発展途上国においては、地域間の経済的格差の拡大が深刻な問題となっている。本論文は、「社会資本投資は、それが財の生産性に与える影響や集積の経済を通じて地域の成長プロセスに影響を及ぼし、その結果、地域間の生産要因の移動が生じる。」という前提条件のもと、そうした地域格差-具体的には1人当たりの経済指標の格差-を縮小させる手段としての社会資本投資政策の役割に関して詳細な実証分析を行ったものである。 本論文の成果として評価し得る点は以下のようにまとめられる。 (1)ASEAN4カ国におけるマクロな分析から、急激に開発が進むアジア各国においては、需要追従型の社会資本整備が、大都市への人口や経済活動の過度の集中をもたらしたことを明らかにしている。無論、各国政府は、地域格差が増大することによって将来的には社会的費用が発生する可能性を認めている。しかしながら現状では、従来からの製造業に偏った輸出や諸産業の外国資本への依存の大きさが都市部の過度な成長を助長しており、政府自身も財政制約の理由により有効な手段を講じることができないでいる。その間にも地域格差は拡大を続けており、格差縮小のための政策的な枠組みの必要性は高まっているが、その必要性について明らかにしたことの意義は非常に大きい。 (2)日本の過去50年の地域別分野別公共及び民間投資、人口移動、所得格差のデータを分析し、社会資本整備のための公共投資が、地域の発展にどのような影響を与えているかについて検討を行った。経済成長の初期段階においては、社会資本は、経済成長を加速させることを目的として、開発の中心となる地域および産業部門に重点的に投資されていた。一方1970年頃より、成長が遅れている地域への関心が高まり、投資政策も、地域格差の縮小および、生活の質の改善を目的とした生活基盤型社会資本へと大きく転換している。こうした、成長が遅れている地域への社会資本投資政策は、地域格差を大きく縮小させ、地域間の構造的な変化をもたらしたが、地域格差の是正という意味でのその有効性は必ずしも明らかになっていなかった。本論文では、日本の状況についての整理から、成長が遅れている地域に対する社会資本投資は、非効率的な投資となる可能性を有するものの、地域格差をなくすための効果的な政策であることを明らかにしている。 (3)上記データに加え、産業連関データを用いた定量的な政策シミュレーションモデルを作成し、地域格差と人口移動、民間投資に対する公共投資の影響を説明できることを確認した。さらに、生産関連公共投資と生活関連公共投資の地域配分を変化された政策を設定し、複数ケースについて過去50年間の日本がどのような経済成長過程を経たかを計測した。その結果、1980年代までは実現ケースがどのケースよりも経済成長の観点からは望ましいものであったことが判明した。地域格差に関しては、次に示すような興味深い結論を導いている。 (i)生活基盤型社会資本への投資は、地域格差を縮小させるという観点においては、産業基盤型社会資本よりも政策的に有効である。 (ii)経済成長の初期における投資は、遅い時期での投資に比べて、より重要性が高い。したがって経済成長の初期に、発展が遅れている地域に対して生活基盤型社会資本の投資を重点的に実施することを、政策の方向性とすることが望ましいと考えられる。 (4)別の定量的シミュレーション結果から、経済成長が遅れている地域に対する重点的な社会資本投資政策の負の効果(国全体の経済成長の遅れ)は、適当な政策を採用することにより最小化される、あるいは長期的にみれば正の効果に転換されるということを明らかにしている。 以上本論文により、発展途上国における社会資本投資政策上のいくつかの指針が提示された。社会資本投資は、地域の成長プロセスを決定する際に、非常に大きな役割を果たしている。成長が遅れている地域への重点的な社会資本投資政策が、地域格差を是正する手段となる可能性は非常に大きい。しかしながら投資政策は、長期的な地域間の均衡ある発展を必ずしも保証するものではない。社会資本投資はあくまで手段であり、それ自身が目的ではない。したがって、社会資本投資政策は、その時々の社会・経済的状況に見合って社会資本の種類や投資の時期といった見地から適切に変更されなければならない。このような社会資本投資政策を実施することで、過疎地域への投資による国全体の経済成長の妨げを最小限に引きとどめながら、地域格差の是正を効果的に行なうことができることを示した本論文の成果は、今後の発展途上国における社会資本投資政策に一つの指針を与えたものとして高く評価される。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |