学位論文要旨



No 114718
著者(漢字) アントン・ダナ・コリナ
著者(英字)
著者(カナ) アントン・ダナ・コリナ
標題(和) 北アプセニ山地マウントマーレ花崗岩類の岩石記載、地球化学および同位体による研究 : 過アルミナマグマの進化
標題(洋) Petrographical,Geochemical and Isotopic Study of Mt.Mare Granitoids,North Apuseni Mountains : Evolution of Peraluminous Magma
報告番号 114718
報告番号 甲14718
学位授与日 1999.09.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3659号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 助教授 中田,節也
 新潟大学 教授 加々美,寛雄
 富山大学 教授 清水,正明
内容要旨

 ルーマニアのNorth Apuseni山地のBihorと呼ばれる原地性の地塊に貫入した花崗岩類は,Mt.Mareとよばれる主岩体とその北に分布する二つの衛星岩体からなる.これらの花崗岩類は本研究において,その産状と記載岩石学的特徴から大きく4種に分類された.それらは縁辺部より中心に向かって,リューコ花崗岩(LGr),等粒黒雲母-白雲母花崗岩(EqGr),カリ長石の巨大斑晶をもつ黒雲母-白雲母花崗岩(PGr)およびカリ長石の巨大斑晶をもつ黒雲母花崗閃緑岩(BGd)である.主岩体は連続的な鉱物のモードと化学組成で特徴付けられる累帯構造を示し,縁辺部がPGrであるのにたいし,中心部および上部はより苦鉄質なBGdによって占められている.PGrはその化学組成が岩体の縁と平行に系統的な変化を示すのたいし,BGdはより均質で結晶沈積の証拠がない.北に分布するLGrはその鉱物のモードが,BGdからPGrへ分化のトレンドと連続している.EqGrは明らかに白雲母に富んでおり,すべての花崗岩類のなかで最も石英に富み,斜長石と黒雲母に乏しい.

 これら花崗岩類は.SiO2含有量の変化幅が65.7-74.5wt%と狭く,低いCaO含有量で特徴付けられる過アルミナないし強度の過アルミナ花崗岩である.主要元素の変化は,BGdからPGrまでが単純な進化線の上に乗っていることを示している.EqGrはアルミナとアルカリに関して異なる進化線上にあり,異なる温度,圧力,水の条件下にあったことを示している.

 微量元素の変化図においてBGd-PGrとEqGrでは,LIL元素とHFS元素の挙動に違いがみられ,これらのマグマが異なった性格をもつ原岩から導かれた可能性を示している.

 花崗岩類のコンドライトで規格化されたREEパターンでは,CeN/YbN比がPGrからBGdまで連続的に減少し,同じ液からの晶出を示唆する.EqGrは明らかに高いLREE/HREE比で特徴付けられ,より分化した原岩から導かれたことを反映している.

 LGrの化学組成は,BGdの温度低下による結晶分化作用によって導かれるものに相当するが,過アルミナ度が低いこと,高価数元素やREEの含有量が低いこと,Euの負異常を欠いていること,はLGrがBGdの閉鎖系での結晶分化作用の産物ではないことを示している.

 BGdのデータについてジルコンとモナズ石の溶解度モデルを適用して見積もられた温度は,それぞれよい一致を示し,およそ820℃でZrとLREEについて飽和レベルに達していたことを示している.

 酸素同位体の研究は,Mt.Mare花崗岩類のすべてが高18O花崗岩グループに属することを示している.石英のデルタ値で,BGd-PGrは0.6‰(+13.4〜+14.0‰)の変化しか示さず,Mt.Mareマグマはその貫入時に均質な性質をもっていたことが判る.石英のデルタ値で,BGdとLGrは1.0‰の差をもつ.BGdからLGrへのSiO2の増加量がわずか6%であることを考えると,BGdマグマの閉鎖系での結晶分化作用だけによって,この同位体の差を生じさせることはできない.また酸素の同位体のデータは,EqGrもPGrとは異なるマグマのバッチであることを示している.

 Mt.Mare深成岩体の岩石にはRb-Sr法による年代測定を適用することができない.Bihor原地性地塊における花崗岩類の87Sr/86Sr初生値は295Maで求められ,EqGr(0.7150)とLGr(0.7170〜0.7189)については,PGrとBGd(0.7090〜0.7138)にくらべて,よりradiogeneicな値が得られた.87Sr/86Sr比と化学組成および酸素同位体比にたいする相関関係から,BGdとPGrのデータによって与えられるトレンドには,同位体的に差異のある成分の関与が示唆され,またLGrがこの過程に直接関わっていることも示唆された.

 鉱物のアイソクロン年代(黒雲母および白雲母)はVariscan造山後に次の2回の変成作用があったことを示している.(1)Bihor原地性地塊におけるすべての花崗岩類およびペグマタイト中の白雲母は243〜160Maに熱的eventがあったことを示しており,これはM3とされている後退変成作用と変形作用に対応している.(2)黒雲母には106〜82MaにSrの再均質化があったことが記録されており,これはアルプス造山期にApuseni山地に白亜紀火山活動があったことに対応している.

 表示で表わされる295MaにおけるNd同位体初生値は,BGd-PGrでは-2.8から-3.8であるが,EqGrでは-7.4,LGrでは-5.4と明らかに低い値をもち,これらの原物質の地殻における滞留時間が長かったことを示唆している.143Nd/144Nd(295)比が,87Sr/86Sr比,18Oquartz値,および化学的パラメーターと相関するという事実は,BGd-PGrとLGrの間には2成分の混合という過程があったことを示唆している.しかし,EqGrはこの混合過程には関与していない.

 Mt.Mare貫入岩体における系統的な化学的および同位体的変化は,より未分化なBGdマグマが結晶分化作用(25%以下)を伴いながらLGr成分を同化した(Ma/Mc〜0.8)として説明することが可能である.そしてその結果,均質なBGdマグマの上部に水平的な広がりをもつPGrのゾーンを生じ,その場で固結を完了した.

 Mt.Mare BGdマグマの起源は,そのSrとNd同位体組成から完全な地殻物質であることが示唆されるが,現在露出しているSomes Seriesの岩石よりも,地殻での滞留時間のより短い岩石であったことが示唆される,EqGrマグマは,より進化した古い地殻物質から導かれた全く異なる熔融体である.おそらく現在露出しているSomes Seriesの岩石と同様のSr同位体組成およびRb/Sr比をもったmetapsammitesの同化ないしは熔融によって,EqGrマグマが発生したのであろう.LGrは強く進化した化学組成をもっており,その原岩のlithologyを推定することは困難であるが,同位体のデータはLGrがEqGr同様に古い大陸地殻から発生したことを示唆している.

 本研究で得られた花崗岩類についてのあらゆる地球化学的および同位体的特徴は,Bihor原地性地塊におけるVariscan地殻の進化について,以下のような解釈を可能にしている.すなわち,花崗岩類の87Sr/86Sr初生値と143Nd/144Nd87初生値は,地域的な分布により系統的に変化しており,本地域の北部においては地殻がより進化していたか,あるいはより古い大陸性岩石が存在していたことを示している.また本地域の南部では,ソレアイト質玄武岩を混じえた大陸起源の堆積物が,おそらくVariscan前のサブダクションにより,大陸縁辺部に集積していたものと考えられる.Variscan衝突の時期にtectonic thickeningによって古い大陸性地殻の熔融が起き,相対的に水に富んだ白雲母-黒雲母花崗岩(EqGr)が形成された.一方,大陸縁辺に集積し深いレベルに持ち込まれた物質は,おそらく苦鉄質マグマの貫入に起因して,流体に乏しい融解を経験し,水に不飽和な黒雲母花崗閃緑岩(BGd)マグマを形成した.BGdマグマは結晶分化作用を起すと共に,LGr組成の上部地殻物質の熔融体を多量に同化して,PGrのマグマを形成した.

審査要旨

 本論文は7章からなり,第1章序説,第2章地域地質,第3章岩石記載,第4章全岩化学組成,第5章同位体地球化学,第6章成因に関する議論,第7章結論,となっている.主な内容は以下の通りである.

 すなわち,ルーマニアのカルパチア弧の内側のNorth Apuseni山地に貫入したMt.Mare花崗岩類について,岩石記載・岩石化学・同位体化学的研究を行い,マグマの発生から固結にいたる過程の詳細を明らかにし,あわせてVariscan期における地殻の発達史について考察したものである.ルーマニアのNorth Apuseni山地のBihorと呼ばれる原地性の地塊に貫入した花崗岩類は,Mt.Mareとよばれる主岩体とその北に分布する二つの衛星岩体からなる.これらの花崗岩類は本研究において,その産状と記載岩石学的特徴から大きく4種に分類された.それらは,リューコ花崗岩(LGr),等粒黒雲母-白雲母花崗岩(EqGr),カリ長石の巨大斑晶をもつ黒雲母-白雲母花崗岩(PGr)およびカリ長石の巨大斑晶をもつ黒雲母花崗閃緑岩(BGd)である.主岩体は連続的な鉱物のモードと化学組成で特徴付けられる累帯構造を示し,縁辺部がPGrで,中心部および上部がBGdによって占められている.PGrはその化学組成が岩体の縁と平行に系統的な変化を示すのたいし,BGdはより均質で結晶沈積の証拠がない.北に分布するLGrはその鉱物のモードが,BGdからPGrへ分化のトレンドと連続している.EqGrはすべての花崗岩類のなかで最も石英に富み,斜長石と黒雲母に乏しい.

 これら花崗岩類は,SiO2含有量の変化幅が65.7-74.5wt%と狭く,低いCaO含有量で特徴付けられる過アルミナないし強度の過アルミナ花崗岩である.主要元素の変化は,BGdからPGrまでが単純な進化線の上に乗っていることを示す.EqGrはアルミナとアルカリに関して異なる進化線上にあり,異なる温度,圧力,水の条件下にあったことを示す.微量元素の変化図においてBGd-PGrとEqGrでは,LIL元素とHFS元素の挙動に違いがみられ,これらのマグマが異なった原岩から導かれた可能性を示している.花崗岩類のREEパターンでは,CeN/YbN比がPGrからBGdまで連続的に減少し,同じ液からの晶出を示唆する.EqGrは明らかに高いLREE/HREE比で特徴付けられ,より分化した原岩から導かれたことを反映している.LGrの化学組成は,BGdの温度低下による結晶分化作用によって導かれるが,過アルミナ度が低く,高価数元素やREEの含有量が低く,Euの負異常を欠いていて,LGrがBGdの閉鎖系での結晶分化作用の産物ではないことを示している.

 酸素同位体の研究は,Mt.Mare花崗岩類のすべてが高d18O花崗岩グループに属することを示している.石英のデルタ値で,BGd-PGrは0.6‰(+13.4〜+14.0‰)の変化しか示さず,Mt.Mareマグマはその貫入時に均質な性質をもっていたことが判る.花崗岩類の87Sr/86Sr初生値は295Maで求められ,EqGr(0.7150)とLGr(0.7170〜0.7189)については,PGrとBGd(0.7090〜0.7138)にくらべて,よりradiogeneicな値が得られた.87Sr/86Sr比と化学組成および酸素同位体比にたいする相関関係から,BGdとPGrのデータによって与えられるトレンドには,同位体的に差異のある成分の関与が示唆され,またLGrがこの過程に直接関わっていることも示唆された.鉱物のアイソクロン年代はVariscan造山後に2回の変成作用があったことを示しており,それぞれ,M3とされている後退変成作用と変形作用と,白亜紀火山活動に対応している.295MaにおけるNd同位体初生値は,BGd-PGrでは-2.8から-3.8であるが,EqGrでは-7.4,LGrでは-5.4と明らかに低い値をもち,これらの原物質の地殻における滞留時間が長かったことを示唆している.143Nd/144Nd比が,87Sr/86Sr比,d18Oquartz値,および化学的パラメーターと相関するという事実は,BGd-PGrとLGrの間には2成分の混合という過程があったことを示唆しており,より未分化なBGdマグマが結晶分化作用(25%以下)を伴いながらLGr成分を同化した(Ma/Mc〜0.8)として説明することが可能である.そしてその結果,均質なBGdマグマの上部に水平的な広がりをもつPGrのゾーンを生じ,その場で固結を完了したと考えることができる.

 Mt.Mare BGdマグマの起源は,そのSrとNd同位体組成から完全な地殻物質であることが示唆されるが,現在露出しているSomes Seriesの岩石よりも,地殻での滞留時間のより短い岩石であったことが示唆される.EqGrマグマは,より進化した古い地殻物質から導かれた全く異なる熔融体であり,おそらく現在露出しているSomes Seriesの岩石と同様のSr同位体組成およびRb/Sr比をもったmetapsammitesの同化ないしは熔融によって発生したのであろう.LGrは強く進化した化学組成をもっており,EqGr同様に古い大陸地殻から発生したと考えられる.

 本研究で得られた花崗岩類についてのあらゆる地球化学的および同位体的特徴は,Bihor原地性地塊におけるVariscan地殻の進化について,以下のような解釈を可能にした.すなわち,花崗岩類の87Sr/86Sr初生値と143Nd/144Nd87初生値は,地域的な分布により系統的に変化しており,本地域の北部においては地殻がより進化していたか,あるいはより古い大陸性岩石が存在していたことを示している.また本地域の南部では,ソレアイト質玄武岩を混じえた大陸起源の堆積物が,おそらくVariscan前のサブダクションにより,大陸縁辺部に集積していたものと考えられる.Variscan衝突の時期にtectonic thickeningによって古い大陸性地殻の熔融が起き,相対的に水に富んだ白雲母-黒雲母花崗岩(EqGr)が形成された.一方,大陸縁辺に集積し深いレベルに持ち込まれた物質は,おそらく苦鉄質マグマの貫入に起因して,流体に乏しい融解を経験し,水に不飽和な黒雲母花崗閃緑岩(BGd)マグマを形成した.BGdマグマは結晶分化作用を起すと共に,LGr組成の上部地殻物質の熔融体を多量に同化して,PGrのマグマを形成したと結論される.

 これらの結果は,花崗岩特に過アルミナ質の花崗岩マグマの成因と進化について明瞭な生成モデルを与えるものであり,地質学に大きく貢献するものである.

 したがって,博士(理学)を授与できると認める.

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