内容要旨 | | 計算機の発達に伴って,より高精度な波浪変形予測モデルが求められている.近年,非線形性と分散性を精度良く表現可能な非線形緩勾配方程式がいくつか提案されてきたが,それらは理論的には浅海域における波浪変形を目的とした鉛直積分型の波動方程式の中で,最も高精度なものであると考えられる. しかしながら,それらの実務における実際問題への適用性に関してはまだ十分には明らかになっていない.本研究ではまず,波の分散性に関する指標を新たに定義し,それを用いて各方程式の最適化を行った.その結果を基に,これら各方程式間の分散特性および計算の効率性について比較検討したところ,磯部(1994)により提案された非線形緩勾配方程式が最も高精度かつ効率性の高いモデルであることが明らかとなった. そこで本研究で用いる基礎方程式としては磯部(1994)によるものを採用し,平面2次元の矩形集中格子上においてクランクーニコルソン法とニュートン-ラフソン法に基づく完全陰解法により差分化した.本スキームはADI法に基づくものであり,最終的にはブロック対角行列によって表現される連立1次方程式に変換され,2重掃き出し法により解が得られる.本モデルの特性を明らかにするために,様々な相対水深における強非線形孤立波および保存波の解析に適用した. 緩勾配海底斜面上において本モデルによる線形および非線形浅水変形特性を調べ,解析解との比較を行ったところ,非線形性の強さの異なる様々な入射波に対して,浅水変形を精度良く再現可能であることが示された. 次に本モデルを潜堤上における非線形波浪変形問題に適用し,水面変動について実験結果と比較したところ,精度良く再現されていることを確認した.さらに潜堤による波の分裂現象に関する包括的な研究を行い,相対水深,入射波の非線形性,および潜堤の高さをパラメターとして,それらの広範囲にわたる条件下で,入射波と透過波の平均波長比を最大とする潜堤の岸沖方向長さの決定法を提案した.これにより,潜堤によって十分に波長の短くなった波をさらに浮き式防波堤によって減衰させることで,従来の直立式防波堤と同様の消波効果を有する消波システムの設計を行うことが可能となる.このシステムでは閉鎖性海域が生じないことから,水質悪化等の環境問題を引き起こすおそれのない,優れたものであると考えられる. また,本モデルにより線形および非線形回折場に関する検討を行った.様々な開口部長さを持つ半無限防波堤周りにおける回折波浪場を計算したところ,線形理論から得られる解析解とよく一致した.また,回折に対する非線形性の影響についても物理的解釈を与えた. さらに,理論上の砕波点における波の性質を表現する上で有効な,新たな砕波指標を提案した.本指標を用いて,過去に提案された保存波の限界波高を与える複数の指標間の比較を行った.そして,非線形性表す3つの指標を提案し,これらの指標間および既往の指標との関係を明らかにした. 最後に非線形緩勾配方程式の適用性に関する結論,および今後の課題を提示した. |
審査要旨 | | 波浪を解析するための理論は線形の規則波に対するものから出発し、非線形性と不規則性を取り込みながら発展している。波浪の非線形性は自由表面における非線形境界条件に起因するものであり、特に浅海域において顕著となる。不規則性は周期の違いによる波速の違いを生じ、進行にともなう波浪の分散性につながる。本研究は、浅海域における波浪変形解析において重要となる波浪の非線形性および分散性を取り入れた数値モデルを構築し、その最適化や特性の検討を行ったものである。 近年になって非線形波浪に対する波動方程式が提案されている。その主なものは、Boussinesq方程式、非線形緩勾配方程式である。Boussinesq方程式は弱非線形・弱分散性の仮定の下に導かれた方程式であるが、結果として、強非線形の波動理論である非線形長波理論と同一の非線形項を有するとともに、最近では分散性に対する改良が行われることにより、適用範囲の拡大が行われている。非線形緩勾配方程式は3通りの誘導がなされているが、いずれも強非線形性・強分散性の波浪の数値解析のために導かれたものであり、実務への応用に向けた様々な検討がなされている。本研究では、主に非線形緩勾配方程式に関して、まずその再誘導を行い、境界条件を整理している。その上で、分散性に関する特性について詳細な検討を行い、非線形緩勾配方程式における項数の違いや、鉛直分布関数と呼ばれる関数系の選択の違いによる、分散性の挙動の違いを調べ、最適な関数系や係数の選び方について議論している。さらに、非線形緩勾配方程式に基づいた数値モデルを提案し、それを用いて、浅水変形、潜堤による波浪変形、回折問題の計算を行い、適用性を検討した。また、非線形性に関連して、保存性の極限波に対する理論的考察も行っている。 第1章は序論であり、既往の研究成果を系統的にとりまとめるとともに、本研究の目的を述べている。 第2章は非線形緩勾配方程式の誘導を行ったうえで、非線形緩勾配方程式の物理的意味について考察している。特に、非線形緩勾配方程式の一方が、自由表面における力学的境界条件に一致するものであること、および他方が、自由表面における運動学的境界条件とラブラス方程式に対する重み付き残差との和になっていることを明らかにした。さらに、実際の計算に必要となる境界条件や初期条件についてとりまとめている。 第3章は非線形緩勾配方程式の分散性に関する最適化の議論を行っている。分散性を調べるために方程式の線形化を行い、分散関係式を導いている。そこで、不規則波を取り扱う際の分散性の精度を評価するための尺度としての指数を定義した。この指数を用いて、まず、鉛直分布関数を具体的に与えずに理想的な関数系を与えたとした場合の、最適化を行った。この結果、項数を1から3に増加させると、精度が飛躍的に向上することが明らかになった。また、具体的な関数系の例として、双曲線関数や正弦関数を用いた場合を取り上げ、その係数の最適化を行うことによってほぼ理想的な関数系によるものに近づくことを示している。この結果に基づいて、項数を1、2および3とした場合に、それぞれの非線形緩勾配方程式の適用範囲を定めた。 第4章は非線形緩勾配方程式を用いて波浪変形解析を行う際の数値モデルを提案している。数値計算式を導くために緩勾配方程式を一般的な形式に書き改めた上で、差分式を導いている。それらの結果として得られた数値モデルを、まず一様水深中での規則波および孤立波の伝播に適用し、非変形で伝播することを確認した。 第5章は導かれた数値モデルを浅水変形に適用した結果を述べている。まず、線形問題における波数や浅水係数の精度を調べた上で、非線形波の浅水変形計算を行い、この問題に対して厳密な非線形理論を用いて計算した解と比較することにより、数値モデルの適用性を確認した。第6章では、数値モデルを潜堤による波浪変形問題に適用して、実験結果と比較し、潜堤上での波の分裂がよく再現されていることを示している。さらに、潜堤の幅などの諸元と高周波数成分の発生との関係を調べ、幅を変化させた場合に周期的に高周波数成分が増減することを示している。また、非線形性が増すにしたがって、高周波数成分の発生が顕著となっている。第7章は回折問題への本モデルの適用結果である。まず、線形波の場合について、理論解との一致を確認した上で、防波堤開口部から入射した非線形波の回折に適用し、実験結果と比較してその妥当性を確認している。その上で、非線形波の回折は線形波に比べてより顕著となることや、非線形波の場合には波高の局所的な極大が存在することなどを示した。 第8章は非線形波浪の極限である、極限波を表すパラメターに関する理論的考察である。極限波においては、波峰部で波速と流速が等しくなることを用いて、非線形パラメターを3種類定義した。いずれも極限波において1となるものであり、波形勾配や波高水深比のように非線形性を示すパラメターであっても極限波での値があらかじめ決まっているわけではないものに比べて、相対的な非線形性の強さがわかるという点で有用なものである。しかも、これらのパラメターは、深海条件から長波条件を通じて非線形パラメターとして用いることができる。 第9章は、研究成果をとりまとめ、残された課題を列挙している。 以上のように,本論文は非線形緩勾配方程式に基づいた、非線形波の変形解析に適用するための数値モデルを構築したものであり、この成果は海岸工学において貴重な成果となっている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |