内容要旨 | | 高歪みシクロプロペノンアセタールは普通の有機化合物には見られない特徴を持つ高活性化合物として有機化学上興味をもたれている.その開環反応を制御することで驚くほど豊かな化学が展開する可能性を内包しているが,その開環反応機構についてはいまだに不明な点が多い.本論文では,シクロプロペノンアセタールの金属による環開裂反応の機構の研究に基づいて,新規な活性種の存在を確認し更にこの環開裂反応を用いて新規反応の開発に成功した結果を述べた.六章よりなる本論文の各章の内容を以下に要約する. 第一章では本研究以前のシクロプロペンの環開裂反応の状況および本研究の目的を述べた.シクロプロペンの熱分解或いは金属イオンによる開環反応がカルベン中間体を経て進行することは知られている.金属イオンによる開環反応は新規有機合成反応への応用が期待されるが,この開環反応のメカニズム及び開環反応の位置選択性また立体選択性は全く知られていない(図1,図2). 図表図1 環開裂反応の中間体 / 図2.開環反応の反応機構 第二章では高ひずみのシクロプロペノンアセタールの金属イオンによる環開裂についての反応機構を述べた.シクロプロペノンアセタール(CPA)に酢酸水銀を加えたところ,水銀とシクロプロペノンアセタールの二重結合との配位によって位置選択また立体選択的に環開裂し,シス体のエステルのみが生成した(式1). CPAとAgOTfを反応させたところ,分子間で二量化反応して,二量体であるジエンジエステルが高収率で得られた(式2). 更に,環開裂中間体がビニル金属として存在することを実験的また理論的な研究より初めて明らかにした(図のA). 第三章では高ひずみのシクロプロペノンアセタールの亜鉛試薬による環開裂についての研究を述べた.式3に示すように,有機合成反応上に非常に有用な反応を見い出した. 第四章では高ひずみのシクロプロペノンアセタールからヨウ化ビニルの合成についての研究を述べた. 第五章では高ひずみのシクロプロペノンアセタールから中大員環化合物を構築できることを見い出した.炭素中大員環は様々な生理活性を有する有機化合物の重要な部分構造である.このような環構造を合成するための有効な合成方法として,分子内の炭素-炭素結合生成反応が有効な方法として考えられる.このような閉環反応はエントロピー上不利であるため,このような環構造の構築は一般的に困難であると考えられる.本研究ではシクロプロペノンアセタールの金属による環開裂反応を用い,分子内二量化反応により中大員環化合物が高収率で合成することができることを明らかにした.更に,触媒的環化反応を実現した. |
審査要旨 | | 本論文は,六章からなり,高い歪みエネルギーをもつシクロプロペノンアセタール(CPA)の金属錯体による環開裂反応を用いた新らたな反応の開発研究について述べられている. 第一章は,シクロプロペン類の環開裂反応の背景および本研究の目的について述べられている.これまでにシクロプロペン類の環開裂反応が,熱分解或いは金属イオンによりカルベン中間体を経て進行することが知られている.このうち,金属イオンによる環開裂反応は新規有機合成反応への応用が期待されるが,この環開裂反応の反応機構及び反応の位置・立体選択性については全く知られていない.本研究は,シクロプロペン類の遷移金属錯体による新たな環開裂反応の開発およびその反応機構を明らかにすることを目的としている. 第二章は,CPAの金属イオンによる環開裂反応の反応機構について述べられている,本研究では,水銀,銀および銅錯体によりCPAの環開裂反応が進行することが見いだされている.この環開裂反応では,位置および立体選択的に反応が進行し,置換CPAがZ型オレフィンへと変換されることが見いだされている.この検討では,銀錯体を用いた反応により,環開裂中間体の分子間二量化反応が進行し,Z,Z-型ジエンジエステルが選択的に高収率で得られることが見いだされている.本研究ではさらに,実験的および理論的な研究により環開裂中間体がビニル金属として存在することが初めて明らかにされている. 第三章は,CPAの亜鉛試薬による環開裂反応の研究について述べられている.本研究では,多様なビニル亜鉛種が合成され,さらに合成したビニル亜鉛種を用いた炭素-炭素結合生成反応の開発がなされている.この検討では,様々な基質を用いたビニルアセタール類の合成手法が示され,CPAが三炭素ビルディングブロックとして有機合成上,有用であることが示されている. 第四章は,CPAの環開裂反応を応用した立体選択的なヨウ化ビニル類の合成研究について述べられている.本研究では,第二章において見いだされた銀錯体によるCPAの環開裂反応をヨウ素存在下行うことにより,立体選択的なZ型ヨウ化ビニル類の高選択的な合成反応となることが示されている.この検討では,Z型およびE型それぞれの-ヨウ化アクリル酸エステルおよび-ヨウ化アクリル酸アセタールの選択的な新規合成手法が見いだされている. 第五章は,前章までに示された新規環開裂反応を用いて,中大員環化合物の合成について述べられている.炭素中大員環は様々な生理活性を有する有機化合物の重要な部分構造であり,この環構造を合成するための有効な合成方法としては分子内の炭素-炭素結合生成反応が有効な方法として考えられる.しかし,このような閉環反応はエントロピー上不利であるため,このような環構造の構築は一般的に困難であると考えられる.本研究では,前章までのCPAの金属錯体による環開裂反応のうち分子内二量化反応を用いることで,中大員環化合物を高収率で合成することができることが示されている.この中大員環合成では,まず金属錯体の等量反応が見いだされ,さらに触媒量の金属錯体による有用な合成手法の開発までが示されている. 最後の第五章では,本研究のまとめと今後の展望について述べられている. なお,本論文第二章は,山中正浩氏,森聖治氏,中村栄一氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって検討を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. したがって,博士(理学)を授与できると認める. |