学位論文要旨



No 114730
著者(漢字) 楊,東生
著者(英字)
著者(カナ) ヤン,ドンシェン
標題(和) 中国湖南省中部に位置する錫鉱山超大型アンチモニー鉱床の成因に関する地質学的・地球化学的研究
標題(洋) Geological and Geochemical Approach to Ore Genesis of the Supergiant Xikuangshan Antimony Deposits,Central Hunan,China
報告番号 114730
報告番号 甲14730
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3667号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 中井,俊一
 富山大学 教授 清水,正明
内容要旨

 世界最大のアンチモニー鉱床である錫鉱山鉱床は中華人民共和国湖南省の中部に位置し,湖南省の省都である長沙市の南西約270キロメートルにある.錫鉱山鉱床における金属アンチモニーの埋蔵量は約200万トンで,年間10,000〜15,000トンを産出し,これは全世界の年間アンチモニー生産量の約20%にあたる.これまでの多くの研究にもかかわらず,錫鉱山鉱床の成因については未解決の点が多く,とくにアンチモニーについてはマグマ起源か堆積岩起源かが議論されてきた.本研究では鉱化溶液の起源と進化についてより詳細な情報を得ることにより,明確でありうべき鉱床生成モデルを確立することを目指した.

 湖南省中部の地質は主として以下の二つのリソテクトニックユニットからなる.すなわち下部は厚さ10kmにも達する原生代後期からシルル紀の弱変成(緑色片岩相)の変堆積岩類であり,上部は古生代後期から三畳紀中期の非変成堆積岩である.変堆積岩類の下部は原生代後期のBanxi Groupからなり,3kmほどの厚さをもつ殆ど無化石の粘板岩で薄い変砂岩層・凝灰岩質粘板岩層を挟む.Banxi Groupは湖南省中部域では非整合の関係で震旦系〜大型化石を含む古生代前期の6,000mを超す変堆積岩類に移行する.これらの変成堆積岩類からなる基盤は,4,000mを超す厚さをもつ非変成のデボン紀中期から三畳紀中期の堆積岩によって覆われている.前期デボン紀の地層を欠いている事実は,この地域がこの時期に劣地向斜からクラトン的な堆積の場になったことを示す.非変成の堆積岩類は錫鉱山鉱床を胚胎する厚い炭酸塩岩層で特徴づけられ,頁岩・シルト岩・鉄鉱層・コールメジャーを挟む.湖南省における海成堆積物の形成はこの後220Maの印支運動をもって終了し,三畳紀中期以降は沈降帯や断層に境された盆地に陸成砕屑岩が見られるのみとなる.

 錫鉱山鉱床は湖南省中央凹地の北の縁に位置し,現在の削剥のレベルがデボン紀後期から石炭紀初期の地層に及んでいる場所に相当する.空間的に独立した,しかし成因的には関連した4個所の鉱床,Laokuangshan,Tongjiayuan,Feishuiyan,Wuhuaを合せて錫鉱山鉱山と呼称している.鉱床はShetianqiao Formation(D3S)と呼ばれるデボン紀後期の地層中に胚胎しているが,D3Sの最上部にある頁岩やD3Sを覆うXikuangshan Formationの石灰質頁岩は鉱化を受けておらず,100mを超す厚さのカバーとして鉱化作用を留める働きをしたものと考えられる.本研究では,大きな規模をもつTongjiayuanとFeishuiyanの二鉱床を調査の対象とした.鉱床の母岩には広く珪化作用が及んでおり,少量の絹雲母・カオリナイト・パイロフィライトおよび鉱染状の黄鉄鉱が認められる.

 鉱床の周囲20km2の範囲内に見られる火成岩としては,わずかにランプロファイアー(kersantite)の岩脈があるのみである.幅は0.2-15mで,12kmの長さをもち,鉱化帯の東を限る引張断裂Fxに沿って貫入しており,119Maの年代が報告されている.アンチモニーの鉱化は時間的にはこのランプロファイアー岩脈の貫入と重なるものである.

 印支運動時および後印支運動期を通して本地域ではデボン紀後期から石炭紀の地層が強い変形を受け,北北東の軸をもつキロメータースケールの錫鉱山複背斜として知られる褶曲を形成した.この複背斜の西翼はF75と呼ばれる断層帯で切られている.この断層帯は北北東の走向をもち40-60゜NWの傾斜でおよそ12kmの長さをもち,transbasementあるいはtranscrustal断層帯であるとされる.絋化に先立つF75断層帯付近の変形として以下の3段階が認められる.すなわち1)初期の左雁行褶曲(Baiyunyan,Feishuiyan,Laokuangshan,Tongjiayuan褶曲)による走向移動断層,2)引き続く右雁行走向移動断層運動(F71,F72,F3断層),3)現在のF75断層帯や鉱床内に見られる引張による正断層群の形成.これらの関係から,断層の形成・ランプロファイアーの貫入・アンチモニーの鉱化作用は,いずれも白亜紀乃至燕山期のリソスフェアーの熱的再動の産物とみなすことができると考えられる.

 アンチモニーの鉱化は様々なスケールで構造支配を受けている.4つの鉱床はいずれも二次の背斜の軸部に胚胎し,この軸部とF75あるいはF3断層帯との交会部に多くの鉱体が存在する.本地域の鉱化作用は西はF75断層帯で,束はランプロファイアー岩脈で示されるFx断層で境されており,錫鉱山複背斜のコアの部分に限られている.また鉱体はF75やそれに伴う二次的な正断層の下盤のブロックに胚胎している.

 Shetianqiao Formationの性質も鉱化の局在化に大きな役割をはたしている.コンビテントな石灰岩と可塑的な頁岩との間に,層理に平行なあるいは層理を切る様々な種類の割れ目が,褶曲や断層運動に伴って形成された.このような歪の集中した部分が熱水の通路となり,鉱化流体の移動を促した.初期の珪化をもたらした熱水は高い流体圧によって水圧破砕を引き起こし,これが珪化した石灰岩の角礫化をもたらした.アンチモニーの絋化は珪化角礫周辺の空隙を充填するなどの形で,これらの歪の集中した部分に局在化した,角礫状鉱石は最も重要な鉱石のタイプである.

 錫鉱山鉱床の鉱化作用は以下の2つのステージに分けることができる.1)初期の珪化作用,2A)輝安鉱-石英の共生からなる前期主鉱化作用,2B)輝安鉱-方解石の共生からなる後期主鉱化作用.珪化作用にはほとんど輝安鉱を伴わず,わずかに黄鉄鉱の鉱染がみられる,主鉱化作用では輝安鉱に伴って石英または方解石が開いた空間を埋める形で沈殿した.珪化を受けた石灰岩は未変質のものに比較してSb,Asに富み,またわずかにCu,Hg,Wに富む.輝安鉱の化学組成は純粋に近くほとんど他の成分を含まないが,黄鉄鉱は異常に高いAs(〜2.1wt%)含有量を示す.

 鉱物の安定関係や限られた流体包有物のデータから,鉱化作用のピーク時は約220℃以上で起こったと推定され,前期の輝安鉱-石英の共生は,後期の輝安鉱-方解石の共生より平均的に高い生成温度をもっていたと考えられる.珪化作用時の石英と主鉱化作用時の石英が同じ酸素同位体組成(11.0〜13.8‰)をもっていることから,珪化作用と鉱化作用を引き起こした熱水は-連の活動であったと考えられる.主鉱化期の石英から得られる熱水の同位体組成(18O=-0.5〜6.0‰,D=-50〜-102‰)と方解石から得られる同位体組成(18O=5.3〜11.2‰,D=-48〜-72‰)は,熱水の起源がマグマではなく,進化した天水起源であることを示している.輝安鉱の硫黄同位体組成は3.5から16.3‰に分布するが,多くの値は5〜8‰に集中する.可能性のある様々なソースベッド中の硫黄同位体組成との比較から,鉱床の硫黄は変堆積岩類(Banxi Group)からもたらされたと推定される.鉱床の方解石の炭素同位体組成の値(-6.4〜2.0‰)は0.5〜1.9‰に集中し,母岩である石灰岩からの寄与が大きいことがうかがわれる.一方F219断層に胚胎している鉱脈からの方解石の炭素同位体組成は4.4〜-6.5‰を示し,深部マントル起源の炭素がランプロファイアーの貫入に伴ってもたらされた可能性があることを示している.

 アンチモニーのソースベッドとして可能性のあるいくつかの地層の微量成分について検討した結果,Banxi Groupは頁岩の平均値に比較して異常に高いSb(〜370ppm),As(〜120ppm)を示し,Zn,Pb,Rb,Scについては平均的で,Cu,Sr,Co,Ni,Cr,Yには乏しいことがわかった.錫鉱山鉱床では特にSb,Asが濃集していることとこれらの元素が熱水で容易に移動することを考えると,このBanxi Groupがソースベッドであった可能性が指摘できる.また泥質に比較して凝灰質の粘板岩にこれらの元素が多く濃集していることを考えると,海底噴気性堆積物の寄与があることが推定される.またBanxi Groupの黄鉄鉱がNi(<0.04wt%)に乏しく,著しくCo(0.14〜3.1wt%)富んでいることも海底噴気堆積性であることを示している.

 錫鉱山鉱床を形成した鉱液は地下深部まで到達した天水起源の循環水で,Banxi Groupの粘板岩からSb,As,Sを抽出したと考えられる.しかし,未変質のランプロファイアーが比較的高いSb含有量(19〜380ppm)をもつことや,深部マグマ起源の炭素の存在が知られるなどの事実は,錫鉱山アンチモニー鉱床の形成にはマントル起源の物質の関与もあったことをうかがわせる.またランプロファイアー岩脈と鉱床形成の時期的一致は,鉱床形成時に天水循環を引き起こすのに必要な熱源が存在していたことを示している.

 錫鉱山鉱床は中温から低温(130-280℃)で,生成圧も1,000barsよりも低い圧力下で,低塩濃度で還元的かつ酸性の溶液から形成された.輝安鉱の沈殿は鉱化作用の場における熱伝導を主とした溶液の冷却に起因していたと考えられる.地質学的・地球化学的証拠は錫鉱山鉱床のおける珪化作用と主鉱化作用は進化しつつある同一の流体からもたらされたものであり,SiO2に富んでいた前期主鉱化期の流体は母岩である石灰岩との反応により次第にCO2に富む後期主鉱化期の流体へと変化したものである.

審査要旨

 本論文は8章からなり,第1章 序説,第2章 地質概況,第3章 珪化岩,第4章 鉱化作用,第5章 流体包有物の研究,第6章 安定同位体研究と鉱液の起源,第7章 アンチモニーの供給源と鉱液の進化,第8章 鉱床生成論(結論),となっている.主な内容は以下の通りである.

 世界最大のアンチモニー鉱床である錫鉱山鉱床は中華人民共和国湖南省の中部に位置し,金属アンチモニーの埋蔵量は約200万トンで,年間10,000〜15,000トンを産出し,これは全世界の年間アンチモニー生産量の約20%にあたる.これまでに多くの研究があるが鉱床の成因については未解決の点が多く,本研究では鉱化溶液の起源と進化についてのより詳細な情報により,鉱床生成モデルを確立することを目指した.

 湖南省中部の地質は主として以下の二つのユニットからなる.すなわち下部は厚さ10kmにも達する原生代後期からシルル紀の弱変成(緑色片岩相)の変堆積岩類であり,上部は古生代後期から三畳紀中期の非変成堆積岩である.変堆積岩類の下部は原生代後期のBanxi Groupからなり,非整合の関係で震旦系〜大型化石を含む古生代前期の6,000mを超す変堆積岩類に移行する.これらの変成堆積岩類からなる基盤は,4,000mを超す厚さをもつ非変成のデボン紀中期から三畳紀中期の堆積岩によって覆われる.非変成の堆積岩類は錫鉱山鉱床を胚胎する厚い炭酸塩岩層で特徴づけられ,頁岩・シルト岩・鉄鉱層・コールメジャーを挟む.

 錫鉱山鉱床は湖南省中央凹地の北の縁に位置し,4個所の鉱床,Laokuangshan,Tongjiayuan,Feishuiyan,Wuhuaからなる.鉱床はShetianqiao Formation(D3S)と呼ばれるデボン紀後期の地層中に胚胎している.鉱床の母岩には広く珪化作用が及んでおり,少量の絹雲母・カオリナイト・パイロフィライトおよび鉱染状の黄鉄鉱が認められる.

 鉱床の周囲に見られる火成岩としては,わずかにランプロファイアー(kersantite)の岩脈があるのみである.幅は0.2-15mで,12kmの長さをもち,鉱化帯の東を限る引張断裂Fxに沿って貫入しており,119Maの年代が報告されている.アンチモニーの鉱化は時間的にはこのランプロファイアー岩脈の貫入と重なるものである.

 アンチモニーの鉱化は様々なスケールで構造支配を受けている.4つの鉱床はいずれも二次の背斜の軸部に胚胎し,この軸部とF75あるいはF3断層帯との交会部に多くの鉱体が存在する.本地域の鉱化作用は西はF75断層帯で,東はランプロファイアー岩脈で示されるFx断層で境されており,錫鉱山複背斜のコアの部分に限られている.Shetianqiao Formationの性質も鉱化の局在化に大きな役割をはたしている.コンピテントな石灰岩と可塑的な頁岩との間に,層理に平行なあるいは層理を切る様々な種類の割れ目が形成され,このような歪の集中した部分が熱水の通路となり,鉱化流体の移動を促した.初期の珪化をもたらした熱水は高い流体圧によって水圧破砕を引き起こし,これが珪化した石灰岩の角礫化をもたらした.アンチモニーの鉱化は珪化角礫周辺の空隙を充填するなどの形で,これらの歪の集中した部分に局在化した.

 錫鉱山鉱床の鉱化作用は以下の2つのステージに分けることができる.1)初期の珪化作用,2A)輝安鉱-石英の共生からなる前期主鉱化作用,2B)輝安鉱-方解石の共生からなる後期主鉱化作用.鉱物の安定関係や限られた流体包有物のデータから,鉱化作用のピーク時は約220℃以上で起こったと推定され,前期の輝安鉱-石英の共生は,後期の輝安鉱-方解石の共生より平均的に高い生成温度をもっていたと考えられる.珪化作用時の石英と主鉱化作用時の石英が同じ酸素同位体組成をもっていることから,珪化作用と鉱化作用を引き起こした熱水は一連の活動であったと考えられる.主鉱化期の石英と方解石から得られる同位体組成は,熱水の起源がマグマではなく,進化した天水起源であることを示している.輝安鉱の硫黄同位体組成は3.5から16.3‰に分布するが,多くの値は5〜8‰に集中する.可能性のある様々なソースベッドとの比較から,鉱床の硫黄は変堆積岩類(Banxi Group)からもたらされたと推定される.

 アンチモニーのソースベッドとして可能性のあるいくつかの地層の微量成分について検討した結果,Banxi Groupは頁岩の平均値に比較して異常に高いSb(〜370ppm),As(〜120ppm)を示し,Zn,Pb,Rb,Scについては平均的で,Cu,Sr,Co,Ni,Cr,Yには乏しいことがわかった.錫鉱山鉱床では特にSb,Asが濃集していることとこれらの元素が熱水で容易に移動することを考えると,このBanxi Groupがソースベッドであった可能性が指摘できる.また泥質に比較して凝灰質の粘板岩にこれらの元素が多く濃集していることを考えると,海底噴気性堆積物の寄与があることが推定される.

 これらの結果は,熱水成鉱床,特にアンチモニーの鉱化を伴う熱水系の成因と進化について明瞭な生成モデルを与えるものであり,地質学に大きく貢献するものである.

 したがって,博士(理学)を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク