一般相対論によれば、場の方程式であるEinstein方程式は波動解を持ち、時空の歪みが波として伝播する現象を予言する。これが重力波である。重力波は自由質点間の距離を変化させる作用を及ぼす。その距離の変化をMichelson干渉計を使って読み取ろうというのがレーザー干渉計型重力波検出器の基本原理である。 レーザー干渉計型重力波検出器を構成する鏡は自由質点の実現と防振という二つの事情から懸架装置に吊るされている。干渉計が観測帯域で目標感度を達成しそれを維持するには、これらの鏡の位置や姿勢の制御が不可欠である。これまでこの制御機構を開発するため様々な実験がテーブルトップやプロトタイプの干渉計を用いて行われてきたが、現在はそれらの成果をもとに大型の干渉計が世界各地で建設されている。日本では、国立天文台三鷹キャンパスに基線長300mFabry-Perot-Michelson(FPM)レーザー干渉計型重力波検出器(TAMA300)が建設されている。本研究では、この建設計画の成否を左右する300mFabry-Perot(FP)共振器の制御技術、特に、アラインメントの自動制御技術についての開発を行い、実際の共振器を十分な安定度で動作させることに成功した。 先ほど述べたとおり、検出原理と防振の理由でFP共振器を構成する鏡はワイヤーで吊られた状態にあり、この振り子としての共振で鏡は大きく揺れる為に、cavityを安定な共振状態に保つための制御機構が必要になる。制御機構としては二種類あり共振器長の制御(光路長制御)と鏡の角度揺れの制御(アラインメント制御)である。特に基線長が長くなると角度揺れに対する要求値が厳しくなり(TAMA300においては5×10-7radという要求値が示されている)、それに適応できる制御技術が要求される。制御の為には信号検出が必要だが、今回は光路長制御の信号検出にはPound-Drever法を用い、鏡の角度揺れ(ミスアラインメント)の検出にはWave Front Sensing(WFS)と呼ばれる方法を用いた。この方法は、ミスアラインメントによって生じる光の高次モードと基本モードの波面のずれを、光位相変調技術を利用して検出するものである。原理の提案やその検証実験はすでに存在し多くの計画で採用が予定されている手法であるが、大型の共振器の制御に適用されたことはこれまで例がなく、この研究が初の試みであった。そのため、実用的な装置として動作させるためには多くの問題を検討・克服する必要が生じた。特に ・検出用光学系のパラメータを最適化しないと制御に必要な信号を精度よく取り出せないが、制御すべき共振器のサイズが大きくなると、検出光学系に対する精度も厳しくなる。その要求を満たすべく、さらに、現実的なサイズの検出光学系を設計する必要がある。 ・実用的な干渉計の最大の問題点は感度であり、アラインメントの制御が検出器の感度を制限しないように、制御系の設計を行う必要がある。 などの点が、テーブルトップ等の実験と大きく異なる点である。これらの問題は、制御装置の設計に大きな制約をもたらすが、実現可能なパラメータ・条件を見出し、装置を開発した。 実際に開発した装置が所定の性能に達していることを以下に示す。ミスアラインメントは共振器内に溜まるエネルギーを減少させるので、共振器の透過光はミスアラインメントの程度を表す指標となる。図1にアラインメント制御を入れていったときの共振器の透過光強度の振る舞いを示す。アラインメント制御なしでも共振器は共振状態を保っているが、透過光強度は数Hzで大きくふらついている。鏡を吊るしている懸架系はpitch motionに5Hz、yaw motionに1Hzの共振を持っておりこの共振から生じるミスアラインメントが透過光強度のふらつきを生じさせていると考えられる。従って、この透過光強度のふらつきはアラインメント制御によって抑圧される。実際pitchの制御ループをonにすると大きなふらつきはなくなり、yaw motionの共振による1Hzのfluctuationが残り、次にyawの制御ループをonにすると1Hzのfluctuationも減少し、透過光強度が増加した。これらの結果はアラインメント制御が正しく動作していることを示している。 図1:Transmitted light with alignment control 図2はfront mirrorのpitch controlにおけるerror signalのpower spectrumを示している。縦軸はerror signalから見積もられる鏡の角度のfluctuationを示している。アラインメント制御無しの状況では、5Hz付近に鋭いピークが見られる。0.1Hzから30Hzまでのrms deviationはこのpeakでほぼ決まり。その大きさは3.5×10-6radである。この値はTAMAの要求値を一桁近く上回る値である。unity gain frequencyを10Hz付近に設定したアラインメント制御を入れると、このピークが十分に抑圧されることが分かる。その結果0.1Hzから30Hzまでのrms deviationは3.6×10-7radとなり、TAMAの要求値を満たすことに成功した。 図2:Estimated fluctuated angle of the mirror with/without alignment control Wave Front Sensingの振る舞いを確かめる為にレンズ系を少しずつ変えながら制御帯域外でfeedback signalとerror signalの比を測定した。その結果を図3に示す。横軸は共振器のモードとレンズの配置から計算されるGuoy Phase(共振器の光学モードの波面を表すパラメータ)を表している。縦軸は信号のfront mirrorの傾きの信号の大きさに対するend mirrorの傾きの信号の大きさの比である。Guoy Phaseの見積もりは誤差を含むので測定値は計算値より少し横にずれているが、理論に従うような振る舞いを示しており、今回設計した検出光学系により、十分な分離比がえられることが示すものである。 図3:The separation ratio of signal detected with Wave Front Sensing technique 将来、干渉計型重力波検出器が長期観測を行うということを考えると、この長基線長Fabry-Perot共振器は安定に制御されなければならない。アラインメント制御の導入によって共振器の制御は大変安定になり、数日間にわたり共振状態を保つことが可能になった。長時間運転時の共振器の透過光強度の振る舞いを図4に示す。大体において共振器は制御系を切らなければ共振状態を保ち続けた。このような長基線長のFabry-Perot共振器でのこのような長時間運転は世界でも例がなく、これが最初の成功例である。 図4:Longterm operation of 300m Fabry-Perot cavity 以上をまとめると、本研究の成果は、本格的な干渉計型重力波検出器の必須技術の一つである、大型光共振器のアライメントの自動制御技術に関して、その実用化の手法を確立するものと結論できる。 |