内容要旨 | | 構造物上で計測された地震加速度記録から構造システムの特性を同定することは,既存の数学モデルの評価を可能にし,システム各要素の特性を調べる上で非常に有用である.本研究では,高速道路の免震高架橋を対象に,計測された地震加速度記録から構造システムの特性を同定した. まずはじめに,計測された強震記録から構造システムの特性を同定する手法として2段階同定法を提案した.この方法は,第1段階で上部構造-橋脚-杭基礎により構成される非比例減衰を有する免震橋システムの複素モード特性を同定し,第2段階として直接探索法を用いシステムの構造特性を同定されたモード特性に対応して決定するものである. 同定された構造特性と,物理モデルに基づいて計算された特性との比較として、ここでは同定値と,理論計算によって求めた鉄筋コンクリート橋脚の等価剛性,土層の動的特性,周波数に依存した杭群の動的なインピーダンスの比較を行った.また,免震支承については,同定値と工場載荷試験結果との比較を行った. 対象としたのは,14の異なる地震動を受けた日本にある3つの免震橋であり,それぞれのケースについて同定を行った.スパンの端で用いられている非免震支承での摩擦は,振動レベルが小さい時に上部構造の剛性や減衰定数に明らかに影響している.同定された上部構造の剛性と基礎を固定とした場合の理論計算による上部構造剛性を比較することにより,構造物と土の相互作用(SSI)によるシステムの構造特性への影響について検討した.その結果,SSIの影響は土の強さにより,無視できる程度から中程度のところまで変化することがわかった.杭基礎群の回転剛性は水平剛性よりも大きく,システムの的挙動には全く影響していないと考えられる.また,杭基礎群のインピーダンス,杭基礎の動力学的な相互作用の周波数依存性についても検討した.しかし,どちらも橋全体の動的挙動への影響は小さいことがわかった. |
審査要旨 | | 土木構造物は単品生産であり,地盤条件も異なるため,実存構造物の構造特性の把握は一般に困難である.一方,構造物の力学的特性の把握は既存の数学・物理モデルの評価・確認のために極めて有用である.そのための常時微動や強制加振による動的手法による構造同定があるが,前者は振幅が小さく,後者による振動は大振幅域の特性把握のためには装置・費用の点で問題がある.このような意味では,構造物上で計測された地震加速度記録は構造システムの特性を同定する上で極めて貴重なデータといえる. 近年,免震装置をとりつけた橋梁が増加しつつあるが,実橋梁における免震装置そのものの,あるいは橋梁全体の挙動については検討例が全く無い.本研究は,計測された地震加速度記録から免震装置の特性ならびに地盤と基礎との相互作用を同定するための手法を提案し,それをわが国の免震橋に適用し,免震橋の地震時挙動を明らかにしようとしたものである. 1章では,研究の背景,必要性を述べ,第2章では構造システムの同定に関する既往の手法をレビューし,その問題点を指摘している.さらに既往の計測された強震記録から構造システムの特性を同定する手法として2段階同定法を提案している.この方法は,第1段階で上部構造?橋脚?杭基礎により構成される非比例減衰を有する免震橋システムの複素モード特性を同定し,第2段階として直接探索法を用いシステムの構造特性を同定されたモード特性に対応して決定するものである.免震橋のような局部的に減衰が大きい構造では減衰非比例減衰系となることから,非比例減衰系システムを対象にした同定理論を展開している.このような展開は初めてのものであり,学術的価値の高いものと言える. 3章以降において,実際の地震記録データに同定手法を適用した結果が述べられている.基本的には同定された構造特性と,物理モデルに基づいて計算された特性との比較として,免震支承については,同定値と工場載荷試験結果との比較を行い,下部・基礎関連では,理論計算によって求めた鉄筋コンクリート橋脚の等価剛性,土層の動的特性,周波数に依存した杭群の動的なインピーダンスの比較を行い,工学的な知見を得ようしている. 免震橋としては,阪神高速道路大阪湾岸線松ノ浜高架橋のゴム支承を用いた反力分散橋と免震高架橋,栃木県山上げ大橋,北海道開発局管理の温沼島橋を対象としている.松ノ浜高架橋は1995年兵庫県南部地震の本震.余震での計測記録があり,温沼島橋では1994年北海道東方沖地震での記録が得られており,比較的高い地震動レベルを用いており,非線形域での特性がつかめる可能性があると言う点で興味深いものとなっている. まず,松ノ浜高架橋では,橋脚天端の地震記録と桁上の記録とから,ゴム支承の等価線形剛性,減衰を同定している.3径間連続桁の両端の支承がすべり支承となっており,その摩擦効果を考慮して,工場での載荷実験と比較し,本震の振幅域の大きい記録からは,剛性・減衰ともに両者は極めて整合していることを明らかにした.また,余震の記録からは,摩擦の影響が大きく明確な比較はできないが,誤差の範囲であることが示された. つぎに,同定された上部構造の剛性と基礎を固定とした場合の理論計算による上部構造剛性を比較することにより,構造物と土の相互作用(SSI)によるシステムの構造特性への影響について検討している.反力分散橋と免震橋とを比較すると,後者の方が地盤との相互作用の影響が強く出ていることが同定結果からあきらかにされた.この結果は,後者の地盤が相対的に柔らかいことの結果が応答の上からも確認されたことを意味しており興味深いところである.また,余震の小さいレベルの記録からの解析から,地盤との相互作用の影響は,土の強さにより,無視できる程度から中程度のところまで変化することがわかった.また,杭基礎群の回転剛性は水平剛性よりも大きく,システムの的挙動には全く影響していないこと,また,杭基礎群のインピーダンス,杭基礎の動力学的な相互作用の周波数依存性についても検討し,どちらも橋全体の動的挙動への影響は小さいことを明らかにした. 山あげ大橋,温沼島大橋についても同様な解析を行ない,同じような結果を得ている.温沼島大橋の解析で興味深いのは,免震橋における桁と橋脚天端の記録かほぼ同一の波形であり,両者の間に相対変位がないこと,すなわち免震効果を発揮していないことを明らかにしている点である.現地での写真から,これは支承のサイドブロックが桁と接触しているために生じているためと理解される.さらに,3本の免震橋脚を対象とした解析により,他の2本の橋脚については免震支承が正常に作動し,地震計測されていた橋脚の支承のみがロックしている可能性が高いことを,同定から求まる下部系の剛性と理論計算から求まる剛性との比較,また桁から来る地震時最大慣性力からの検討などから明らかにしている.これも同定を行なって初めて理解しえたことであり,「構造システム同定」の意義を遺憾なく発揮した結果といえ,博士論文としての価値が高いことを示している. 以上のように,本研究は,非比例減衰系の構造同定に関する理論展開と,地震記録を用いて免震僑の同定を行ない,実構造物の地震時挙動をいろいろな手法を駆使して明らかにしている点の2点において優れた論文と判断される. よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と判断される. |