学位論文要旨



No 114732
著者(漢字) アチャリエ・スルヤ ラージ
著者(英字)
著者(カナ) アチャリエ・スルヤ ラージ
標題(和) 発展途上国における社会資本投資政策と地域格差のメカニズムに関する研究
標題(洋) Infrastructure Investment Policy and Mechanism of Regional Disparity in Developing Countries
報告番号 114732
報告番号 甲14732
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4502号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 助教授 竹内,佐和子
 東京大学 講師 堤,盛人
内容要旨

 発展途上国においては、地域間の経済的格差の拡大が深刻な問題となっている。本研究は、そうした地域格差-具体的には1人当たりの経済指標の格差-を縮小させる手段としての社会資本投資政策の役割を検討することを目的としている。既存の研究を概観した結果、地域が成長する過程における社会資本の役割を分析するための論理的な基礎が確立されていないことが明らかになった。したがって、政策指向的かつ実際的な理論の枠組みを構築することが必要となってくる。本研究では、理論構築の核となる前提条件として、「社会資本投資は、それが財の生産性に与える影響や集積の経済を通じて地域の成長プロセスに影響を及ぼし、その結果、地域間の生産要因の移動が生じる。」ということを考えている。

 本研究で用いられる分析の方法論は、(1)定性的な手法と(2)定量的な手法に大別される。まず(1)の手法として、ASEANの4カ国と日本をケーススタディーとして、地域格差や社会資本投資に関するマクロレベルでの傾向および構造を把握した。ASEANの4カ国に関しては、社会資本投資と地域格差の問題の特徴を確認することに重点を置いた分析を行なった。一方、日本に関しては、日本の過去の経験から、発展途上国における政策立案上の知見を得ることに努めた。次に(2)の方法として、動学的な多地域マクロ経済モデルを構築し、1955-1990年における日本のデータを用いたコンピュータシミュレーションを行い、その有効性を検討した。これは、コンピュータシミュレーションを通じた社会資本投資政策分析の基礎となると考えられる。

 (1)に関する分析結果の概略を以下に示す。まず、ASEAN4カ国におけるマクロな傾向をみると、急激に開発が進むアジア各国においては、需要追従型の社会資本整備が、大都市への人口や経済活動の過度の集中をもたらしたことがわかった。各国政府は、地域格差が増大することによって将来的には社会的費用が発生する可能性を認めている。しかし現状では、従来からの製造業に偏った輸出や、諸産業の外国資本への依存の大きさが、都市部の過度な成長を助長している。また、政府自身も財政制約の理由により有効な手段を講じることができないでいる。その間にも地域格差は拡大を続けており、格差縮小のための政策的な枠組みの必要性は高まっているが、いまだ体系化されていないことがわかった。

 続けて日本の状況を整理した結果、(社会資本整備という形をとった)公共投資が、地域の発展に重大な影響を与えていることが確認された。経済成長の初期段階においては、社会資本は、経済成長を加速させることを目的として、開発の中心となる地域および産業部門に重点的に投資されていた。一方1970年頃より、成長が遅れている地域への関心が高まり、投資政策も、地域格差の縮小および、生活の質の改善を目的とした生活基盤型社会資本へと大きく転換している。こうした、成長が遅れている地域への社会資本投資政策は、地域格差を大きく縮小させ、地域間の構造的な変化をもたらした。しかしながら、マクロな経済指標によって計測された格差改善の効果が、実際の経済競争力という観点から考えたときに、地域間の格差縮小を表しているかどうかは明らかではない。日本政府が、成長が進んでいる地域と遅れている地域の間の格差縮小に固執し、遅れている地域に対する継続的な社会資本投資の必要性を説いてきたのは、短期的な効果の発現を求めたためであると考えられる。加えて、格差の縮小は、地域間においてより地域内において重要性が増すものと考えられる。したがって、日本の状況から、成長が遅れている地域に対する社会資本投資は、非効率的な投資となる可能性を有するものの、地域格差をなくすための効果的な政策であることがわかった。

 次に、(2)の政策シミュレーションに関する分析結果の概略を以下に示す。まず、長期的視点で格差を縮小させるという見地に立った場合、社会資本投資が有効であるかどうかは、重点投資された社会資本の性質、および当時の経済の成長状況に依存していることが明らかになった。例えば、生活基盤型社会資本への投資は、地域格差を縮小させるという観点においては、産業基盤型社会資本よりも政策的に有効であることが確認された。また、経済成長の初期における投資は、遅い時期での投資に比べて、より重要性が高いことも確認された。したがって経済成長の初期に、発展が遅れている地域に対して生活基盤型社会資本の投資を重点的に実施することを、政策の方向性とすることが望ましいと考えられる。また、別のシミュレーション結果に基づくと、経済成長が遅れている地域に対する重点的な社会資本投資政策の負の効果は、適当な政策を採用することにより最小化される、あるいは長期的にみれば正の効果に転換されるということが明らかにされた。

 以上、本研究では、発展途上国における社会資本投資政策上のいくつかの指針を提示してきた。社会資本投資は、地域の成長プロセスを決定する際に、非常に大きな役割を果たしている。成長が遅れている地域への重点的な社会資本投資政策が、地域格差を是正する手段となる可能性は非常に大きい。しかしながら投資政策は、長期的な地域間の均衡ある発展を必ずしも保証するものではない。社会資本投資はあくまで手段であり、それ自身が目的ではない。したがって、社会資本投資政策は、当時の社会・経済的状況に見合って、(社会資本の種類や投資の時期といった見地から)適切に変更されなければならない。このような社会資本投資政策を実施することで、過疎地域への投資による国全体の経済成長の妨げを最小限に引きとどめながら、地域格差の是正を効果的に行なうことができる。

審査要旨

 発展途上国においては、地域間の経済的格差の拡大が深刻な問題となっている。本論文は、「社会資本投資は、それが財の生産性に与える影響や集積の経済を通じて地域の成長プロセスに影響を及ぼし、その結果、地域間の生産要因の移動が生じる。」という前提条件のもと、そうした地域格差-具体的には1人当たりの経済指標の格差-を縮小させる手段としての社会資本投資政策の役割に関して詳細な実証分析を行ったものである。

 本論文の成果として評価し得る点は以下のようにまとめられる。

 (1)ASEAN4カ国におけるマクロな分析から、急激に開発が進むアジア各国においては、需要追従型の社会資本整備が、大都市への人口や経済活動の過度の集中をもたらしたことを明らかにしている。無論、各国政府は、地域格差が増大することによって将来的には社会的費用が発生する可能性を認めている。しかしながら現状では、従来からの製造業に偏った輸出や諸産業の外国資本への依存の大きさが都市部の過度な成長を助長しており、政府自身も財政制約の理由により有効な手段を講じることができないでいる。その間にも地域格差は拡大を続けており、格差縮小のための政策的な枠組みの必要性は高まっているが、その必要性について明らかにしたことの意義は非常に大きい。

 (2)日本の過去50年の地域別分野別公共及び民間投資、人口移動、所得格差のデータを分析し、社会資本整備のための公共投資が、地域の発展にどのような影響を与えているかについて検討を行った。経済成長の初期段階においては、社会資本は、経済成長を加速させることを目的として、開発の中心となる地域および産業部門に重点的に投資されていた。一方1970年頃より、成長が遅れている地域への関心が高まり、投資政策も、地域格差の縮小および、生活の質の改善を目的とした生活基盤型社会資本へと大きく転換している。こうした、成長が遅れている地域への社会資本投資政策は、地域格差を大きく縮小させ、地域間の構造的な変化をもたらしたが、地域格差の是正という意味でのその有効性は必ずしも明らかになっていなかった。本論文では、日本の状況についての整理から、成長が遅れている地域に対する社会資本投資は、非効率的な投資となる可能性を有するものの、地域格差をなくすための効果的な政策であることを明らかにしている。

 (3)上記データに加え、産業連関データを用いた定量的な政策シミュレーションモデルを作成し、地域格差と人口移動、民間投資に対する公共投資の影響を説明できることを確認した。さらに、生産関連公共投資と生活関連公共投資の地域配分を変化された政策を設定し、複数ケースについて過去50年間の日本がどのような経済成長過程を経たかを計測した。その結果、1980年代までは実現ケースがどのケースよりも経済成長の観点からは望ましいものであったことが判明した。地域格差に関しては、次に示すような興味深い結論を導いている。

 (i)生活基盤型社会資本への投資は、地域格差を縮小させるという観点においては、産業基盤型社会資本よりも政策的に有効である。

 (ii)経済成長の初期における投資は、遅い時期での投資に比べて、より重要性が高い。したがって経済成長の初期に、発展が遅れている地域に対して生活基盤型社会資本の投資を重点的に実施することを、政策の方向性とすることが望ましいと考えられる。

 (4)別の定量的シミュレーション結果から、経済成長が遅れている地域に対する重点的な社会資本投資政策の負の効果(国全体の経済成長の遅れ)は、適当な政策を採用することにより最小化される、あるいは長期的にみれば正の効果に転換されるということを明らかにしている。

 以上本論文により、発展途上国における社会資本投資政策上のいくつかの指針が提示された。社会資本投資は、地域の成長プロセスを決定する際に、非常に大きな役割を果たしている。成長が遅れている地域への重点的な社会資本投資政策が、地域格差を是正する手段となる可能性は非常に大きい。しかしながら投資政策は、長期的な地域間の均衡ある発展を必ずしも保証するものではない。社会資本投資はあくまで手段であり、それ自身が目的ではない。したがって、社会資本投資政策は、その時々の社会・経済的状況に見合って社会資本の種類や投資の時期といった見地から適切に変更されなければならない。このような社会資本投資政策を実施することで、過疎地域への投資による国全体の経済成長の妨げを最小限に引きとどめながら、地域格差の是正を効果的に行なうことができることを示した本論文の成果は、今後の発展途上国における社会資本投資政策に一つの指針を与えたものとして高く評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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