学位論文要旨



No 114696
著者(漢字) 山形,道子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマガタ,ミチコ
標題(和) 慢性肝疾患における小高エコー結節中にはサイクリンD1やKi-67の発現が低い肝細胞癌が存在する
標題(洋) Small hyperechoic nodules in chronic liver diseases include hepatocellular carcinomas with low cyclin D1 and Ki-67 expression
報告番号 114696
報告番号 甲14696
学位授与日 1999.07.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1522号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 高山,忠利
内容要旨 I.はじめに

 肝細胞癌(HCC)の予後は、発見時の腫瘍の大きさと臨床病期によることがわかっている。そこで、慢性肝疾患の患者の予後の改善のためには、超音波検査(US)による定期的なスクリーニングを施行し、HCCの早期発見に努めることが重要である。US上20mm以下の小HCCは低エコー結節像を呈するとされ、高エコー結節像は一般に肝血管腫の典型像とされている。しかし、過去の報告によると小HCCの5-11%に高エコー結節像を呈するものがあるうえ、当科でも小高エコー結節のHCCの症例を経験している。本研究の目的は、慢性肝疾患における高エコー結節の病理組織学的な分類をすることと、高エコーHCCでのcyclin D1・Ki-67・p53の発現を低エコーHCCでの発現と免疫組織学的に比較することである。

II.対象と方法1.病理組織学的検討

 患者:1994年1月から1997年12月までに東京大学消化器内科外来にて1,668人の肝疾患の患者に6374回のUSが施行された。肝疾患の患者とは、肝疾患の症状(黄痘・肝牌腫・腹水・静脈瘤・肝性脳症)を呈した者、血液データ異常(トランスアミナーゼ高値・高ビリルビン血症・低アルブミン血症・プロトロンビン時間延長)を示した者、HBsAgやanti-HCVが陽性の者、アルファフェトプロテイン高値を呈した者、他院のUSで肝臓の異常を指摘された者とした。結節:指摘された結節は合計935結節で、225結節は高エコー、488結節は低エコー、222結節は混合エコーであった。高エコー結節は、結節周囲に比べ高エコーで、結節内部は均一に高エコーのものとした。低エコー結節は、結節周囲に比べ低エコーで、結節内部は均一に低エコーのものとした。高エコー結節のうち、CTやMRIで血管腫と診断されたもの(42結節)、10mm以下(40)、他院で治療されたもの(23)、フォロー中不明瞭になったもの(22)、生検なしに治療されたもの(15)、合併疾患のため治療不能(5)、ウイルスマーカー陰性(4)、患者の同意の得られなかったもの(13)を除き、61結節にUSガイド下の細径針生検が施行された。そのうち20mm以下の55結節が本研究の対象となった。低エコー結節のうち、10mm以下(97)、フォロー中不明瞭になったもの(80)、生検なしに治療されたもの(45)、他院で治療されたもの(3つ)、合併疾患のため治療不能(4)、ウィルスマーカー陰性(1)、患者の同意が得られなかったもの(30)を除き、192結節にUSガイド下の細径針生検が施行された。そのうち20mm以下の107結節が本研究の対象となった。病理組織学的診断:パラフィン固定した組織切片にhematoxylin-eosin(HE)染色を施行した。結節の病理診断はInternational Working Party(Hepatology 1995;22:983-993)による定義に準拠した。針生検標本を用いた診断は時に困難なことをふまえ、特にhigh-grade dysplastic noduleとHCCの鑑別が不可能な場合にはHCCと診断した。

2.免疫組織学的検討

 対象:上記病理組織学的検討で用いたもののうちパラフィン固定組織ブロックがある高エコーHCC21結節と低エコーHCC21結節を対象とした。平均腫瘍径と分化度は両者で有意差を認めなかった。免疫組織学的方法:5mのパラフィン固定切片に対し、通常のavidin-biotin-peroxidase法を施行した。使用した抗cyclin D1モノクローナル抗体はSanta Cruz社のクローンR-124(希釈倍率1:100)、抗p53モノクローナル抗体はSanta Cruz社のクローンBp53-12(1:100)、抗Ki-67モノクローナル抗体はImmunotech社のクローンMIB-1(1:50)、抗PCNAモノクローナル抗体はDako社のクローンPC10(1:20)である。Cyclin D1・p53・Ki-67抗原賦活のために10分間のマイクロウエーブ法を予め施行し、抗原の発現増強のためにRenaissance TSA Amplification kitを使用した。一次抗体との反応時間は一晩とし、diaminobenzidineをクロモゲンとして使用した。腫瘍細胞核全体が陽性の場合にpositiveと判定した。Cyclin D1の発現の判定の場合、ランダムに1,000個の核をカウントし、20%毎に層別化した。Ki-67・p53の判定の場合、ランダムに1,000個の核をカウントし、positiveと判定した核数/総カウント数x100(%)をlabeling index(LI)とした。

3.エコー結節の成長の検討

 60日以上フォローアップした高エコー結節と低エコー結節各10結節をretrospectiveに検討した。結節が増大した時またはエコーパターンが変化した時にエコーガイド下の細径針生検が施行された。平均観察期間は高エコー結節で730日、低エコー結節で101日であった。

4.統計手段

 USで指摘された結節中HCCの頻度はFisher’s Exact Testで、結節の大きさとHCCの頻度の相関はStudent’s ttestで判定した。Cyclin D1・p53の発現はFisher’s Exact testで、Ki-67のLIはStudent’s ttestで判定した。

III.結果1.病理組織学的検討(表)

 (1)高エコーの55結節中、42結節(76%)はHCC、1結節(2%)はhigh-gradedysplastic nodule、7結節(13%)はlow-grade dysplastic noduleと診断された。6-10mm、11-15mm、16-20mmの結節中、HCCは73%、83%、73%であり、そのうちwell differentiated HCCは45%、60%、55%であった。低エコーの107結節中、56結節(52%)はHCC、3結節(3%)はhigh-grade dysplastic nodule、13結節(12%)はlow-grade dysplastic noduleと診断された。6-10mm、11-15mm、16-20mmの結節中、HCCは20%、37%、66%であった。そのうちwell-differentiated HCCは100%、67%、33%であった。また、16-20mmの低エコーHCCのうち2結節(5%)がpoorly-differentiated HCCであった。即ち、高エコー結節の場合、HCCの頻度・分化度は結節の大きさによらなかった。一方、低エコー結節の場合、結節が大きくなるほどHCCの頻度が高く、低分化型のものの割合が増大した。

表 高エコー・低エコー結節の病理診断

 (2)Fatty change・clear cell changeは高エコーHCCの76%・24%に認められ、認められる場合60%以上の腫瘍細胞に存在した。低エコーHCCの場合、14%・13%に認められ、認められる場合も20%以下の腫瘍細胞にしか存在しなかった。

2.免疫組織学的検討

 (1)Cyclin D1:高エコーのHCCの場合高レベル(>60%の腫瘍細胞核が陽性)の発現を呈する結節は5%(1/21)にすぎなかったが、低エコーのHCCの場合38%(8/21)であった(P<0.02)。Well-differentiated HCCの場合、高レベルの発現を呈する結節の割合は高エコーと低エコーのHCCとで有意差を認めなかった。一方、moderately-differentiated HCCの場合、低エコーのHCCの方が高エコーのHCCに比べ高レベルの割合が高かった(P<0.05)。

 (2)Ki-67:高エコーのHCCに比べ低エコーのHCCのLIは有意に高値であった(4.2%±1.8%vs.8.9%±6.5%、P<0.003)。Well-differentiated HCCの場合、LIは高エコーと低エコーのHCCとで有意差を認めなかった。Moderately-differentiated HCCの場合、高エコーのHCCに比べ低エコーのHCCのLIは有意に高値であった(4.7%±1.9%vs.10.5%±6.7%、P<0.04)。

 (3)p53:高エコーと低エコーのHCCで各2標本のみpositiveであった。

3、エコー結節の成長の検討

 高エコー結節10個のうち6個は初め低成長速度(doubling time,median:1403日)で、結節が約10mmになると高成長速度(doubling time,median:56日)になった。低エコー結節のdoubling timeのmedianは80日であった。

IV.考察

 今回の検討で、CT・MRIで血管腫と診断されたものを除外した場合、小さな高エコー結節の多くはHCCであることがわかった。高エコー像は、組織学的にはfatty change・clear cell changeを反映している。Fatty change・clear cell changeはHCCの進展の早期に出現するとされている。よって、USによる高エコー結節のスクリーニングは早期のHCCを検出することにつながるかもしれない。

 今回の検討で、高エコー結節ではHCCの頻度や腫瘍の分化度の割合が、大きさによらずほぼ一定であることが示された。この結果は、エコー像が高エコーのまま変化しなければ腫瘍の分化度が変わらない可能性を示唆しており、いわゆる"clear cell carcinoma"が通常型のHCCに比べ良好な予後を示すとの過去の報告と矛盾しない。

 今回の免疫組織学的検討では、高エコーHCCのcyclin D1・Ki-67の発現は低エコーHCCに比べ有意に低かった。Cyclin D1の過剰発現はHCCの増殖が速い時期に認められるとの報告があること、Ki-67は細胞増殖能のマーカーとして広く使用されていることから、高エコーHCCの増殖能は低エコーHCCに比べ低いことが示唆された。今回の結果は高エコーHCCの予後が低エコーHCCに比べ良好であることを支持している。

 今回の検討ではp53の異常は低率で、高エコーと低エコーのHCCの間の差がなかった。p53の異常はHCCの進展の後期に出現するとされており、今回対象にした20mm以下かつwell・moderately-differentiated HCCでは検出されなかったものと考えられる。

 これまでの報告では、dysplastic noduleはHCCになる高危険群とされている。特に高エコーパターンやfatty change・clear cell changeを呈する場合、malignant transformationを生じやすいとされる。今回のエコー結節の成長の検討も、高エコー結節がHCCにtransformationするリスクを有しており、成長速度が速くなった時点がtransformationの生じた時点と考えられるかもしれない。

V.結論

 1.慢性肝疾患の患者では、CT-MRIで血管腫を除外した場合、小高エコー結節の多くがHCCであった。

 2.高エコーHCCは組織学的にfatty change・clear cell changeを呈し、免疫組織学的にcyclin D1・Ki-67の発現が低かった。

 3.Retrospectiveなフォローアップによれば、高エコー結節は初め低速度で、有る時点から高速度で成長する傾向があった。

 4.以上から、慢性肝疾患における小高エコー結節はmalignant potentialを有する結節として注目すべきである。

審査要旨

 本研究は、慢性肝疾患の肝細胞癌のスクリーニングにおいて重要な役割を担う体外超音波検査上検出されるエコー結節の病理学的分類を試みたものであり、以下の点を結論とした。

 1.慢性肝疾患のある患者では、小高エコー結節は血管腫ではなく多くがHCCである。

 2.高エコーHCCは組織学的にfatty change・clcar cell changeを呈し、免疫組織学的にcyclin D1・Ki-67の発現が低く、増殖能が低いことが示唆された。

 以上に対し、審査の結果、下記の点で内容の修正が行われた。

 1.高エコー結節=HCCではなく、高エコー結節=malignant potentialを有する結節ととらえるべきであるという内容に修正した。それに基づき、1-A)タイトルを’Small hyperechoic nodules in chronic liver diseases include hepatocellular carcinomas with low cyclin D1 and Ki-67 cxpression’に変更した。1-B)高エコー結節の増殖様式をretrospectiveに検討し、"Result"に加え、高エコー結節のmalignant potentialを"Discussion"に明記した。

 2.肝結節の病理学的分類に関する用語を、International Working Partyの提案したもの(Hepatology 1995;22:983-993)に準拠した。

 3.細径針生検標本に基づく病理診断が、生検部位と生検時期という2つの問題点のため、困難または時に不可能であることを明記し、それが今回のstudyにおいてエコー結節中のHCCの割合が高い事の説明の一つとした。

 4.Cyclin D1・Ki-67・p53を一括してproliferation markerとして扱うことは妥当ではないと判断した。よって、"proliferation marker"という言葉は使用しないこととし、タイトルや文中にてcyclin D1・Ki-67・p53を個々に言及するように努めた。

 5.免疫組織学の陽性の診断基準を、腫瘍細胞核全体のクロモゲンが陽性になった場合に、その核は陽性とした。

 6.超音波診断上の’高エコー’・’低エコー’の定義を明記した。

 7.Figure1(case report)は記載しないこととし、かわりに明らかなHCC・high-・low-grade dysplastic noduleの組織像とした。主な免疫組織像の写真(cyclin D1・Ki-67)とそのnegative controlのみ呈示することとした。

 上記の修正を施行したうえで、本研究はこれまで詳細にはなされていない慢性肝疾患におけるエコー結節の分類を施行し、特に高エコーHCCの特徴を明記した点で重要と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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