原生生物は渦鞭毛虫類、鞭毛虫類、有孔虫、放散虫などの様々な真核性単細胞生物であり、約65000種(Corlis,1979)からなる。本研究での繊毛虫とは、生活の一時期、または生涯繊毛を持つものと定義する。この一群は、他と比較して、皮膜系や核等の形態が際立ち、原生生物の中でも最も発達したグループと考えられている。 繊毛虫の栄養摂取様式は、独立栄養性、混合栄養性、植食性、肉食性、濾過摂食など多岐にわたる。またこれを捕食し栄養源とする生物群も様々である。自由生活をするものは土壌、陸水、海洋を問わず出現し、寄生生活をするものも様々な宿主からみつかり、多様なハビタットを持つ。 海洋の食物網の中で、原生生物は細菌や微小植物プランクトン等の微生物群集と動物プランクトンや魚等を繋ぐ位置にいると考えられている。これまでの報告から微生物ループの構成員を概算すると、細菌は109l-1、従属栄養性鞭毛虫は106l-1従属栄養性の繊毛虫は103l-1といわれている。 海洋の繊毛虫のうち、これまでに最も研究が進んでいるのは有鐘繊毛虫である。このグループは殻を持ち、約700種(Kofoiod and Campbell,1929)が知られている。全繊毛虫(約8000種)に対して占める割合はさほど多くないが、これまでの報告では、検出される繊毛虫の大部分が有鐘繊毛虫によって占められている。これは、繊毛虫の検出方法に起因する事が80年代後半以降わかってきた。そして、検出方法の問題点の検討と共に無殻の繊毛虫の定性的、定量的報告がされ始め、無殻のものは有殻のものよりはるかに多く存在すると考えられ始めている。しかし、その検出方法自体が未だに確立されていないため、その分布や動態に関する基礎的知見は極めて限られている。 本研究では、無殻の繊毛虫の検出方法を改良し、これを用いて、微小な時空間スケールでの無殻の繊毛虫の個体数の動態を明らかにすることを目的とした。さらに、その変動要因の1つとして光をとりあげ、海洋に広く分布するユープロテスを用いて光の影響を行動学的側面から検討した。 1.無殻繊毛虫の個体数測定法の改良 無殻のものが過小評価になっていた理由は、細胞が殻に包まれていないため、機械的・化学的刺激に弱いことである。方法論上の問題点は、採集、固定、保存、濃縮、カウント方法を含む定量方法全般にわたる。従来の方法では、細胞自体の消失や変形を招き、個体数や現存量の評価が正確に見積もれない、同定が不可能などの問題を引き起こす事が知られている。 そこで、緩やかな吸引による採水後、試水中の繊毛虫を未濃縮未固定の状態で、実体顕微鏡下で観察し、生きたままカウントする方法を導入した。この吸引採水は、任意の深度の水を短時間で採取する事が可能である。また、採水からカウントまでの一連の行程は1時間以内とした。このような工夫により、従来の方法と比較して1.7〜34倍もの個体数の検出が可能となった。 2.沿岸域での無殻繊毛虫の個体数の変動 これまで、繊毛虫の生態学的な研究のほとんどは、季節変動や海域別の比較といった大きな時空間スケールで行われていた。しかし、例えば、繊毛虫の餌生物の1つである植物性プランクトンや、捕食者となる動物プランクトンが日周移動をする事などはよく知られている。従って、繊毛虫の動態もこれらに呼応することが予測される。 そこで本研究では、数時間、あるいは数10cm程度の微小な時空間スケールでの無殻の繊毛虫の個体数の変動に着目し、フィールド調査を行ってきた。沿岸域である神奈川県三崎の油壷湾と岩手県の大槌湾で合計7回にわたり、19〜48時間に及ぶ連続観測を行った。 この結果、19〜48時間の連続観測の間に、小さい場合でも0〜2.3cells ml-1、大きい場合では0.4〜169.6cells ml-1もの個体数変動を見い出した。また、数十cmという深度差でも、各層でその個体数変動が異なった。これらのことから繊毛虫の分布は、従来考えられていた時空間的スケールより、遥かに微小なスケールで大きく振動している事が推測される。こうした振動は、調査した2つの沿岸域で、季節を問わず起っている事から、今回検出した現象は沿岸域において普遍的であると言える。 3.個体数の変動要因と半隔離実験 今回確認した個体数の大きな変動は、増殖や自然死あるいは捕食のみで説明するには無理があり、繊毛虫自体の遊泳或いは水の動きの影響が予想される。この二つの事象を区別するため、直径16cm、長さ1mの透明なアクリルパイプを、油壷湾の筏に鉛直的に設置し、半隔離実験をおこなった。パイプは、2本用意し、一方のみ遮光した。これは、光が個体数の変動を招く一要因となる事を想定したためである。 この結果、パイプ内外と、遮光未遮光のパイプ間各々において、繊毛虫の個体数の変動に違いが見られた。パイプ内では水の動きが制限されているため、その変動は、繊毛虫自体の遊泳によるものと判断できる。このことから、沿岸域での個体数の変動は、繊毛虫自体の遊泳が寄与していると考えられる。また、遮光未遮光のパイプ間で、個体数の変動に違いが認められたことから、繊毛虫の行動が光によって制御されている可能性が示唆される。 尚、繊毛虫の餌の指標となるクロロフィル量、細菌数、鞭毛虫数との関連性を各サンプル毎に検討したが、明瞭な相関関係は得られなかった。 4.繊毛虫の光反応 一連のフィールド調査から、繊毛虫の個体数は微小な時空間スケールで変動し、その変動には繊毛虫自体の移動による寄与があること、更に、光が影響を及ぼす一因となっていることを示す結果を得た。繊毛虫の光に対する反応は100年以上前から知られ、光の感受性が高いもの、色素や共生藻を持つものが対象とされてきた。これに対し無色の従属栄養性種は、光応答する必要性がないと考えられていた事から、殆ど手付かずの状態である。そこで、光と繊毛虫の行動の関係を明確にするため、沿岸域で単離した繊毛虫を用いて、可視光線が行動に及ぼす影響を実験室内で観察した。 実験には1995年に油壷湾で単離した無色の従属栄養性の繊毛虫を用いた。用いた株の栄養体の形態やサイズ、核の形態、表層構造から、海洋性の一種であるEuplotes vannus(Muller,1786)と同定した。本種は、自由生活を営む繊毛虫の中で最も普遍的に出現するユープロテス類に属し、これが属する下毛類は、繊毛虫のなかでも最も大きな目の一つである。 本研究では、6株を試験株とし、可視光線が行動に及ぼす影響を実体顕微鏡下および光学顕微鏡下で測定した。実験は、試験株を入れたチェンバー(17×5×1.5mm)に定電圧、直流電流による白色平行光を照射しておこなった。最強の光強度は快晴時の自然光(700Wm-2)に相当するものを設定した。チェンバー内の水温変化は±0.1℃以内であり、光以外の要因は無視できる。繊毛虫の行動はビデオテープに記録し、解析した。なお、繊毛虫に対し自然光レベルの光強度を照射し続けた観察はない。 まず、本種が光に反応するのか否かを観察した。チェンバーの半分を遮光し、自然光レベルの光(700Wm-2)を照射した。この結果、用いた全ての株は光に応答し光離散、すなわち遮光領域に集まる傾向を示した。 次に、光強度の影響を調べた。3段階の光強度(7、70、700Wm-2)を照射したところ、全ての株において700Wm-2の強度下では他の強度に比べ動いている細胞の割合が多かった。 更に、その行動を観察した。繊毛虫の行動は直進性の行動と方向性の行動の2つの要素からなる。前者では前進遊泳速度を測定した。後者では一時的な後退遊泳の後ランダムに方向を変換し再び前進遊泳をすることから、後退遊泳の頻度を測定した。測定の結果、遊泳速度は光強度の影響を受けないが、方向変換頻度は光強度の影響を受け、とりわけ強光(700Wm-2)下ではその変換頻度が増加する傾向を見出した。 これら一連の実験から、光離散は、遮光領域に入り込み、行動が不活発になった個体が集積することにより起る事が推測される。なお、走光性の有無に関しては今後の検討が必要である。 今回の観察により、無色で共生藻を持たない下毛目の光応答をはじめて確認した。この光応答は、自然光レベルの強光を照射することにより起こる。従来光に反応しないと考えられていた多くの繊毛虫も天然では光応答をしている事が示唆される。 |