学位論文要旨



No 114725
著者(漢字) 島岡,晶子
著者(英字)
著者(カナ) シマオカ,アキコ
標題(和) Be同位体比からみた東北日本弧火山マグマへの海洋底堆積物の寄与
標題(洋) Be isotopic ratios in island-arc volcanic rocks from the North-East Japan:Implications for incorporation of oceanic sediments into island-arc magma.
報告番号 114725
報告番号 甲14725
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3662号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 教授 中田,節也
 東京大学 助教授 比屋根,肇
 東京大学 助教授 中井,俊一
 国立歴史民俗博物館   今村,峯雄
内容要旨

 島弧火山のマグマ生成に大陸縁辺下に沈み込む海洋プレート上に存在する海洋堆積物の寄与があるか否かは、島弧マグマの生成過程を推定するうえで重要な情報となる。その解明には、宇宙線生成核種10Beが非常に有効な手段となる。

 海洋堆積物中には、大気上空において宇宙線による大気中の酸素、あるいは窒素の核破砕反応によって生成され、エアロゾルに吸着して雨や雪などにより地表に降下した10Be(半減期:1.5m.y.)が濃集している。それらが海洋プレートと共に沈み込み、島弧マグマの生成に関与していれば、島弧火山岩中に10Beが検出されるはずである。実際、島弧火山岩中に堆積物起源の10Beが検出され(Brown et al.,1982;Imamura et al.,1984)、島弧マグマの形成に海洋底堆積物が関与している証拠として注目された。世界の代表的な島弧火山については概括的な報告がなされている(Tera et al.,1986;Morris et al.,1990)が、日本の島弧火山については、予備的な結果しか報告されていない。またこれまでの報告では、同一の火山からの異なる試料についての調査や、火山の地域性との関係などは調べられていない。

 また、地表に長くさらされている岩石などについては雨水により運ばれた塵・土壌などによる汚染を受ける可能性があり、堆積物起源の10Beを反映していない恐れがある。しかし、火山試料の汚染成分を除去するための洗浄法についてきちんとした実験に基づいて決定した報告例は存在しない。

 本研究の主な内容は以下のとおりである。

 (1)地表における汚染成分の除去を行うための試料の洗浄に関する基礎的な実験を行い、汚染成分除去のために必要な洗浄条件を確立した。

 (2)本研究で確立した洗浄手法を用い、第四紀の東北日本弧火山岩中の信頼性のあるBe同位体比(10Be/9Be比)を決定した。

 (3)東北日本弧火山におけるBe同位体比の地域的特性、同一火山でのBe同位体比の変動を明らかにした。

 以下に得られた結果について述べる。

 火山岩試料の地表噴出後に受ける10Beの汚染を除去するため、岩石試料を酸によって洗浄する条件の確立を試みた。試料の洗浄条件(洗浄時間:2,4,6,8,10時間、洗浄溶液濃度:1、3、6MHCl、試料の粒子サイズ:塊、5mm、<50mesh)を変化させ、その効果をみる実験を行った。火山岩試料を各条件において約2g使用した。洗浄には超音波洗浄を洗浄後上澄み液を分離し、定量した9Beをcarrierとして加えた後Be抽出を行い、AMS(加速器質量分析法)測定を行った。

 その結果、汚染成分は1Mの塩酸で2時間、超音波洗浄することにより十分除去できることが確認できた(Fig.1)。また、洗浄の効果は10mm以下の試料であれば差がないことが明らかになった(Fig.2)。これらの結果に基づき、本研究では50mesh(350m)以下の試料を1Mの塩酸で2-4時間超音波洗浄する方法を採用した。

 上記の手法を用い、北海道-東北日本弧の14の火山がら採取された、約40の第四期試料中のBe同位体比を決定した。

 試料は主に玄武岩、安山岩を用い、半数以上の火山については複数の溶岩流について測定を行った。また、比較のため、沈み込むスラブの影響を受けていないロイヒ海山の火山岩試料、岩石内の核反応起源10Beの寄与などを評価するため、第三紀火山試料について分析した。その結果、以下のような点が明らかになった。

1)北海道-東北日本島弧火山マグマへの海洋堆積物の寄与

 島弧火山岩試料は非島弧、第三紀火山試料に比較して、火山フロント側、背弧側のいずれの試料も高いBe同位体比を示す。このことは、火山フロント側ばかりでなく背弧側においても北海道-東北日本島弧火山マグマに沈み込む海洋堆積物の寄与があったことを示唆する(Fig.3)。

2)同一火山におけるBe同位体比変動の存在

 同じ火山においても噴出した時期が異なる各溶岩ごとにBe同位体比が明らかに異なる値を示すことが実証された。同じ溶岩に属し、異なる試料採取地点から得られた試料間においては同じ値を示すことから、同じ溶岩におけるBe同位体比の一様性が確認された。このような変動を引き起こす可能性として、マグマ生成後地表に噴出するまでのプロセスの相違が考えられる。

3)東北日本弧におけるBe同位体比の地域的特性の存在a)フロント沿いにみられる変動

 同じ火山フロントに位置している火山でも、恵山周辺の火山ではBe同位体比は高いが、岩手山などより南に位置する火山では低い値を示し、Be同位体比の分布に地域性のあることが明らかになった。このような変動を生じさせる要因として、沈み込む堆積物の寄与の違いやマグマ生成から地表浅部に至る過程における物質の相互作用の相違が可能性として挙げられる。

b)火山フロント-背弧方向にみられる変化

 火山フロントから同じ程度の距離にある各地域ではそれぞれ最も高いBe同位体比をとって比較する限り、火山フロントから離れるに従ってBe同位体比が低くなる傾向があるようにも見える(Fig.4)。これは、寄与する海洋堆積物中の10Beの壊変、ないし寄与する堆積物の割合が減少したと考えることにより説明される。

図表Fig.1.Leaching effect of acid concentration. / Fig.2.Leaching effect of grain size. / Fig.3.Island-arc and control samples. / Fig.4.Be isotopic ratio v.s.distance from the volcanic front.

 本研究で明らかにされたBe同位体比の地域的特性、同一火山におけるBe同位体比にみられる変動などの原因を解明するためには、他の同位体、微量元素との関連、岩石学的な研究との比較など様々な見地からの検証を行うことが必要である。また、Beの高温高圧下における挙動が明らかでないため、これに関する実験を行うことが重要である。

審査要旨

 本論文は、島弧下にスラブと共に沈み込んだ海洋性堆積物の島弧マグマへの取り込みを火山岩中の10Beの測定によって定量的に検証する実験的手法を確立し、東北日本弧などの火山岩に適用してその実態を明らかにしたものである。本論文は4章からなり、第1章は10Beの地球科学における意義とこれまでの研究の紹介、第2章は火山岩中における10Beの測定に関する実験操作法の確立のための基礎実験とその結果、第3章は東北日本弧の第四紀火山岩を用いてその10Be/9Be比測定の結果とその検討、第4章はまとめについて述べられている。

 第1章では、大気中で宇宙線によりつくられ海洋性堆積物中に濃集した半減期150万年の10Beが島弧火山岩中に見いだされたとすると、それはスラブと共に沈み込んだ堆積物がマグマ生成の際に寄与したことの最も直接的な証明となることを説明している。これまでに行われた研究を紹介し、中には試料の選択や実験方法において不完全なものがあったことを指摘した。さらに、日本列島についての10Beに関するデータが非常に少なく全体の様子が不明なので、その系統的な研究の必要性を説いている。

 第2章では、これまでの10Beの研究における試料の選択や実験方法についての問題点を挙げ、綿密な実験に基づいて詳しい検討を行っている。まず二次イオン質量分析法くを用い、火山岩中におけるBeは斑晶ではなくほとんど石基中に存在することを示し、Beは珪酸塩メルト中においては、不適合元素として作用することを実証した。また火山岩試料を用いる際に、肉眼観察により新鮮であると判定された火山岩でも酸処理を行ったものと行わないものとで10Beの量に差が生じる場合があることを見いだし、マグマ中の10Beの量を正確に測定するためには、二次的な10Beの除去法を確立する必要を指摘した。そのためには酸処理が有効であり、用いる試料の粒子サイズ、酸の種類、濃度、酸にさらす時間などを変化させ、酸処理による二次的な10Beの除去の度合いを調べる実験を行い、効果的な酸処理の条件を確立した。測定に関しては、10Beの測定はタンデム加速器質量分析法により行い、Beの唯一の安定同位体である9Beは誘導結合プラズマ質量分析法による測定を行って、10Be/9Be比を求める方法を確立した。

 第3章では、第2章で確立した方法を用いて、東北・北海道南部地域の東北日本弧火山フロントから日本海側にいたる第四紀の14の火山からの39の溶岩流の試料について10Be/9Be比を測定し、以下のような興味深い結果を得た。まず、第三紀の溶岩やハワイのロイヒ火山の試料に比較すると、東北日本弧の第四紀火山の10Be/9Be比は有意に高い値であり、これらの島弧火山マグマには沈み込んだ堆積物の寄与があることを示している。火山フロント側の火山と背弧側の火山を比べると、火山フロント側で高い10Be/9Be比が見られる傾向はあるが、同じ火山フロント近くの火山でも変化しており、地域差が見られる。また、同じ火山体でも異なった時代に噴出した溶岩で異なった10Be/9Be比が見いだされる例が複数存在し、Be同位体比の変化が化学組成の変化と対応する場合もあり、マグマの生成・上昇過程で周囲の物質からの影響があることを示唆している。さらに、中南米等の火山に比べ、東北日本弧の火山岩ではBの量が同じかやや多いにもかかわらず、Be同位体比はかなり低い値を示すことは、東北日本弧におけるマグマ生成に対する堆積物の寄与が、中南米地域などに比べて相対的にかなり低いことを示唆している。これらの結果は本論文によって初めて明らかにされたことであり、Be同位体比が島弧火山マグマの生成から上昇・噴出に至る環境を推定するための有力な手段になることを示した。

 第4章では、全体のまとめを行っている。

 上述したように、本論文は、Be同位体比を用いて島弧火山マグマに対する海洋性堆積物の寄与を評価する実験的方法を確立し、マグマ生成・上昇・噴出過程における環境の影響などを推定する有力な手段になることを示した点で、地球科学の分野に大きな貢献を行なった。

 なお、本論文の一部は今村峯雄博士、兼岡一郎博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

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