学位論文要旨



No 114716
著者(漢字) 清田,馨
著者(英字)
著者(カナ) キヨタ,カオル
標題(和) 非平衡普通コンドライト隕石の窒素同位体研究
標題(洋) A nitrogen isotope study of unequilibrated ordinary chondrites
報告番号 114716
報告番号 甲14716
学位授与日 1999.09.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3657号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,敬介
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 助教授 比屋根,肇
 東京大学 助教授 佐々木,晶
内容要旨

 太陽系形成初期の様子を探るアプローチの一つに隕石の研究がある。隕石には様々な種類があるが、その中でも物質の分化や変成をほとんど受けていない隕石には、太陽系形成初期の情報が多く残されているものと考えられる。太陽系先駆物質(プレソーラー・グレイン)はこのような隕石に見い出されている。プレソーラー・グレインの研究からは様々な情報が得られるが、特に、その分布や生き残りの条件から太陽系形成初期の様子を知ることができる。これまでのプレソーラー・グレインの研究は、その存在量の少なさもあって、隕石の酸不溶物中に限られていた。プレソーラー・グレインは太陽系外で形成された物であることから、様々な元素の同位体比異常があるものと考えられ、実際に、太陽系内では作られないような同位体比異常を持つ物質として隕石中に見い出されてきた。

 本研究は、窒素と希ガスの同位体比を指標とし、始源的な隕石にプレソーラー・グレインを見い出すこと、また、それらの性質を手がかりに太陽系初期の様子さぐることが目的である。測定では、特に酸不溶物にも着目し、また、SIMS(二次イオン質量分析装置)による同位体比のその場分析を行った点が特徴的である。希ガスは揮発性で、熱を受けるとすぐに抜けてしまうので、熱の影響を受けていない物質を捜すのには都合がいい。また、窒素もガスとしてふるまう場合は同じように都合がよく、酸化状態によっては、化学反応を起こすことから、希ガスのみからは捉えられない履歴を知ることも可能である。始源的な未分化の隕石はコンドライト隕石と呼ばれるもので、化学組成により、炭素質コンドライト隕石、普通コンドライト隕石、エンスタタイト・コンドライト隕石の3種類に分けられる。炭素質コンドライト隕石は有機物を多く含み、その窒素の影響が大きい。またエンスタタイト・コンドライト隕石は、還元的な環境で出来たもので、窒素が窒化物等の形で鉱物に多く取り込まれている。したがって、これらの隕石では窒素を指標にしにくいことから、普通コンドライト隕石に焦点を当てた。また、コンドライト隕石は母天体内で、様々な程度に熱変成を受けている。本研究の目的には、その程度が最も低いもの(非平衡のもの)が向いている。すなわち非平衡普通コンドライト隕石(Unequilibrated Ordinay Chondrite:UOC)を試料として研究を行った。

 測定方法は以下の2とおりである。

 段階燃焼法:26個のUOCの全岩と、そのうちの数個については鉱物分離を行った試料について、窒素・アルゴン・ネオンの同位体比を段階燃焼法(200℃〜1200℃、100度毎)で測定した。

 SIMS:電子顕微鏡で観察したサンプルを測定した。Cs+を一次イオンとし、水素・炭素・窒素の同位体比のその場分析を行った。

 測定した26個のUOCは、全岩での窒素と36Arの脱ガスパターンによって、6タイプに分類できた。それぞれの特徴は以下の通りである。

 ALH77214 type:800℃と1100℃付近で軽い窒素を脱ガスし、36Arが伴う。窒素の同位体比は15N〜-220‰に達する。大部分の軽い窒素と36Arは酸処理で失われることから、酸に可溶な軽い窒素のキャリアーを持つことが分かった。また、このタイプの隕石のうちALH77167(L3.4)とALH78119(L3.5)を電子顕微鏡で観察したところ、鉄鉱物(金属鉄、鉄の硫化物、鉄の酸化物)に伴いグラファイトが見られた。SIMSによる同位体比分析ではグラファイトに同位体比異常のある窒素は検出できなかった。

 ALHA81251 type:1000〜1100℃で、軽い窒素が出る。これも36Arが伴うが、15N〜-60‰は程度である。大部分の軽い窒素と36Arは酸処理で失われる。これらの隕石にも酸に可溶の軽い窒素のキャリアーが含まれるが、窒素の量や同位体比、脱ガス温度の違いなどから、ALH77214 typeとは異なるキャリアーと考えられる。このタイプの隕石のうちLEW86022(L3.2)とALHA76004(LL3.2/3.4)を電子顕微鏡で観察したが、グラファイトは見られなかった。

 Mezo Madaras type:重い窒素(15N〜220‰)が600〜1000℃で見られる。酸処理により、大部分の36Arは失われるが、重い窒素は残る。鉄鉱物に伴ってグラファイトが存在し、SIMSによるその場分析で、このグラファイトは重い窒素を含むことが分かった。このタイプの隕石の重い窒素はグラファイトのものである。

 Yamato 74191 type:1100℃で非常に重い窒素(15N〜1000‰)が見られる。酸処理により、一部の重い窒素が失われる。グラファイトが鉄鉱物に伴って存在し、SIMSの測定で、その窒素が重いことが分かった。この隕石の重い窒素はグラファイトと、酸に可溶な物質とが担っている。

 ALHA77216 type:700〜1100℃で、重い窒素が見られる。ソーラーガスを多く含むことから、ソーラーの窒素を多く含むものと考えられる。

 LEW86018 type:重い窒素が見られるが、これはAlexander et al.(1998)に報告されている酸不溶の有機物の重い窒素を含むものと考えられる。

 この結果、同位体比異常のある窒素のキャリアー(プレソラー・グレイン?)として、これまでに知られていない、酸に可溶な物質が少なくとも3種類(ALH77214 type、ALHA81251 type、Yamato74191 type)あることが分かった。

 Mostefoui et al.(1998)はKhohar(L3)に重い窒素(max.15N〜1300‰)を含むグラファイトを見いだしている。このグラファイトは細粒(径1m以下)で、細粒の金属との集合体をなす。Khoharのグラファイトの炭素には同位体比異常が見られないが、水素は重い(D/Hが高い)。DimmittとMezo Madarasのグラファイトは数m以下の粒子の集合(200m程度以下)をなし、炭素と水素の同位体比的特徴はKhoharと同様である。これらのことから、Khoharのグラファイト集合体はDimmittとMezo Madarasのグラファイトの先駆体である可能性が考えられる。また、Dimmittのグラファイトが鉄鉱物の中に見られるのに対し、Mezo Madarasのグラファイトの多くは鉄鉱物の周りにくっついている。Khoharのグラファイト集合体を先駆体と仮定すると、Dimmittではその集合体が完全に溶融せず、Mezo Madarasでは完全溶融したことを示唆しているようである。これはDimmittのグラファイト(15N〜570‰)の方がMezo Madarasのグラファイト(15N〜300‰)よりも高い窒素同位体比を持つことも説明できる。Yamato74191のグラファイトもDimmittやMezo Madarasと同様の特徴を持つので、同じような起源が考えられる。また、ALH77214 typeに見られたグラファイトも、これらの隕石のものと同様の産状を示すことから、同じ先駆体がより高温を経験し、同位体比異常のある窒素が抜けたと考えられる。

 このグラファイトを含め、新たに見いだされた軽い窒素のキャリアー(ALH77214 typeとALHA81251 typeに含まれる)は、普通コンドライト隕石のchemical class(H,L,LL)とは無関係に分布し、隕石母天体上での熱変成度の差だけで説明することができない。そこで、Mezo Madaras等に含まれるグラファイトを形成したと考えられる、母天体への集積過程以前の熱イベントを考慮する。これにより、均質に物質が存在していた状況から、窒素のキャリアーの分布がうまく説明できるモデルが考えられる。すなわち、集積直前に不均一な高温イベントが起きれば、熱的性質の異なる物質が、受けた熱の程度によって不均一に生き残って、母天体に集積する。その後の母天体上での熱変成度の違いにより、UOCに見られる窒素のキャリアーの分布が説明できる。

参考文献Mostefaoui,et al.(1998)Science 280,1418-1420.Alexander,et al.(1998)Meteoritics & Planetary Science 33,603-622.
審査要旨

 本論文の主題は、始源的な隕石の研究と、そこから得られる太陽系形成初期の惑星物質形成過程に関する考察である。研究手法として、隕石中の揮発性元素、特に窒素とアルゴン同位体の測定を行い、いくつかの異なる窒素同位体組成とそれらを担う隕石との対応を明らかにするとともに、未知の太陽系先駆物質の存在を見出している。この結果に基づいて、太陽系形成時に隕石に代表される惑星物質が経験した物理・化学過程についてのモデルを提出している。

 論文は5章で構成されており、第1章では研究背景が紹介されている。本研究の中心となる窒素の同位体に関し、太陽系先駆物質に関する既存の研究がまとめられている。これらの研究が隕石中の酸不溶物のみを対象としてきたことから、本研究では酸可溶物にも着目して研究を進めたことが述べられている。

 第2章では実験方法について述べられている。微量の窒素同位体比の測定は本研究の作業の重要な位置を占めている。26個の非平衡普通コンドライト隕石の全岩サンプルについて窒素と希ガスの同位体比測定を、段階燃焼法によって行っている。また、様々な化学処理と物理処理を行い、鉱物分離を試みたサンプルについても、段階燃焼法によって同位体比測定が行われている。一方で、電子顕微鏡で観察したいくつかの全岩試料について、2次イオン質量分析装置(SIMS)を用いた窒素・炭素・水素の同位体比のその場分析もなされている。

 第3章は測定結果がまとめられている。段階燃焼の結果、窒素の同位体比に異常が見られ、窒素とアルゴン(36Ar)の脱ガスパターンにより、非平衡普通コンドライト隕石を6タイプに分けている。化学処理をした試料の測定結果をあわせ、これら6タイプのうち2タイプは同位体的に軽い窒素のキャリアーを含んでいるが、これらは酸に可溶で、これまでに知られていない物である(便宜上「214」、「251」と呼んでいる)。電子顕微鏡観察では、鉄鉱物に伴いグラファイトが存在する隕石があることを見出している。SIMSの測定によりグラファイト中に同位体的に重い窒素を見出した。

 第4章では同位体比異常のある窒素のキャリアーについて議論がなされている。また、これらのキャリアーの性質や隕石中の分布状況から、原始太陽系において、普通コンドライト隕石が形成された状況について考察されている。窒素のキャリアーで広く見られるのは3種あり、一つはグラファイト、あとの2つは「214」・「251」である。グラファイトは、その産状と窒素同位体比から、既に報告されている鉄・グラファイト集合体を先駆体として、隕石母天体形成以前に熱イベントを受けて形成されたと考えている。また、隕石ごとのグラファイトの違いは、その熱イベントの程度の差で説明している。「214」・「251」は普通コンドライト隕石の化学組成の分類とは無関係に分布していることに注目している。これら3種類の窒素のキャリアーの分布状況を説明するために、普通コンドライト隕石の形成過程についてモデルを作っている。そこでは、原材料物質が均一に存在していたことを仮定し、隕石母天体形成直前の局所的な熱イベント、母天体内での熱変成、グラファイト・「214」・「251」のこれら2つの熱イベントに対する熱的性質を仮定することで、説明をしている。

 第5章は本論文のまとめである。

 本研究は、隕石中に微量に含まれている窒素の同位体比を、多くの非平衡コンドライト隕石について測定を行い、これまでとは異なった分類が出来ることを示している点が重要である。また、この分類が惑星科学的に持つ意味を、太陽系形成初期の過程に求め、モデルを作り上げている。このモデルは今のところ矛盾はないものの、不確定な要素もいくつか有り、今後の研究により修正される可能性は大いにある。しかし、これは、発展途上にある研究領域では当然のことであり、現時点における考察としては十分評価できるものである。測定においても、酸可溶物に同位体異常があることを発見した点や、SIMSによる窒素等の同位体比のその場分析を行って、いくつかの同位体比異常を持つ物質の存在形態を明確にしたことは、隕石科学において十分に評価できる。さらに、論文提出者によって得られた膨大な窒素同位体のデータは、今後の隕石同位体科学に寄与するところが大きい。

 なお、本論文第2章の測定は、杉浦直治、橋爪光との共同研究であるが、そのほとんどは論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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