二つのプレートが接するプレート境界では、大地震も含めて多くの地震が起きている。その地震の分布を詳細にみると、必ずしも空間的に一様であるわけではない。これはプレート境界付近の物性、応力場などが空間的に一様ではないことを示唆しており、非常に興味深い。また、プレート境界の構造や性質、特にプレート沈み込み帯におけるそれらを知ることは、プレートのテクトニクスを理解するにあたり極て重要なことである。プレート境界における研究では、まずプレート境界付近における内部構造の解明こそがまず最初に為されなければならない研究事項である。 三陸沖は、東から太平洋プレートが本州の下に沈み込んで行くプレート沈み込み帯であり、このプレート境界では海溝型の大地震をはじめ数多くの地震が起こっている。大地震は低角逆断層型の地震であり、プレート境界で起こっているものと考えられている。 三陸沖では、東北大学微小地震観測網による自然地震観測が定常的になされており、これにより微小な地震の活動度分布が明かになっている。東北大学微小地震観測網により決定された最近約10年間の震源分布を図1に示す。 三陸沖では海溝軸は南北に走っており、太平洋プレートは東から西に向かって沈み込んでいる。一般的に、海溝軸に平行な方向には、直交する方向と比較して構造不均質性が低いと考えられ、三陸沖では南北方向の構造不均質は弱いものと考えられる。ところが、図1に示す活動度分布を見て分かるように、南北方向にも地震活動度の大きな変化が観測されている。これは、構造、物性、応力場などが、この活動度の境界(北緯39度付近)の南北において、変化していることを示唆している。 残念ながら、東北大学微小地震観測網の観測点は陸上にしかなく、沖合いの地震については震源位置決定精度が低くなってしまう。より信頼性のある震源分布を見るためには、海における観測が必要になってくる。海における海底地震計を用いた自然地震観測は、臨時的に幾度か行われてきた。それらの結果によれば北緯39-40度、東経143度付近における微小地震の震源の深さは概10〜20kmの深さに決まっている。震源がプレート境界のどの付近に存在するのかは断定できないが、プレート境界付近であることは間違いがない。 また、海底地震計の観測結果と東北大学微小地震観測網による震源決定と比較検討した結果、東北大学微小地震観測網による震源決定は、深さ方向と東西方向には決定精度が低いが、南北方向には非常によく決まっている。従って、図1に示す地震活動度の南北方向での差異は、十分に意味があると考えられる。 三陸沖では、人工震源を使った構造解析が何度も行われてきた。それらの結果から、三陸沖における沈み込みの概略が分かっているが、詳細に地震活動度と比較できるような構造は未だ求まっていない。 本研究は、三陸沖におけるプレート沈み込み帯におけるプレート沈み込みの様子、地震活動度と内部構造の関連などを明かにすることを目的として企図した。最終的な目標は、客観的で信頼できる内部構造を決定し、地震活動との関連やプレートのテクトニクスを解釈することである。従って、まず活動度と比較検討できるような内部構造を明かにする必要がある。 もっとも注目しているのが、図1に見られるような地震活動度の変化と内部構造の関連性である。地震はおおよそ15-20km付近で起っていると考えられる。従って、少くとも20km程度の深さまでの構造をよく決めることが要求される。 図1:東北大学微小地震観測網による震源分布。震源は丸印でマグニチュードに比例する大きさでプロットしてある。マグニチュード0以上で震源が100km以浅に決まったものだけをプロットしてある。直交する太い直線は、本研究で解析を行った観測測線。活動度の低い領域をグレーの閉曲線で示してある。 この海域における従来の研究では10km程度までしか信頼性のある解析結果がない。これはデータの質、量が十分ではなく、深い部分まで解析できなかったためである。よって、本研究では深い部分まで解析できるような、長い観測測線とエネルギーの大きな火薬発破を使ったデータセットを使う。特に南北方向は不均質性がそれほど強くないと考えられるにも拘らず顕著な地震活動度の差異が観測されているおり、客観的に速度境界面も含めた速度構造を解析できる方法が必要である。 過去の海における構造解析では、波線理論に基づくシューティング法を使った試行錯誤的手法によるフォワードモデリングが広く行われてきた。しかしこの方法は試行錯誤的であるために、データセットが大きくなってくると、非常に手間と時間がかかる。また、重大な欠点としてフォワード解析は極めて主観的な手法である。深部まで解析するような大きなデータセットを客観的に解析することは困難である。従って客観的に深部構造まで解析できるようなインバージョン解析が必要となる。インバージョン解析は、解の信頼性、解像度が評価できることも大きな特徴である。 そこで、本研究でも客観性と解の信頼性を重視する立場から、走時インバージョンによる解析方法を採用する。走時インバージョンを行なった研究例では、初動屈折波のみを使った解析が多い。しかし、初動屈折波のみでは、速度の値と速度境界面の深さの間のトレードオフの関係があるために、境界面の形状も含めた速度構造を客観的に求めることは難しい。この問題をクリアするためには反射波を取り入れる必要がある。 本研究はプレート境界をターゲットとしているので、境界面の形状を決定するのも重要なポイントであり、反射波も利用した走時インバージョン方法が必要である。C.A.ZeltのRayinvrプログラムパッケージは、波線追跡法を使って、屈折波、反射波の双方によるインバージョン解析を行うアプリケーションであり、誰でも簡単に使うことができる優れたパッケージである。しかし、Rayinvrのインバージョンアルゴリズムは、先験的情報を適切に取り入れてモデルを評価していないという問題もある上に、波線追跡法を使って計算しているために、構造によっては正常に走時、波線が計算できないという大きな問題がある。 走時インバージョンでは、与モデルについて走時と波線を計算して与モデルを評価し、モデルを改善するということを行うので、走時、波線が計算できなければインバージョンが実行できない。そして構造解析のインバージョンは非線型な問題であるから、初期解から逐次的に正解に近付いていくような解析方法を取らざるを得ず、逐次的に構造を修正していくうちに、構造の不均質性が強くなっていくことは十分にあり得る。従って、構造解析の走時インバージョンを実行するためには、不均質性の強い速度構造であっても安定して走時、波線が計算できる必要がある。故に波線追跡法を用いたインバージョンでは非線型問題を逐次的に解くのに不適切である。 そこで、本研究では不均質性が強くても初動屈折波、反射波の走時と波線が安定して計算することができる新手法を開発する。その方法は均一格子で速度構造を表し、震源から波面を広げて行く様にして走時と波線を計算する方法である。均一格子を使った走時計算方法はアイコナール方程式を有限差分で解いたVidale(1988)にはじまり、数多くの派生した計算方法が考案されてきたが、本研究では海における屈折法解析にも十分適用できるような高精度な計算方式を開発した。また、均一格子を使って反射波を計算する安定した走時、波線計算アルゴリズムも新に考案した。 そしてその走時波線計算方法を使った非線型2次元走時インバージョンによる構造解析手法を確立した。インバージョンには先験的情報を適切に取り入れたアルゴリズムを用いている。 そして、新に開発した構造解析手法を実際の三陸沖における人工地震探査のデータに適用して2次元地震波速度構造解析を行った。この探査は150kmに及ぶ長い測線で行われ、数多くの火薬発破を使っているので、20km以深からの屈折波もよく観測されている良質なデータが得られている。 その結果求まった構造では、次のようなことが分かった。まず南北測線からは、プレート境界、モホ面が北上がりであること、沈み込む海洋性プレートの地殻の厚さが9kmにも達し、日本海溝東側における観測結果(5,6km)と比較してはるかに厚いことなどが分かった。また、東西測線からは、東経143度を境にプレートの沈み込み角度が大きく変化しており、143度を過ぎて西側へ行くと突如として沈み込み角度が大きくなっていることが分かった。 また、南北測線における観測波形では顕著な反射波が見られた。この反射波はプレート境界からのものと考えられ、反射波の強度分布が空間的に一様でないことも分かった。その分布を地震活動度の分布と比較すると、ちょうど地震活動度が低い領域では強い反射波が観測されていることが分かった。強い反射波は音響インピーダンス比が大きいことを意味しており、従って速度ジャンプが大きな境界面が存在することを意味する。このことから、強い反射波が観測された部分には低速度なものが存在すると考えられ、走時インバージョンの結果とも照らし合わせるとその厚さは走時解析には影響を与えない程度の薄さであったとすると矛盾なく説明できる。この仮説に従うと、活動度の変化と観測波形をうまく説明できる。一般的に低速度領域は柔らかくて歪が蓄積されにくいと考えることができ、強い反射波が観測される場所では歪が蓄積されないと理解することができる。歪が蓄積されなければ当然地震は起こり得ないので、地震活動度と観測された反射波は関連あると考えることができる。 |