内容要旨 | | 地表や地下を利用した構造物(ダム,トンネル,発電所,石油・LPG・圧縮空気の地下備蓄施設,放射性廃棄物の地下処分場など)の建設では力学的・水理学的安定性の的確な評価が求められる.特に,大規模地下施設の建設サイトとして,力学的安定性に優れた花崗岩などの結晶質岩類が利用されることが多いが,いわゆる"割れ目系岩盤(fractured rock)"であるため,内部に発達する不連続面(割れ目)に関する検討が非常に重要となる.日本においては,既に花崗岩体中に地下石油備蓄基地が建設されているが,将来的にはLPGや圧縮空気などの,より高圧で移動性の高い物質の備蓄や,放射性廃棄物の地層処分などが考えられており,岩体中の節理(一次的割れ目)や断層破砕帯の構造を捉え,さらに水理構造を推定し,長期にわたる気相物質や放射性核種の移行予測をすることも今後の重要な課題となっている. 従来から,構造地質学においては,岩盤中の不連続面のミクロ的形態から地震断層のような大スケールの割れ目系の構造形態が議論され,基本となる割れ目の発生・成長のメカニズムや出現パターンの特徴が知られるようになっている.応用地質学的には,地質踏査,ボーリング調査,各種物理探査を通して得られる割れ目系の計測値(幅,走向・傾斜,変位方向・量など)から,細かい地質的対比,統計的研究,或いは水理解析を通じて,その把握への努力がなされてきている.しかし,割れ目が個別のサイトにおいて人間の特定できない地質的・力学的環境により形成され,観測点も限られるなど,対象地域の地下の割れ目構造を推定することは,まだ非常に難しい問題の1つである. 著者は,多数の断層破砕帯が作る系としての形態には雁行構造,セグメント構造など普遍的な特徴があるとの認識から,破砕帯は有限で不連続的なセグメントの集合体と考え,ボーリング孔,調査坑道,大空洞壁面などの断層観察データを解釈・対比・再構成をする上での基本概念として採用した.それを基本とし,地下石油備蓄基地の断層破砕帯データを解析することで,領域内の3次元的なセグメント構造の推定を行った.その内容は,以下のようにまとめられる. (1)自然界に発達する破砕帯形態(引っ張り性も含む)の野外調査,既存実験結果などのレビューから,破砕帯のセグメント構造,雁行状配列,セグメント同士の会合部(ジョグ)の形態を論じた. ・破砕面は有限のセグメントであり,隣接するセグメントが会合した時には特徴的な形態のジョグが出来る. ・ジョグ部では,シアレンズ,フラワー構造のような割れ目形態が発達する.また,ジョグ部は,局所的な割れ目密集域として認識される. ・変位の増加に伴い,小さなスケールのセグメントはジョグを形成してお互いに接続し,より大きなセグメントを形成する.空間には,場の変位に応じて様々なスケールのセグメントが存在すると考えられる. (2)破砕帯形態の基本性質に基づいて,3次元形態を考え観測されるパターンについて検討した.実際の断層破砕帯の計測を考えた場合,セグメント本体部とセグメントジョグ部における断層破砕帯の出現形態や形態要素(破砕帯幅,出現本数,出現位置,走向・傾斜など)は,幾つかのパターンに分類することで,また,予想されるパターンが坑道におけるデータに現れることを示した. (3)城ケ島地域においてのフィールド調査では,多数のセグメントジョグを観察し,また,末端部の形態であるスプレーシアや一続きの断層線内の小さなジョグなどを観察した.この地域の多数のジョグ形態を調べると,2本以上の断層線の会合がレンズ状を呈する場合,レンズの長さや厚さ,内部の構造や形などは様々な変化を見せるが,伸張性ジョグと考えて良いものがほとんどであった.また,空中写真に見られる大きな断層系のジョグ(伸張性・圧縮性)の形から予想される変位方向と現場で確認された変位方向は良い一致を見せた. (4)釜石鉱山地域の坑道壁面で見られる割れ目形態の分類を既存文献を使い行った.スケッチの客観性を検討するため,著者自身のものと比較した結果,パターン分類上個人的な差異は少ないものと判断された.釜石鉱山の坑道での出現パターンを6つのパターンに分類し,そのパターンと坑道が岩盤中に分布するセグメント本体やジョグと交差する位置関係の違いから,地下のセグメント構造が予想されることを示した. (5)上記の破砕帯の形態特性を断層破砕帯観察や解析の基本として,大量の観測データが利用できる久慈地下石油備蓄基地の断層破砕帯を対象とし,セグメント構造を考慮した形態解析を試みた.その結果は以下のとおりである. ・久慈基地断層破砕帯の地質計測結果を基にした3次元モデルの作成とその形態観察により,破砕帯の出現形態を7つに分類した.また,破砕帯の形態分類と諸計測量(破砕帯位置,幅,本数,走向・傾斜など)を基本要素とするセグメント構造やセグメントジョグ部の判断基準を作ると共に判定表を作成した. ・上記の判定結果を用いて,久慈基地全領域に見られる顕著な断層破砕帯(F5,F6,およびF8断層破砕帯)に対してセグメント区分やセグメントジョグ部の推定を行い,断層セグメント構造図を作成した. (6)作成された断層セグメント構造図の妥当性を検証するため,岩盤空洞以外で得られたデータ(調査横坑,調査ボーリング孔など)とセグメント構造図の比較を行った.また,空洞データの欠損を仮定したチェックおよびアプライト脈をマーカーとした断層変位の比較も行った.これらの結果は,本論で作成したセグメント構造図と調和的であることが示唆された.特に,セグメント構造図および出現形態を基に,領域内の多数の地点で変位方向の推定を行った結果,断層沿いの各地点の変位方向はお互いに整合的であり,変位場の解釈に有用な可能性が示された. (7)セグメント構造を考慮して断層破砕帯の構造を捉えるための,調査方法(観察・計測・記載)について提案を行った. 現在までの観測データは,形態論をそれほど意識したものではなく,セグメント間のつながりの程度などの水理的構造を明らかにするには不十分であり,今後目的に応じた計測の必要性があろう.例えば,地層処分場周辺のある程度広い領域の割れ目系をこのような手法で捉えるためには,観測線情報からジョグの位置などをまず推定し,セグメント図を描くと共に,そのような位置をターゲットとして各種の物理計測(トモグラフィー),孔間水理試験(正弦波試験,パルス試験,トレーサー試験)などを行うことで,水理的な連続性の程度が推定できると考えられる.また,本考え方と手法を他の備蓄基地などのデータに対して適用し,その適用性を検証して行くことが必要と考えている. |