学位論文要旨



No 114738
著者(漢字) 陳,天恩
著者(英字)
著者(カナ) チェン,ティアネン
標題(和) 連続画像解析を利用した都市空間における高精度位置決めシステムの開発とGISにおける拡張現実感への応用
標題(洋) Development of High Accuracy Positioning System for Urban Area using Image Sequence Analysis and its Application to Augmented Reality in GIS
報告番号 114738
報告番号 甲14738
学位授与日 1999.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4508号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
 東京大学 講師 堤,盛人
内容要旨

 コンピュータ技術や通信技術の発展に伴い、GISについても2次元から3次元へ、室内における固定端末での利用から屋外における携帯端末への利用へというトレンドが明確になってきた。その際、利用者の位置・方向の自動特定技術(ここではこれをポジショニング技術と呼ぶ。)は最も重要な要素の一つである。位置の自動特定が可能になることで、利用者に移動経路情報を与えることや、利用者周辺の施設に関する情報を提供することなどが可能になる。また、ポジショニングの精度をさらに向上させることができれば、3次元空間データと組み合わせることにより、AR(Augmented Realiy:拡張現実感)技術を利用した新しいユーザインターフェースを実現することも可能になる。

 ポジショニング技術自体は、古典的には測量技術に見られるように、ある特定の基準点からの距離や方向を計測する技術が主であり、きわめて多様である。しかし、都市・地域において社会的なインフラとして利用しようとすると、利用可能な範囲の広さや、利用者が携行すべき機器の大きさ・価格、利用の手軽さ等多くの制約がある。その結果、これまで開発されてきたポジショニング技術はGPSを中心としたものである。GPSについては、都市においてはビルの影など利用できない地点が存在することから、それらを補完するための工夫が重要となる。自動車ナビゲーションにおいては、電子コンパスや車速エンコーダなどの利用、道路ネットワークとの自動照合(マップマッチング)などにより、実用上ほぼ十分な精度を達成しており、幅広く利用されている。しかし、その手法を車輪を持たない一般の歩行者に対してもそのまま適用することは困難である。しかも歩行者は地下街やビル内など、GPSが明らかに利用できない空間を多く利用することから、GPSの補完方法の重要性が一層大きくなる。また、歩行者は注視方向を頻繁に変えるため、単なる位置決定だけではなく、方向決定技術の比重が大きくなる。最近では、PHSや携帯電話を利用したポジショニング技術が開発されてきており、アンテナのある限り室内や地下空間における位置決めも可能になっている。しかし、位置精度は数十メートルより低く、また方向を決めることができないため、それらを補完する方法が必要である。

 GPSによるポジショニングを補完する手法として画像解析による方法がある。画像解析による方法は、ある地点から得られた画像を利用して、撮影時の位置と方向を推定するものであり、適切な外部参照点さえあれば、理論的には室内、屋内を問わず利用でき、精度も期待できる。事実、ロボットのナビゲーションなどを目的として、室内環境での応用事例も少なくない。しかし、室内では取得されるシーンの内容は比較的単純であり、その手法をそのままでは屋外の複雑なシーンに適用できないと考えられる。また、屋外では補助的にGPSなどの利用が可能であり、適切な組み合わせ手法に関する検討も必要である。さらに取得した画像を利用することでAR(拡張現実感)に基づくGISインターフェースを実現することも容易となる。

 そこで本論文では都市域での利用を念頭に、画像を利用したポジショニングシステムを開発し、その応用としてAR(拡張現実感)を利用したGISインターフェースを実現することを試みる。提案システムでは、屋外において利用者はCCDカメラを利用して画像を連続的に取得する。GPSが利用可能な地点においてはその情報を利用し、利用できない地点において、画像情報とジャイロ情報(角度変化情報)を組み合わせ、さらに3次元地図データにマッチングさせることにより、位置・方向を高精度にかつ連続的に計測する手法を開発した。(図1参照)

図1.高精度位置決めシステムの構成と概念図.

 具体的には、以下のようなプロセスにより、連続的なポジショニングを可能にする(図2参照)。

図2.連続画像を使って絶対測位法と相対測位法の原理図.

 1)あらかじめ取得された画像について、直線エッジを抽出し、同時に撮影位置と方向を計測し、3次元GISデータベースに登録しておく。その際、建物の輪郭線などの3次元空間データと直線エッジが重なるようにしておく。

 2)GPSの受信可能な地点から利用者が移動を開始する。スタート地点との位置はDGPSを利用することによって、3次元的に1m程度の精度で決定されると考えてよい。まずその場で画像を取得し、直線エッジを抽出する。次にGPSから得られる位置情報と電子コンパスから得られる方位情報を利用して、周辺に撮影位置・角度の記録されている直線エッジ画像(通常の画像から直線エッジを抽出した画像)が登録されていないかを検索する。登録されている場合には、その直線エッジ画像と、現場で撮影された画像から作成された直線エッジ画像について、直線エッジ相互のマッチングを行い、画像撮影位置と方位(利用者の位置・方向)をより高精度に推定する。

 3)利用者の移動に伴って次に取得された画像について、直線エッジを抽出し、最初に取得された直線エッジ画像との間で直線エッジマッチングを行う。そのマッチング結果を利用して、取得された画像と最初の画像との間の相対的な位置関係を決めるのと同時に、3次元空間データ中の直線データとの対応関係も決定する。その対応関係を利用して、取得画像の位置、方位を決定する。

 4)以上の過程を繰り返すことにより、連続的に利用者の位置・方位を決定する。

 5)利用者がスタートする地点の周辺、あるいは移動経路に上に、あらかじめ登録された画像がない場合には、取得される画像間の直線エッジマッチングだけを行い、画像相互の相対的な位置関係だけを求める。この場合、相対的な位置関係を絶対的な位置関係に直すためには、画像を取得した2地点間の距離が必要になる。その距離を求めるために、小型の加速度計を利用して、利用者の移動距離を計測する手法を補助的に開発した。スタート時に得られるGPSからの位置計測値に、求められた2画像間の位置関係を加えることで、利用者の位置・方位を決める。

 以上の過程において、異なる画像における直線エッジをできるだけ確実にマッチングすることが重要になる。この点に関して、本論文は以下のような手法を開発した。

 1)エッジの特徴を記述する物理量としてエッジの方向だけでなくエッジ周辺のテクスチャを利用し、ミスマッチを減少させる。

 2)画像間の撮影方向の変化をジャイロにより、また移動量を加速度計により計測し、それらの計測値を画像マッチングの際の初期値として利用する。

 以上のような方法により、利用者の位置・方向を連続的に決定することを可能とした。ただ、現在のシステムではマッチングから位置・方向の決定までに数秒を要するため、歩行速度で移動しながらのリアルタイムなポジショニングを行うことはできない。しかし、よりハイスペックのハードウェアの利用などにより、リアルタイム化することができると考えられる。また、屋外実験により、さまざまな景観を有する市街地において上記のシステムが1〜2mの精度で位置決めを可能なことが示された。

 さらに、このようにして決定された位置・方位情報を利用して、3次元空間データの表示画像と実写画像を重ね合わせることで、実写画像を利用して3次元GISデータへアクセスできるシステム(AR(拡張現実感)を利用したインターフェースシステム)を実現した。これに関しても屋外実験により有効性の確認を行った。また、本研究で開発されたポジショニングシステムは、位置・方位を画像データと合わせて取得できることから、画像からの3次元空間データの計測等も可能である。また、パーソナルナビゲーションばかりでなく、災害時の緊急調査や、社会基盤施設の点検作業などにも利用できると期待される。

審査要旨

 GIS(地理情報システム)の利用範囲が広がるにつれ、室内での固定端末による利用から屋外での携帯端末での利用(モバイルGIS)が注目されてきた。その際、利用者の位置・方向の自動特定技術、いわゆるポジショニング技術が重要な要素となっている。

 ポジショニング技術自体は古典的には測量技術に見られるように、さまざまな手法が可能である。しかし、都市などにおいて社会的なインフラとして輻広いポジショニングサービスを行おうとすると、利用者が携行する機器の大きさ、価格、利用の手軽さなど多くの制約がある。その結果、これまで幅広く利用されてきたポジショニング技術は、GPSにほぼ限られていた。しかし、GPSは都市においてはビルの影、地下街、建物内部など利用できない地点も相当多く、それらを補完する方法が必要になっている。自動車ナビゲーションにおいては、電子コンパスや車速エンコーダなどの利用、道路ネットワークとの自動照合技術などにより、実用上ほぼ十分な精度が達成されており、幅広く利用されている。しかし、車輪を持たない歩行者のポジショニングにそのまま適用することはきわめて困難である。一方、歩行者は地下街、ビル内部などGPSの利用できない空間を多く利用することから、GPSを補完するポジショニングシステムの重要性は一層大きい。近年、PHSなどを利用したポジショニングシステムも実用化されているが、精度は高々数十メートルであり、十分とは言えない。

 本論文は、参照できる3次元空間データが整備されていることを前提に、手軽に取得できるディジタル画像を利用した歩行者用ポジショニングシステム「イメージ・ナビゲーションシステム」を開発し、その可能性を明らかにしようとするものであり、以下のように構成されている。

 第1章はイントロダクションであり、ポジショニング技術への潜在需要の大きさや、既存技術の課題・限界について整理している。

 第2章は、イメージナビゲーションシステムのアーキテクチャを提案しており、既存のポジショニング技術との組み合わせ、画像によるポジショニング方法の構成、システム全体の構成を示している。

 第3章は、イメージナビゲーションシステムを実現させる一連の手法、すなわち画像と3次元モデルとのマッチング方法(ランドマーク直接参照法)、および連続画像解析手法を述べている(ランドマーク間接参照法、相対標定法、イメージブリッジング法)。ランドマーク直接参照法は画像から抽出された直線エッジを、3次元空間データとマッチングさせることにより、直接利用者の位置と姿勢を明らかにできる方法である。連続画像解析による方法(ランドマーク間接参照法、相対標定法、イメージブリッジング法)は、参照すべき3次元空間データが無い場所において、画像間の相対的な位置関係を、画像間のマッチングを利用して連続的に算定することでポジショニングを可能にしようとするものであり、GPSの利用できる箇所や3次元空間データを参照できる箇所の間を補足するものである。

 第4章は画像からの直線エッジの正確でロバストな抽出手法について述べている。直線エッジは連続画像解析および、3次元空間データ(ランドマークデータ)と画像との対応関係を確立するための手がかりとして利用される。

 第5章は、連続画像解析における画像マッチング手法について述べている。直線エッジは画像マッチングの手がかりとして利用されるが、ここでは直線エッジ特性の定義方法、その特性定義を利用したエッジのマッチング方法、ミスマッチの除去方法等を述べている。

 第6章は、イメージナビゲーションシステムの屋外実験結果について述べたものであり、位置・姿勢決めの精度、その劣化状況、適用限界などを明らかにしている。その結果、直接ランドマーク参照法は、直線エッジが多く含まれる都市街路で位置精度で1m以内程度、角度誤差で1度以内程度の良好な精度を示すが、比較的良好な位置・姿勢の初期値を必要とすることを明らかにした。また、連続画像解析による位置・姿勢決め実験では、画像マッチングがほぼ自動化でき、相対的な位置・方位決めは高い信頼性で可能であることが示された。しかし、誤差の蓄積と周辺状況(地物、天候、時刻など)との関連性など、全体システムのロバスト性に関してはまだ十分な実証を行うに至っていないことが今後の課題として残されている。

 第7章は結論であり、成果のまとめと今後の課題が述べられている。

 本論文は、都市内を対象とした携帯ポジショニングシステムを開発するための基礎技術として画像の利用可能性を検討したものであり、ランドマーク直接、あるいは間接参照法、イメージブリッジング法などを組み合わせることで、連続的なポジショニングが可能であることを示ている。さらに、屋外での実証実験を行うことにより、精度・信頼性などをある程度検証することに成功している。本論文は新しい応用領域を開拓するチャレンジングなものであり、手法上のフレームワークを構築することに成功したことで、今後の改良・開発の方向性を示しており、きわめて独自性の高いものであるといえる。また、ポジショニングサービスというきわめて重要で需要にタイムリーに応えたものであり、社会への貢献も大である。よって博士(工学)の論文として合格と認める。

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