学位論文要旨



No 114724
著者(漢字) 杤久保,邦治
著者(英字)
著者(カナ) トチクボ,クニハル
標題(和) 300m基線長ファブリペロー共振器のアラインメント制御機構の開発
標題(洋) Development of a 300-m Fabry-Perot cavity with an automatic alignment control
報告番号 114724
報告番号 甲14724
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3661号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 助教授 黒田,寛人
 東京大学 教授 長澤,信方
 東京大学 助教授 末元,徹
 東京大学 助教授 三尾,典克
内容要旨

 一般相対論によれば、場の方程式であるEinstein方程式は波動解を持ち、時空の歪みが波として伝播する現象を予言する。これが重力波である。重力波は自由質点間の距離を変化させる作用を及ぼす。その距離の変化をMichelson干渉計を使って読み取ろうというのがレーザー干渉計型重力波検出器の基本原理である。

 レーザー干渉計型重力波検出器を構成する鏡は自由質点の実現と防振という二つの事情から懸架装置に吊るされている。干渉計が観測帯域で目標感度を達成しそれを維持するには、これらの鏡の位置や姿勢の制御が不可欠である。これまでこの制御機構を開発するため様々な実験がテーブルトップやプロトタイプの干渉計を用いて行われてきたが、現在はそれらの成果をもとに大型の干渉計が世界各地で建設されている。日本では、国立天文台三鷹キャンパスに基線長300mFabry-Perot-Michelson(FPM)レーザー干渉計型重力波検出器(TAMA300)が建設されている。本研究では、この建設計画の成否を左右する300mFabry-Perot(FP)共振器の制御技術、特に、アラインメントの自動制御技術についての開発を行い、実際の共振器を十分な安定度で動作させることに成功した。

 先ほど述べたとおり、検出原理と防振の理由でFP共振器を構成する鏡はワイヤーで吊られた状態にあり、この振り子としての共振で鏡は大きく揺れる為に、cavityを安定な共振状態に保つための制御機構が必要になる。制御機構としては二種類あり共振器長の制御(光路長制御)と鏡の角度揺れの制御(アラインメント制御)である。特に基線長が長くなると角度揺れに対する要求値が厳しくなり(TAMA300においては5×10-7radという要求値が示されている)、それに適応できる制御技術が要求される。制御の為には信号検出が必要だが、今回は光路長制御の信号検出にはPound-Drever法を用い、鏡の角度揺れ(ミスアラインメント)の検出にはWave Front Sensing(WFS)と呼ばれる方法を用いた。この方法は、ミスアラインメントによって生じる光の高次モードと基本モードの波面のずれを、光位相変調技術を利用して検出するものである。原理の提案やその検証実験はすでに存在し多くの計画で採用が予定されている手法であるが、大型の共振器の制御に適用されたことはこれまで例がなく、この研究が初の試みであった。そのため、実用的な装置として動作させるためには多くの問題を検討・克服する必要が生じた。特に

 ・検出用光学系のパラメータを最適化しないと制御に必要な信号を精度よく取り出せないが、制御すべき共振器のサイズが大きくなると、検出光学系に対する精度も厳しくなる。その要求を満たすべく、さらに、現実的なサイズの検出光学系を設計する必要がある。

 ・実用的な干渉計の最大の問題点は感度であり、アラインメントの制御が検出器の感度を制限しないように、制御系の設計を行う必要がある。

 などの点が、テーブルトップ等の実験と大きく異なる点である。これらの問題は、制御装置の設計に大きな制約をもたらすが、実現可能なパラメータ・条件を見出し、装置を開発した。

 実際に開発した装置が所定の性能に達していることを以下に示す。ミスアラインメントは共振器内に溜まるエネルギーを減少させるので、共振器の透過光はミスアラインメントの程度を表す指標となる。図1にアラインメント制御を入れていったときの共振器の透過光強度の振る舞いを示す。アラインメント制御なしでも共振器は共振状態を保っているが、透過光強度は数Hzで大きくふらついている。鏡を吊るしている懸架系はpitch motionに5Hz、yaw motionに1Hzの共振を持っておりこの共振から生じるミスアラインメントが透過光強度のふらつきを生じさせていると考えられる。従って、この透過光強度のふらつきはアラインメント制御によって抑圧される。実際pitchの制御ループをonにすると大きなふらつきはなくなり、yaw motionの共振による1Hzのfluctuationが残り、次にyawの制御ループをonにすると1Hzのfluctuationも減少し、透過光強度が増加した。これらの結果はアラインメント制御が正しく動作していることを示している。

図1:Transmitted light with alignment control

 図2はfront mirrorのpitch controlにおけるerror signalのpower spectrumを示している。縦軸はerror signalから見積もられる鏡の角度のfluctuationを示している。アラインメント制御無しの状況では、5Hz付近に鋭いピークが見られる。0.1Hzから30Hzまでのrms deviationはこのpeakでほぼ決まり。その大きさは3.5×10-6radである。この値はTAMAの要求値を一桁近く上回る値である。unity gain frequencyを10Hz付近に設定したアラインメント制御を入れると、このピークが十分に抑圧されることが分かる。その結果0.1Hzから30Hzまでのrms deviationは3.6×10-7radとなり、TAMAの要求値を満たすことに成功した。

図2:Estimated fluctuated angle of the mirror with/without alignment control

 Wave Front Sensingの振る舞いを確かめる為にレンズ系を少しずつ変えながら制御帯域外でfeedback signalとerror signalの比を測定した。その結果を図3に示す。横軸は共振器のモードとレンズの配置から計算されるGuoy Phase(共振器の光学モードの波面を表すパラメータ)を表している。縦軸は信号のfront mirrorの傾きの信号の大きさに対するend mirrorの傾きの信号の大きさの比である。Guoy Phaseの見積もりは誤差を含むので測定値は計算値より少し横にずれているが、理論に従うような振る舞いを示しており、今回設計した検出光学系により、十分な分離比がえられることが示すものである。

図3:The separation ratio of signal detected with Wave Front Sensing technique

 将来、干渉計型重力波検出器が長期観測を行うということを考えると、この長基線長Fabry-Perot共振器は安定に制御されなければならない。アラインメント制御の導入によって共振器の制御は大変安定になり、数日間にわたり共振状態を保つことが可能になった。長時間運転時の共振器の透過光強度の振る舞いを図4に示す。大体において共振器は制御系を切らなければ共振状態を保ち続けた。このような長基線長のFabry-Perot共振器でのこのような長時間運転は世界でも例がなく、これが最初の成功例である。

図4:Longterm operation of 300m Fabry-Perot cavity

 以上をまとめると、本研究の成果は、本格的な干渉計型重力波検出器の必須技術の一つである、大型光共振器のアライメントの自動制御技術に関して、その実用化の手法を確立するものと結論できる。

審査要旨

 本論文は、8章からなり、第1章は緒言で、第2章で重力波の表現式を復習し、その源、検出方法を要約した後,重力波の直接検出を目指して世界で進められているレーザー干渉計重力波検出器の状況を概観している。第3章では、干渉計型重力波検出器についてその原理を述べ,光を蓄え,往復させる方式としてのファブリーペロー共振器の光学的性質を解析している。さらにこのような共振器の重力波に対する応答関数を求めている。第4章からが本論であり、ここでは、ファブリーペロー共振器の鏡が防振のために独立に吊るされる構造を持つことから、その光軸の揺らぎを止めるための制御が必要となり、制御の精度は、TAMA干渉計のパラメーターで制限され、マイクロラヂアンより高いものが要求される、という。これを制御する方法として、ファブリーペロー共振器から反射される光の波面を検出して、これを鏡の姿勢制御の信号として用いる方法が述べられている。共振器内部に蓄えられる光は、鏡が正しい角度位置にある時には、軸対称モードであるTEM00モードが支配的になっているが、傾きが入ると、その向きの方向によりTEM01またはTEM10のモードが立つようになる。この高次のモードをそれぞれの鏡の傾きの自由度の方向に検出するには、2分割光検出ダイオードの出力で差を取ることにより行う。当然のこととして、この方法が成立するためには、共振器に光が蓄えられていることが必要であり、このため、何もしなければ揺らいでいる2枚の鏡間の距離は入射光の波長の精度よりさらに高い精度で一定に保たれている必要がある。このために用いられる方法がPound-Drever-Hall法で、入射光を位相変調してできる側帯波が共振条件で共振器から跳ね返されることを使って入射光の応答を知ることにより、共振器の長さの情報を得るものである。また、鏡は2枚あるため、共振器の反射波から2枚の鏡のそれぞれ2つの自由度情報を抽出するために、位相の光軸位置による違いを利用する方法が述べられている。第5章では、TAMA干渉計の概要が記述され、アライメント制御の前提である、長さ方向の共振器の制御について、光学系、制御系、伝達関数測定などが検討されている。第6章は、300m基線長TAMA干渉計の一方の腕を用いた実験の詳細が記述されており,このような長大な光共振器への適用にあたり、検出用光学系のパラメータを最適化しないと制御信号を精度よく取り出せず、制御すべき共振器のサイズが大きくなると、検出光学系に対する精度も厳しくなり、その要求を満たすべく、さらに、現実的なサイズの検出光学系を設計する必要があることが見出され、現実に設計がなされた。そこでは、実用的な干渉計の最大の問題点は感度であり、アラインメントの制御が検出器の感度を制限しないようにすることについても検討されている。実験は、この設計が正しく、要求される性能を満たしていることを、共振器の透過光をモニターすることにより示している。つまり、アラインメント制御なしでも共振器は共振状態を保っているが、透過光強度は、鏡を吊るしている懸架系が首振り方向に5Hz、横揺れ方向に1Hzの共振を持っていることから、数Hzで大きくふらついている。しかし、首振りの制御ループを動作させると大きなふらつきはなくなり、横揺れ共振による1Hzの揺らぎが残り、次に横揺れの制御を入れると1Hzの揺らぎも減少し、透過光強度が安定したことから、この制御の効果は定性的には明白である。定量的には制御の誤差信号から鏡の角度揺らぎを評価し、0.1Hzから30Hzまでの角度変動の実効値0.36マイクロラヂアンが得られた。これはTAMAの要求値を満足するものである。さらにこの制御法の良さを確かめる為に2つの鏡へのフィードバック信号の分離度を調べ、それが十分であることを示している。第7章では、ここで開発した制御系が長さ方向制御に及ぼす雑音の大きさを測定しており、その原因を探っている。TAMA干渉計と異なり,実験で使用したレーザー光出力が小さいこと、制御回路パラメーターに改善の余地があることなどを議論している。また、この制御システムの応用として、いくつかの測定例を挙げている。第8章は結論である。

 以上、本論文により、本格的な干渉計型重力波検出器の必須技術の一つである、大型光共振器のアライメントの自動制御技術は、300m基線長の共振器で実証され、その実用化の手法が確立されたことが示された。これは世界の重力波研究の分野で画期的な業績である。

 なお、本論文第6章は、河邊径太、坪野公夫両氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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