太陽系形成初期の様子を探るアプローチの一つに隕石の研究がある。隕石には様々な種類があるが、その中でも物質の分化や変成をほとんど受けていない隕石には、太陽系形成初期の情報が多く残されているものと考えられる。太陽系先駆物質(プレソーラー・グレイン)はこのような隕石に見い出されている。プレソーラー・グレインの研究からは様々な情報が得られるが、特に、その分布や生き残りの条件から太陽系形成初期の様子を知ることができる。これまでのプレソーラー・グレインの研究は、その存在量の少なさもあって、隕石の酸不溶物中に限られていた。プレソーラー・グレインは太陽系外で形成された物であることから、様々な元素の同位体比異常があるものと考えられ、実際に、太陽系内では作られないような同位体比異常を持つ物質として隕石中に見い出されてきた。 本研究は、窒素と希ガスの同位体比を指標とし、始源的な隕石にプレソーラー・グレインを見い出すこと、また、それらの性質を手がかりに太陽系初期の様子さぐることが目的である。測定では、特に酸不溶物にも着目し、また、SIMS(二次イオン質量分析装置)による同位体比のその場分析を行った点が特徴的である。希ガスは揮発性で、熱を受けるとすぐに抜けてしまうので、熱の影響を受けていない物質を捜すのには都合がいい。また、窒素もガスとしてふるまう場合は同じように都合がよく、酸化状態によっては、化学反応を起こすことから、希ガスのみからは捉えられない履歴を知ることも可能である。始源的な未分化の隕石はコンドライト隕石と呼ばれるもので、化学組成により、炭素質コンドライト隕石、普通コンドライト隕石、エンスタタイト・コンドライト隕石の3種類に分けられる。炭素質コンドライト隕石は有機物を多く含み、その窒素の影響が大きい。またエンスタタイト・コンドライト隕石は、還元的な環境で出来たもので、窒素が窒化物等の形で鉱物に多く取り込まれている。したがって、これらの隕石では窒素を指標にしにくいことから、普通コンドライト隕石に焦点を当てた。また、コンドライト隕石は母天体内で、様々な程度に熱変成を受けている。本研究の目的には、その程度が最も低いもの(非平衡のもの)が向いている。すなわち非平衡普通コンドライト隕石(Unequilibrated Ordinay Chondrite:UOC)を試料として研究を行った。 測定方法は以下の2とおりである。 段階燃焼法:26個のUOCの全岩と、そのうちの数個については鉱物分離を行った試料について、窒素・アルゴン・ネオンの同位体比を段階燃焼法(200℃〜1200℃、100度毎)で測定した。 SIMS:電子顕微鏡で観察したサンプルを測定した。Cs+を一次イオンとし、水素・炭素・窒素の同位体比のその場分析を行った。 測定した26個のUOCは、全岩での窒素と36Arの脱ガスパターンによって、6タイプに分類できた。それぞれの特徴は以下の通りである。 ALH77214 type:800℃と1100℃付近で軽い窒素を脱ガスし、36Arが伴う。窒素の同位体比は15N〜-220‰に達する。大部分の軽い窒素と36Arは酸処理で失われることから、酸に可溶な軽い窒素のキャリアーを持つことが分かった。また、このタイプの隕石のうちALH77167(L3.4)とALH78119(L3.5)を電子顕微鏡で観察したところ、鉄鉱物(金属鉄、鉄の硫化物、鉄の酸化物)に伴いグラファイトが見られた。SIMSによる同位体比分析ではグラファイトに同位体比異常のある窒素は検出できなかった。 ALHA81251 type:1000〜1100℃で、軽い窒素が出る。これも36Arが伴うが、15N〜-60‰は程度である。大部分の軽い窒素と36Arは酸処理で失われる。これらの隕石にも酸に可溶の軽い窒素のキャリアーが含まれるが、窒素の量や同位体比、脱ガス温度の違いなどから、ALH77214 typeとは異なるキャリアーと考えられる。このタイプの隕石のうちLEW86022(L3.2)とALHA76004(LL3.2/3.4)を電子顕微鏡で観察したが、グラファイトは見られなかった。 Mezo Madaras type:重い窒素(15N〜220‰)が600〜1000℃で見られる。酸処理により、大部分の36Arは失われるが、重い窒素は残る。鉄鉱物に伴ってグラファイトが存在し、SIMSによるその場分析で、このグラファイトは重い窒素を含むことが分かった。このタイプの隕石の重い窒素はグラファイトのものである。 Yamato 74191 type:1100℃で非常に重い窒素(15N〜1000‰)が見られる。酸処理により、一部の重い窒素が失われる。グラファイトが鉄鉱物に伴って存在し、SIMSの測定で、その窒素が重いことが分かった。この隕石の重い窒素はグラファイトと、酸に可溶な物質とが担っている。 ALHA77216 type:700〜1100℃で、重い窒素が見られる。ソーラーガスを多く含むことから、ソーラーの窒素を多く含むものと考えられる。 LEW86018 type:重い窒素が見られるが、これはAlexander et al.(1998)に報告されている酸不溶の有機物の重い窒素を含むものと考えられる。 この結果、同位体比異常のある窒素のキャリアー(プレソラー・グレイン?)として、これまでに知られていない、酸に可溶な物質が少なくとも3種類(ALH77214 type、ALHA81251 type、Yamato74191 type)あることが分かった。 Mostefoui et al.(1998)はKhohar(L3)に重い窒素(max.15N〜1300‰)を含むグラファイトを見いだしている。このグラファイトは細粒(径1m以下)で、細粒の金属との集合体をなす。Khoharのグラファイトの炭素には同位体比異常が見られないが、水素は重い(D/Hが高い)。DimmittとMezo Madarasのグラファイトは数m以下の粒子の集合(200m程度以下)をなし、炭素と水素の同位体比的特徴はKhoharと同様である。これらのことから、Khoharのグラファイト集合体はDimmittとMezo Madarasのグラファイトの先駆体である可能性が考えられる。また、Dimmittのグラファイトが鉄鉱物の中に見られるのに対し、Mezo Madarasのグラファイトの多くは鉄鉱物の周りにくっついている。Khoharのグラファイト集合体を先駆体と仮定すると、Dimmittではその集合体が完全に溶融せず、Mezo Madarasでは完全溶融したことを示唆しているようである。これはDimmittのグラファイト(15N〜570‰)の方がMezo Madarasのグラファイト(15N〜300‰)よりも高い窒素同位体比を持つことも説明できる。Yamato74191のグラファイトもDimmittやMezo Madarasと同様の特徴を持つので、同じような起源が考えられる。また、ALH77214 typeに見られたグラファイトも、これらの隕石のものと同様の産状を示すことから、同じ先駆体がより高温を経験し、同位体比異常のある窒素が抜けたと考えられる。 このグラファイトを含め、新たに見いだされた軽い窒素のキャリアー(ALH77214 typeとALHA81251 typeに含まれる)は、普通コンドライト隕石のchemical class(H,L,LL)とは無関係に分布し、隕石母天体上での熱変成度の差だけで説明することができない。そこで、Mezo Madaras等に含まれるグラファイトを形成したと考えられる、母天体への集積過程以前の熱イベントを考慮する。これにより、均質に物質が存在していた状況から、窒素のキャリアーの分布がうまく説明できるモデルが考えられる。すなわち、集積直前に不均一な高温イベントが起きれば、熱的性質の異なる物質が、受けた熱の程度によって不均一に生き残って、母天体に集積する。その後の母天体上での熱変成度の違いにより、UOCに見られる窒素のキャリアーの分布が説明できる。 参考文献Mostefaoui,et al.(1998)Science 280,1418-1420.Alexander,et al.(1998)Meteoritics & Planetary Science 33,603-622. |