学位論文要旨



No 114727
著者(漢字) 權,哲
著者(英字)
著者(カナ) チュアン,ジェ
標題(和) 能動輸送膜蛋白の関わる生物活性物質の分離及びスクリーニング法
標題(洋) Methods of Separation and Screening for Bioactive Substances Involving Active Transporters
報告番号 114727
報告番号 甲14727
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3664号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 助教授 澤村,正也
内容要旨

 能動輸送膜蛋白は生体の能動輸送システムにおいて極めて重要な役割を果たしている.これら膜蛋白は細胞内外の既存のイオン濃度勾配を利用し生理活性分子を輸送する第2次能動輸送,及び化学的エネルギーを利用して直接基質を輸送する第1次能動輸送に大別される.本研究では,第1次及び第2次膜能動輸送に基づき,生物活性物質の分離と多剤耐性蛋白の基質に対するスクリーニング法の開発を目的とした.

(1)バクテリオロドプシンの関わる二次能動輸送によるドーパミンの分離濃縮法

 リポソームに包埋されたバクテリオロドプシン(bacteriorhodopsin,bR)が光照射により作り出すpH濃度勾配を用いて,ドーパミン(dopamine,DA)をリポソーム内に濃縮した.ラサロシドA(lasalocid A,Las)とbRを小さな一枚膜リポソーム(sma11 unilamellar vesicles,SUVs)の膜に再包埋した.バクテリオロドプシンは光依存性のプロトンポンプである.Fig.1で示したように光照射で再構成リポソームの内側にプロトンを輸送する.形成されたpH勾配をエネルギーとしてキャリヤーのLasがDAをリポソームの中に能動的に輸送し,濃縮する.SUVを含む溶液の中に30M DAを溶かした.DAの濃度変化はcyclic voltammetry(CV)で観測した.結果をFig.2に示す.bRとLasが両方存在する時,溶液中のDAの85%が濃度勾配に逆らいSUVの中に輸送され,354倍濃縮された.本研究結果と既報の類似のLas系でバッファー溶液による形成される pH 濃度勾配をエネルギーとして DAが能動輸送された結果をTable 1に示す.小さい受容/供与体積の比率を与えるリポソームと連続的に輸送エネルギーを供給できる bR を使用することで輸送と濃縮の効率が著しく促進されることが分かった.

図表Fig.1.Principle for DA uptake into liposome. / Fig.2.Concentration of DA into liposomes constructed with Las and bR(○,●),with Las(■),with bR(□),without both Las and bR(△).All under illumination but(●).Table 1.Comparison of receiving/feed volume ratios,percent uptake and efficiencies for concentration with different uphill transport systems
(2)一次性能動輸送蛋白MRPの基質選択性のスクリーニング法

 MRP(multidrug resistance-associated protein)は多剤耐性(multidrug resistance,MDR)を示す膜蛋白の一つである.MRPは各種の抗癌剤など多くの基質をATP依存的に細胞外に輸送するため(Fig.3),癌治療の大きな障害となることが知られている.したがって,MRPの基質に対する選択性の評価はMDRを克服することにおいて非常に重要なことである.従来の方法ではMRP膜ヴェシクルを調製し,ATPと基質をヴェシクル溶液に入れ,基質のヴェシクル内への輸送を行なう.そしてヴェシクルを分離し,取り込められた基質(殆どの場合は放射性標識体)を測定する.この方法にはいくつの欠点が存在する.基質の受動拡散と脂溶性基質の膜内への溶け込みが避けられず,さらに速度論的研究の場合バルク溶液中の基質が輸送されることにより起こる濃度の変化が誤差をもたらす.本研究ではATPの消費速度を指標としてMRPの基質に対する選択性の評価法を開発した.MRPヴェシクル溶液中に表面活性剤(Triton X-100)を加え,ヴェシクル内外の溶液を均一化にした.そしてMRPの輸送によるATPの消費を以下の反応によりNADHの酸化反応過程より評価した.

 

 NADHの濃度変化は340nmで測定し,得られたATP消費速度はMichaelis式で解析した.実験は典型的なMRPの4種類の基質を用いた.MRPの最良の基質として知られるLTC4(Cisteinyl leukotriene C4)のLineweaverプロットをFig.4に示す.このプロットからMRP蛋白と各基質の親和性を表わすKm値を得た(Table 2).各基質に対するKm値は文献値と一致し,しかも親和性の序列LTC4>LTD4>LTE4>>GSSGと一致することが分かった.本法は従来法の欠点が克服され,リアルタイムの速度論的データでMRPの基質に対する選択性を評価できること分かった.以上の結果を踏まえて,MRPの基質として知られる二種類の抗癌剤,ダウノルビシン(Daunorubicin,Dau)とヴィンクリスチン(Vincristine,Vin)のKm値を同様に求めた.結果をTable 2に示す.

図表Fig.3.ATP-dependent MRP transport activity. / Fig.4.Lineweaver plot for LTC4.Table 2.Km values of substrates for MRP

 本研究は2種類の膜能動輸送蛋白を用いて,生物活性物質の分離とスクリーニングを行った.バクテリオロドプシンは光照射で間断なくプロトン勾配を維持し,ドーパミンを効率よくリポソームの中に濃縮させることに成功した.このような小さな受容体積を持ち,生体系のように連続的に輸送エネルギーを供与できるシステムは能率的な分離と濃縮が期待できよう.一方MRP蛋白質において膜輸送時のATPの消費速度を通じてMRPの基質に対する選択性を評価した.この方法を使い従来法の欠点を避け,基質のMRPに対する親和性を求められることを示した.従来法はMRPの輸送能力を輸送された様々な基質の絶対量を測定するのに対して本法は各ヶの基質の輸送過程に共通するATPの消費を指標としてMRPの基質に対する選択性を評価した.本法はMRPの基質のスクリーニングに応用し,抗癌剤の開発に貢献するものと期待される.

審査要旨

 本学位論文は,能動輸送膜蛋白の関わるバイオセンシング法に関する研究である.生体膜の能動輸送に関わる膜蛋白は,二次能動輸送と一次能動輸送に大別されるが,本研究では,これらの現象の関わる生物活性物質の分離・濃縮と多剤耐性蛋白の基質選択性のスクリーニング法の開発を目的としている.

 本論文の内容の要旨に続き,第1章の序論では能動輸送の基礎について解説している.まず人工合成系による能動輸送につき,その定義,膜の調製例,更にそれらによる物質の分離・濃縮法の原理を述べている.また,生体膜蛋白質に基づく能動輸送について,一次および二次能動輸送各々その定義と典型例を解説して,いくつかのその分析化学的応用について述べている.

 第2章では,バクテリオロドプシン(bR)の関わる一次能動輸送と,引き続く,設計された二次能動輸送現象を,物質の新規分離濃縮法に応用する研究について,実験の詳細と結果の考察を行っている.実際に,ドーパミン(DA)をリポソーム内に選択的に濃縮する方法を提案検証している.ラサロシドA(Las)とhalobacterium halobium S9から抽出・精製したbRを一枚膜リポソームに包埋し,光照射でbRの一次能動輸送でリポソーム膜内外にプロトン濃度勾配を作り,そのpH勾配をエネルギー源として,キャリアLasにDAをリポソーム内に二次能動輸送させた.リポソーム膜内外を輸送の受容/供与側溶液とすることで体積比効果を併用することにより,最高354倍のDAの分離・濃縮が達成されたことを見出している.

 この方法は,光照射下bRを用いることにより,通常の人工系能動輸送で問題になるpH勾配などの外部エネルギーの枯渇の問題をよく解決していて,生物活性物質の能動輸送による一般性の高い分離・濃縮法であることを結論している.

 第3章では一次能動輸送膜蛋白MRPの基質選択性のスクリーニング法に関する記述である.まずMRP(multidrug resistance-associated protein)ついて,それは多剤耐性に関わる膜蛋白で,各種の抗癌剤や抗生物質など多数の基質をATP依存的に細胞外に能動輸送により排出する作用があり,その基質選択性を評価できるスクリーニング法が重要であることを述べている.従来法では,実際に輸送排出された基質各々を,別個,放射ラベル等により測定しているが,各基質の能動輸送の共通の尺度として消費されるATP量を検出することにより,迅速にMRPの関わる基質の選択性を評価できるスクリーニング法を提案し,これを検証するため実験の詳細の記述と結果の考察を行っている.まずLLC-MRP1培養細胞より抽出したMRPを包埋したリポソームを,基質とATPおよび予めヴェシクルを開裂させるための表面活性剤の適当量とともに反応させ,その結果,減少するATP量をNADHの酸化反応とカップルさせ吸光光度分析を行っている.MRPの典型的基質として知られるロイコトリエン系4種について,それらのMRPに対するKm値を導出,その値および序列が従来法によるものと一致していること,またMRPの各基質に対する実際の輸送能の順序とも一致することを述べている.更に,この方法を抗癌剤ダウノルビシンとヴィンクリスチンのKm値の導出にも応用し記載している.以上より,本法がMRPの多数の基質の選択性の評価のスクリーニング法として成立しうることを結論している.

 第4章は結論であり,本学位論文で記されたことがらについてまとめ,本研究結果の重要性を強調している.

 以上,本研究は能動輸送膜蛋白の関わる生物活性物質の分離・濃縮およびスクリーニング法に関する研究で,いずれも分析化学の発展に寄与する成果を収めた.よって理学博士取得を目的とする研究として十分であると審査員は全員一致で認めた.なお,本論文は各章の研究が複数の研究者との共同研究であるが,論文提出者が主体となって行ったもので論文提出者の寄与は十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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