学位論文要旨



No 114720
著者(漢字) 宋,豊根
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ブングン
標題(和) スパッタリング法による透明導電性酸化物薄膜の作製と評価に関する研究
標題(洋) Characterization of Transparent Conductive Oxide Thin Films Deposited by Sputtering Method
報告番号 114720
報告番号 甲14720
学位授与日 1999.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4500号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 講師 亀井,雅之
内容要旨

 近年の液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display:LCD)中心としたフラットパネル・ディスプレイの飛躍的な進歩とともに巨大な市場を形成しつつある。また現在、地球環境保護の観点から太陽光の有効な利用が特に重要になって、将来のエネルギー源として期待される低コスト電力用薄膜太陽電池の研究開発が活発に行われている。さらに、新しい太陽エネルギー技術として、調光、透明断熱及び畜熱機能による省エネルギーと快適空間の実現を期待できるパッシブソーラシステムの実用化が検討されている。

 このような太陽光を含む光と電子が相互作用するオプトエレクトロニクスにおいて、透明導電膜は透明電極窓材料として極めて重要な役割を果たしている。透明導電膜は、基本性能として可視光域での高い透光性と金属のように低い低効率を兼ね備えた機能性薄膜である。上述したように、透明導電膜は既にオプトエレクトロニクスディバイスの構成材料として不可欠な存在になっている。しかし、各種オプトエレクトロニクスディバイスの開発が進むに伴い透明導電膜に対して要求される機能及び成膜条件が極めて多様化し、基本性能は勿論、各種応用に適した性能が要求されるようになってきている。この中でも、1970年後半から、LCD用透明電極材料として酸化インジウム(In2O3)に錫(Sn)をドープした、通称、ITO(Indium Tin Oxide)薄膜が採用されるようになり、その性能は真空薄膜作製技術の進歩とともに飛躍的に向上した。現在、実用ITO薄膜は、300-400℃のガラス基板上に約10-4cmの低非抵抗を実現できるマグネトロンスパッタよって作製されている。一方、このようなITO膜に対し、最近、低コスト膜への要求に応じて低基板温度での成膜が行われている。EB蒸着法の場合、基板温度が結晶化温度以下の場合、必ずアモルファス膜が形成されるが、スパッタITO膜を低基板温度(室温)で成膜した場合、膜は基板近傍のアモルファス層と膜表面の多結晶層が形成されてしまい、これらの膜をウェットエッチングした場合、二つの層のエッチングレートの差に起因して膜表面が基板から剥離してしまう結果が報告されている。また、これらの膜はITO膜の電気的、光学的な機能に望まない影響を与えることも報告されている。しかし、これらの原因に関してはまだ明らかになっていない。

 したがって、本研究では、室温で作製したITO膜の物性と成膜条件(全圧、基板距離など)との関係を決定的に把握し、これらの成膜条件が膜の構造的、電気的な特性に与える影響をしらべた。その結果、膜の物性(構造的、電気的な特性)は成膜中の全圧或いは基板距離に強く依存することから、これらの物性は基板上に達するスパッタ粒子或いは、高エネルギー粒子の運動エネルギーに強く依存することが分かった。また、相対的に高い全圧で作製されたアモルファスITO膜の電気特性、或いは熱処理したあとの電気特性及び構造的な変化などを調べた。また、低コスト透明導電膜の要求に応じ、新しい透明導電膜として酸化亜鉛(ZnO)にガリウム(Ga)をドープしたGZO(Gallium Zinc Oxide)膜を作製し、成膜条件と膜物性との関係を調べた上、それらの原因を明らかにした。

 本論文の構成に関しては、第1章では序論、第2章ではITOの結晶構造とその物性に関して、第3章ではITO膜の結晶性と全圧の関係、第4章ではITO膜の物性と高エネルギー粒子の関係、第5章ではアモルファスITOとIO膜の結晶化、第6章ではアモルファスITOとIO膜の電気特性、第7章にはGZO膜の作製および物性、第8章では総括になっている。

審査要旨

 本論文は、「スパッタリング法による透明導電性酸化物薄膜の作製と評価に関する研究」と題し、SnドープIn2O3(ITO)或いはGaドープZnO(GZO)の成膜における基板上に達する粒子(スパッタ粒子、高エネルギー粒子)が薄膜の物性に与える影響を調べたもので、序論と総括を含めて8章より構成されている。

 第1章の序論では、本研究の背景として、液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display:LCD)中心としたフラットパネル・ディスプレイの透明電極として応用されている透明導電膜の特性および応用例、またはスパッタリング法によるITO薄膜の低温成膜における問題点などについて述べている。

 第2章では、他の透明導電膜と比べ、低抵抗率や可視光域での高透過率などのその物性が優れているため、実用透明導電膜としてもっとも応用されているITO薄膜の結晶構造およびその物性に関して述べている。

 第3章では、通常のスパッタ条件の場合、基板温度が結晶化温度以下でもアモルファス膜が得られないことに対して、低基板温度で形成されたITO薄膜の結晶性が成膜中の全圧の変化に強く依存していることから、膜結晶性は基板上に達するスパッタ粒子の運動エネルギーの支配されていることを提案している。また、質量が異なる様々なスパッタガスを用い成膜した実験データとスパッタ粒子のエネルギーの理論的計算値が良く一致することから、上記の議論が正しいことを述べている。

 第4章では、相対的に低い全圧で形成されたITO薄膜で現れる膜結晶性の低下は、高エネルギー粒子のボンバードメントによる膜のダメージであることを述べている。高エネルギー粒子として反跳Arや酸素負イオンに着目し、基板上に達するそれらのエネルギーを理論的方法により計算した結果、ITOの成膜における膜物性に影響を与える高エネルギー粒子は酸素負イオンではなく反跳Arであることを提案している。

 第5章では、成膜中の全圧の制御により形成されたアモルファスITO薄膜の結晶化機構に関して述べている。アモルファスITO薄膜の場合、ノンドープのアモルファスIn2O3薄膜と比較し、約20〜30℃高い結晶化温度を示していることはホストIn2O3格子におけるInサイトに置換したSn-Sn原子間の斥力に起因していることを提案している。

 第6章では、アモルファスITO薄膜において、キャリアの生成機構は酸素空孔であり、ドーパントのSn原子はSnO2のような構造をとっているため電気的に不活性であることを提案している。また、それらのSn原子は、結晶化に伴い電気的に活性化されキャリアの生成に貢献することを、膜の結晶化に伴うキャリア密度の増加により説明している。

 第7章では、新しい低コスト透明導電性薄膜として、GaドープZnO(GZO)の成膜における高エネルギー粒子が膜の物性に与える影響に関して述べている。質量が異なるスパッタガスに対し、基板上に達する高エネルギー粒子のエネルギーの理論的計算により、GZO成膜における膜にダメージ効果を与える粒子は反跳Arではなく反跳Neであることを提案している。

 本研究は、スパッタリング法の場合、室温の基板温度にも関わらずアモルファスITO薄膜は得られず、アモルファス相と結晶相の2層構造の膜が形成されることを解明するために、成膜プロセスにおけるもっとも基本的なパラメーターである全圧との相関関係を調べた結果である。ITO薄膜の物性が成膜中の全圧に強く依存していることに関して、粒子の輸送過程に基づく、膜の物性は基板上に達する粒子の運動エネルギーに支配されていることを議論している。即ち、膜の物性は、相対的に高い全圧ではスパッタ粒子のエネルギーに、また相対的に低い全圧では高エネルギー反跳中性粒子に支配されていることを議論しており、これまでにない新しい考えを示している。また、Arガスのみで、成膜中の全圧の制御によりアモルファスITO薄膜の作製が可能となったことは新しい結果である。さらにノンドープのアモルファスIn2O3薄膜と比較し、アモルファスITO薄膜の結晶化が約20〜30℃高い温度で生じることに関しては、Inサイトに置換したSn-Sn原子間の斥力により議論されており、新しい考えを示している。また、膜の物性に影響を与える高エネルギー粒子は、スパッタガス種やターゲット種により異なることを、それらのエネルギーの理論的計算や実験結果の比較により議論した。その結果、透明導電性薄膜の高性能化へ向けての指針を示した。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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