学位論文要旨



No 114719
著者(漢字) 崔,鈺坤
著者(英字)
著者(カナ) チェ,オックコン
標題(和) セグメント構造を考慮した断層破砕帯の形態解析
標題(洋)
報告番号 114719
報告番号 甲14719
学位授与日 1999.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4499号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 茂木,源人
内容要旨

 地表や地下を利用した構造物(ダム,トンネル,発電所,石油・LPG・圧縮空気の地下備蓄施設,放射性廃棄物の地下処分場など)の建設では力学的・水理学的安定性の的確な評価が求められる.特に,大規模地下施設の建設サイトとして,力学的安定性に優れた花崗岩などの結晶質岩類が利用されることが多いが,いわゆる"割れ目系岩盤(fractured rock)"であるため,内部に発達する不連続面(割れ目)に関する検討が非常に重要となる.日本においては,既に花崗岩体中に地下石油備蓄基地が建設されているが,将来的にはLPGや圧縮空気などの,より高圧で移動性の高い物質の備蓄や,放射性廃棄物の地層処分などが考えられており,岩体中の節理(一次的割れ目)や断層破砕帯の構造を捉え,さらに水理構造を推定し,長期にわたる気相物質や放射性核種の移行予測をすることも今後の重要な課題となっている.

 従来から,構造地質学においては,岩盤中の不連続面のミクロ的形態から地震断層のような大スケールの割れ目系の構造形態が議論され,基本となる割れ目の発生・成長のメカニズムや出現パターンの特徴が知られるようになっている.応用地質学的には,地質踏査,ボーリング調査,各種物理探査を通して得られる割れ目系の計測値(幅,走向・傾斜,変位方向・量など)から,細かい地質的対比,統計的研究,或いは水理解析を通じて,その把握への努力がなされてきている.しかし,割れ目が個別のサイトにおいて人間の特定できない地質的・力学的環境により形成され,観測点も限られるなど,対象地域の地下の割れ目構造を推定することは,まだ非常に難しい問題の1つである.

 著者は,多数の断層破砕帯が作る系としての形態には雁行構造,セグメント構造など普遍的な特徴があるとの認識から,破砕帯は有限で不連続的なセグメントの集合体と考え,ボーリング孔,調査坑道,大空洞壁面などの断層観察データを解釈・対比・再構成をする上での基本概念として採用した.それを基本とし,地下石油備蓄基地の断層破砕帯データを解析することで,領域内の3次元的なセグメント構造の推定を行った.その内容は,以下のようにまとめられる.

 (1)自然界に発達する破砕帯形態(引っ張り性も含む)の野外調査,既存実験結果などのレビューから,破砕帯のセグメント構造,雁行状配列,セグメント同士の会合部(ジョグ)の形態を論じた.

 ・破砕面は有限のセグメントであり,隣接するセグメントが会合した時には特徴的な形態のジョグが出来る.

 ・ジョグ部では,シアレンズ,フラワー構造のような割れ目形態が発達する.また,ジョグ部は,局所的な割れ目密集域として認識される.

 ・変位の増加に伴い,小さなスケールのセグメントはジョグを形成してお互いに接続し,より大きなセグメントを形成する.空間には,場の変位に応じて様々なスケールのセグメントが存在すると考えられる.

 (2)破砕帯形態の基本性質に基づいて,3次元形態を考え観測されるパターンについて検討した.実際の断層破砕帯の計測を考えた場合,セグメント本体部とセグメントジョグ部における断層破砕帯の出現形態や形態要素(破砕帯幅,出現本数,出現位置,走向・傾斜など)は,幾つかのパターンに分類することで,また,予想されるパターンが坑道におけるデータに現れることを示した.

 (3)城ケ島地域においてのフィールド調査では,多数のセグメントジョグを観察し,また,末端部の形態であるスプレーシアや一続きの断層線内の小さなジョグなどを観察した.この地域の多数のジョグ形態を調べると,2本以上の断層線の会合がレンズ状を呈する場合,レンズの長さや厚さ,内部の構造や形などは様々な変化を見せるが,伸張性ジョグと考えて良いものがほとんどであった.また,空中写真に見られる大きな断層系のジョグ(伸張性・圧縮性)の形から予想される変位方向と現場で確認された変位方向は良い一致を見せた.

 (4)釜石鉱山地域の坑道壁面で見られる割れ目形態の分類を既存文献を使い行った.スケッチの客観性を検討するため,著者自身のものと比較した結果,パターン分類上個人的な差異は少ないものと判断された.釜石鉱山の坑道での出現パターンを6つのパターンに分類し,そのパターンと坑道が岩盤中に分布するセグメント本体やジョグと交差する位置関係の違いから,地下のセグメント構造が予想されることを示した.

 (5)上記の破砕帯の形態特性を断層破砕帯観察や解析の基本として,大量の観測データが利用できる久慈地下石油備蓄基地の断層破砕帯を対象とし,セグメント構造を考慮した形態解析を試みた.その結果は以下のとおりである.

 ・久慈基地断層破砕帯の地質計測結果を基にした3次元モデルの作成とその形態観察により,破砕帯の出現形態を7つに分類した.また,破砕帯の形態分類と諸計測量(破砕帯位置,幅,本数,走向・傾斜など)を基本要素とするセグメント構造やセグメントジョグ部の判断基準を作ると共に判定表を作成した.

 ・上記の判定結果を用いて,久慈基地全領域に見られる顕著な断層破砕帯(F5,F6,およびF8断層破砕帯)に対してセグメント区分やセグメントジョグ部の推定を行い,断層セグメント構造図を作成した.

 (6)作成された断層セグメント構造図の妥当性を検証するため,岩盤空洞以外で得られたデータ(調査横坑,調査ボーリング孔など)とセグメント構造図の比較を行った.また,空洞データの欠損を仮定したチェックおよびアプライト脈をマーカーとした断層変位の比較も行った.これらの結果は,本論で作成したセグメント構造図と調和的であることが示唆された.特に,セグメント構造図および出現形態を基に,領域内の多数の地点で変位方向の推定を行った結果,断層沿いの各地点の変位方向はお互いに整合的であり,変位場の解釈に有用な可能性が示された.

 (7)セグメント構造を考慮して断層破砕帯の構造を捉えるための,調査方法(観察・計測・記載)について提案を行った.

 現在までの観測データは,形態論をそれほど意識したものではなく,セグメント間のつながりの程度などの水理的構造を明らかにするには不十分であり,今後目的に応じた計測の必要性があろう.例えば,地層処分場周辺のある程度広い領域の割れ目系をこのような手法で捉えるためには,観測線情報からジョグの位置などをまず推定し,セグメント図を描くと共に,そのような位置をターゲットとして各種の物理計測(トモグラフィー),孔間水理試験(正弦波試験,パルス試験,トレーサー試験)などを行うことで,水理的な連続性の程度が推定できると考えられる.また,本考え方と手法を他の備蓄基地などのデータに対して適用し,その適用性を検証して行くことが必要と考えている.

審査要旨

 提出論文は、地下岩盤中の断層破砕帯構造を追跡する新しい考え方と手法を提案したものである。

 近年、地下石油備蓄施設に見られる様に、広い岩盤領域(平面的に500m×500m、深度方向に数十m程度)を利用した大深度地下構造物が作られており、将来においては、圧縮空気、LPGなど高圧流体の貯蔵、および、放射性廃棄物の地層処分場の建設が予定されている。広い領域を対象とする場合には、岩盤中に割れ目・断層系の存在が避けられず、施設設計・施工・管理に大きな影響を与えることから、それを捉えることは地質工学の大きなテーマである。とりわけ、放射性廃棄物処分では物質移行に対する岩盤自体の遮蔽性が問題となるため、割れ目系の構造を描き出すことが求められる。しかし、実際には、観測点以外の見えない部分は推定が難しく、地質学的対比により定性的につなげるか、幾何形状を仮定して確率論的に割れ目を発生させるなどしているが、より実体を捉えるための考え方が必要とされてきた。

 著者は、断層破砕帯のような大きな不連続面の構造を、長い一連のものと考えるのではなく、有限の破砕面(セグメント)とそれらの会合部(ジョグ)との作る構造(セグメント構造)として分離して捉えるべきとの新たな視点から、形態論を展開している。まず、構造地質学的知見から、様々なスケールの破砕線が有限なセグメントの不連続な並びとして構成され、セグメントは岩盤の変位により成長し、末端が会合して特徴的なジョグ(伸張性ジョグと圧縮性ジョグ)を形成しつながって行く過程を論じている。また、フィールド調査により、実際の露頭面に現れる一連の破砕線の追跡、多数のセグメントやジョグの観察例から、その形態と岩盤の変位との調和的関係を確認している。

 さらに、露頭などの2次元的破砕線の議論を、地下岩盤中での3次元形態まで拡張し、セグメントおよびジョグ部の形に関して検討を行っている。その結果、地下深部において隣り合う2つの破砕セグメントが剪断変位を受ける場合、相対変位の方向によってジョグの出現形態が異なることや、伸張性ジョグにできるレンズ状構造の存在を推定している。また、そのような形態が、坑道などの観測線上に現れるパターンを予想し、それと形態要素(破砕帯幅,出現本数,出現位置,走向・傾斜など)を併せて考えると、観察者が見ている場所がセグメント本体かジョグ付近かを判断できる可能性を示している。以上の3次元的な推定の妥当性は、実際の鉱山の坑道における観察や他の記録の利用から、予想パターンが実岩盤に認められることで確認している。

 次に、著者は、上記の予測法の適用性を確かめるため、大量の観測データが建設時に取得されている地下石油備蓄基地において、一連と見られる顕著な断層破砕帯のセグメント構造の追跡に応用している。解析結果から、基地岩盤中の破砕帯の出現形態は予想されるパターンと整合性を持ち、諸計測量(破砕帯位置,幅,本数,走向・傾斜など)を判断基準として、断層破砕帯のセグメント本体とジョグ部を区別する基準を作成し、最終的にセグメント構造図を描いている。また、作成された図の妥当性については、解析には利用しなかったデータに見られる形態と図から推定される破砕帯形態の比較、データの欠損を仮定したブラインドチェック、地下での岩脈(アプライト脈)の変位観察記録と形態から推定されたものとの整合性、断層沿いの多数の地点の変位の推定の整合性、などにより検討し、多くの場合調和した結果を得ている。

 以上のように、著者は、3次元的な地下構造物周辺の割れ目構造を、破砕セグメントとジョグの3次元構造として捉えるための新しい考え方、および解析手法を提案し、フィールド調査における確認、大量のデータによる解析法の構築を図っており、将来的には、割れ目系岩盤中の水理構造を把握するための非常に有効な概念・手段となることが期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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