Glioblastoma(神経膠芽腫)は最悪性型の脳原発腫瘍である。現在までの分子病理学的知見では、第10番染色体の広範囲の欠失や第7番染色体上に存在するEGFRの増幅が高頻度に認められる。第10番染色体のloss of heterozagosity(LOH)は実に80-95%で認められ、glioblastomaの最も特徴的な分子病理学的所見と考えられている。 MMAC1/PTEN(主論文ではMMAC/PTENと標記、以下同様にMMAC/PTENと標記する)は第10染色体長腕上に存在する新規の癌抑制遺伝子で、phosphatidylinositol triphosphate phosphataseとして作用し、細胞の増殖とapoptosisに関与すると考えられている。各種の癌組織においてMMAC/PTENのsomatic mutationが報告され、特にglioblastomaでは約10-35%にmutationが見出されている。今回、外科的手術により摘出されたglioma組織において半定量的RT-PCR法と免疫組織化学的手法によりMMAC/PTENの発現の検討を行った。 検体はすべてThe University of Texas,M.D.Anderson Cancer Centerにおいて外科的手術施行時に得られたものである。Modified Ringertz grading systemにより組織学的に分類された。120例の腫瘍検体中、glioblastomaが78例、それ以外のastrocytomaやoligodendrogliomaなどのlower grade gliomaが42例であった。また腫瘍近傍の組織学的に正常な15例も検討に加えた。 凍結切片よりMacro-fast track isolation kitによりmRNAを抽出した。MMAC/PTENのPrimer setsは約550塩基を増幅するようにデザインした。Pseudogene of MMAC/PTENの検出を避けるため、PCR productをNsiIで処理した後、電気泳動を行なった。またenolaseのprimerも同時に加え、競合的PCRを行なった。MMAC/enolase比にて半定量化を行なうと、正常組織、lower-grade gliomaが0.52、0.44と比較的高値なのに対して、glioblastomaでは0.30と低値であり、その差は統計学的に有意であった(Figure 1b,p<0.001)。すなわち、MMAC/PTENはその悪性化の最終段階で不活化されていると考えられた。さらにLOHがすでに検索されている50例について、LOHの有無とRT-PCR値との関係を検討すると、LOHのあるものはRT-PCR値も低い傾向にあるという結果が得られた(Figure 1c)。 次にMMAC/PTENのC terminal側のアミノ酸配列をGST fusion protein systemに導入してpeptideを合成、これをrabbitに免疫してpolyclonal抗体BL-72.4を得た。この抗体の特異性を検証するため、adenovirusによりMMAC/PTENを導入したhuman glioma cell(ad-MMAC U251)を用いて、Immunoprecipitation(IP)とwestern blotting(WB)を行った。Ad-MMAC U251ではIP、WBとも55kD付近に特異的なbandを示した(Figure2a、2b)。 さらに免疫組織化学的検討を計50例のgliomaについて行なった。BL-72.4抗体を1:1000に希釈して加え、ABC peroxidase法にて検出した。Glioblastoma42例中29例(69%)は陰性かわずかに染色されるのみであったのに対して、13例(31%)は陽性であった。今回の検討では核が特徴的に染色された。代表的な症例をFigure3に示した。また8例のlower grade gliomaについても同様の傾向を示した。 また前述の腫瘍検体120例中、その後のfollow upが可能であった症例は89例であった。このうち61例はglioblastomaであった。Kaplan-Meier法により相対的RT-PCR値と生存時間との関係を検討した。0.460をcut pointとすると2群間に生存時間の差が認められた(hazard ratio 3.3:95% CI 1.6,4.3:p=0,0003)。また患者の年齢や悪性度を考慮に入れたmultivariate analysisでも同様の結果を得た(hazard ratio 2.4:95% CI1.4,4.6:p=0.02)。すなわちRT-PCR値が0.460未満場合、生存時間がそれ以上に比べて短いという結果を得た(Figure 4b)。 以上、本論文は脳腫瘍検体、特にgliomaにおいて、MMAC/PTENの発現をRT-PCRと免疫組織化学的手法を用いて検討、さらにそれらと生存時間との関係を統計学的手法にて明らかにした。そしてMMAC/PTENがgliomaの予後因子ともなりうろことを初めて示したものである。このことはgliomaにおいてMMAC/PTENが癌抑制遺伝子として重要な役割を果たしていることを示唆するものであり、本分野の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |