケ型GnRH(sGnRH)とニワトリ-II型GnRH(cGnRH-II)が存在していることが明らかになっている。キンギョでは性成熟に伴い、下垂体におけるcGnRH-IIに対するsGnRHの相対量が増加することから、sGnRHが性成熟において中心的な役割を果たしていると考えられている。しかし、これらの知見はGnRHの存在量を示すものであり、GnRHの産生量を反映しているものではない。魚類の生殖内分泌系を統御するシステムを解明するためには、GnRHの産生機構すなわちGnRH遺伝子の発現機構を明らかにすることが必須である。そこで本研究では、分子生物学的手法により、遺伝子レベルでのsGnRHの発現制御機構を解明することを目的として、キンギョをモデルとし、魚類の生殖に関わるsGnRHの分子内分泌学的研究を行った。

第1章キンギョsGnRH前駆体cDNAのクローニングと構造解析

 キンギョのsGnRH前駆体をコードするcDNAのクローニングを行った。まず、sGnRHの発現が予想されるキンギョの脳からRNAを抽出し、RACE法によりcDNAを単離した後、塩基配列を決定した。その結果,異なる2つのsGnRH前駆体cDNAが存在することが明らかになり、これらをgf-I、gf-IIと名付けた。gf-I、gf-IIはともに94アミノ酸残基のsGnRH前駆体をコードする282bpの翻訳領域を含んでおり、その全長はgf-Iが575bp、gf-IIが547bpであった。キンギョの両sGnRH前駆体は23アミノ酸残基からなるシグナルペプチド(SP)、10残基のsGnRH、3残基のプロセシングサイト(PS)、58残基からなるGnRH関連ペプチド(GAP)で構成されていた。この構造は既知のGnRH前駆体と同様であった。

 次に、キンギョsGnRH前駆体の相同性を調べた結果.gf-Iとgf-IIは塩基レベルで81%、アミノ酸レベルで86%の同一率を示した。さらに.gf-Iとgf-IIのアミノ酸配列を既知のsGnRH前駆体のアミノ酸配列と比較した結果、コイ科の一種と極めて高い同一率を示した(85〜86%)。それに対して、サケ科魚類やスズキ目魚類などのsGnRH前駆体との同一率は37〜51%と低かった.一方、コイ科魚類を除いた魚種間での同一率は56〜98%と非常に高かった。また、sGnRH、PSは完全に保存されているのに対してSP,GAP領域の同一率は低かった。さらに、GAP領域の長さはコイ科魚類が58残基であるのに対して、スズキ目魚類で54、サケ科魚類で46と異なっていた。これらの結果から、コイ科魚類のsGnRHは進化の過程の早い時期に他のsGnRHから分岐した可能性が考えられた.

 さらに、キンギョ1個体からゲノムDNAを抽出し、gf-Iとgf-IIcDNA断片をプローブとして、サザンプロット解析を行った。その結果gf-Iとgf-IIは異なるシグナルパターンを示したことから、キンギョでは個体内に異なる2つのsGnRH遺伝子が存在することが判明した。

第2章キンギョsGnRH遺伝子の発現

 キンギョの異なる2つのsGnRH遺伝子が実際に個体内で発現しているか否か、また、生殖内分泌系におけるsGnRHの役割、発現制御機構を明らかにすることを目的として、卵黄蓄積期、排卵・排精期、退縮期のキンギョの嗅球、脳、下垂体、卵巣、精巣のsGnRH遺伝子の発現を特異的プライマーを用いたRT-PCR法で調べた。

 卵黄蓄積期のキンギョ雌(N=3、体重33.7±7、3g,生殖腺体指数(GSI)7.7±2.6)では、嗅球と卵巣でgf-Iとgf-IIの両方が強く発現していた.脳ではgf-Iがgf-IIよりやや強く発現していた。また下垂体ではほぼgf-Iのみが発現していた。

 排卵期のキンギョ雌(N=3、体重45.2±2.0g、GSI 14.6±1.2)では卵黄蓄積期と同様の結果が得られた。排精期の雄(N=3、体重24.0±2.5g、GSI 2.2±0.6)では、嗅球でgf-Iとgf-IIの両方が強く発現していた。脳ではgf-Iがgf-IIよりやや強く発現していた。精巣でもgf-Iがgf-IIよりやや強く発現していたが、全体に低いレベルの発現しか認められなかった。また下垂体ではほぼgf-Iのみが発現していた。

 退縮期のキンギョ雌(N=3、体重43.3±4.4g、GSI 1.5±0.3)では嗅球でgf-Iとgf-IIの両方が強く発現していた。卵巣ではgf-IIがgf-Iよりやや強く発現していた。脳ではgf-Iとgf-IIの両方あるいは片方がより強く発現しており、発現パターンにばらつきが見られた。下垂体ではほぼgf-Iのみが発現していた。退縮期のキンギョ雄(N=3、体重38.0±2.1g、GSI 2.9±0.4)では嗅球、脳、下垂体でgf-Iとgf-IIの両方の発現が認められたが、下垂体での発現レベルは低かった。また精巣ではほぼgf-Iのみが発現していた。

 これらの結果から、キンギョでは個体内で2つのsGnRH遺伝子が発現しており、その発現は脳と嗅球以外に、下垂体や生殖腺でも確認された.このことはsGnRHが生殖内分泌系のすべてで生殖に関与している可能性を示唆している。キンギョの生殖腺にはGnRH受容体が存在することが知られており、sGnRHが生殖腺において傍分泌、自己分泌様式で作用していると考えられる。また、本研究によって哺乳類以外の下垂体でのGnRH発現が初めて明らかになった。下垂体でもsGnRHが傍分泌、自己分泌様式で作用していると考えられるが、その作用の詳細は知られていない。

 また、本研究によりgf-Iとgf-IIの組織特異的、性特異的、あるいは成熟段階特異的な発現の違いが認められた。こうしたキンギョの2タイプのsGnRH遺伝子の発現バターンの違いは両sGnRHの生理的役割の違いを示唆していると考えられる。

第3章キンギョsGnRH遺伝子の構造と転写調節領域の解析

 sGnRH遺伝子の発現制御に関わる因子を推定し、gf-Iとgf-II遺伝子の発現制御機構の違いを明らかにすることを目的として、gf-Iとgf-II遺伝子とその転写調節領域の配列と構造を調べた。まず、キンギョゲノムライブラリーから、gf-Iとgf-II遺伝子を単離し、両遺伝子の塩基配列を決定した。その結果、ともに全長約1.4kbpで、4エクソン3イントロン構造をとっていた。第1エクソンは5’末端非翻訳領域、第2エクソンは5’末端非翻訳領域、SP、sGnRH、PS、GAP、第3エクソンはGAP、第4エクソンはGAPと3’末端非翻訳領域をコードしていた。また、エクソンと比較して、イントロンの塩基配列の相同性は低かった。さらに、gf-Iの第1イントロンはgf-IIより約100bp長かった。

 次いで、gf-I、gf-II遺伝子の転写調節領域、それぞれ約3kbpと約2kbpの塩基配列を決定し、構造の解析とシスエレメントの検索を行った。転写調節領域のうちgf-I遺伝子の-360から-1の領域とgf-II遺伝子の-381から-1の領域、さらにgf-I遺伝子の-2437から-1637とgf-II遺伝子の-1830から-1010の領域は非常によく保存されていた。これらの結果と転写領域の相同性からキンギョの2つのsGnRH遺伝子が遺伝子重複の結果生じた可能性が考えられる。このことはキンギョが4倍体であることと一致する。

 さらに、転写調節領域にはステロイドホルモン応答配列やそのハーフサイート、AP-1結合配列、cAMP応答配列、GATA結合配列、Oct-1結合配列の存在が認められた。またプリンピリミジン反復配列がgf-Iで2つ、gf-IIで1つ見いだされた。また、サケ科魚類のsGnRH遺伝子の転写調節領域に見いだされる長い回文配列はキンギョでは認められなかった。前述のように転写開始点から約370bpの領域の相同性が高いことから、両sGnRH遺伝子の基本的転写調節は類似していることが推定された。また前述の転写調節領域中の保存配列にはさまれた部分(gf-I遺伝子の-1636から-361とgf-II遺伝子の-1009から-382)は大きく変異しており、この領域にDNAの立体構造に関わると考えられるプリンピリミジン反復配列が存在し、またgf-II遺伝子のこの領域にのみエストロゲン応答配列が見られた.これらから、この領域がgf-Iとgf-II遺伝子の転写制御の違いに関与している可能性が考えられた。

 以上、キンギョの2つのsGnRH前駆体のcDNAをクローン化し、それらの一次構造を明らかにするとともに、それらの遺伝子発現パターンの変動およびsGnRH遺伝子の構造と転写調節領域に関する基礎的知見を得た。本研究は今後GnRH遺伝子の発現調節機構やGnRHの生理的役割、GnRHの進化を理解する上で重要な基盤となると考えられる。

審査要旨

 魚類の生殖活動は他の脊椎動物と同様に、脳-下垂体-生殖腺からなる生殖内分泌系によって制御されている。生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)は生殖内分泌系の最上位に位置するホルモンであり、水温や日長などの環境要因や生理的要因に関する情報を統合し、生殖内分泌系に伝達する役割を担っている。従って魚類の生殖内分泌系を統御するシステムを解明するためには、GnRHの産生機構を明らかにすることが必須である。そこで本研究は、キンギョをモデルとし、魚類の生殖に関わるサケ型GnRH(sGnRH)について分子内分泌学的研究を行ったものである。

第1章キンギョsGnRH cDNAのクローニングと構造解析

 まずキンギョの脳からsGnRH cDNAのクローニングを行ったところ、既報のcDNA(gf-1 cDNA)に加え、第2のcDNA(gf-2 cDNA)をクローニングすることができ、その塩基配列を決定した。gf-2cDNAは94アミノ酸残基のsGnRH前駆体をコードする282bpの翻訳領域を含み、その全長は575bpであった。キンギョの2つのsGnRH前駆体はともに23アミノ酸残基からなるシグナルペプチド、10残基のsGnRH、3残基のプロセッシングサイト、58残基からなるGnRH関連ペプチドで構成されていた。gf-1とgf-2は塩基レベルで82%、アミノ酸レベルで86%の同一率を示した。これらのsGnRH前駆体のアミノ酸配列はコイ科の一種と極めて高い同一率(85〜86%)を示したが、サケ科魚類やスズキ目魚類などとの同一率は36〜48%と低かった。一方、コイ科魚類を除いた魚種間での同一率は56〜99%と非常に高いことから、コイ科魚類のsGnRH前駆体は進化の過程の早い時期に他のsGnRH前駆体から分岐した可能性が考えられた。さらに、サザンブロット解析を行ったところ、gf-1とgf-2cDNAプローブに対してそれぞれ異なるシグナルパターンを示したことから、キンギョでは1個体のゲノムDNA上に異なる2つのsGnRH遺伝子が存在することが確認された。

第2章キンギョsGnRH遺伝子の発現

 これらの異なる2つのsGnRH遺伝子が実際に個体内で発現しているか否かを明らかにすることを目的として、卵黄形成期、成熟期および退縮期のキンギョの嗅球、脳(嗅球を除く)、下垂体、卵巣および精巣のsGnRH遺伝子の発現を特異的プライマーを用いたRT-PCR法で調べた。

 その結果、キンギョでは個体内で2つのsGnRH遺伝子が嗅球、脳、下垂体、卵巣および精巣で発現していることが確認された。さらにgf-1とgf-2遺伝子がこれらの組織において、性あるいは成熟段階によって異なる発現パターンを示すことが認められた。こうした2つのsGnRH遺伝子の発現パターンの違いは両sGnRHの生理的役割の違いを示唆するものである。

第3章キンギョsGnRH遺伝子の構造と転写調節領域の解析

 まずキンギョゲノムライブラリーから、gf-1とgf-2遺伝子を単離し、両遺伝子の塩基配列を決定した。その結果、gf-1遺伝子は全長約1.3kbp、gf-2遺伝子は全長約1.4kbpで、4エクソン3イントロン構造をとっていた。次いで、gf-1、gf-2遺伝子の転写調節領域、それぞれ約2.2kbpと約3.0kbpの塩基配列を決定し、構造の解析とシスエレメントの検索を行った。転写調節領域のうちgf-1遺伝子の381から-1の領域とgf-2遺伝子の-360から-1の領域、さらにgf-1遺伝子の-1830から-1010とgf2遺伝子の-2437から-1637の領域は非常に互いによく保存されていた。さらに、転写調節領域にはステロイドホルモン応答配列やそのハーフサイト、AP-1結合配列、cAMP応答配列、GATA結合配列、Oct-1結合配列およびPit-1結合配列の推定シスエレメントの存在が認められた。またプリンピリミジン反復配列がgf-1遺伝子で1つ、gf-2遺伝子で2つ見いだされた。前述のように転写開始点から約370bpの領域の相同性が高いことから、両sGnRH遺伝子の基本的転写調節は類似していることが推定された。また前述の転写調節領域中の保存配列にはさまれた部分(gf-1遺伝子の-1009から-382とgf-2遺伝子の-1636から-361)は大きく変異しており、この領域にDNAの立体構造に関わると考えられるプリンピリミジン反復配列が存在し、またgf-1遺伝子のこの領域にのみ推定エストロゲン応答配列が見られた。これらから、この領域がgf-1とgf-2遺伝子の転写調節の違いに関与している可能性が考えられた。

 以上、本論文はキンギョの脳から異なる2つのsGnRH cDNAをクローン化し、一次構造を決定するとともに、遺伝子発現パターンの変動および遺伝子構造と転写調節領域を明らかにしたものである。本研究は今後GnRH遺伝子の発現調節機構やGnRHの生理的役割、GnRHの進化を理解する上で重要な基盤となると考えられる。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

UT Repositoryリンク