学位論文要旨



No 114692
著者(漢字) 姜,政敏
著者(英字) Kang,Jungmin
著者(カナ) カン,チョンミン
標題(和) 将来の核燃料サイクルに関するシステム解析
標題(洋) Systems Analyses on Future Nuclear Fuel Cycle
報告番号 114692
報告番号 甲14692
学位授与日 1999.07.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4496号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 吉田,一雄
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨

 将来の核燃料サイクル・システムは環境への影響、核不拡散問題、ウラン資源の効率的利用、経済性など総合的視野から検討しなければならない。本研究は、主に環境への影響および核不拡散問題の観点から将来の核燃料サイクル・システムについて解析を行った。将来の核燃料サイクル・システムとしては乾式再処理法に基づく軽水炉・高速炉システムと軽水炉・重水炉連係核燃料サイクルである韓国のDUPIC核燃料サイクル・システムを対象としている。特に核不拡散問題においては、核兵器転用の懸念が投げかけられる原子炉級プルトニウム(以下RGPu)について核物理的な観点からその性質の解析を行った。また、米・ロの核軍縮に伴い発生する核兵器級プルトニウム(以下WGPu)の処理処分問題から出た概念としての「使用済燃料基準(Spent Fuel Standard)」について定量的解析を行った。

1.乾式再処理に基づく軽水炉・高速炉核燃料リサイクル・システムの解析

 高レベル放射性廃棄物の中には、長半減期の核種が含まれており、その処分においては長期間にわたる安全性が要求される。しかし、処分の安全評価には不確実性が伴う。不確実性を低減するとともに、合理的な廃棄物の処理処分システムを構築するための一つの概念として、本研究では、金属燃料、窒化物燃料および酸化物燃料を用いた高速炉心に着目し、プルトニウムを含むMAのリサイクル・システムを想定した。それに基づいて炉心安全特性などの比較や廃棄物中への移行量も含めた重金属の物量バランスの評価などの炉心特性解析を行った。

 本研究では、軽水炉燃料再処理からの回収プルトニウムによって高速炉を稼動させる一方で、高レベル廃棄物から分離されたプルトニウムを含めたMA(以下TRU)をリサイクルするための高速炉を運転するという燃料サイクルを想定した。軽水炉の使用済燃料はPWRからのもので燃焼度40000MWd/tHM、4年冷却とした。高速炉の出力規模は1600MWtで燃料リサイクルのための炉外滞在期間は2年とした。群分離および高速炉燃料再処理からのTRUには希土類が付随することが避けられないが、その際の除染係数は10とした。また、これらの工程における重金属の回収率については成形加工を考慮した値として98%とした。MAを含む各要素の多群炉定数にはJFS3J2を用い、希土類の定数はNd143で代表させてENDF-B/Vから作成した。炉心の拡散燃焼計算はCITBURNコードによって2次元6群で行った。ドップラーなどの反応度係数は平衡時の組成をもとにCITPERTコードで2次元18群摂動計算を行って求めた。本研究では、実用的な高速炉心として、2領域均質の600MWe級炉心を設定した。自身のプルトニウムおよびMAを新燃料としてリサイクルし、燃焼による減少分の補償として軽水炉からのプルトニウムおよび群分離されたMA(希土類が付随する)を用いた場合の各炉心の平衡時の主要な炉心特性を表1にまとめた。表2には、MA添加炉心の富化度を5%とした場合に800t/年の軽水炉使用済燃料再処理により回収されるTRUのリサイクルに必要となる原子炉基数、および各工程からの廃棄物量を評価した結果をまとめた。

 以上で、リサイクルによるMAを添加した炉心では、MAの高速核分裂の寄与のために燃焼反応度が減少するが、同時にボイド係数が増大するため、いずれの燃料の場合でも通常の形状の炉心でボイド係数を過大としないためにはMA添加量を数%以下にとどめる必要がある。燃料物質によらず、今回仮定した仕様でのリサイクルを行った場合の全プルトニウム廃棄物量は軽水炉使用済燃料中のMAを下回る量となる。したがって、MAを分離回収してリサイクルし燃料サイクル中への閉じ込めを図ることは、廃棄物中の放射能低減の観点から有効性が高いと言える。しかし、サイクルから漏洩するTRUによる環境への影響を少なくするためには、リサイクル工程でのTRUの回収率を高める必要がある。

II.韓国の軽水炉・重水炉核燃料リサイクル・システム(DUPIC)の解析

 DUPIC(Direct Use of spent PWR fuel In CANDU)核燃料サイクル(以下DUPIC)はワンススルー核燃料サイクルの対案として90年度始めに韓国から提案された新しい核燃料サイクルである。DUPICは軽水炉の使用済燃料をフイッサイルは分離せず直接再成形加工し、重水炉で新燃料として再利用する軽水炉・重水炉連係核燃料サイクルである。DUPICの基本アイデアは、軽水炉の使用済燃料に残った約1.5%のフィッサイル(天然ウランのフィッサイル量の約2倍)を重水炉のCANDUで燃焼させるということである。DUPICは核拡散問題に敏感なフィッサイルを直接分離しないため核拡散抵抗性が強いという特徴がある。

 DUPIC燃料はOREOX(Oxidation and REduction of OXide fuel)工程で製造される。軽水炉の使用済燃料の燃料棒は集合体から分離・切断され、高温で酸化・還元反応を繰り返しながら粉末にし、圧縮成型後、焼結されてDUPIC燃料ペレットになる。この工程の間に揮発性および半揮発性の核分裂生成物は大部分が除去されるが、低揮発性の核分裂生成物や重金属(ウラン、プルトニウム、MA等)はDUPIC燃料中に残る。放射能を持つ燃料集合体の構造材および燃料被覆材はセメント固化されて処分される。除去された揮発性および半揮発性の核分裂生成物は適切な吸着材で回収後、セメント固化され処分される。

 2030年までの韓国の原子力発電設備容量の見通しの予測を基に、DUPICの韓国における累積天然ウラン所要量および使用済燃料の総累積量に及ぼす影響を評価するために3つのシナリオを仮定した。第一シナリオは2030年までのPWRとCANDUの発電容量を3:1、第二は5:1、そして第三は2011年からCANDUの導入をしないとするというものである。その他の仮定は次のようである。2000年以前のPWR使用済燃料の燃焼度は35000MWd/t、それ以降は50000MWd/tとする。天然ウラン燃料のCANDU使用済燃料の燃焼度は7300MWd/tとする。DUPICの導入時期は2010年とする。各原子炉の寿命は全て30年とする。その結果、2000年から2030年の間、韓国の累積天然ウラン所要量の見通し(図1)は、DUPICを適用した場合、第一シナリオは17%、第二は14%、第三は6%で、適用しない場合と比べて天然ウランが節約されたことがわかる。一方、2030年までの韓国における使用済燃料の総累積量の見通し(図2)は、DUPICを適用した場合が、第一シナリオは44%、第二は39%、第三は20%となり、適用しない場合と比べて使用済燃料の総累積量が減少したことがわかる。

 韓国にDUPICを導入することによる累積天然ウラン所要量の減少はウラン資源の効率的利用だけではなく、核燃料サイクルにおける重要な環境汚染源の一つとなっているウラン鉱石廃棄物量の減少にもつながる。また、使用済燃料の総累積量の減少は、使用済燃料による環境への影響を減らすのに寄与すると言える。しかし、DUPIC燃料製造工程から出る揮発核分裂生成物などの2次放射性廃棄物の処理処分、放射線の強いDUPIC新燃料の取扱、経済性など解決しなければならない問題が多く残っている。

III.RGPuの核兵器への転用性解析

 核兵器に用いられる主な核物質はフィッサイルのU-235Pu-239である。高濃縮ウラン(HEU)は同位体分離により、プルトニウムは再処理により得られる。核兵器に用いられるプルトニウムはPu-239の割合が93%以上のWGPuで、特殊に設計された原子炉で天然ウラン燃料の低燃焼度照射によって生産される。一方、RGPuは軽水炉で低濃縮ウラン燃料を充分燃焼させた後回収したもので、Pu-239の割合は低く高次同位体の割合が高いなどWGPuとは異なった組成比を示す。しかし、RGPuの核兵器物質としての適合性は未だ議論されつつある。そこで、RGPuの核物理的な観点からその性質を解析し、核兵器への転用の可能性を解析した。

 RGPuの組成比は、ORIGEN2コードを用いることで、また球体金属体系の臨界質量はJENDL3に基づいたモンテカルロコードのMVPを用いることで求めた。WGPuおよび種々の組成比のRGPuの解析結果の例を表3と図3に示す。反射体を付けることによって、プルトニウムの臨界質量はWGPuおよびRGPuに関係なく約半分以下になることがわかる。種々の組成比のRGPuの場合、WGPuと比べて臨界質量の差は大きくないが、反射体付きで自発核分裂中性子は約7から10倍、崩壊熱は約6から13倍、表面ガンマ線線量率は約7から10倍に高いことががわかる。14.4年半減期のPu-241の崩壊のため、時間とともに増加するRGPuの高い崩壊熱とガンマ線線量率は核兵器の製造および維持を困難にするものと期待される。さらに,RGPuの高い自発核分裂中性子は早発確率を大きくするため、爆発収率は小さくなるだけではなく爆発の予測を難しくする。図3で、反射体付きのRGPuの爆発性質は反射体無しのWGPuに比べても悪いことがわかる。

 RGPuはWGPuに比べて臨界質量の差は小さいが、高い崩壊熱およびガンマ線線量率を有するため核兵器の製造および維持を困碓とする。それに、RGPuの高い自発核分裂中性子は爆発性能を抑制するだけではなく核兵器の信頼性を低下させる。しかし、RGPuの高い自発核分裂中性子の障害を乗り越えられる技術的ノーハウを持つ核兵器保有国によっては、RGPuの核兵器への転用の可能性は否定できないが、そのノーハウを持たないテロリストや核兵器非保有国に対しては転用の可能性は否定できる。以上で、RGPuはWGPuに比べて核兵器物質としての魅力のないことがわかる。

IV.「使用済燃料基準(Spent Fuel Standard)」の定量的解析

 米・ロ間の核軍縮交渉による、余剰核兵器の解体から取り出されるプルトニウムの処分問題から出た概念としての「使用済燃料基準」は次のように定義されている。"Spent Fuel Standard:The surplus weapons-usable Pu should be made as inaccessible and unattractive for weapons use as the much larger and growing quantity of Pu that exists in spent nuclear from commercial power reactors."これは核兵器からのWGPuを民生用原子炉の使用済燃料中のプルトニウと同程度に、核兵器への転用が困難になるように処分するということである。しかし、この使用済燃料基準についての定量的な評価はなされていない。そこで、使用済燃料基準について定量化された解析が必要となる。

 使用済燃料基準を定量化する際に、「近づきにくい(inaccessible)」および「魅力がない(unattractive)」ことが重要である。「近づきにくい」については、アメリカのLANLから提案された「1mの場所で100rad/hの線量率を保つ期間」を使用済燃料への近づきにくさの基準として採用する。「魅力がない」については、アメリカのDOEの「8-10%Pu-240割合を持つプルトニウムはRGPu」に基づき「使用済燃料中のプルトニウムのPu-240割合」を基準として採用する。定量化された使用済燃料基準に基づいて使用済燃料の核拡散性を論じることができる。使用済燃料からの線量率の計算のため、簡易計算法を開発した。解析結果の例を表4と図4に示す。近い将来、世界で一番が多い量が貯まると予測される33000MWd/t燃焼度のPWR使用済燃料集合体の場合、約100年間は1mの場所で100rad/hを保つことがわかる。そこで、本研究では「100年間1mの場所で100rad/hの線量率を保つ」ということを使用済燃料基準の「近づきにくさ」として提案する。表4でPu-240の割合は全て10%Pu-240の割合を越えているため、魅力がない面ではその基準が満たされるということがわかる。高燃焼度の使用済燃料の場合、低燃焼度より自己防護期間が長いため近づきにくい面から見ると核拡散性が強いことがわかるが、魅力がない面では必ずしもそうとは言えない。岩石型使用済燃料の場合、ウランおよびMOX使用済燃料より近づきにくい面と魅力がない面の両方で優れているため、核拡散性が強いことがわかる。

図表Figure 1 Amount of natural uranjum required in Korea projected between the years 2000 and 2030 / Figure 2 Amount of total spent fuel accumulated in Korea projected between the years 2000 and 2030 / Figure 3 Probability of predetonation to explosive yield fraction for bare and reflected spberical assemblics of WGPu and RGPu / Figure 4 Dose rate at Im apart from PWR spent fuel assembly / Table 1 Performance parameters of cores at the recycle equilibrium / Table 2 Core units to accept TRU from 800t/y LWR discharge and their total HM waste / Table 3 Physical characteristics of WGPu and RGPu / Table 4 Self-protecting time and fractions of Pu-240 for PWR UO2,MOX and inert matrix spent fuel

 以上で、本研究では「使用済燃料基準」を「l00年間1mの場所でl00rad/hの線量率を保つ」という近づきにくさと「使用済燃料中のプルトニウムの10%Pu-240割合」という魅力のなさで定量的に表すことを提案した。使用済燃料からの線量率の計算のため、簡易計算法を開発した。

審査要旨

 核燃料サイクルのシステム分析は、これまでにも多くの技術選択肢、並びに手法を用いて、行われてきた。従来の分析は、主に欧米や日本における典型的な核燃料サイクルを想定して、その技術並びに経済性について、包括的な分析を行うものが多かった。本論文のユニークなところは、以下の3点に要約される。

 1。欧来や日本ではなく、韓国における核燃料サイクルについて、できる限り現実のデータや情況を考慮したこと。

 2。上記に関連して、韓国が現在検討中である独特の核燃料サイクル概念DUPICサイクル(軽水炉の燃料をCANDU炉にリサイクルする)、米国で開発され導入が検討されている高温冶金再処理/液体金属高速炉サイクル(Pyroprocess/LMR)、それにワンス・スルーサイクルと使用済み燃料貯蔵戦略を総合的に評価していること。

 3。従来定量化が難しいとされてきた、核拡散抵抗力の評価について、解体プルトニウムの処分で採用された「使用済み燃料基準」を詳細に分析して、その基本的方法論を検討したこと。

 論文は序章を含め、全5章からなっている。

 第1章は序章で、韓国における核燃料サイクルを取り巻く現在の状況、韓国内で検討されている核燃料サイクル技術選択肢の概要、使用済み燃料管理の情況などが、簡潔にまとめられている。

 第2章は、PWR/LMR燃料サイクルの分析を、取り扱っている。ここでは、特に放射性廃棄物管理と処理の観点から、特にマイナーアクチナイド(MA)の燃焼について、定量的な分析を詳細に行っている。計算コードと燃料特性は(財)電力中央研究所のSLAROMコードを用い、マイナーアクチナイドの燃焼効果を評価している。その結果、韓国におけるPWR/LMR燃料サイクルの定量的な可能性と、廃棄物処理に与える影響が考察されている。

 第3章は、DUPIC燃料サイクル(PWRの使用済み燃料をCANDUにリサイクルする方式)の分析である。この燃料サイクルは、現在韓国でしか検討されておらず、こういった詳細な定量的分析は世界でもまれである。ここでは、DUPIC燃料サイクルの中心となるOREOXプロセスの記述に始まり、燃料フロー、廃棄物発生量、核不拡散への影響、経済性、ワンススルーとの比較、といった多様な分野の分析が行われている。さらに最後に実際に韓国に導入した際の影響について、ウラン燃料需要、使用済み燃料発生量、プルトニウム発生量を定量的に分析している。

 第4章は、韓国における使用済み燃料管理対策の分析である。2030年までの韓国における原子力開発計画に基づき、使用済み燃料の発生量と貯蔵容量を予測。その管理対策として、発電所サイトのみでの貯蔵、サイト外での貯蔵施設を建設、サイト間で貯蔵を融通、高燃焼度燃料を採用、海外再処理を実施、と言った選択肢を分析し、それぞれについて追加貯蔵容量の必要性を予測している。また、各選択肢の経済性分析も行っている。その結果、サイト間融通が許されれば、追加貯蔵容量の必要性はなく、経済性の面でも優位であることを検証している。

 第5章は、今後とも燃料サイクルの評価で重要な要素と考えられる、核拡散抵抗力の定量的評価を、解体核兵器からの余剰プルトニウム処分問題で採用されている「使用済み燃料基準」(Spent Fuel Standards:SFS)に焦点を当てて分析を行っている。解体プルトニウム処分の選択肢として、いわゆるMOXオプション(MOX燃料として原子炉で燃焼)、ガラス固化オプション(高レベル放射性廃棄物と混合してガラス固化)の二つの選択肢について、使用済み燃料基準の定量的分析を行っている。このような分析は、我が国でも始めてであり、特にその中で、原子炉級プルトニウムの核兵器転用可能性について、核物理計算から明確に肯定的な判断を示している点は、興味深い。

 以上、本論文は、韓国の核燃料サイクルの将来を考えるうえで、重要と思われる、技術選択肢の総合的な評価を、現実のデータを踏まえながら行った研究として、極めて重要な意味を持つものであり、今後のシステム量子工学、とくに原子力技術と現実社会の関係を考える新しい工学の発展に大きく寄与するものと判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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