島弧火山のマグマ生成に大陸縁辺下に沈み込む海洋プレート上に存在する海洋堆積物の寄与があるか否かは、島弧マグマの生成過程を推定するうえで重要な情報となる。その解明には、宇宙線生成核種10Beが非常に有効な手段となる。 海洋堆積物中には、大気上空において宇宙線による大気中の酸素、あるいは窒素の核破砕反応によって生成され、エアロゾルに吸着して雨や雪などにより地表に降下した10Be(半減期:1.5m.y.)が濃集している。それらが海洋プレートと共に沈み込み、島弧マグマの生成に関与していれば、島弧火山岩中に10Beが検出されるはずである。実際、島弧火山岩中に堆積物起源の10Beが検出され(Brown et al.,1982;Imamura et al.,1984)、島弧マグマの形成に海洋底堆積物が関与している証拠として注目された。世界の代表的な島弧火山については概括的な報告がなされている(Tera et al.,1986;Morris et al.,1990)が、日本の島弧火山については、予備的な結果しか報告されていない。またこれまでの報告では、同一の火山からの異なる試料についての調査や、火山の地域性との関係などは調べられていない。 また、地表に長くさらされている岩石などについては雨水により運ばれた塵・土壌などによる汚染を受ける可能性があり、堆積物起源の10Beを反映していない恐れがある。しかし、火山試料の汚染成分を除去するための洗浄法についてきちんとした実験に基づいて決定した報告例は存在しない。 本研究の主な内容は以下のとおりである。 (1)地表における汚染成分の除去を行うための試料の洗浄に関する基礎的な実験を行い、汚染成分除去のために必要な洗浄条件を確立した。 (2)本研究で確立した洗浄手法を用い、第四紀の東北日本弧火山岩中の信頼性のあるBe同位体比(10Be/9Be比)を決定した。 (3)東北日本弧火山におけるBe同位体比の地域的特性、同一火山でのBe同位体比の変動を明らかにした。 以下に得られた結果について述べる。 火山岩試料の地表噴出後に受ける10Beの汚染を除去するため、岩石試料を酸によって洗浄する条件の確立を試みた。試料の洗浄条件(洗浄時間:2,4,6,8,10時間、洗浄溶液濃度:1、3、6MHCl、試料の粒子サイズ:塊、5mm、<50mesh)を変化させ、その効果をみる実験を行った。火山岩試料を各条件において約2g使用した。洗浄には超音波洗浄を洗浄後上澄み液を分離し、定量した9Beをcarrierとして加えた後Be抽出を行い、AMS(加速器質量分析法)測定を行った。 その結果、汚染成分は1Mの塩酸で2時間、超音波洗浄することにより十分除去できることが確認できた(Fig.1)。また、洗浄の効果は10mm以下の試料であれば差がないことが明らかになった(Fig.2)。これらの結果に基づき、本研究では50mesh(350m)以下の試料を1Mの塩酸で2-4時間超音波洗浄する方法を採用した。 上記の手法を用い、北海道-東北日本弧の14の火山がら採取された、約40の第四期試料中のBe同位体比を決定した。 試料は主に玄武岩、安山岩を用い、半数以上の火山については複数の溶岩流について測定を行った。また、比較のため、沈み込むスラブの影響を受けていないロイヒ海山の火山岩試料、岩石内の核反応起源10Beの寄与などを評価するため、第三紀火山試料について分析した。その結果、以下のような点が明らかになった。 1)北海道-東北日本島弧火山マグマへの海洋堆積物の寄与 島弧火山岩試料は非島弧、第三紀火山試料に比較して、火山フロント側、背弧側のいずれの試料も高いBe同位体比を示す。このことは、火山フロント側ばかりでなく背弧側においても北海道-東北日本島弧火山マグマに沈み込む海洋堆積物の寄与があったことを示唆する(Fig.3)。 2)同一火山におけるBe同位体比変動の存在 同じ火山においても噴出した時期が異なる各溶岩ごとにBe同位体比が明らかに異なる値を示すことが実証された。同じ溶岩に属し、異なる試料採取地点から得られた試料間においては同じ値を示すことから、同じ溶岩におけるBe同位体比の一様性が確認された。このような変動を引き起こす可能性として、マグマ生成後地表に噴出するまでのプロセスの相違が考えられる。 3)東北日本弧におけるBe同位体比の地域的特性の存在a)フロント沿いにみられる変動 同じ火山フロントに位置している火山でも、恵山周辺の火山ではBe同位体比は高いが、岩手山などより南に位置する火山では低い値を示し、Be同位体比の分布に地域性のあることが明らかになった。このような変動を生じさせる要因として、沈み込む堆積物の寄与の違いやマグマ生成から地表浅部に至る過程における物質の相互作用の相違が可能性として挙げられる。 b)火山フロント-背弧方向にみられる変化 火山フロントから同じ程度の距離にある各地域ではそれぞれ最も高いBe同位体比をとって比較する限り、火山フロントから離れるに従ってBe同位体比が低くなる傾向があるようにも見える(Fig.4)。これは、寄与する海洋堆積物中の10Beの壊変、ないし寄与する堆積物の割合が減少したと考えることにより説明される。 図表Fig.1.Leaching effect of acid concentration. / Fig.2.Leaching effect of grain size. / Fig.3.Island-arc and control samples. / Fig.4.Be isotopic ratio v.s.distance from the volcanic front. 本研究で明らかにされたBe同位体比の地域的特性、同一火山におけるBe同位体比にみられる変動などの原因を解明するためには、他の同位体、微量元素との関連、岩石学的な研究との比較など様々な見地からの検証を行うことが必要である。また、Beの高温高圧下における挙動が明らかでないため、これに関する実験を行うことが重要である。 |