本論文は、「スパッタリング法による透明導電性酸化物薄膜の作製と評価に関する研究」と題し、SnドープIn2O3(ITO)或いはGaドープZnO(GZO)の成膜における基板上に達する粒子(スパッタ粒子、高エネルギー粒子)が薄膜の物性に与える影響を調べたもので、序論と総括を含めて8章より構成されている。 第1章の序論では、本研究の背景として、液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display:LCD)中心としたフラットパネル・ディスプレイの透明電極として応用されている透明導電膜の特性および応用例、またはスパッタリング法によるITO薄膜の低温成膜における問題点などについて述べている。 第2章では、他の透明導電膜と比べ、低抵抗率や可視光域での高透過率などのその物性が優れているため、実用透明導電膜としてもっとも応用されているITO薄膜の結晶構造およびその物性に関して述べている。 第3章では、通常のスパッタ条件の場合、基板温度が結晶化温度以下でもアモルファス膜が得られないことに対して、低基板温度で形成されたITO薄膜の結晶性が成膜中の全圧の変化に強く依存していることから、膜結晶性は基板上に達するスパッタ粒子の運動エネルギーの支配されていることを提案している。また、質量が異なる様々なスパッタガスを用い成膜した実験データとスパッタ粒子のエネルギーの理論的計算値が良く一致することから、上記の議論が正しいことを述べている。 第4章では、相対的に低い全圧で形成されたITO薄膜で現れる膜結晶性の低下は、高エネルギー粒子のボンバードメントによる膜のダメージであることを述べている。高エネルギー粒子として反跳Arや酸素負イオンに着目し、基板上に達するそれらのエネルギーを理論的方法により計算した結果、ITOの成膜における膜物性に影響を与える高エネルギー粒子は酸素負イオンではなく反跳Arであることを提案している。 第5章では、成膜中の全圧の制御により形成されたアモルファスITO薄膜の結晶化機構に関して述べている。アモルファスITO薄膜の場合、ノンドープのアモルファスIn2O3薄膜と比較し、約20〜30℃高い結晶化温度を示していることはホストIn2O3格子におけるInサイトに置換したSn-Sn原子間の斥力に起因していることを提案している。 第6章では、アモルファスITO薄膜において、キャリアの生成機構は酸素空孔であり、ドーパントのSn原子はSnO2のような構造をとっているため電気的に不活性であることを提案している。また、それらのSn原子は、結晶化に伴い電気的に活性化されキャリアの生成に貢献することを、膜の結晶化に伴うキャリア密度の増加により説明している。 第7章では、新しい低コスト透明導電性薄膜として、GaドープZnO(GZO)の成膜における高エネルギー粒子が膜の物性に与える影響に関して述べている。質量が異なるスパッタガスに対し、基板上に達する高エネルギー粒子のエネルギーの理論的計算により、GZO成膜における膜にダメージ効果を与える粒子は反跳Arではなく反跳Neであることを提案している。 本研究は、スパッタリング法の場合、室温の基板温度にも関わらずアモルファスITO薄膜は得られず、アモルファス相と結晶相の2層構造の膜が形成されることを解明するために、成膜プロセスにおけるもっとも基本的なパラメーターである全圧との相関関係を調べた結果である。ITO薄膜の物性が成膜中の全圧に強く依存していることに関して、粒子の輸送過程に基づく、膜の物性は基板上に達する粒子の運動エネルギーに支配されていることを議論している。即ち、膜の物性は、相対的に高い全圧ではスパッタ粒子のエネルギーに、また相対的に低い全圧では高エネルギー反跳中性粒子に支配されていることを議論しており、これまでにない新しい考えを示している。また、Arガスのみで、成膜中の全圧の制御によりアモルファスITO薄膜の作製が可能となったことは新しい結果である。さらにノンドープのアモルファスIn2O3薄膜と比較し、アモルファスITO薄膜の結晶化が約20〜30℃高い温度で生じることに関しては、Inサイトに置換したSn-Sn原子間の斥力により議論されており、新しい考えを示している。また、膜の物性に影響を与える高エネルギー粒子は、スパッタガス種やターゲット種により異なることを、それらのエネルギーの理論的計算や実験結果の比較により議論した。その結果、透明導電性薄膜の高性能化へ向けての指針を示した。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |